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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
さだめに抗う冒険者
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悪魔の選択 その一

「中級魔物討伐を視野に入れよう」

 テーブルを囲み、俺達四人は席に座っている。

 俺の提案に、クリサリスとフィフィアはごくりと唾を飲んだ。


「階級分けを過信するのは禁物だ」

 魔物の階級は、しょせん目安だ。

 冒険者のスキルや装備との相性もある。

 熟練冒険者のパーティーでも苦手とする中級魔物がいたりする。

「だけどその点、俺達は有利だ」

 どのパーティーでも、斥候役は重要な役目だ。

 優秀な斥候役が偵察すれば、厄介な魔物を回避できるからだ。

「俺のスキルなら、斥候役の代わりになる」

 そう、わざわざ偵察しなくても、その場で魔物の情報を探ればいい。

 無論、油断は出来ないが、他のパーティーに比べ有利なのは間違いない。

「しかし俺達には圧倒的に経験が足りない」

 他のパーティーに比べ、人数が少ないのも否めない。

 戦力の増強も検討するが、うかつにメンバーを増やすことはできない。

「そこで先導役を雇うことにしました」

 俺は傍らの人物を紹介する。

「先生、お願いします!」

「それがしがなぜ、こんなとこに……」

 八高弟の四兄こと、疾剣ガーブがぼやいた。


 先導役、という制度がギルドにあるわけではない。

 経験豊富な先輩に指導を賜り、討伐の経験を積もうと考えたのだ。

 ただし、先導役の条件は非常に難しい。

 何しろ俺は、宣伝したくないスキルを数多く所持している。

 もしばれたら、モノによっては身の危険さえ考えられる。 

 だから俺のスキルを察しても秘密を守り、信用できる人間が望ましい。

 さらに実力があり、有用なスキルを所持していれば言うことはない。

 その第一候補に挙がったのが、ガーブであった。


 さっそく彼の弱みを握るべく、俺は尾行を開始した。


 ガーブの朝は早い。非常に早い。

 何しろ太陽が昇る前に起き出し、宿を出るのだ。

 彼は街外れにある道場に赴き、一人稽古を行う。

 素振りと形稽古が済んだら井戸で汗を流し、街の屋台で朝食をとる。

 朝食を摂ったら道場を戻り、門下生の稽古を見る。

 彼はこの道場の師範代なのだ。

 昼頃まで稽古をつけ、門下生が立ち去ると、また屋台で昼食を摂る。

 昼食後、ギルドに立ち寄って依頼を眺める。

 彼の表情から察するに、気に入った依頼はないようだ。

 さっさとギルドを出ると、街を出て森に向かう。

 しかし討伐が目的ではないようだ。

 彼は森の中で立ち止まる。

 剣を抜いて構え、そのまま静止する。

 どれほど時間が過ぎただろうか。

 日が傾く頃、彼は剣を納めて街に戻る。

 途中、歓楽街を通る。キレイなお姉さん達に声を掛けられるが黙殺する。


 …………がっかりだ。


 堅物の人間に見えて、実は人には言えない性癖があるとか期待していたのに。

 これは明日も期待薄かと尾行していたら、おやっと思った。

 彼が屋台で串焼きを購入したのだが、食べようとせずに歩き出したからだ。

 晩酌のつまみにするのかと首を傾げていると、彼は人目をはばかるように裏道に入った。

 俺は、そっと裏道を覗いた。

「ほれ、もっと食え。遠慮するな」

 ぞくっとした。

 そのサムライ的な風貌とは似つかわしくない甘ったるい声だった。

「はは、愛いヤツよ」

 しゃがみ込み、ナニかを撫でているガーブ。

「四兄?」

 隠蔽を解くと、ガーブがハッと振り返る。

 そこに見た、紛れもない恐怖の表情。

 彼の足元にいたモノ。

 薄汚れた、灰色の毛並みの野良ネコだった。

「ち、ちがうのだ、こ、これは!!」

 浮気がばれた亭主みたいな言い訳をするガーブ。

 そんな彼を、俺はいつまでも眺めていた。



「そんな訳で詳細は言えないが、秘密を守ることで協力を得られました」

「うぬ外道め」

「あんまりですヨシタツさん」

「見損なったよ」

「あれ?」

 なぜか非難ごうごうだ。

「待ってくれ、俺はたまたま現場に居合わせて」

「怪しげなスキルで隠れておったではないか」

「尾行したってはっきり言いました」

「ネコに餌をやっているのは黙っていてくれと」

「バラしておるではないか!?」

「ちなみにこちらがそのネコです」

「なぜタマがここに!?」

「タヂカさん、お母さんがこの子、預かってもいいって」

 台所から出てきたリリちゃんが、ネコの頭に頬ずりをする。

「かわいいね、この子!」

「にぎゃあ」

 かわいい? 

 リリちゃんに後ろから抱きかかえられ、でっぷりとした腹をさらしてる。

 オスだ。態度が実にふてぶてしい。

 愛想の欠片もない、暗黒街のボスの面構えである。

 俺と目が合う。あきらかに格下を見る眼差しだった。

「撫でるのは洗ってからにしなさい」

 はーいと返事をして、リリちゃんはネコを抱えて外の流し場に向かう。

「お湯で洗ってあげなよ~」


 うぬぬと、秘密を暴かれたガーブが頭を抱えて煩悶する。

 今の彼はサムライというより、うらぶれた傘張り浪人だ。

「恥ずかしがることなんてないよ!」

「そうです! 強さと優しさを兼ね備えた、立派な武人です!」

「そ、そなた達……」

 力強く励ますクリサリスとフィフィア。

 ガーブは二人の気遣いに感動の面持ちだ。


 彼女達はちらりとこちらを見る。

 こうやるのよ。目力で訴えてきた。

 なるほど、脅すより情に訴えるわけか。


「四兄、タマの身柄はこちらで預かります。あいつの身が可愛いのなら」

『それは違う!!』

 クリサリスとフィフィアにどやされた。



「明け方頃、だいぶ冷え込んできただろ?」

 俺は二人に追及され、なぜか釈明する羽目に陥っている。

「けっこう年寄りみたいだから、暖かい屋内で面倒みた方がいいと思って」

「人質をとった悪人のセリフでした」

 俺達は森の奥へと進んでいる。ガーブは距離をおいて後方にいる。

 危ない目に遭えば、疾走スキルで駆けつける手はずだ。

「いざという時、口封じに見捨てられないでしょうね?」

 フィフィアが皮肉気にぼやく。

「…………」

「なにか言って下さい!」

「そう言えば、前に恨みがましいセリフを二度ばかり、聞いたような」

『…………』

「あんがい根に持つタイプかな、と」

「自業自得です!」

「君達も災難だな」

「なんで人事なのよ!」

「いや一蓮托生だ」

「ごめんだわ!」


 まあ大丈夫だろう。

 脅したみたいで悪いが、ガーブの力が必要だった。

 八高弟達はその能力は申し分ないが、それぞれ性格や価値観が独特だ。

 普通に頼み込んでも断られる可能性が高いとみたから、こんな手段を採った。

 俺一人ならともかく、女の子二人がいるのだ。

 万全の態勢で臨みたかった。


 そろそろ中級魔物の領域が近づくという頃、俺は二人に告げた。

「これから探査を解除する」

 驚愕する二人。それはそうだ。

 探査の有効性を強調してきたのに、手のひらを返されたんだ。

「探査を過信するのは禁物だ。まず自分自身の観察力を養う必要があると思う」

 魔物にもスキルがある。探査を誤魔化すスキルがあるかもしれない。

 もしそういう魔物がいれば、探査に頼りっきりでは致命的だ。

 だからまず、自分の知覚で魔物の気配を察知できるようになるべきだ。

「クリサリス、フィフィア。もし反対なら、このまま引き返そう」

 ガーブが後詰とはいえ危険には違いない。

 無理強いはできないと、彼女達の返答を待った。


 フィフィアが首を振った。

「いまさらなんだけど」

 彼女は眉をひそめて不満顔だ。 

「わたしたちのこと、いつまでそんな風に呼ぶつもりなの?」

「ああ、そう言えば」

 クリサリスが頷く。

「なんのことだ?」

「わたしのことはフィーって呼びなさい」

「私はクリスでお願いします」

「いいのか!?」

 思わず声が弾んでしまう。

「えっ? ええ、いつまでも他人行儀というのもあれだし」

「……同じパーティーなんですから」

「ありがとう! フィー! クリス!」

 正直、二人の名前は発音しにくいと思っていたのだ。

 人様の名前に難癖をつける訳にもいかず、勝手に略称で呼ぶのもはばかられる。

 しかし聞き取りやすさや突然の危機などを考えると、呼びやすい方がいい。

 だからとてもありがたい申し出だ。

 ちょっと良い気分で歩きだし、彼女達を置いてきぼりにするところだった。

「さあ行こう」

 立ちすくむ彼女達に手を差し伸べた。

 森の奥深くに入ってから、肝心の返答を確認していないことに気が付いた。

 まあ、一緒についてきてくれたのだから、聞かなくてもいいだろう。


 探査を解除した理由だが、 嘘ではないが全部でもない。

 俺のリハビリも含んでいるのだ。

 鎧蟻の件からこちら、どうも感覚がマヒしている気がする。

 実際、こうして中級魔物の領域を歩いていても、さほど恐怖心を覚えないのだ。

 怯えるだけ怯えてしまい、恐怖心が底をついたのではないかと思う。

 もしそうなら、その事実を恐れるべきだ。

 もし恐怖心が機能しなくなれば、取り返しのつかないことになりかねない。

 こうして手探りするように進むのは、かつての臆病な自分を取り戻すためだ。

 感覚を鋭敏にし、想像力を駆使し、慎重に足を運ぶ。


 俺は先頭に立ち、前方を注視する。

 木立や茂みの配置を考慮し、移動する経路を検討する。

 なるべく目立たないように心がけ、足音を忍ばせる。

 静かに緊張感を高める。


 所持しているスキルは全て忘れる。

 恐竜が徘徊する時代に生きていた、ご先祖様を想像する。

 巨大な爬虫類の足元で、哺乳類達は隠れながら生きていた。

 いまの俺は、そのご先祖様と同じだと思い込む。

 鞘に収めた剣の柄に手を掛け、前方を見据える。



 黒い影が、茂みの向こう側にうごめいている。

 反射的に看破が発動しようとするのを抑える。

 手をそっと動かし、背後にいる二人に警戒をうながす。

 ゆっくりと、注意を引かない動きで身を屈める。

 その魔物は茂みの陰に隠れ、背中しか見えない。

 黒い剛毛が、森に差し込む光を反射している。

 どうやら獲物を貪っているようだ。

 その骨を噛み砕く音に耳を傾け、顎の強靭さを想像してみる。

 このまま後退するべきか。

 背後を振り返り、緊張したクリス達の顔を確かめる。

 いや、このままやり過ごそう。

 獲物に集中しているとはいえ、警戒は怠っていないはずだ。

 不用意に動けば気付かれるかもしれない。

 もしこちらに近づけば改めて対応を考えれば良い。


 その判断は正しかったようだ。

 食事を終えた魔物は茂みの上に首を伸ばし、辺りを見回した。

 その魔物は狼に似ていた。

 額から鼻筋を覆う、銀の光沢をもったウロコが印象的だ。

 俺達が隠れる木立にも視線を向けたが、そのまま立ち去った。

 森の奥に消えるまで、俺達は息を殺していた。


 手のひらがじっとりと汗で濡れていることに、俺は満足した。



 空に黒い雲が広がってきた。

 天気が崩れそうなので、街に戻ることにした。

「それは中級魔物の、鱗獣の類だな」

 ガーブは二つの木の実をもてあそびながら説明した。

 街への道すがら、俺達はガーブの解説を拝聴する。

「特殊な能力はないが、急所を保護する硬いウロコが厄介な魔物だ」

 顔と腹、関節部などが鱗に覆われ、剛毛も通常の剣を通さぬほどに強いらしい。

「知恵もそこそこあり、まあ新人冒険者三人程度なら容易にかみ殺すだろう」

 あの兄者? それって俺達のことですか?

「危なかったんですね」

「さて、それはどうか」

 胸を撫で下ろすクリスを見て、ガーブが首を傾げる。

「それ、どういう意味?」

 フィーは相手が八高弟でもさして物怖じしない。

 まあ、動物に優しい好青年の、何を恐れるのかという話だ。

「そなた達が果たして、新人冒険者の範疇に収まるのか疑問だ」

 ガーブが手にした木の実を指で弾く。

 回避 発動

 最近、スキルを反射的に発動できるようになってきた。

 額に迫る木の実は首を傾げて避け、胸を狙ったものは手甲で逸らした。

「特にタヂカ、そなたは得体が知れぬ」

 そううそぶくと、ガーブはさっさと先に進んだ。

「評価された、のですか?」

「もしかしてわたし達、中級魔物でもやれるんじゃない?」

「いや、もう少し様子をみよう」

 俺がたしなめると、フィーが不満そうにむくれる。

「なんでよ、やってみなくちゃ分からないじゃない」

 フィーの強気な発言に、思わず笑みがこぼれる。

「やらなくても分かる、ぐらいになったら挑もう」

 フィーの勇ましい発言は、このパーティーの推進力だ。

「少なくとも半年、地道に実力を養おう。それからでも決して遅くない」

 自分の言葉が、ちくりと胸を刺す。

 彼女達はともかく、俺にとってはかなり痛手だ。

 しかし彼女達とパーティーを組んでいる以上、仕方がないことだ。

 俺は焦燥感を押し殺し、彼女達に微笑んだ。

「……半年」

「半年、ねえ?」

 呟きながら、二人がじっとこちらをうかがっている。

「なんだ?」

「仕方ないわね、半年ぐらい。一緒に頑張りましょう」

「そうね、精進しましょう」

 二人は顔を見合わせ、花が咲くように笑った。

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