挿話の6 クリスの救出作戦
前回の裏話?です
*
冒険者となると決めたあの日。
私は今の自分を想像できただろうか。
先生達に剣を教わり、ついにスキルを得たあの日。
一人立ちの決意を、大切な家族達に告げたあの日。
あの日、自分はどんな未来を思い描いていたのか。
まさか自分が恋をするなど、夢にも思わなかったに違いない。
最初、家族達はとても心配してくれた。
「悪い奴に騙されて、有り金巻き上げられるよ」
思えばずいぶん失敬な兄姉達だった。
「お姉ちゃん、一人でだいじょうぶ?」
弟妹達よ、この姉がそんなに頼りないか?
「フィーも一緒について行く」
先生達が告げると、誰もが胸を撫で下ろす。
それってどういう意味?
「クリス、お前がフィーを守るんだぞ?」
さすが先生達、任せてください!
家族達と別れてから、私たちは路銀を稼ぎながら旅を続けた。
フィーに近寄る男を退け、魔物と戦い続ける毎日。
そしてついに、冒険者ギルドのある街に到着した。
家族達と巡ってきた村々とは比べようもない大きな街だった。
私とフィーは、立派な街並みと大勢の人々に圧倒されてしまった。
いつもなら通りすがりの人を捕まえ、気軽に道を尋ねただろう。
だけどここではどの人も道を急ぎ、気後れしてしまう。
悩んでいると、フィーの視線が他所に向けられていた。
いま通り過ぎた門の詰め所の脇に、一本の木が生えている。
その木陰で一人の男が、脚を投げ出して座り込んでいた。
物乞いかと思ったが、身なりは清潔そうだ。
人の流れや詰め所を眺めているのか、実に暇そうな人だ。
フィーは背後から彼に近づき、声を掛けた。
「あのお?」
「うひゃああああああああ!」
彼の驚き様が実におかしく、思わず吹き出してしまった。
それが私達とヨシタツさんの出会いだった。
「ただいまシルビアさん!」
フィーが元気に声を掛けると、奥から彼女が出迎えてくれた。
「どうかしたんですか?」
シルビアさんがひどく困惑した表情をしている。
「それが……」
リリちゃんが部屋に閉じこもって出てこないらしい。
そこで私とフィーが様子を見に行くことにした。
忍び足でリリちゃんの部屋の前に立ち、そっと聞き耳を立てる。
押し殺したような泣き声が聞こえた。
フィーに目線で合図すると、廊下を少し戻る。
今度は足音を立てて部屋の前に立つと、扉をノックした。
「リリちゃん、ただいま」
「ただいま、戻ったよ!」
私に続き、フィーも声を掛ける。だが、反応がない。
「お姉ちゃん、お腹ペコペコだよ。ごはん作ってくれない?」
「そうね、私もお腹が空いたわ。お願いできないかしら?」
しばらく待ってみたが、一向に出てくる様子がない。
私とフィーはハンドサインを交わす。
「あれれ、どうして出て来てくれないんだろう?」
「もしかして、忘れられちゃったのかな」
私が悲しげに言うと、バタバタと慌てる気配がする。
うん、なんかお手軽に良い子だ、リリちゃんは。
「クリスのこと嫌いになったのかな?」
おい
「嫌われるとしたら、フィーの方でしょ?」
「まさかあ、リリちゃん、わたしのこと大好きだもん」
「……ふっ」
私は鼻でせせら笑ってやった。
「リリちゃんの料理を好き嫌いする輩がよく言う」
「しないわよ! 子供じゃないんだから!」
「白アスパをこっそり捨てているのを、私が知らないとでも?」
「な、なぜそれを!?」
「ハンカチに包んでこっそり持ち帰り、庭に穴を掘って証拠隠滅」
「ぐ、ぐぎぎぎ」
フィーが歯軋りをしてこちらを睨む。
「わ、わたしだけじゃないわよ! ヨシタツさんだって!」
ガタン、と部屋の中で大きな音が響いた。
私とフィーは視線を交わす。
「あれ、そう言えばヨシタツさんはどこかしら?」
「へんねえ、先に戻ったはずなのに」
部屋の中を気配が駆けずりまわる。
「おかしいわね、リリちゃんと一緒にいると思ったのに」
「あんなにリリちゃんに会いたがっていたのにねえ?」
気配がぴたりと止む。ぼすんとベッドに倒れ込む音。
また泣き出したようだ。
私たちは頷いた。真相は見えた!
ヨシタツさんの姿を見ていないことをシルビアさんに確認。
私たちは街を捜索するため宿を出た。
「いくつかの可能性があるのよね」
まずギルドへ。その道すがら、唐突にフィーが語りだした。
「第一に、ヨシタツさんが例によって逃走した」
時折、ヨシタツさんはリリちゃんの機嫌を損ね、雲隠れすることがある。
ただ今回はちょっとばかり深刻そうな感じだ。
「もうひとつが、あの部屋にヨシタツさんがいた可能性」
フィーの言葉に、身体が硬直する。
それはドういウイミ?
「ヨシタツさんが勢い余ってリリちゃんを押し倒してえ」
「…………」
「部屋から出られないのはヨシタツさんが冗談だがらごべんなざい」
気が付くと、彼女の襟元をつかんで吊し上げていた。
慌てて手を離すと、フィーが咳き込みながら睨んでくる。
「ひどいじゃない!」
「ごめんつい」
私は頭を下げた。でも、どうしてもそれ以上、聞いていられなかったのだ。
不機嫌になった彼女の後を、落ち込みながら追う。
「……そんなに彼が好きなの?」
「うん」
私は素直に頷いた。
「先生達に言われたわよね、私たちは一緒に生きなさいって」
「……うん」
「クリスは絶対男の人を好きにならないって思ってた」
「…………私も」
「だからクリスはわたしが守らなくちゃって」
フィーがニカッと笑った。
「それで、どうする?」
「…………フィーはどうなの、彼のこと」
「うん、わたしも好き」
フィーが答えた。
「でもね、クリスを任せられるかは、別の問題」
私は混乱した。どういう意味なの?
「だからしばらくこの件は保留ね」
「……分かった」
結局、これは私だけの問題ではない、私たちの問題なのだ。
安易に結論を下すことはできない。
「ふたりとも、どこへ行くんだ?」
いきなりヨシタツさんが目の前に現われた、いや気が付いた。
また怪しいスキルを使ったのだろう。
「ヨシタツさん!」
「どこ行っていたのよいったい!」
いまの会話を聞かれたのではと焦り、語調がついきつくなる。
「なんだ藪から棒に?」
リリちゃんの様子を説明すると、彼はひどく動揺した。
彼がいそいで帰ろうとしたとき、背後から騎士と兵士が現れた。
尾行されていたのだと、後から気がついた。
「ふむ、なるほど」
ヨシタツさんが騎士に逮捕されたあと、私たちはカティアさんを探し出した。
場末にある小さな酒場だ。
ギルドに駆け込み、セレスさんに教えてもらった場所だ。
カティアさんの隠れ家なので、他の人に教えてはダメだと釘を刺された。
セレスさんにも事情を話すと、彼女も調査してみると約束してくれた。
カティアさんが酒場のマスターに何事か告げるのを、ぼんやりと眺める。
彼女に相談して、気が抜けてしまった。
フィーなど、ずり落ちそうな格好で椅子に座っている。
うつろな目で天井を見上げ、身じろぎもしない。
彼のことが好きだと、あっけらかんと言った彼女。
口調の軽さとは裏腹に、その胸の内には真剣なものを秘めている。
でも、それ以上先に踏み込もうとしないのが不思議だ。
彼女はすでに私の気持ちを知っているのに。
「これを飲め、気分が落ち着く」
カティアさんが湯気の立つカップを差し出した。
私とフィーは受け取り、一口含む。お湯で割った甘いお酒だ。
「騎士が動いた以上、領主の思惑が絡んでいる」
彼女は静かに語りだした。
「だが、領主が一介の冒険者に興味を示す理由が分からん」
「なにかの間違いで逮捕されたのでは」
どうか、そうであってほしい。
「通常の逮捕なら、まずギルドに話が来る」
そしてギルドの手で捕縛させると言われた。
「だったらどうして」
「それをこれから調べるんだ」
彼女の言葉と共に、八高弟さん達が扉をくぐって入ってきた。
「おい、お前たち」
八高弟さん達が、カティアさんの前に並んで直立した。
「お前たちの弟が騎士に捕まった」
フィーが息を飲む。私の背筋も凍える。
誰も言葉を発しない。ただ怒気だけが部屋に充満する。
その静けさが恐い。
「明日の昼までに裏を取れ、集合はギルドだ」
カティアさんが簡潔に命じる。
「いけ」
その一言で、猟犬達が街に放たれた。
とぼとぼと、無力感にさいなまれ、宿に戻る。
結局、私たちに出来ることは少ない。
セレスさんやカティアさん達に任せるしかない。
無力な自分達がもどかしい。
シルビアさんやリリちゃんに、どう説明すればいいのだろう。
「タヂカさんが!」
リリちゃんの悲痛な叫びが食堂に響く。
シルビアさんの顔も強張っている。
「カティアが動いているのね?」
「あとお弟子さん達も」
「なら、大丈夫でしょう」
ほっとした様子だ。友人を信頼しているのだろう。
私たちはそれほど安心できないが。
「わたしのせいだ!」
リリちゃんが顔をおおって泣き出す。
「わたしがタヂカさんを追い出したから!」
そこでようやく、事の顛末を聞きだすことができた。
出発前にかわした、怪我をしないという約束。
毎日が不安だけど約束を信じて頑張ったこと。
戻ってきてくれたことが凄く嬉しかったこと。
包帯だらけになった彼を見て取り乱したこと。
約束を忘れてしまった様子が悲しかったこと。
彼は自分の心配など気にもしていないのだと、
そう思ったら乱暴してしまった。
だけど、怪我人にそんなことをして後悔した。
リリちゃんは次から次へと懺悔する。
正直、二人の約束なんて、私たちも忘れていた。
あの戦いに、そんな約束を守る余裕などなかった。
下手をすれば怪我どころか、生きたまま貪り食われていた。
五体満足で帰れただけ幸運だったのだ。
いや、幸運ではないと、いまさら思い至る。
ヨシタツさんが懸命に努力した結果なのだ。
考えてみれば、思い当たる節がいくつもある。
彼は、なるべく戦う人達の危険が減るよう、常に気を配っていた。
他人の危険を減らした分を補うように、単身で斬り込んで行ったのだ。
一瞬、激しい怒りで自分を見失ってしまう。
怒りが灼熱の炎となり、身体中の血液が沸騰したみたいだ。
誰よりも危険に立ち向かい、怪我を負ったアイツへの怒りがある。
そんなアイツに、子供っぽい感情で乱暴したガキも許せなかった。
怒鳴ろうとした私の手に、フィーの手が重ねられた。
その冷たい感触で、いつものように怒りが治まる。
よく考えたら、わたし達は人のことを言えた義理ではない。
「ヨシタツさんはね、臆病者なの」
フィーがリリちゃんに語りかける。
「私たちの前では見栄を張っているけど、本当はとても怖がりなの」
私も同じことを感じている。
危機に陥ると、彼はいつも顔色が変わる。
そのくせ強がりを言ったり、軽口を叩いたりする。
「ほんとうにひどい戦いだったの。ヨシタツさん、何度も危ない目にあったわ」
そうしてとうとう、鎧蟻の親玉まで倒してしまった。
「でもね、逃げ出したりしないで、頑張ったのよ?」
フィーがリリちゃんの頭を撫でる。
どこかで見た光景だと感じ、すぐに思い出す。
彼女はいつも、こうして妹弟達をあやしていた。
「どうしてだと思う?」
ようやく気が付いた。
「…………どうして?」
「それはね、シルビアさんと、リリちゃんを守るため」
この子を守るために、彼は必死に戦っていた。
「あなたが想うのと同じぐらい、ヨシタツさんもあなたが大切だから」
目を見開いたまま、はらはらと涙を流すリリちゃん。
……こんな小さな女の子に、自分は嫉妬したのだ。
翌日、ふと思い立ち、ある人物を呼び出した。
リリちゃんが心配なので、フィーに付き添わせている。
だから今日は珍しく一人っきりだ。
着慣れない街娘の格好をして喫茶店で待っていると、彼がやってきた。
「お待たせしました」
彼に会おうと思ったのは、ほとんど直感のようなもの。
だけど何かせずにはいられなかったのだ。
それに彼のことを、ヨシタツさんが高く評価していたのを思い出したからだ。
「なるほど、色々と腑に落ちました」
事情を説明すると、商業組合のラレックさんは納得顔で頷いた。
「なにかご存知なのですか」
彼の態度に希望を見出し、すがるように尋ねる。
だが、ラレックさんは目を閉じたまま動かない。
私は焦る気持ちを抑え、彼の言葉を待ち受ける。
「いま商業組合の内部で問題が生じています」
しばらくしてから、彼は説明を始めた。
「鎧蟻の素材が不足し、組合長とその取り巻きが窮地に陥っています」
お金の話はよく分からないが、彼はかみ砕いて説明してくれた。
鎧蟻の素材を巡り、事前に大金が動いていたらしい。
まだ入手していない素材を購入し、それを売る人達がいたそうだ。
買った人はふたたび、それを別の人に売る。
実物がないのに、鎧蟻の値段はどんどんつりあがったそうだ。
どうして実物がないのに買ったり売ったりできるのか理解できない。
そういうものだと思ってくださいと、ラレックさんは笑った。
そして組合長さんもその実物のない売り買いに参加したそうだ。
組合の資金を使って。
しかし、鎧蟻の素材は目標量にはとても足りなかった。
それでいろいろ困った事態になったらしい。
「組合長は冒険者資金で、組合の資金の穴埋めをしたいのですよ」
内容はなんでもいい。とにかく冒険者ギルドの責任問題をでっち上げ、追求する。
そしてそれを材料に交渉し、冒険者資金を取り崩したい。
その標的にされたのがヨシタツさんだと言うのだ。
「やり玉にあげるのに丁度よく見えるのです、タヂカさんは」
実質的な指揮官でありながら、冒険者ギルド内での地位は高くない。
ギルドに加入して一年も満たない新人なら、どうにでも料理できる。
しかも組合長は領主にも何事か働きかけているとの情報がある。
タイミング的に、ヨシタツさんの逮捕が関係しているのは明白だ
どういう手段かは不明だが、タヂカさんは生け贄にされるだろう。
そこまで聞いて、ふと疑念が生じた。
どうして彼は、こんなにも協力的なのだろう。
自分の所属する組織を裏切る真似をしてまで情報を明かすのか。
駆け引きなどとは無縁な私は、率直に尋ねた。
「鎧蟻の回収に失敗したわたしも、困った立場にいるんです」
彼は苦笑いを浮かべる。
「組合の上層部がすげ替わるぐらいの騒動になれば、逆に好機なんですよ」
……自分の好き嫌いを云々している場合じゃない。ラレックさんに利用されても良い。
要はヨシタツさんが助かればいいんだ。
「裏で組合長に知恵をつけている人物がいるようです」
私の表情を見て、ラレックさんは面白そうに付け加える。
「わたしには、その知恵袋がタヂカさんを過小評価しているのではないか、と思えるのです」
「どういう意味ですか?」
「わたしの得た情報では、タヂカさんは異常な早さでギルド内部に立場を築きつつあります」
そんなのは当然だと思う。例えば彼以外の誰が、あの鎧蟻の群れを全滅させられただろうか。
「もしかすると組合長とその知恵袋は、その辺を見誤っているのかもしれません」
藪から出ている尾を素手でつかみ、魔物を引っぱり出そうとしている。
そんな気がしますよと、ラレックさんは冷ややかに笑った。
「なるほどな」
ギルドマスターのジントスさんが唸り声を上げる。
冒険者ギルドの会議室に、関係者が全員集まっている。
ラレックさんからの情報を伝えると、みんなが考え込む。
「動機はわかったけど、どんな手段で陥れるつもりだろ?」
「商業組合の建物で、タヂカの査問会が開かれる」
マリウス君の言葉に、ラウロスさんが答える。
「表向きは自治会の主催だが、構成の半数は商業組合、立会人は騎士ギリアムだ」
「自治会の主催なら、街の総意であるような印象を与えられますね」
セレスさんが頷き、指先を顎にあてて考え込む。
「もっとも、立会人も採決に参加できますから、商業組合の主張が通るでしょうけど」
「そこで冤罪をかぶせるつもりか。だが何をネタに吊し上げるつもりだ?」
ジントスさんが首をひねる。
「鎧蟻の素材が駄目になった件でしたら、住民の共感を得やすいでしょう」
「そんな!? タヂカさんが街を守ったのに!」
「この場合は結果ではなく、手法が問われるのですよ」
もっと良い方法があったはずだ。そう主張する輩が少なからず出るはずだと。
セレスさんの言葉で頭に血がのぼるが、フィーが手を重ねてきた。
だいじょうぶ、感情的になっている場合じゃない。
「ですが、さすがにこれだけでは冤罪でも無理があるでしょう」
「組合長の屋敷にサイラスがおる」
「へえ、あいつ生きてやがったのか」
グラスさんの言葉に、他の八高弟さん達が目をぱちくりさせる。
誰もが彼の事をすっかり忘れていた顔だ。私も同じだ。
……もしかして、彼が組合長の知恵袋!?
「間違いありませんか?」
「気づかれるのであまり近づけん。だがあの身のこなしは、あやつに間違いない」
セレスさんの問いに、グラスさんは自信ありげに答える。
「うむ読めたぞ」「姐御?」
ガーブさんが頷き、ラウロスさんが隣に目を向ける。
「ヨシタツをおとしめ、サイラスの功績を喧伝する。領主と組合長の肝いりでギルドに返り咲く、か」
そこまで言うと、カティアさんは凄みのある笑みをギルドマスターに向けた。
「ジントス、ヤツの処分はもう待てないぞ?」
「仕方あるまい……あの馬鹿者めが」
ジントスさんが重いため息をつく。
わたしは、怒るよりも悲しくなってきた。
こんな醜い企みに巻き込まれたと知ったら、ヨシタツさんは嘆くだろうか、怒るだろうか。
ふっと、脳裏に映ったヨシタツさんは
他人の悪意も善意も届かない荒野で、ただ苦笑いしているだけだった。
「タヂカの居場所も突き止めたぞ」
途切れた集中力が、ガーブさんの言葉でよみがえる。
「ちょっくら助けに行ってやるか?」
「そうしましょう!」
「駄目だ」
ベイルさんの提案に賛成すると、カティアさんに止められた。
「どうしてですか!?」
「仮にも領主が関与しているんだ、下手な真似はできん」
ジントスさんも無念そうだ。
もし、ここにいる人達が頼りにならないとしたら。
私とフィーは頷きあう。その時は
「馬鹿なことを考えるなよ」
しっかりとカティアさんに見抜かれた。
「手がないわけじゃない」
カティアさんの視線を受け、セレスさんが部屋を出る。
戻ってきた彼女は、手にした箱をテーブルの上に置き、蓋を開けた。
中身がなんなのか、最初誰にも分からなかったようだ。
「……霊礫か!?」
ラウロスさんが驚愕の叫びをあげる。
霊礫! それはもはや、つぶてという大きさではない。拳大ほどもある。
「鎧蟻の女王から採取したものだ。これを交換条件にすれば、領主は手を引く」
それはそうだろう。この霊礫にどれほどの価値があるか、見当もつかない。
「だったら、これを組合長にやれば解決じゃない?」
「それは駄目だ」
ラヴィさんの提案をカティアさんが一蹴する。
「これだけコケにされたんだ、ヤツとその取り巻きは潰す」
どうせ組合資金の穴を埋められなければ、勝手に自滅するだろうがなと嗤う。
「ただひとつ、問題があります」
セレスさんが割って入る。
「こちらの所有権は、ヨシタツさんにあります。ですから本人の同意なしに」
「しかたあるまい」「黙ってりゃ分かりゃしねえ」「あの人のためだしね」「うむ、所詮はあぶく銭」「気付きはせんて」「ふひひ」「むう」「大丈夫だいじょうぶ」
八高弟さん達、人のお金だと思って勝手なことを言います。
「そういう訳には。ギルドの規則ですし」
「もし問題があったら」
私は立ち上がり、セレスさんに告げた。
「私が責任を取ります」
全員が口を閉ざした。
「もし仮にですが、後でヨシタツさんが異議を申し立てたらどうします?」
セレスさんが試すように言った。
「弁償します」
「払える金額ではないと、理解していますか?」
「分かっています」
「書面にしたら署名できますか?」
「もちろんです」
「わたしも署名します」
フィーが立ち上がって宣言した。
私は止めなかった。私たちは運命を共にしているのだ。
「…………絶対にそんなことにならないと信じていますね?」
『はい』
「はいはい分かりましたよそれでいいですねマスター」
「お、おう。ギルドマスターとして承認する」
なんか投げやりなセレスさんに気圧されてジントスさんが頷く。
「では私も」
「あ、姐御? ここで便乗するのはさすがにどうかと」
「そりゃまずいよ」
「そうよ姐御! ちょっとは雰囲気読まないと!」
「な、なんだよお前ら!」
なんだかカティアさん達が言い争っているが、気にしない。
ヨシタツさんを助ける目途がついたのだ。ついに彼の力になれる機会を得た。
助けられてばかりいた私たちが、彼に報いることができるのだ。
待っていてくださいヨシタツさん!
…………そう思って張り切ったのに。
商業組合の建物からヨシタツさんが出てきた瞬間。
駆け寄ろうとした私たちより先にリリちゃんが突進した。
胸にとび込んできた彼女を抱きとめるヨシタツさん。
あの、リリちゃん?
なんかヨシタツさんの目も潤んでいるし。
……いいのよ、どうせリリちゃんの方が可愛いし。
感動の再会をやるせない気持ちで眺めていたら
ヨシタツさんが手をこちらに差しのべ
「ほら、二人とも帰ろう」
戸惑ったのは一瞬で、すぐに顔がゆるんでしまった。
フィーと一緒に駆け寄り、彼の手をガッシリとつかんだ。