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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
さだめに抗う冒険者
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逮捕?

 俺はいま、絶体絶命のピンチを迎えていた。


 かつてない強敵である。

 反撃など思いもよらず、相手のなすがままだ。

 唸りをあげる連続攻撃を、ただ必死にしのぐだけ。

 容赦ない一撃をかわしざま、俺は叫んだ。


「話せばわかるっ!」

「タヂカさんの嘘つき!」


 リリちゃん、問答無用と久々のホウキ術を披露する。

 街の道場で習った護身術だそうだ。

 生活を守る日用品は、すなわちに身を守る術に通ずる、という教えらしい。

 その名は、日用生活殺法

 住まいを清潔にするための道具がいま、血に飢えた凶器と化して牙を剥く。

 ホウキ職人さんに謝れ!


 しかし俺とて死線をくぐりぬけてきた。

 体を横にずらし、打ち下ろされたホウキをかわす。

 ふっ、俺も成長しているのだ。

 スキル無しでも、十四歳の女の子ぐらいなら恐れるに足らず!

 するとリリちゃん、手元でぐるぐるとホウキを回転させはじめた。

「それはまさかっ!」

 かつて怠惰な生活を送っていた俺を、何度も叩きのめした必殺技。

 ブンブンと次第に高まる風切り音。

 急速な回転運動で、ホウキは残像となって捉えられない。

 どの方向から攻撃がくるか、相手に予測させない構えである。

 リリちゃん本気だ!


 回避 発動


 大人気ないとか、そんな状況ではない!

 加速によって威力を増した一撃が放たれた。

 生存本能が逃げろと喚く。

 しかし回避スキルは、半歩の踏み込みを命じる。

 真正面から迫るホウキの柄の、やや中心に近い部分。

 そこに手の平が添えられ、スッと軌道をずらす。

 避けた、そう判断して油断した。

 くるりとリリちゃんが背を向けた。

 回避したはずのホウキの柄が、今度は斜め下から襲い掛かる。

 のけ反った俺の鼻先をかすめ、また来た!

 丸のこぎりのように間断なく、穂先と柄が次々に襲ってくる。

 軽快なステップにトリッキーなターンを織り交ぜながら。

 相手を幻惑し、息もつかせぬ見事な連続攻撃。

 腕をあげたなリリちゃんっ……て。


 なんでリリちゃんと戦わなきゃなんないの!?


 並列起動―剣術

 顔面を狙う穂先を屈んで避け、足元を払う柄を跳び越え

 俺は脱兎のごとく逃げ出した。

「待ちなさい!」

 恐るべし日用生活殺法!



「と、いうわけなんだが」

「それは災難でしたね?」

 なんとも言えない表情でモーリーが首を傾げる。

 俺も同じ気持ちだ、訳が分からない。

 怪我のことを話したら、モーリーは心配そうに包帯の上から傷に触れる。

 触れられた部分がムズ痒いが我慢する。小学生が傷を見せびらかすのと同じだ。

 つい強がって、自慢したくなるのだ。



 街に帰還した俺達を出迎えたのは、実に微妙な空気だった。

 鎧蟻討伐が完了し、ギルドへ進む俺達を、住民たちが遠目に眺める。

 セレスによれば、事の次第は住民たちに伝えられたそうだ。

 住民達は開示された情報に愕然としたらしい。


 鎧蟻が侵攻してきたこと

 全滅させたので危険がないこと

 鎧蟻の素材が回収できなくなったこと


 特に最後の一点が問題だったようだ。

 終わった危機より、機会を失った利益が重要なのだ。

 その気持ちは一般庶民である俺にも共感できる。

 実際に戦った者としては、また別の感慨はあるが。


 俺達に向けられた視線に、あからさまに非難がましいものはない。

 彼らも辺境に住む人間だ。魔物の脅威は骨身にしみている。

 だから理性では俺達の成果を評価しても、感情が伴わないのだろう。

 複雑な視線を浴びながら、俺達はギルド本部に集合した。



 ギルド本部では、あちこちで歓声があがっていた。

 今回の件の報酬が、冒険者に支払われているのだ。

 さすがは冒険者、街の微妙な雰囲気などお構いなしだ。

 特別報酬を合わせ、討伐隊の連中はけっこう儲けたようだ。

 生き残り、報酬を得た。彼らにとって大事なのはその二つ。

 街の住民に喜ばれようが恨まれようが気にもとめない。


 しかし、俺はそんな浮かれた気分の蚊帳の外にいた。

 総合評価が面倒なので、支払いは後にしてくれと言われた。

 立場や作戦上、俺が討伐した鎧蟻は捨て置きになっている。

 冒険者のほとんどは、タグをつけて所有権を明らかにしているらしい。

 なんというか、冒険者としての年季が違う。

 クリサリスとフィフィアは、八高弟の証言により、報酬が支払われた。

 しかし俺は一人で潜行したため、ギルドの調査待ちの状態だ。

 がっかりしている俺を、セレスが慰めてくれた。

「ちゃんと調べておきますから」

 この事件の詳細な記録のために後日、冒険者達から聞き取り調査が行われる。

 それと併せて、俺の功績を評価してくれるらしい。


 仕方がないので俺はひとり、ギルドを出た。

 クリサリス達は、セレスと話があるそうだ。

 治療院に寄って、あらためて怪我の様子を診てもらう。

 後遺症の心配はないが、安静にするようにと注意された。

 顔中に膏薬を貼られ、包帯でぐるぐる巻きにされた。

 ずいぶん大げさだなと苦笑した。


 そうして懐かしの宿へと帰った。


 街で戦力集めをしている間は、ギルドで寝泊りしていた。

 何日ぶりの帰宅になるだろうか。

 リリちゃんが宿の前で掃き掃除をしていた。

 いつもの帰宅時と同じ光景に、じんわりと胸が温かくなる。


「ただいま、リリちゃん」

「…………」

 彼女は目を見張ったまま硬直している。

「タヂカさん……それ?」

 漠然と指先を向けられた。あ、しまった。

「ちょっとしくじってね」

 上着は羽織らず、きちんと着込んでおくべきだった。

 顔の膏薬だけでなく、包帯まで見られてしまった。

「まあ見た目ほど大したことないから、気にしないで?」

 心配掛けないように、気軽な調子で言ったつもりだった。

 次の瞬間だ。


 リリちゃんの目が吊り上ったのは。



「いきなり手にしたホウキで打ちかかってきたんだ」

 あとはもう、聞く耳もたないという感じだった。

「はあ、そうですか」

「年頃の女の子は難しいね」

「いえ、思春期は関係ないような?」

 そう呟いたモーリーが首を傾げる。

「いえ、関係あるかも」

「え、なにか分かった?」

 モーリーに相談してよかった。

 女の子の気持ちは女の子に訊くにかぎる。

 クリサリス達に訊こうとは思わないけど。

「嘘つき、と言われたんですよね?」

「そうなんだよ」

 と言うか、ほとんどそればかりだった。

「本当に身に覚えがないんですか? 例えば何か約束をしたとか」

 約束? はて、そんな記憶は…………


(ヨシタツさん、怪我をしないでね)

(大丈夫だよリリちゃん)


 たらーり、たらりと四六のガマのように汗が流れ出す。


(ほんとに? 約束よ?)

(ああ、約束だ)


 …………まずい。

「身に覚えがあるんですね」

 モーリーがじっとりとした目で睨む。

 彼女にそんな目で見られたのは初めてだ。

「いや、だって、それは」

「言い訳は男らしくないです」

 容赦なく切り捨てられた。



「かわいそうに」

 サク

「心配で夜も寝られなかったでしょうに」

 サクサク

「街にいるなら顔ぐらい見せてあげれば良かったのに」

 サクサクサク

「誰かに無事を知らせてもらうとか考えなかったのですか」

 サクサクサクサク

 モーリーは穏やかな口調で俺の心を細切れにする。

 俺が経緯を話す合間に、彼女は痛烈な感想を差し挟む。

「私だって魔物の話を聞いた時、タヂカさんも関係しているのかと案じました」

 どれも至極ごもっともな指摘なので、返す言葉もない。

「ましてタヂカさんを見送ったリリちゃんは、どんな思いだったでしょう」

 彼女はいま、神殿の石段に腰をかけ、俺を見下ろしている。

 俺は地面に正座をして、反省中だ。

 いつも俺がお祈りしている格好を思い出し、彼女が採用したのだ。

 この世界に、説教に正座という文化が持ち込まれた瞬間かもしれない。

 どうでもいいことだが。


「リリちゃん、玄関先で掃除をしていたんですよね?」

「……はい」

「もしかして、ヨシタツさんの帰りを待っていたのかも」

 グサッときた。こ、これは致命傷だ。

「す、すごくキレイ好きとか? モーリーだっていつも掃除ばっかり」

 彼女もたいがい神殿周りの掃き掃除をしているし。

「私のことは結構です」

「……はい」

「それだけ心配していたのに、大怪我をした当人はケロッとして」

「そんな大怪我いえなんでもありません」

 睨まれたよ!

「しかも約束を忘れたのか悪びれた様子もなく」

「…………」

「頭に血がのぼったとしても仕方がありません」


 逆の立場だったら。

 リリちゃんの頬を叩いたかもしれない。


 俺は両手をつき、深々と頭を下げた。

「彼女の気持ちを踏みにじっていたことが、よく分かりました」

「い、いえ! そのすみません、偉そうなことを言って!」

 頭上で、ぱたぱたと彼女が走り寄る音が聞こえた。

「すみません、年上の方に説教など」

「年齢とか関係ない」

 情けないぐらい関係ない。自分が無駄に年を重ねただけなのがよく分かった。

「とにかく顔を上げてください!」

 モーリーが抱き起こそうとするので、身体を起こした。

「ありがとう」

 彼女を見詰め、感謝の気持ちを言葉にした。

「曽祖父の言葉は嘘じゃなかった」

「タヂカさんの?」

「ああ、女性は観音菩薩だと口癖のように教え込まれた」

 たまにぶらりと訪れ、四方山話を交わすだけの女性。

 それだけの関係の彼女が、俺を教え導いてくれたのだ。

 感謝のあまり拝みたいぐらいの気持ちだ。

「カンノンボサツ?」

 そっか、ここは異世界だった。なんと訳せばいいのやら。

「女神という意味だよ」

 曽祖父はそんな風に話していた。本当は違うらしいけど。

 俺は勢いよく立ち上がった。ぐずぐずしてはいられない。

「悪い、急いで戻らないと。礼はまた今度!」

 別れの言葉もそこそこに、さびれた神殿を後にする。

 隠蔽―並列起動―剣術

 俺は猛然と駆け出した。



 街外れからここまで、ほとんど速度を緩めなかった。

 一刻も早くリリちゃんに会って謝りたい、その一心だ。

 宿のある住宅街に入った直後だった。

 前方からクリサリスとフィフィアがやってくるのが見えた。

 スキルを解除し、急停止する。


「ふたりとも、どこへ行くんだ?」

「タヂカさん!」

「どこ行っていたのよいったい!」

 二人から凄い剣幕で詰め寄られる。

「なんだ藪から棒に?」

「リリちゃんが部屋に閉じこもってしまって」

 うわああ。クリサリスの言葉に頭を抱える。

「泣いているわよ?」

「…………」


 リリちゃんが心を痛めているのに、心の隅でそれを嬉しいと感じていた。

 浅ましいと解っていながら、わき立つ感情を抑えることができない。

 この異世界に、根を下ろしてきたのだと実感できたから。

 いくら慣習や風俗に馴染もうと、それだけでは根無し草と同じだ。

 だけど心配のあまり怒り、泣いてくれる人がいてくれるのなら


「先に――」

 言葉を続ける前に、クリサリス達の背後から近づく人影に気付いた。

 一人の騎士が、三人の兵士を率いてこちらにやってくる。

「冒険者ギルド所属のタヂカだな」

 騎士はギリアムさんだった。

 賞金稼ぎの頃へ、時間が巻き戻ったように錯覚した。

「我々について来てもらおう」

 三人の兵士に身柄を拘束される。

『タヂカさん!!』

「俺だけ、ですね?」

「そうだ」

 良かった。身をすくませているクリサリス達を振り返る。

「リリちゃんに伝えてくれないか? 約束を破ってごめんって」

 兵士に引き立てられながら、伝言を頼む。


「あと、ありがとうって」

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