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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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ストーキング

 それから5日経った。

 早朝、俺は北門から街の外に出た。

 短矢弓銃の矢に仕込む、麻痺毒の採取のためである。

 そろそろ手持ちの麻痺毒の賞味期限が切れるためだ。賞味期限はおかしいか?


 名称:麻痺毒

 期限:残5日

 効果:麻痺3


 看破、便利すぎる。

 ちなみに麻痺毒の原料は、こうだ。


 名称:コドクガエル

 年齢:6ヶ月

 種族スキル:毒粘液


 人間にスキルがあるように、魔物には種族スキルがある。

 どうやらこれは、魔物の種族によって違う、生まれつき持つスキルのようだ。

 まだ断言はできないが、人間と魔物の違いのひとつに、人間は後天的にスキルを得て、魔物は先天的にスキルを得る、と推測している。

 人間は必ずしもスキルを得られるとは限らないが、その種類と数に自由度がある。

 魔物は先天的にスキルを得るが、それ以外のスキルは得られない。

 結論を下すにはサンプルが少ないので、もっと観察する必要があるが。

 森の入り口辺りで落ち葉をひっくり返し、親指ほどの小さな両生類を見つけた。

 青い縞と赤い斑点がきれいな両生類である。

 このカエルを見つけたのは、偶然だった。どうやらこのカエルの特性は、ほとんど知られていないようだ。

 俺は防水性の皮手袋越しにカエルを捕まえると、蒸留酒の入った壷でジャブジャブ洗った。

 こうしてカエルの体表から粘液を洗い落とし、後は壷を静かな場所において置く。

 すると粘液の成分が底に溜まり、麻痺毒となる。

 この方法は、俺なりに工夫したレシピだ。

 最初は致死性の毒薬を作りたかったのだが、アルコールのせいなのか時間経過によるものなのか、即効性の麻痺毒になってしまう。

 俺は何匹ものコドクガエルを探しては、蒸留酒で洗う。

 アルコールで洗っても、コドクガエルは死んだりしないので安心だ。洗った後は丁寧に落ち葉の下に逃がしてやる。

 俺は作業を続けながらも、探査のスキルを常時、発動している。

 魔物が接近すれば、気付かれないように逃げるためだ。

 幸いにも、いままで魔物に出くわしたことはない。

 森には魔物が多く生息しているらしいが、ここは森の中心部からはだいぶ離れた、浅い位置だからだろう。

 そう思って油断していたら。

 ふよん、と探査に何かが引っかかる感触があった。

 俺は身動きを止め、周囲を警戒する。

 息を殺しながら、探査のもたらす感触に集中する。

 どうやら魔物ではないようだ。おそらく人間だ。しかもこの金気を帯びた感触は冒険者のそれだ。

「・・・クリサリスと、フィフィアか?」

 記憶にある感触は、俺が数日前に出会った、新人冒険者とよく似ていた。

 あの日、一緒に昼食を摂って分かれてから、彼女たちには会ってない。

 カティアからは、初めての魔物狩りを三人でこなしたことを教えてもらった。

 あの二人に配慮してほしいという俺の頼みに応え、カティアが付き添いをしたらしい。

 律儀に頼みを果たしてくれたカティアには、恐縮して礼を言った。

 カティアほどの熟練冒険者が新人の付き添いをするなど、滅多にないことだ。

 もっとも、付き添いは初回だけだったらしい。

 カティアに言わせると、クリサリスとフィフィアの実力は、新人にしてはかなり優秀で、下級の魔物相手なら心配はないそうだ。

 俺はしばらく彼女たちの様子を探査で観察していたが、どうにも好奇心が抑えられなくなった。

 手にしていたコドクガエルを一匹、袋に入れて腰に下げる。

 そっと足音を忍ばせながら彼女たちのいる方向に歩き出した。


 彼女たちは、俺のいる場所より森の奥にいるようだ。

 魔物の生息区域は、明確に区切られているわけではない。

 ただ、多めに分布している場所というのは、ある。例えば、この森などがそうだ。

 冒険者ギルドでは魔物をその種類によって、下級から上級まで等級別に分類している。

 これは、その魔物の強さを目安にしたものだ。

 カティアによれば、あくまで目安であって盲信するのは危険らしい。

 魔物の分布にしてもそうだ。

 強い魔物は森の奥深くに棲息する傾向がある、というのは冒険者にとって常識らしいが、これも絶対ではない。

 要するに、魔物には魔物の都合があって生きているのであって、冒険者の実力に合わせて都合よく出現してはくれない、ということだ。

 そういう意味では、彼女たちは数日前に冒険者になった新人にしては、やや森の奥に深入りしているような気がしないでもない。

 もっとも、冒険者ですらない俺には断言できない。


 森の拓けた場所に出たとき、彼女たちを発見した。

 俺に背を向けた位置で、なにやら緊迫した雰囲気だ。

 俺は茂みに隠れたまま、そんな二人の様子をうかがう。

 やがて、彼女たちのさらに向こう側。暗い木立の陰から、魔物が三体、現れた。


 名称:グルガイル


 距離のせいなのか、名称しか分からない。たしか下級に分類される魔物だ。

 人型で、成人男性よりひとまわり小さく、全身をこげ茶色の毛皮で覆われている。

 前傾姿勢で歩き、長い両腕が地面まで届き、顎はイヌ科の肉食獣のように突き出ている。

 興奮しているのか、長い舌を垂らしながら荒い息を吐いている。

 思わず短矢弓銃を取り出した。

 むろん、こんな武器は役には立たない。分かっていながら、素手のままではいられない。

 腰には念のためにと長剣を差しているが、それが届く距離に近づきたいとは思わない。

 彼女たちは、緊張こそしているものの、臆した様子はなかった。

 栗毛のクリサリスが、剣を構えて一歩、踏み出す。

 金髪のフィフィアは棍棒を前に掲げる。

 両者のあいだに高まる戦意。一歩も引かず、互いを獲物として狙いを定める。

 グルガイルが駆け出そうと全身をたわめた瞬間、

 高らかに叫ぶフィフィア。

 彼女の頭上に火の玉が浮かび、まっしぐらにグルガイルたちに突き進む。

 魔物たちは驚いたように立ちすくみ、火の玉を避けようと左右に逃げ出す。

 彼らのいた地面に落下した火の玉が弾け、周囲に炎を撒き散らす。

 おおお。思わず感嘆の叫びをあげかけ、あわてて口を押さえる。

 真ん中にいたグルガイルが、その炎をまともに浴び、絶叫をあげる。長い毛に炎が移り、転げまわる。

 そのときには既に、クリサリスは右側のグルガイルに切り掛かっていた。

 火の玉が飛び出した瞬間、彼女は駆け出していたのだろう。火の玉だけに注目していた俺は、それに気が付かなかったようだ。

 それはグルガイル達も同様だった。

 危うく火の玉を避けて無防備だった右側のグルガイルの喉に、クリサリスの剣先が突き刺さる。

 声もなく仰向けに倒れるグルガイル。

 ようやく状況を悟った左側のグルガイルが、雄たけびを上げてクリサリスに襲い掛かる。

 長い両手を右に左にと振り下ろすその爪は、鋭利な刃物のようだ。

 刺さった剣を抜き、クリサリスは軽いステップで一歩、二歩と後退して避ける。

 時には剣を持って鋭い爪を弾くが、勢いはグルガイルが優勢に見えた。

 ろくに反撃も出来ず、クリサリスは徐々に追い詰められているように思えた。

 それは間違いだった。

 いつの間にか接近していたフィフィアが、背後から棍棒をグルガイルの後頭部に打ち下ろした。

 カンっと、弾けるような音が鳴り響く。重さはないが、遠心力に乗せた速い一撃だ。

 棍棒の衝撃に立ちすくんだグルガイルの頚動脈を、クリサリスがサッと切り裂いた。

 血しぶきをあげながら、グルガイルはゆっくりと倒れた。


 最初に火の玉をくらい、うめき声をあげてうずくまっていたグルガイルに止めを刺すと、クリサリスはそのまま周囲を警戒した。

 フィフィアは億劫そうに、膝に頭を乗せて座り込んでいる。

 戦いの一部始終を見て、俺は満足していた。

 ようやく、魔術スキルの概要が把握できた。

 この世界には、御伽噺のような魔法使いが存在したのだ。

 年甲斐もなくわくわくしていた。子供の頃に見た、特撮映画よりも迫力のある光景に、胸を躍らせていた。

 いまにも彼女たちの元に駆け寄り、質問を浴びせかけたくなるのを、ぐっとこらえる。

 そうして息をひそめ、彼女たちを観察していると、フィフィアはゆっくりと立ち上がり、クリサリスに声を掛けた。

 クリサリスはうなずくと、腰から分厚いナイフを引き抜き、グルガイルの死体に近寄る。

 今度はフィフィアが、警戒にあたるようだ。

 クリサリスはかがみ込むと、グルガイルの死体にナイフを突き立てる。そのまま一気に胸を切り開いた。

 冒険者は、魔物を狩る。その目的のひとつは、魔物の間引きだ。

 食物連鎖の枠外で際限なく増殖する魔物は、人類社会共通の脅威であり、国や地域社会が報奨金を出して、魔物狩りを支援している。

 それを主に請け負うのが冒険者だ。

 但し、魔物狩りの報奨金だけでは、冒険者のうまみは少ない。

 そこで冒険者は、魔物から毛皮や牙、内臓など、有用な部位を採取する。特定の魔物には、とても高価な部位もある。

 いましがた、彼女たちが狩ったグルガイルには、その有用な部位がない。

 だが、魔物の体内からは、魔物すべてに共通して採取できる物質がある。

 魔物の心臓付近に生成される、霊礫という結晶である。

 無色透明で、普通は麦粒ほどの大きさだ。これを集め、精製すると高価な霊薬ができる。

 クリサリスは切り開いた魔物の胸に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。

 霊礫は粒が小さいので、探すのにコツがいるらしい。だからクリサリスのような新人がやると、とても凄惨な光景になる。

 それでも何とか、グルガイル三頭から霊礫三粒と、討伐証明用の右耳を回収したようだ。

 遠目でも、ふたりが笑顔を浮かべているのが分かる。

 血まみれのクリサリスが嬉しそうに駆け寄ると、フィフィアはさっと避けた。


 それから彼女たちは、着実に戦果を挙げていった。

 グルガイルをはじめとする初級の魔物を見つけては血祭りにしていくのを、俺は隠れながら追跡し、観察した。

 昼過ぎになり、狩りを続ける彼女たちを残し、俺はその場を立ち去った。

 二人の実力は確かなものだったが、それ以上に連携に感心した。

 フィフィアの魔術による、中遠距離からの先制攻撃。

 混乱した敵に突撃するクリサリス。

 最後に二人で挟撃して殲滅。

 基本的な流れはこんな感じで、あとは状況に応じて対処する。

 戦闘に関して素人な俺だが、フィフィアの魔術を効果的に活用した戦術だと思う。

 やはり、冒険者として働くには、メンバーを組むのが効率的のようだ。

 彼女たちの戦いぶりを思い出し、自分のパーティー実現に思いを馳せる。


 そのとき俺は、間違いなく油断していた。

 下級とは言え、魔獣が多く徘徊する森の奥に、一人で侵入したのだ。

 追跡に集中するあまり、身の危険を忘れていた。

 そのツケが、探査に引っかかった。

 それは魔物の感触。探査の範囲ギリギリの境界線上にいる。

 木立にさえぎられ、視認はできないが、その存在ははっきりと分かる。

 魔物に注意を凝らし、精査する。

 ぞくり、と背筋を悪寒が走る。

 探査で捉えた魔物には、それぞれ独特の感触がある。

 漠然とだが、その魔物の強弱が把握できる。

 その魔物は、大きな反応を示した。

 グルガイルのような下級ではない。間違いなく上級だ。

 近接スキルのない俺が出くわしたら、ひとたまりもない相手だ。

 それでも、俺はその時点では楽観していた。俺は息をひそめ、魔物が立ち去るのを待つ。

 探査スキルのある俺ならば、どれほど強い魔物でも、回避できる自信があったのだ。

 だが、魔物は一向に動こうとしない。訝しく思ったその瞬間、

 俺の真横を、何かの気配が通り過ぎた。

 身を強張らせ、キョロキョロと辺りを窺うが、何の影も形もない。

 探査の範囲を狭め、自分の周囲を探る。

 焦点を合わせたり範囲を絞ると、探査の精度があがる。だが、小動物や昆虫の気配はあるが特には

 また、気配を感じた。今度は俺の背後の方向だ。振り返っても、やはり何もいない。

 いや、これは!

 恐怖が、絶望が、俺を打ちのめした。

 探査には形ある物体は何も捉えていないが、奇妙な反響がある。

 かすかに感じるそれは、馴染み深いものだった。


 魔物が探査スキルを使っていた。


 俺は自分の探査スキルを解除し、地面にうずくまった。

 おのれの愚かさ、うかつさを罵る。

 自分だけが、探査スキルを持っているなどと、どうして考えたのか。

 探査スキルは森の中、姿の見えない獲物を狩る魔物の方が、生得していて当然の能力だ。

 弱肉強食の進化の過程で淘汰され、種族スキルとして獲得している可能性は、十分に予測出来たはずなのに。

 予測できるはずがないと愚痴を言っても、現実は非情だ。

 俺はいま、ただ狩られるのを待つだけの、哀れな弱者に過ぎない。

 強者である魔物から隠れ潜み、その視線を避けることだけを願うだけの非力な存在だ。

 俺は願った。ただひたすらに祈った。

 どうか、どうか見つかりませんようにと。

 見つからないはずがなかった。

 分かっている。探査を使っていままでさんざん人間を殺してきた俺には分かっている。

 魔物は、必ず俺を見つけるだろう。

 もしかすると、いまも目前にまで迫り、顎からよだれを滴らせながら俺を見下ろしているかもしれない。

 祈らずにはいられない。祈ることしかできない。


 そして心が折れた。折れた心の先に平穏が訪れた。


 俺は人間を止めた。賞金稼ぎであることを、冒険者への望みも捨てた。

 人間であるから、狙われる。人間だから恐怖する。人間だから痛みを感じる。

 そんな不都合ばかりの人間ならば、人間を止める。

 俺は一匹のネズミになる。一本の木になる。一握りの草になる。

 地面に転がるだけの小石に、ただの無価値な無機物になる。

 狂気の果てに、記憶が蘇る。

 三人目の獲物だったギースだ。

 俺が一番、狩るのに苦労した獲物だった。

 彼には、何の近接スキルもなかった。

 日常生活に役立つスキルもなかった。

 しかし、誰よりも困難な獲物だった。

 偶然、道の角で出くわさなかったら、逃していただろう。

 出会いがしらに顔を見合わせた瞬間だった。

 ためらいも覚悟もなく、ごく自然にナイフを突き出していた。

 自分の腹に刺さったナイフを見て、きょとんとしたギースの顔を、時々夢に見る。

 いまもまた、口元に曖昧な笑みを浮かべる、若々しい顔がよぎった。

 彼が唯一、所持していたスキルを思い出す。


 それがどういう意味を持つスキルなのか、いまようやく理解した。


 それから何度も、うずくまる俺の背中を、魔物の探査スキルの効果が往復していった。

 俺の上に数秒ほど、止まっていた感触もあった。

 やがて糸を手繰り寄せるように徐々に離れてゆき、最後には完全に気配は消失した。

 どれほどうずくまっていただろうか、俺はごろりと仰向けに転がった。

 死ななかった、それが無性にうれしい。

 あの魔物の側には、どれほど金を積まれても、近寄りたくない。

 ひとつ、分かったことがある。

 あの魔物の探査スキルは、ピンポイントで発動するようだ。

 俺の探査スキルは範囲で効果を及ぼす。探査スキルにも種類があるのだろうか。

 だが確かめる気にはならない。

 早々にここを立ち去り、街に戻ることしか頭にない。

 いや違う。別の懸念が、脳裏をよぎる。

 焦る心のままに、探査スキルを展開する。

 なぜかスキルの効果範囲が広がっているが、それよりも魔物の行方だ。

 広がった探査範囲のギリギリで魔物を捉えたが、すぐに消えた。

 探査範囲の外側に出たのだ。完全にこちらを見失っている。

 消えた場所は、最後にクリサリスたちを見かけた方角だった。


 俺は自分の命が大事だ。世界で一番大事だ。

 何者にも換え難い、唯一の財産だ。

 それは間違いない。

 もし全世界の人間と自分の命を天秤に掛けたら、間違いなく自分の命をとる。

 俺は立ち上がり、膝に付いた泥を払った。

 十人もの人間を、自分の利益のために殺した人間だ。


 二人の女を見捨てることに、ためらいなどあるはずがない……


 俺はその場を足早に立ち去った。

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