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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
49/163

煉獄の魔人―前編

本日2話投稿 1話目



*

「よっはっトッ!」

 故郷の川では、よく石跳びをやった。

 せせらぎから頭を出している石を伝って跳びはねる、たわいもない遊びだ。

 足元が滑っても流れは浅く、せいぜいズボンを濡らす程度だった。

 そんな幼少時の記憶が蘇った。


 鎧蟻達の背を、その石跳びの要領で走る。


 森の中は鎧蟻でひしめきあっている。

 森の奥へ進むには、鎧蟻を足場にするしかない場面が頻繁にあった。

 踏みつける度にギギャ、ギギャと鳴く。まるで鴬張りの廊下だ。


 隠蔽は、鎧蟻の警戒網に対し有効だった。

 踏みつけた個体はさすがに反応するが、なぜか警戒網が発動する気配がない。

 色々と憶測は出来る。例えば周囲の仲間と情報を共有しているとか。

 ならば一匹だけ異なる観測をしても、エラーとして弾かれる可能性はある。

 だが、いつまでもこの曲芸のような真似は続くはずがない。

 どういうタイミングで、隠蔽が破られるか予測できない。


 だから一刻も早く、鎧蟻の中枢を探し当てる必要がある。

 

 鎧蟻の軍団は、完璧なほど組織的に行動している。

 全体が整然と進退し、一糸乱れることがない。

 あきらかに群れ全体がひとつの意志で統率されている。

 その指令系統の頂点にいる個体を、俺は探し出さねばならない


 どうして俺がこんな目に合うのか。益体もない自問は繰り返さない。

 他に適任者がいないからだ。スキル的に八高弟では不適当だった。

 探査、看破、隠蔽、剣術

 これらのスキルを併用できる者が必要だった。

 膨大な鎧蟻の群れの中から、たった一体の中枢個体を、ひそかに探し出す。

 その適任者が俺だった。それだけの話だ。


 生きた黒い絨毯を、剣術スキルの体捌きで突き進む。

 時折、探査を交えて位置確認する。隠蔽は常時発動だ。

 

 緊張と恐怖で、がりがりと神経が削られる思いだ。

 もし隠蔽が破られたら、逃げ場などない。

 全身を突起で貫かれ、酸で焼かれ、肉どころか骨まで噛み砕かれるだろう。

 鎧蟻にたかられ、絶叫をあげ生きたまま食われる自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 考えてはダメだと、頭では理解できる。

 恐怖は筋肉を硬直させ、足元を危うくする。


 剣術スキルは優秀だ。単に剣を振りまわす技能ではない。

 戦闘時の環境に最適化した動きを、肉体で再現してくれる。

 だからそれに身を委ねるだけでいい。そう思い込もうとする。

 だが俺はいまだに、スキルへの不信感を払拭することができない。

 緊張のあまり、久方ぶりに脳裏を過ぎった疑念はどんどん膨らみ


 つま先を、鎧蟻の突起に引っ掛けた。

 ぐらりと体勢が傾き、パニックを起こしそうになる。

 バランスを戻そうと脚に力を

 余計なことをするな!

 それは自分自身に言い聞かせた言葉のはずだ。

 なのに、もっと奥深いところからの叫びにも思える。

 スキルに身を委ねると、危なげなく体勢を取り戻す。

 そう、今だけは信じよう。

 どんなリスクがあっても、生きたまま貪られるよりはマシなはずだから。



 そしてついに、彼女を発見した。

 それは黒い海原につき出た、岩礁に似ていた。

 大小二つの巨体が、鎧蟻の水面に浮かんでいるようだ。

 距離をつめ、一瞬だけ看破を発動する。


 名称:大鎧蟻/女王

 年齢:七ヶ月

 種族スキル:執政官

 *

 名称:大鎧蟻/王



 この巨体が地上に出るのは、相当苦労したに違いない。

 全長は六メートル以上か。

 頭部や歩脚が体長に比べ、細く頼りなく見える。

 腹部が大きく、体長の半分以上を占めている。

 なんだか大きなズタ袋を引きずっているようだ。

 彼女こそ鎧蟻の群れの中枢、女王だ。


 その隣には、大型鎧蟻が付き従っている。

 背中から前に、槍のような角を突き出している。

 名称:大鎧蟻/騎士

 年齢:五ヶ月

 種族スキル:突撃 


 大きさは女王よりふた回り以上小さいが、見劣りはしない。

 脚は太く強靭で、身動きは機敏そうだ。

 尖った角は槍を思わせ、いかにも女王を守護する騎士を連想させる。

 彼女達を視界に入れながら移動方向を修正する。

 作戦を頭の中でさらう。

 目的はもちろん、罠に鎧蟻を誘い込むことだ。その手段も考えてはある。

 だが、鎧蟻の生態はいまだ未知数だ。

 俺の考え通りに動くとは限らない。

 この期に及んで、そんな迷いがある。

 思案に耽りながら、距離をおいて女王の周りを旋回する。

 やがて女王の前面に位置したとき


 彼女がこちらを睨んだ。

 そんなはずがない!


 小さな疑いは、すぐに解消された。

 女王はぎいいと金属的な叫びをあげる。

 それに応え、傍らの騎士が動き出した。

 騎士の尖角が、俺の移動にあわせて向きを変える。


 いきなり騎士が突進してきた。

 蹴散らされた鎧蟻が、左右に吹き飛ぶ。

 モーターボートが水面を割るような勢いだ。

 並列起動―回避

 迎え撃つなど、そんな考えは一切浮かばない。

 乗用車が突っ込んできて、剣で立ち向かう人間などいない。

 騎士の突進は避けた。

 だがノーマル達がこちらに吹きとばされてくる。

 刺付きのサッカーボールのようなものだ。

 回避スキルが即座に対応する。

 こちらに飛んでくる鎧蟻の軌道を時間差で読む。

 避けられない場合は剣で流す。

 あえて身体をさらし、致命傷を防ぐ。

 太ももと肩をかすったが、軽傷で済んだ。身動きに支障はない。


 ドンと音が鳴り響く。

 騎士の尖角が木に激突した。

 そのまま突き刺さったままでいてくれ。

 一瞬浮かんだ願いもむなしく、木がへし折れた。

 しかも背中に倒れてきた木を、身震い一つで振り落とした。

 そして再び、尖角がこちらに向けられる。

 俺と騎士の、壮絶な鬼ごっこが始まった。



 場所が森の中であるという点が、俺に幸いした。

 この辺りはひらけた場所だが、盾にする木はある。

 でなければ、とうに串刺しにされている。

 なにしろ鎧蟻を踏み台にして逃げるのだ。

 足元と回避に神経を使いつつ逃げ切れるはずがない。

 その頼りとなる木も、騎士に次々とへし折られている。

 いったん引くべきか、そんな考えはすぐに捨て去る。

 敵の本陣に侵入したのだ。相手がどうリアクションするか予測できない。


 蹴散らされた鎧蟻でさらに軽傷を負う。

 騎士がまた一本、木をへし折る。

 回避と剣術スキルの切り替えだけに意識を割き、思考を巡らせる。

 なぜ、騎士は俺の位置が把握できるのだ。理不尽な状況に腹を立てる。

 隠蔽はいまだ発動中だ。見破られているとは思えない。

 ギギャッと、踏み台にした鎧蟻が鳴く。

 だが現実に、騎士は俺目掛けて突進を繰り返している。

 木を間に置く位置をキープしつつ移動する。本当は無視して女王に接近したい。

 なのに騎士は、主との位置関係を計算しながら攻撃を仕掛けているようだ。

 無理に進めば、背中から串刺しにされるだろう。

 ああクソ! 胸の中で毒づきながら女王の方向を見る。

 彼女は相変わらず俺の方を見ている。

 表情もないのにあざ笑っている気がする。


 見ている?

 ギギャッと、踏み台にした鎧蟻が鳴いた。


 手ごろな木を探し、跳躍して幹にへばり付いた。

 剣を鞘に納め、無剣流を発動してするすると登る。

 太い枝から次の木に飛び移る。そのまた次の木へと。

 そこまでだ。跳躍して移動できる木は付近にない。

 眼下をジッと見下ろした。予想が外れれば、この木をへし折られて終わりだ。

 騎士はうろうろと左右を見渡し、俺を探していた。

 視線を転じると、女王もまた俺を見失ったらしい。


 間抜けにも、俺は警報装置を踏み鳴らしていたらしい。

 確かに警戒網はかいくぐっていたが、女王が群れを統括する機能を見落としていた。

 そもそもどうやって女王は、これだけの膨大な鎧蟻に命令を行き渡らせていたのか?

 前衛が罠の存在を感知したとして、どうやってそれを知り得たのか?


 女王の持つ執政官スキルがその答えのようだ。

 ノーマルの警戒網スキルが横の連絡を。

 ソルジャーの指揮スキル、女王の執政官スキルが縦の指令系統を担う。

 鎧蟻は高度なスキルネットワークを構築していたらしい。


 だが付け入る隙はある。騎士以外の鎧蟻を指示している様子がないのだ。

 詳細な指示は単体のみ、複数は大雑把な指示だけとか、制限があるらしい。

 さて、それが正解として、次はどうする?


 俺は胸のポケットから短刀を抜き出した。

 防具職人じゃないとぼやく工房の親父に頼んで、革鎧を改造してポケットを取り付けた。

 ポケットには計六本、投擲用の短刀が差し込んである。

 並列起動―投擲

 投げた短刀は狙い違わず、右側下方にいたノーマルの関節部に突き刺さる。

 ギギャッ

 女王がすぐさま反応する。騎士が向きを変え、短刀が刺さったノーマル目掛けて突進する。

 さらにもう一本、短刀を投げつける。今度は左側下方の鎧蟻へ。

 またもや女王が視線を向けて反応する。だが騎士は突進中だった。

 おそらく、唐突な指令変更に対応できなかったのだろう。

 方向転換中に足元のノーマルに足を取られ、体が大きく傾く。


 その時にはすでに、俺は地上にとび降り、疾走していた。

 ギギャッ

 再三の方向転換に、ついにバランスを崩した騎士が横転する。

 勢いのままに転がり、ぶち当たった木をへし折った。

 ちらりと確認してから、女王目掛けてひたすら駆ける。

 俺の接近に気がついた女王が向き直ろうとするが、その巨体が災いした。

 ほぼ真横から肉薄した俺は、衝突する寸前に跳躍した。


 女王の背に跳び乗った。

 女王が振り払おうともがくのを突起をつかんで耐える。

 素早く女王の全身を一瞥した。

 いた。腹部の付け根あたりに、くぼみがある。

 そこに埋め込まれるように収まった、白い塊。

 赤ん坊ほどの大きさのそれに、看破を発動する。


 名称:大鎧蟻/王

 年齢:七ヶ月

 種族スキル:生殖


 短刀を抜き、揺れ動く女王蟻の背をバランスをとって駆ける。

 側にあった突起に掴まり、くぼみに収まる王を見下ろした。

 貧弱そうな王は、強靭な顎を女王の腹部に突き刺している。

 白くぶよぶよした腹をつかんだが、いくら力を込めても引き剥がせない。

 下手をすると首がもげそうだ。死なれては元も子もない。

 二度、短刀を振り下ろした。王の顎を砕き、か細い悲鳴をあげる肉塊を引き剥がす。


 女王が絶叫した。いままでの鈍重な動きが嘘のように暴れまわる。

 苦痛と悲哀が感じられる叫びを聞きながら、懸命に突起を掴む。

 その絶叫で、確信した。彼が、彼女の弱点であることを。

 突起から手を離し、腰に下げた皮袋を紐ごと引きちぎる。

 王を片手にした俺は、女王から振り落とされた。


 隠蔽を解除する。

 剣術―並列起動―回避

 暴れる女王の脇を駆けぬけた。

 一瞬迷ってから、皮袋を女王の頭部に投げつける。

 中に入っていた麻痺毒が、その顔面にぶち撒かれた。

 再度上がる女王の絶叫。頭部を振りたくり、麻痺毒を振り払おうとする。


 軍団が狂乱状態に陥った。


 女王の混乱がそのまま鎧蟻の群れに伝播する。

 辺りが暴風が吹き荒れる湖面のように波立つ。

 全ての鎧蟻が鳴き、耐え難い不協和音を奏でた。


 その混乱を逃さず、鎧蟻の群れを駆け抜ける。

 前回の反応から、鎧蟻が麻痺毒を嫌う性質だとは知っていた。

 逃走の切り札にするつもりだったが、予想外の効果だ。

 だが、全ての鎧蟻が混乱のままに右往左往していたわけではない。

 キーキーと、左手に持った鎧蟻の王が鳴く。

 そのか細い悲鳴に引き寄せられ、跳び掛ってくる鎧蟻がいた。

 相手にする余裕はない。なるべく避け、時に蹴り上げる。

 タイムリミットが迫っている。

 一時の混乱から立ち直り、軍団は徐々に秩序を取り戻しつつある。

 襲ってくる鎧蟻の数も増えてゆく。

 左手に持った王は相変わらず助けを求め、鳴き続けている。

 この荷物を捨てたくなるが、大事な人質だった。


 最初に鎧蟻が進軍を止めたとき、スキルで中枢を探すと女王の反応を拾った。

 そこまでは予想通りだった。だが、その反応に王の反応が重なっていた。

 不思議だったのは、女王を看破すると王のデータまで現われたことだ。

 まるで二体でひとつの生物であるような感覚だった。


 そこでふと、雄が雌に寄生する生物がいることを思い出した。

 しかも周囲には他の雄の反応がない。

 だから女王にとって唯一の伴侶ではないかと推測した。

 元の世界の蟻や蜂は、生殖行為は一度きりだった記憶がある。

 雄は役目を終えると息を引きとってしまうのだ。

 だが、鎧蟻の雄が王として女王に寄生している。

 ひょっとして繁殖に、王の存在は必須なのではと推測した。

 そこまで思い至ったとき、悪魔がささやいた。

 

 王をさらい、おとりにして、女王を罠に誘い込め。


 女王がどの程度、王に執着するのかは不明だ。

 だが一族を継続させるには王の存在は不可欠だとしたら。

 どんな犠牲を払おうと、王を取り戻そうとするのではないか。

 

 そしてついに、鎧蟻の領域から脱出した。

 陣地を目前にして、生還できた歓びにひたる間もなく


 女王の怒りの咆哮が、森中に響き渡った。

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