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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
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平凡なる者

 辺りでひときわ高い木に登り、森の様子を眺めた。

 視線の遠く先には、森を進む鎧蟻の隊列が見下ろせる。

 それは黒い濁流のごとき勢いで続き、途切れることがない。

 鎧蟻の軍団が、人間の生息域に向けて突き進んでいた。


「おおおおおっ!」

 隣のベイルが驚愕の声をあげる。

「すげえなあ!」

「ああ、すごいな」

 ようやく彼にも、鎧蟻の脅威が伝わったのかと思った。

「なあ、アレに斬り込んでいいか?」

「……駄目だ」

「ケチケチすんなよ」

「駄目だったらダメだ」

 諦め半分優しさ半分の気持ちで、年下の兄弟子に答えた。


 木を伝い降りると、ラヴィとクリサリスが出迎えた。

「どうでしたか?」

「よお、嬢ちゃん、絶景だったぜ?」

 ベイルが気安げにクリサリスの肩に手を回そうとする。

 その腕を、剣でかるく抜き打ちにしたが、あっさりかわされた。

「危なっ!何しやがる!」

「だめだぞ? 若い娘に気安く触っては」

 俺は笑顔を浮かべてたしなめる。

「目え殺気でギラつかせて何ほざいてやがる!」

 人を殺人鬼みたいに。どうも今ので誤解を招いたようだ。

「まあ聞け、ベイルと言えば近隣に名高い双剣の使い手だ」

「お、おう?」

「間違っても、俺ごときの刃が届くはずのない剣の達人だ」

「ま、まあそれほどでもあるか、な?」

 彼はそっぽをむいて頬を掻いた。ちょっと顔が赤い。

「つまり安全安心に斬り放題だ」

「おかしいんじゃねえかコイツ!」

 ベイルが絶叫した。

 ラヴィはケラケラ笑い、クリサリスも嬉しげだ。

 状況が切迫し、彼らは少し悩乱気味のようだ。

「落ち着け。まず状況を整理してみよう」

「まずてめえの頭を冷やせ!」



 動き出した鎧蟻の軍団の数、およそ四千以上。

 通常の攻撃でこれを全滅させることは不可能だろう。

 もし散開して街に侵攻されたら、完全にお手上げである。

 ベストなのは、軍団としてまとまっている状態で一気に殲滅することだ。

 実現が非常に困難だという欠点を除けば、もっとも安全な策だと思う。

 だからベイルのおねだりを許すわけにはいかないのだ。

 下手に刺激して軍団が分裂したら取り返しのつかない事態になる。


「はいはい分かりました」

 ベイルは地面にあぐらをかいて座り、頬杖をついて仏頂面だ。

 男が拗ねてもちっとも可愛くない。

「本当に分かりましたかお兄様? なんなら最初からご説明しましょうかお兄様?」

「しつけえんだよおっさん! それとお兄様やめろ!」

「別に俺のことは弟と呼んでもいいぞ?」

「イヤだよ!? なんだよその、さあ来いってツラは!」

「あんた達、すっかり仲良くなったねえ」

「ああ、もはや親友だな」

 そう答えたが、納得した顔ではない。男の友情が理解できないようだ。

「ほんとうの兄弟みたいですよ?」

「……勘弁してくれよ嬢ちゃん」

「よし、偵察も終わったし作戦終了だ。陣地に戻ろう」

 鎧蟻の軍団が陣地に到着する前に、最終準備が必要だ。

 剣術スキルで疾走すれば、十分に余裕があるだろう。

 ぐったりとうな垂れるベイルを引っ立て、俺達は帰還の途についた。



 陣地の奥には、救護所が設けられている。

 討伐隊はかなりの負傷者が出たようだ。

 協力を仰いだ治療院の方々が、懸命に手当をしている。


 陣地に戻った俺は、真っ先に治療師の責任者に会った。

 討伐隊のほとんどが手傷を負っているらしい。

 それでも生き延びるのが、冒険者のしたたかさというものだ。

 小手先の強さやスキルより、逃げ足の速さが必須技能なのだ。

「かなり深手の方もおります」

 五十歳がらみの女性の治療師は顔を曇らせた。

「できれば街に搬送して治療したいのですが」

「それは……」

 負傷者を運ぶのには人手がいる。

 魔物の徘徊する森を進むのだ。護衛も必要だろう。

 だが、今は一人でも貴重な戦力だ。

「討伐隊のうち、何名が戦えそうですか?」

「どういう意味ですか!」

 俺の質問に、治療師は目を丸くする。

「とりあえず歩くことが出来て、剣が使えれば上等です」

「怪我人を戦わせるつもりですか!」

 せっかく治療した怪我人を危険にさらすのは、彼女の本意ではないのだろう。

 俺は黙って頭を下げた。どれほどなじられようと、勝率を上げるためだ。

「……五十名です」

 約三十名が戦闘不能か。

 さらに確認すると、死亡者や危篤状態の者もいないそうだ。

 俺はそっと安堵のため息をもらした。

「では傭兵をつけて搬送します。治療師の方々も一緒に帰還して下さい」

「戦えない負傷者はどうするのですか?」

「ここに残します」

 いま、討伐隊の士気は底辺まで下がっている。

 緊急以外の負傷者まで街に帰せば、他の者も逃げ出したくなるだろう。

 柵の中に収容したのは、彼らの脱走を防ぐ意味もあるのだ。

「なら私達も残ります」

「いえ、治療師の方々には十分協力して頂きました」

 この作戦が失敗すれば、彼女達の力は街で必要となるのだ。

 俺はその後の手配も指示した。

 薪の山に油を撒くこと、柵の外に配置した投石器の調整、その他諸々。

 ほとんどの準備を済ませてあるので、すぐに終わるだろう。



 八高弟の長兄は、小高くなった陣地の中央で森を眺めていた。

「いま戻った」

「無事でよかった」

 ラウロスは穏やかにねぎらってくれた。

「サイラスはどこにいるんだ?」

「いや、戻ってきた討伐隊の中にはいなかったな」

「どうしたんだあいつ?」

 妙だなと思う。彼ならたぶん無事のはずだ。

 だから一番で到着していると思ったのだが。

 ラウロスは苦笑を浮かべ、別の事を口にした。

「鎧蟻はどうだった?」

「間もなくここに到着する。頼みがあるんだが」

「なんだ?」

「討伐隊の連中に顔を見せてくれないか?」

「なぜだ?」

「連中はいま、逃げ癖がついている。八高弟のツラを拝ませて、士気を高めたいんだ」

「ふむ?」

「それとなるべく景気の良いことをぶち上げてくれ」

「なにを言えばいいんだ?」

「鎧蟻なんぞ素手で引き裂いてやるとか、今夜は鎧蟻の頭を杯にして宴会だとか」

「どこの蛮族だそれは」

「あと逃げ出したらタダじゃおかないと脅してくれ」

「そういう茶番は苦手だ」

 ラウロスは渋面を作る。

「ならベイルを誘えよ。そういうのは得意そうだ」

 ベイルが能天気にしゃべり、ラウロスが威圧感を放ちながら徘徊すれば、士気は保つだろう。

 なんと言っても八高弟、カティアに次ぐカリスマ達だ。

「ベイルとは上手くいったのか?」

「ああ? まあ、今度一緒に酒を飲みたいな」

 質問の意図は分からないので素直に答えると、ラウロスは笑った。

「あいつを手なずけたのか」

「誰が手なずけられたって!!」

 いきなり罵声を浴びせられた。

「冗談もたいがいにしろよおっさん!」

「俺が言ったんじゃないんだが」

 疾風のように出現したベイルに胸倉をつかまれた。

「てめえみてえな危ねえヤツと酒なんて御免だからな!」

 酔っ払って斬り掛かられるのは真っ平だと喚く。

「人聞きの悪いことを」

「もう忘れてやがる!?」

「なにがあった?」

「いきなり剣を抜きやがったんだコイツ!」

「……些細なことをうじうじと」

「些細じゃねえ!」

 小声でぼやいたのに、しっかりと聞かれた。

「なんだ、仲良くなったんじゃないのか」

「誰がこんなやつと!」

「え!? 俺、嫌われたのか?」

 それは、ショックだ。

 口は悪いが、彼のあけっぴろげな態度に好感を抱いたのだが。

「すまなかった」

「えっ?」

「友人でもないのに斬りつけたら、気を悪くするのは当然だ」

「…………いや待てや! ダチとか関係ねえ!」

「悪ふざけが過ぎた。許してくれ」

「うっ、ま、まあ、反省してんなら、いいけど、よ?」

 手を離したベイルは、気まずそうに頬を掻いた。

「何か用事があったんじゃないのか?」

 ラウロスが話題を変えてくれたが、なぜか愉快そうな顔をしている。

「ああ、そうだった。なんか騒いでいる奴がいるぜ?」



「フレデリカを見なかったか!」

 一人の冒険者が、地面に座り込んでいる仲間達に尋ねている。

 誰もが疲れきった様子で、答えるのも億劫なのか黙って首を振るばかりだ。

「どうしたんだ?」

「フレデリカやアレクサンドル達がいないんだ!」

「いない!?」

 脱走したのか、そう早合点した。だが、すぐに勘違いだと分かった。

 撤退した討伐隊の中に欠員がいたらしい。

「ラウロス! 点呼はどうしたんだ!」

 俺はつい、声を荒げてしまった。

「点呼?」

「ちゃんと人数は数えなかったのか!」

「いや、特にはやっていないが」

 ああ、そうだった、忘れていた俺が迂闊だった。

 こういうやつらなのだ、冒険者というのは!

 急いで人数を確認したら、四名が行方不明であることが分かった。

 騒いでいる男は、街に残留していた冒険者でフィリップと言う。

 気弱そうな男だが、討伐隊の仲間が心配でこの迎撃作戦に参加したのだ。

 討伐隊が収容されると、一人ずつ声を掛け、安否を確認していたらしい。

 そのため欠員に気が付いたようだ。

「犠牲者が出ることは分っていたはずだ」

 そう冷静に告げたラウロスを、射殺さんばかりに睨みつける。

 言われなくても分っている。誰がこの全てを企んだと思っているんだ。

 それなのに、討伐隊の被害が思いのほか少なく、欲が出た。

 希望をもってしまったのだ。この戦いはひょっとして、あるいは、と。

 俺は歯を食いしばり、ラウロスから視線を外した。

「急いで重傷者の搬送を始めてくれ。もうすぐここは戦場になる」

「アレクサンドル達はどうするんだ!」

「今はどうしようもない」

「そんな!?」

「後は頼む」

 フィリップの顔を見られず、俺はラウロスに告げた。

 その場からゆっくりと立ち去った、いや逃げ出した。


 重傷者と治療師、それと護衛の傭兵達が脱出するのを見送った。

 八高弟達が陣地を見回り、冒険者達の士気を鼓舞した。

 俺は戦闘態勢に入るよう、全員に告げた。




 まず森の奥からざわめきが聞こえてきた。

 風になぶられる葉や梢の鳴る音のようだった。

 夜の闇に響く、潮騒にも似ていた。

 それからだ。

 小さな黒い染みが広がるように景色が変色してゆく。

 森の奥から溢れた黒い奔流が、大地を侵していく。


 無数の鎧蟻が、雪崩を打って迫ってきた。


 陣地の中央に立って、その光景を眺める。

 背後で、息を呑むような悲鳴が聞こえた。


 八高弟達が、一斉に剣を抜いて天にかざした。

 聖銀製の剣が、陽光を反射してきらめく。

 背後の動揺はすぐに立ち消えた。


 鎧蟻の軍団の前衛が、柵の開放部に達したときだった。

 あと一歩で罠の入り口を越えようというその時、


 鎧蟻の進軍が停止した。


 まるで壁に遮られたように、一切の動きを止めてしまった。

 しわぶき一つない静寂の中で、人間と鎧蟻が互いに睨み合う。


 街にも被害が出るのです。


 しばらく観察していたが、一向に動き出す気配がない。

 ここが分岐点なのだと、理由もなく思った。

 俺は選択を下した。

「ラウロス、ベイル、ラヴィ」

「どうした」「おう!」「なに?」

「八高弟は手勢を引き連れ、柵の外側から鎧蟻に接近、左右から攻撃してくれ」

「どういうことだ」

「やつら、罠に勘付いた可能性がある」

 なにかの異常を察知したのか。

 薪に撒いた油の臭いを嗅ぎ取ったのか。

「迂回されたらまずい。なんとしても引きずり込む」

 確かに人間の軍隊なら、いかにもこんな怪しい場所に入り込まない。

 野生生物の判断力を侮り過ぎたのか。

 だが、まだなんとかなる、する。


 投網を放つように、鎧蟻の軍団に向けて探査を掛ける。

 並列起動-看破

 やはりそこにいるのか。


「やつらが左右に戦力を分ければ、中央が薄くなる。そこへ不意打ちを仕掛ける」

 中央を混乱させ、なんとか罠に誘導すると説明した。

「わかった」

「クリサリス!フィフィア!」

『はい!』

「君達は八高弟達を援護してくれ」

「そんな!」「ここに残るわ!」

「左右をかく乱しないと、中央への不意打ちが難しい」

 俺は彼女達の顔を順に見詰めた。

「頼む」

 クリサリス達の肩を、ラヴィがぽんと叩いた。

 迷った末、彼女達はしっかりと頷いてくれた。

「ラウロス、なるべく犠牲は抑えてくれ」

 狙いが上手くいけば、左右の戦力はそのまま包囲に使いたい。

「分かった。だが中央の戦力が足りないのではないか?」

「大丈夫だ、上手くやる」

 サインを作った右手を掲げると、八高弟は察してくれた。実に便利だ。

 とにかく事態は急を要する。なんとしても主導権を握らねばならない。

 鎧蟻に先手を取られたら、数で圧倒されてしまうだろう。


「約束したお楽しみの時間だぞ」

 なんとか笑みを浮かべられた、と思う。




 始まった。


 積み上げた薪の陰に隠れ、探査を展開している。

 脳内で構成された状況は、刻々と推移している。

 鎧蟻の軍団は重なり合い、単独で判別できない。

 まるで絨毯のように鎧蟻の群れが広がっている。

 そこに左右から八つの個体が突き刺さる。

 その動きだけで八高弟だと知れた。

 紙でも切り裂くように、縦横に駆け巡る。

 その勢いに鎧蟻達の陣形は徐々に崩れる。

 集団で襲い掛かるが、逆に蹴散らされる。


 鎧蟻からすれば、わずかな損害だ。

 それだけ鎧蟻の数は膨大なのだ。

 だが、軽視できる被害でもない。

 左右に戦力を分け、対処しようとしている。

 整然と組織されていた軍団の秩序が混乱しはじめた。


「さて、行こうか!」

 俺は小声で発破をかける。自分自身に向かって。

 そうしないと足が竦んで立ち上がれそうにない。

 隠蔽 発動

 薪の山からへっぴり腰で這い出た。

 前方に群れなす軍団に、ひとり対峙する。


 泣き笑いしそうだ。

 ガクガクと足が震えて困った。

 

「すっげえこわい」

 弱音を吐くと、案外気分が良くなった。


 俺は普通の人間だ。英雄ではないのだ。

 恐怖に敢然と立ち向かう勇敢さなど欠片もない。

 ひたすらに怯えながら進むしか能がない。

 そんなごく当たり前の平凡な人間なのだ、俺は。


 並列起動―剣術



 俺は鎧蟻の大群に向かって、走り出した。

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