救助活動とギルドの内部事情
「ぎゃああっ!!」
鎧蟻の突起が太ももに刺さり、その冒険者は絶叫した。
暴れる鎧蟻をつかみ、懸命に引きはがそうとする。
突起の先端には銛のようなかえしがあって抜けにくい。
しかも刺されば注射針のように血を通す構造になっている。
案の定、無理にねじった突起が折れ、端から血が滴り始めた。
鎧蟻を一匹を殺せば二匹に襲われた。
二匹を退ければ四匹に追われる。
四匹から逃れれば八匹に囲まれる。
続々と群れ集い、冒険者達を追い詰めてゆく。
彼らは一本の木を背に半円の防御陣を組み、じりじりと迫る鎧蟻を牽制する。
鎧蟻は包囲している三十匹だけではない。
まるで部隊長のように、二匹の大型鎧蟻が辺りを睥睨していた。
名称:大鎧蟻/兵士
年齢:五ヶ月
種族スキル:指揮
鎧蟻の兵士階級だ。
ノーマルな鎧蟻より突起が少なく、クワガタのような大顎を備えている。
鎧蟻達の動きは、この前見たときとはまるで違う。
明らかに獲物を逃さないように、仲間同士で連携を取っている。
兵士階級の鎧蟻、ソルジャーの指揮スキルのせいだと思う。
俺の仮説である、魔物一種族一スキル説が崩れてしまった。
鎧蟻はあまりにも想定外のことが多すぎる。
ソルジャーが頭をもたげ、ガチガチと大顎を打ち鳴らした。
ノーマル達がぐいっと身をたわめる。
総攻撃の気配に、冒険者達の顔色が絶望に染まった。
冒険者達に注意が集まった瞬間、俺は木の陰から跳び出した。
右の手には剣を、左の手には短刀を握って疾走する。
冒険者達に向かって、ではない。
目標はソルジャー二匹。指揮官を狙えば、部隊全体が混乱する。
こちらに気が付いたソルジャーが、ぎぃと甲高い威嚇音を発した。
一番近い位置にいたノーマルが三匹、こちらに向かってくる。
俺は構わずソルジャーに接近し
反射的に横に跳んだ。
ソルジャーが大顎をひらき、顎口から透明な液体を噴出する。
直撃は避けたが、飛沫がわずかに手の甲に掛かった。
痛い、酸の類だろうか。風に混じったのか、目がちかちかする。
なまじスキルが読めるために、かえって油断した。
魔物の武器はスキルだけではないのだ。
剣を構えなおして距離をとると、ノーマルが三匹立ちふさがる。
思わず舌打ちした。連携する魔物がこれほど厄介だとは。
並列起動-回避
二度目の酸の射撃を避けつつ、左端のノーマルに切りかかる。
片側の脚三本を薙ぎ払って駆け抜け、ソルジャーに接近する。
酸の射撃が――こない。連射は出来ないのか。
ソルジャーは大顎をかざして迎え撃とうとする。
ノーマルの大きさが柴犬ぐらいなら、こちらはレトリバー以上だ。
頭部に振り下ろした剣は、大顎ではさみ込まれた。
剣をひねって大顎を砕こうとするが、びくともしない。
剣を手離し、柄を蹴った。
剣を咥えたままの頭部がぐるりとねじれ、無防備な首筋をさらした。
手にした短刀で頭部の付け根をえぐった。
新たに二本の短刀を抜き払い、すぐさま後ろに跳躍する。
もう一匹のソルジャーが酸を吐きかけ、二匹のノーマルが接近する。
投擲 発動
ノーマルには外殻で弾かれたが、ソルジャーの複眼に一本が命中する。
改造した革鎧のポケットから、さらに二本、短刀を抜こうとしたその時
鎧蟻達の背後を疾風が駆け抜けた。
クリサリスの剣が三閃し、三つの頭部がぽとりと落ちた。
後始末を終えた俺達は、ようやく冒険者達に目を向ける余裕が出来た。
「悪くはねえな」
「そうね」
「嬢ちゃんの動き、鋭くていいぜ」
「あら、婿ちゃんのほうが格好良かったわ」
「なに言ってやがる、剣を捨てやがったぞあいつ」
「臨機応変ね」
「剣士が剣を手放すなんてありえねえ!」
俺達の戦いぶりを、偉そうに寸評するベイルとラヴィ。
彼らの周囲には、鎧蟻だったものが散乱していた。
体液はぶち撒かれ、寸断された胴体や脚が転がっている。
酸鼻きわまるむごい光景すぎて、むしろ滑稽ですらある。
カニ料理を食べ散らかしたあとみたいだ。
四人の冒険者達は無事だったようだ。
互いに抱き合い、ブルブルと震えている。
「怪我はどんな具合だ?」
「あ、悪魔、助けてくれ!!」
彼らはベイル達から逃げるように走ってきた。
俺はふたりを非難がましく睨んだ。
「なんだよその目は!」
「頼まれた通り救助したじゃない!」
「うんありがとう」
俺はおざなりに礼を言う。
四人の冒険者達は全身、鎧蟻の体液まみれだった。
「なにがあった?」
俺は簡単に応急処置しながら、討伐隊の遭遇した状況について尋ねた。
俺達が宿営地を離れたあと、彼らはわき目も振らずに鎧蟻討伐に明け暮れたそうだ。
早朝から日が暮れて鎧蟻が巣に引き上げるまで、ひたすら狩りまくった。
酒も女もなくなったが、戦闘の疲れで夜は泥のように眠る。
温かい食事はなく干し肉と乾パンを水で飲み下すだけ。
鎧蟻の数が徐々に増えて侵攻速度は鈍り、サイラスは冒険者達をやみくもに叱咤する。
そんな指揮者に対して、本来誰かの下に付くことを嫌う冒険者達の心は次第に離れる。
まるで狂ったように剣を振りかざすサイラスを、彼らは醒めた気分で眺めたそうだ。
そして、鎧蟻の本拠地を目前にしたとき、ふいにサイラスが立ち止まった。
『まるで死神に出会ったみたいによ』
何事かと見守る中、くるりと振り返った彼の顔面は蒼白だった。
いきなり反転し、冒険者達の真ん中を駆け抜けた。
もと来た道を走り去るサイラスの背中を、呆然と見送る冒険者達。
最初のひとりが彼を追って駆け出したとき、これまで張りつめていた緊張の糸が切れた。
限界にまで追い込まれていた討伐隊が、崩壊したのは一瞬だった。
我先にと逃げ出す冒険者達、パーティーでさえ分裂した。
そのとき、誰かが叫んだ。
奴らが来た、と。
「すげえ数だった」
そのときの光景を思い出したのか、手当てをしている冒険者の身体が震えた。
手当てといっても大したことはできない。
太ももに刺さった鎧蟻の突起は、かえしがあるので下手に抜けない。
だが刺さったまま放置すれば、ストローのように血が流れてしまう。
とりあえず身動きに支障がない程度に突起を折り、詰め物をする。
後は治療師に切開してもらい、摘出するしかないだろう。
しかし上手いこと出来ている。
彼らが捨て身になれば、大型の魔物だって失血死させられるかもしれない。
鎧蟻、侮りがたし。
「聞いてんのかよ!」
「ああすまん、聞いてなかった」
「聞けよ!」
つい、鎧蟻の生態に思考を奪われてしまった。
四人の冒険者を少し休ませている間、俺達はいまの情報を検討した。
「サイラスの野郎、やっぱり逃げやがったか」
ベイルが唾を吐いた。
「サイラスとは知り合いなのか?」
「知るかあんなヤツのことなんざ!」
そんな風には見えない。かなり毛嫌いしているみたいだ。
「あたしら姐御の舎弟はね、ヤツのことが嫌いなのさ」
ラヴィが説明してくれた。それはギルド内部での派閥争いだった。
俺は気付かなかったが、どうもギルド所属の冒険者には二大派閥が存在しているらしい。
ひとつはカティアを筆頭とする武闘派。
もう一方がサイラスの率いるいわば金権派。
武闘派はカティアの弟子達が中心だが、特別な活動をしているわけではない。
だがサイラスは街の有力者と結びつき、ギルドマスターの椅子を狙っているらしい。
カティアとサイラスは、この街の次期ギルドマスターと目されているようだ。
「カティアがねえ」
「別に姐御はギルドマスターになろうとしているわけじゃないし、あたしらだって姐御を担ぐ気はないさ。でもね、ギルドマスターの座に一番近いのは姐御なんだよ」
海千山千の冒険者を率いるのには、それ相応のカリスマが必要だろう。
そしてカティアには、それが無駄になるほど溢れている。
サイラスも確かに腕は立つが、冒険者としては上位に食い込む程度だ。
だから街の有力者に接近し、彼らの支持を取り付けているらしい。
なるほど、サイラスが鎧蟻討伐の指揮者に抜擢されたのは、その辺の絡みもあるのかもしれない。
「複雑だねえ」
「何をのん気なことを言っているんだい。あんたも無関係じゃないんだよ」
「俺が!?」
「やっぱり気が付いてなかったんだね」
ラヴィがため息をつく。
仮にカティアがギルドマスターの地位を目指すのなら、最大の弱点が俺という存在だったらしい。
出来損ないの直弟子。
それが金権派の狙い目となり、武闘派にとってうとましい存在だった。
愛人をえこひいきしていると悪質な噂も流れたらしい。
「でもね、最近のあんたの活躍で、逆に姐御の株が上がっちまったんだよ」
それはそれで悩ましい問題だけどねと、再度ため息をつかれた。
上位魔物討伐の立役者、街に利益をもたらす鎧蟻の巣の発見者。
実態を知らない他人の目からすれば、それなりに活躍したように見えるらしい。
しかし、気付かぬうちに派閥争いの争点にされていたとは。
「でもね、あたしらが望むのは、姐御の幸せなんだよ。姐御がギルドマスターになりたいならあたしらは邪魔するやつらをぶっ潰すし、女の幸せをつかみたいなら全力で応援するだけだよ」
ラヴィの優しげな眼差しに、俺は思わず見惚れた。
良い女だなあと、感動すらおぼえて彼女の碧眼を見詰める。
俺の視線に気が付いたラヴィは、ついっと目を逸らす。
「……相手があんただってことが、すっごい不安だけどね?」
「でもよ、これでサイラスの野郎も終わりだぜ?」
けけけと、ベイルが下品に笑う。
そこまで言うのは、ちょっと気の毒なような気がする。
結果的には彼の逃走がきっかけとなり、冒険者達は助かったのだ。
もし下手に反撃したら、今ごろ全員が鎧蟻の餌になっていただろう。
誤算は誤算だが、これは喜ばしい誤算だ。
命拾いした彼らにはぜひ、殲滅作戦で死力を尽くしていただきたい。
……我ながら容赦がないとは思うが。
その後、探査で分かる範囲の脱出経路を教え、四人の冒険者達と別れた。
俺達は再び、孤立した冒険者達の探索を再開した。
どうやら鎧蟻の本隊は行軍を一時、停止しているようだ。
分隊を派遣して、離散した冒険者を追い立てている。
後顧の憂いを排除しているようで、嫌な感じがする。
戦術的思考というか、知性が感じられるからだ。
俺達は鎧蟻の本隊前方をぐるりと扇状に移動した。
結局、六グループ二十名の冒険者を救出した。
最後のグループを救出して見送ったあと、探査を発動した。
探査の範囲を最大限に広げても、もう冒険者の姿は発見できない。
安堵のため息をつき、救助作戦の終了を告げようとしたときだった。
鎧蟻の本隊が進軍を再開した。