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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
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迎撃準備

「鎧蟻達を焼き尽くす」

 作戦の骨子を説明すると、誰もが眉をひそめ、微妙な表情になった。


 本来、魔物は人類の天敵とされるが、同時に経済的な生物でもある。

 霊礫、皮、骨、爪、牙、内臓、外殻など、人類は魔物から有用な部位を貪欲に剥ぎ取り、活用している。

 特に辺境の街は、そうした魔物素材への経済的依存度が高いらしい。

 天敵だからと言って、虐殺のための虐殺は行われない。安全保障と経済的利益の両輪があって、魔物討伐という事業は推進できるのだ。

 素材の獲得という観点から、魔物討伐の戦い方や武器はおのずから限定される。もし手段を選ばず、ただ魔物を殺すだけなら、もっと安全で効率的な方法があるはずだ。そうなれば対魔物戦の兵器や戦術はもっと発展しただろう。

 しかし俺の作戦はただの虐殺だ。素材の回収などはなから念頭にない。


 単純に考え、鎧蟻は人間の戦力と比べ、圧倒的に数が多い。

 一度に襲い掛かられたら対処のしようがない。いくら強い冒険者を揃えようが、総力戦に臨んだ鎧蟻を殲滅することは不可能だ。

 ならば不興を買っても、罠を張って一網打尽にするしか方法はなかった。



 それから数日間は、めまぐるしい毎日の連続だった。

 迎撃の場所には、あの宿営地の跡を選んだ。

 宿営地は鎧蟻の巣と街の直線状に位置している。

 予想される最短の侵攻ルートに罠を仕掛けるためだ。


 宿営地からはすでに、討伐隊が引き払っている。

 サイラスは討伐の足手まといになる民間人をすべて街に追い返していた。

 買取も停止した。木の札に討伐者の番号を書いてヒモで結び、放置したまま前線を押し上げている。

 鎧蟻は肉が腐っても、外殻さえ残れば問題ないからだ。

 サイラスの適切な処置のおかげで、準備はスムーズに取り掛かれた。


 実際には作戦、と言えるほどのものではない。

 宿営地跡を柵で囲み、街から薪を運んであちこちに積み上げる。

 柵は鎧蟻を逃さないため、薪は火をつけて鎧蟻を蒸し焼きにするためだ。

 積み上げた薪の側には油の壷を置き、作戦前に薪に撒くつもりだ。


 後方支援はセレスが担当し、資材確保に奔走してくれた。

 聞くところによると、街中から根こそぎかき集めているらしい。

 人の住まぬ廃屋をとり壊し、商業組合を脅して備蓄を奪い、どこかに賄賂を渡して横流しさせたりと、大活躍らしい。

 おそらくこの騒動が終われば、街の建築資材や燃料は高騰する。

 万が一、鎧蟻の侵攻がなければ、彼女の行動は重大な責任問題になる。

 だけど彼女は俺を信じ、助けてくれる。

 ならばいまは礼を言うより、勝利で応えるべきだろう。



 まず周囲の木々を切り倒し、敷地の拡張から作業を始めた。

 伐採した木々も柵として使う。切り落とした枝葉は薪代わりに積み上げた。

 作業員はギルドが雇った人足や木こり、大工と様々だ。

 荷馬車を使い、次々と資材が運び込まれた。

 敷地の拡張と同時に、柵もせっせと築いている。

 賞金を出して班ごとに競わせたりと、いろいろ工夫もした。

 気分は墨俣の一夜城だ。


「もったいねえよな」

 俺が工事の監督をしていると、隣でベイルが呟いた。

 突貫作業なので、目を離すと作業員はつい手抜きをしがちだ。

 基準は定めてあるが、焦るとどうしても柵の間隔が広くなってしまう。

 やり直しをさせると、不満そうな顔になるが仕方がない。

 隙間から鎧蟻が、くぐり抜けるようでは意味がないのだ。


「これは戦争だ、鎧蟻と人間の」

 鎧蟻に対して、ベイルはいまだに脅威を感じていないらしい。

 だがこの戦いは、互いの生存をかけた殲滅戦だ。

 雑念は致命的な失策になりかねない。

「下手な欲をかくなよ、お兄様」

「なあ、そのお兄様っていうの、止めてもらえね?」

「なぜだお兄様? 兄弟子だからお兄様と呼ぶのは当然だろ、お兄様?」

「年上のおっさんにお兄様呼ばわりされると気色悪いんだよ!」

「そうか、それは申し訳ない、お兄様」

「だから止めろって!」

「お前らが止めたら、俺も止める」

「婿殿」

 言い争いをしている俺達の背後から声が掛かる。

 八高弟の一番弟子、長兄ラウロスだ。

「なんですか、お兄様」

 彼を見詰め、俺は冷ややかに問い返した。




 ギルドには、カティアが鍛えた冒険者達がいる。

 その中でも特に実力のある冒険者は、高弟と呼ばれていた。

 戦女の八高弟

 人格はともかく、戦闘能力だけは折り紙つきの連中だ。

 彼らの協力を得られたのは僥倖だったが、思わぬ問題が発生した。


「ではタヂカの呼び名は婿殿ということで」

「ちょっと待て」

 ラウロスのセリフに、俺は待ったを掛けた。

 先の会談のあと、八高弟がぼそぼそ話し合った末のことである。

「なにかな、婿殿」

「なにかじゃねえ、なんだその婿殿って」

「気にするな、単なる内輪での呼び名だ」

「名前で呼べばいいだろ!」

「お前は姐御の意中の男だ。その事実に敬意を払っているだけだ」

「そんな敬意はいらねえ!」

 なにか企んでやがるこいつら!

「あたし達が勝手にそう呼ぶだけだからさ、気にすることはないよ」

 紅一点のラヴィがにやにやしながら言った。

 ……そうか、そっちがそういうつもりなら、俺にも考えがある。

「わかりました、お姉様」

 俺がうやうやしく頭を下げると、ラヴィの顔が引きつった。

「こいつがおねえさまだって!」

 ベイルがげらげら笑い出した。

「どうかされましたか、お兄様?」

「……え?」



 そんなやり取りがあって現在に至る。

「婿殿、作業の進み具合はどうだ?」

「順調だが、間に合うかどうかは不明だ。お兄様」

 俺がお兄様と呼んでも、ラウロスは顔色ひとつ変えない。

 手ごわい。というか、なぜそこまでこだわる!

「ひとつ、疑問が出てきた。柵の中に鎧蟻を閉じ込め、火をかける。そこまでは合っているか」

「ああ、その通りだ」

「だが、鎧蟻は素直に柵の中に入るものなのか?」

 痛いところをつかれた。魔物の死骸を用意して撒き餌にするつもりだが、どうだろう。戦いの最中に興味を示すとは思えない。

「囮を用意する」

「おとり?」

 いま、討伐隊は鎧蟻の巣に向かって侵攻中だ。

 その彼らに、俺達の存在は知らせてある。

 八高弟と、街に残留していた冒険者、それに傭兵達。

 討伐隊に心理的なプレッシャーを与えるためだ。

 いつでも俺達が代わりに出撃するぞ、と。

 彼らは必死になって戦うだろう。

 だが鎧蟻の反撃が始まったら、この場所を思い出すに違いない。そうなれば討伐隊は、ここに避難所を求めて撤退してくるだろう。

 当然、鎧蟻達も追撃してくる。

「冒険者達がこの柵に逃げ込めば、鎧蟻達も追って中に入る」

「ふむ、道理だな」

「そして油を撒いた薪に火をつけ、冒険者達ごと鎧蟻を焼き尽くす」

「よく考えられた計画だ」

「……冗談だからな?」

「冗談なのか?」

 なんか意外そうな表情になった。

「婿殿のことだからてっきりそれぐらいやりかねんと」

「どこをどう判断したらそんな評価になるんだ!」

「サイラスや討伐隊の連中をあざむいた話から判断したんだが」

 なるほど、ちっとも偏見じゃなかった。

「じゃあどうするの、婿ちゃん?」

 今度はラヴィまで寄ってきやがった。

 俺は彼女の脚に視線を向けた。

「な、なによ!!」

 ちらっと見たつもりだったのに勘付かれた。

 彼女は脚を閉じ、あわてて膝を両手で隠した。

 大丈夫だよ、ちゃんとズボンをはいているんだから。

「ラヴィ、婿ちゃんなどと茶化した言い方はよせ」

 ラウロスは生真面目な顔でたしなめる。

「きちんと婿殿と呼べ」

「同じだよ!」

「それで、どうやって鎧蟻を中に誘い込むんだ」

「考えてはある」

 柵は鎧蟻の巣の方向を一部、開放してある。

 敷地をまたいだ反対側には、簡易な門を設けた出口がある。

「冒険者を出口側へ誘導して脱出、門を閉ざして鎧蟻を閉じ込める。後は柵の中に餌を放り込む」

「エサ?」

「そう、八高弟という極上のエサだ」

 柵の中に八高弟を投入し、暴れさせる。鎧蟻は群がって襲うだろう。

 頃合をみて薪に火をつけ、敷地内を火の海にする。

『…………』

 いつの間にか、八高弟全員が集まっていた。

 クリサリスが、あわてて駆け寄ってくるのが遠くに見えた。

「……戦場で俺達を殺すと言ったのは、本気だったんだな」

「ああ、おまえら全員、すり潰すつもりだ」

 鎧蟻の群れから生還できるのは、八高弟しかいないと確信している。

 だが、他人を死地に投じておいて、楽観的な予想に逃げるつもりはない。

 半ば殺気さえ込め、八人の顔を順に凝視した。


 クっと、誰かが息をもらした。

 ひとりが肩を震わせ、別のヤツが膝をパンと叩いた。


 大爆笑が巻き起こった。


「おもしれえ、おもしれえよこいつ!」

「ヒハッヒハッハアハハ!」

「最高ですねあなたは!!」

「くくく俺達をすり潰すだと?」

 誰もが心底愉快そうに笑っている。

「潰せるかどうか試してみろ」

 ラウロスもやはり口元に笑みを浮かべている。

 こいつら、本気でおもしろがってやがる。俺にはそれが分かった。

「あたしの踊り、ちゃんと目に焼き付けるんだよ?」

 ラヴィが肩に手を回し、楽しそうにおどけた。

 ベイルが俺の髪をわしわしと手でかき乱す。よせ、抜ける。

 ようやく到着したクリサリスは、大笑いする彼らをぼう然と眺めていた。



 そして翌々日、その報告は来た。

「始まったのです」



「鎧蟻の軍団四千あまりが大挙して押し寄せ、討伐隊は撤退した」

 撤退というより、一目散に逃げ出したようだ。

「サイラスは行方不明、討伐隊を鎧蟻の軍団が追討中だ」

 俺は八高弟とクリサリス達に状況を説明する。

「救援を出そうと思う」

「救援? ここで待ち構えるのではないのか?」

 ラウロスが不審げな表情で尋ねる。

「ほっときゃいいのよ、あんな雑魚ども」

「そうはいかない。彼らを餌に鎧蟻を誘導しなくてはならない。バラバラに逃げられたら厄介だ」

 討伐隊があちこちの方角に逃げたら、鎧蟻も分散してしまう。

「……サイラスのやろう、逃げやがったな」

 ベイルが吐き捨てる。その可能性は高いが、なんとも言えない。

 彼が退却戦を指揮するという目算で、作戦を立てていたのだが。

「済まない、計算違いだ」

「あのクズ野郎が悪いのよ。あんたのせいじゃないわ」

 ラヴィが慰めてくれる。

「そこで志願者を募りたい。誰か俺に同行してくれないか?」

 全員が手を挙げた。

「クリサリス、フィフィア、君達は……」

「ついていきます」「わたしもよ!」

「クリサリス嬢はいい。だがフィフィア嬢はダメだ」

 ラウロスが告げると、フィフィアが抗議しそうになった。

 彼はそれを目顔で黙らせる。

「君のスキルは乱戦向きではない。ベイル、ラヴィ、お前たちが同行しろ」

「あいよ」「わかったわ」

 さすがは八高弟の長兄。貫禄がある。

「だが、本当に婿殿が行く必要があるのか」

 俺は右手でサインを作る。

 スキルに誓って

 ラウロスをはじめ、八高弟は黙って頷いた。

「では残る者たちは、逃げてくる冒険者達の収容を頼む」

 俺は大きく息を吸い込み、叫んだ。


「はじめるぞ!!」

『おう!!』



 俺は戦争の開始を告げた。

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