アリさんのお宅拝見
「デート、なのです!」
「ちげーよ!」
俺は全力で否定した。
鎧蟻の群れが冒険者達に突進していく。
冒険者の直前で跳躍し、鋭い突起で突き刺そうとする。
せまる鎧蟻に冒険者が棍棒を打ち下ろし、頭を叩き潰した。
悲鳴があがる。冒険者がひとり、鎧蟻を避けそこなったようだ。
鎧蟻の体当たりを受け、太ももに突起が刺さっている。
次々に跳躍して襲い掛かる鎧蟻、それを棍棒で、剣で迎え撃つ冒険者たち。
森に響き渡る苦悶の叫びと罵声。
鎧蟻の群れと、冒険者パーティーの死闘は続いた。
「手をつないで森を散歩してたら、誰が見てもデートなのです!」
「こんな殺伐とした場所でデートする馬鹿がいるか!」
「自分で言ったのです、仲の良い男女が一緒にいればデートだと!」
「仲良くねえだろ!」
俺達は冒険者と鎧蟻の激闘を横目に、森の中を進む。
そのどちらも、俺達には目もくれない。
時には鎧蟻が俺達のすぐ横を駆け去るときもある。
ただひたすらに森を歩く。彼女とは歩幅が違うので走れない。
本当に散歩みたいだ、周りの凄惨な光景さえなければ。
「あ、鳥なのです!」
「ああ、キレイな鳥だな」
「あたしの方がもっとキレイなのです」
「それ、自分で言うセリフじゃないからな?」
認識阻害
それが彼女のスキルのひとつ。
彼女は自分のスキルについて、隠すことなく説明したが、要領を得ない。
時折、グリグリとかニチャニチャとか意味不明の擬態語が混じった。
そしてようやく、隠蔽や迷彩とは別次元のスキルだと理解した
隠蔽は観察者の注意を逸らす。迷彩は幻影か光学的な何かで透明化する。
それぞれに欠陥がある。
隠蔽は知覚された後で発動しても効果が薄い。
迷彩は陽炎のようなゆらぎを伴い、注視すれば存在を感知できる。
だが、認識阻害は文字通り、観察者の認識そのものに干渉する。
見ているのに認識できない。会話にまざっても注目されない。
ふと、子供の頃に聞いた昔話を思い出す。
子供達が遊んでいると、ひとり人数が多いことに気が付く。
だが、誰がそのひとりなのか分からない。
そんな不思議な話を聞いた覚えがある。
しかもこの認識阻害は対象を選択したりもできる。
異世界基準でも非常識なスキルだ。
いま、俺は彼女と手をつないでいる。
おかげで俺も認識阻害の保護が及ぶし、互いを認識できる状態だ。
あえて言えばそれが欠陥とも言えよう。
もっとも認識していない相手に触れようとはしないだろうが。
最後に冒険者パーティーを見かけてから、ずいぶんと経つ。
森は静寂に満ちている。
「なあ、どこに行くんだ?」
彼女は立ち止まり、小首を傾げた。
「知らないのについてきたのですか?」
言い返しそうになり、ぐっとこらえる。
コイツとの会話はいつもこうだ。まともに会話するのには強い自制心が必要だ。
「そろそろ俺をここに呼んだ理由を教えてくれ」
「アレなのです」
彼女が指差した方向に目を向ける。
森の奥、木立の隙間に何かが見える。
見忘れるはずがない。
「……鎧蟻の巣か」
「行くのです」
再び彼女に手を引かれて歩く。仔牛になった気分だ。
鎧蟻の巣が近づくにつれて歩調が鈍る。
悪夢のような記憶がよみがえり、逃げ出したくなる。
正直、二度と近づきたいと思わない。
なのにいま、少女に連れられて恐怖の場所に舞い戻ろうとしている。
それがひどく滑稽に感じられた。
やがて森がひらけ、あの土の山が見えた。
すでに山の表面は修復され、フィフィアが与えたダメージの痕跡もない。
周囲に鎧蟻の姿はない。食料の調達か、冒険者と戦っているのか。
だが、この地下にはまだ無数の鎧蟻がいることだろう。
「ここに何があるんだ」
もしかしてここで鎧蟻どもと戦えと?
そんなことを言い出したら全力で逃げ出そう。
「討伐隊は潰滅するのです」
明日は雨が降るのです。
そんな気楽な調子だった。
「潰滅、か」
そうだろう。その位の惨事でなければ、彼女が俺を呼び出す必要はない。
だが、違った。
「街にも被害が出るのです」
一瞬、リリちゃんとシルビアさんの姿が脳裏に映る。
鎧蟻の群れが彼女たちに襲い掛かり
「痛いのです!」
「あ、すまん」
思わず彼女の手を強く握り締めたようだ。
俺は冷や汗をかいた。
彼女が反射的に手を振りほどいたら、とんでもないことになる。
鎧蟻には警戒網のスキルがあるのだ。
眼前の土山から鎧蟻の群れがあふれる光景を想像して身震いした。
「なぜそんなことが起きる?」
「分からないのです」
彼女は首を振る。冗談を言っている様子はない。
少なくともリリちゃんに危険が及ぶ話でふざけたりはしないだろう。
「俺は何をすればいい」
「分からないのです」
俺はため息をつく。
彼女は俺を呼んだ。おそらく街を守るために。
だが、なぜ俺を呼ぶことが被害を防ぐことになるのか、彼女自身にさえ分からない。
それは彼女の責任ではない。彼女は導かれるままに行動したのだ。
スキル:天啓、認識阻害、スキル感知、****、****、……
天啓。初対面のとき、かろうじて看破できた三つのスキルの内のひとつ。
語感からして、未来予知の類ではなさそうだ。
もし将来の出来事が読めるのなら、もっと詳細を教えてくれるだろう。
天啓スキルの能力に興味はあるが、それを尋ねる訳にはいかない。
それを指摘したら、俺の看破スキルがばれてしまう。
「さて、と」
気を取り直し、地面に座り込む。もちろん手はつないだままだ。
冗談抜きで鎧蟻をこの場で殲滅しろという話ではないと思う。
俺はそんなに強くない。なら俺に出来ることを実行すればいい。
簡単なことだ。
探査 発動
地面に手を置き、地下の様子を探る。
構造的には蟻の巣とさほど違いはないと思う。
通路が地下へ無数に分岐し、幾つもの部屋に繋がっているようだ。
鎧蟻の数は減っている気がする。だが正確に数えることは難しい。
前回と同じで、すごい数だなあという感想しかない。
危機の正体を明らかにするヒントさえない。
並列起動―看破
探査と看破を同時に起動する。
もし俺が通常の冒険者と違う点があるならば、それは強さではない。
個人的な武力が、俺を呼び出した理由ではないはずだ。
俺の特技はこっそり覗き見すること。
探査と看破、二つの知覚スキルを駆使することこそ俺の本領だろう。
俺は気合を入れて地下の様子を探った。
三分後、俺は鼻血をぶっぱなして倒れた。
「汚い人はぶきっちょなのです!」
彼女が俺の鼻に裂いて丸めたハンカチを突っ込む。
手をつなぎながらなので共同作業だ。
「ヌクみたいで可愛いのです!」
「ヌク? なんだそれ?」
「ヌクは春になると羽根が生えて、お花畑を飛び回るのです!」
チョウチョウみたいなものだろうか。
彼女は鼻にハンカチを詰めた俺を指差して笑っている。性格はアレだが、笑顔は可愛い。
「ヨダレ、たれているぞ」
「オッと、なのです!」
じゅるりとハンカチの切れ端で口元をぬぐう。
「汚い人はぶきっちょなのです!」
「同じことを二度も言うな!」
彼女はあぐらをかいている俺の膝に座り込んだ。
「お、おい」
「よく聞くのです、スキルを三つ、同時に発動するのはコツがいるのです」
「三つ発動していると、どうして分かる」
スキル感知だろうけど、知らないふりだ。
「手を離しても大丈夫なのです」
彼女はソファーに座るように俺の膝でくつろいだ。
「ゴツゴツして生温かいのです!」
「嫌なら降りろ!」
リリちゃんよりもさらに小柄な彼女は、重さをほとんど感じさせない。
『傾聴せよ』
思わず、彼女の頭頂部を見下ろした。
『スキルには、重さがあります。人の身に奇跡をもたらすその力、決して軽いものではありません』
淡々と、感情をまじえず話し始めた。
『その重さ、人の命と同じと知りなさい』
ぞくりと、背筋に悪寒が這い上がる。まるで俺の罪をほのめかしているようで。
『スキルの同時発動は、その組み合わせに相性があります。相性が悪ければ重くなり、相性が良ければ軽くなります』
難しい理論はかざさず、平易な言葉で語る。
彼女の表情は見えない。だからこの姿勢なのだろうか。
『さて、例え相性が悪くても、使うべきときに使わずして、なんのスキルでしょう。ならばその負担をなるべく減らしましょう。難しいことでも、焦ることもありません』
彼女は俺の両手を取り、地面に押し当てた。
『右の手にスキルをひとつ、左の手に別のスキルを宿す心象を、さあ』
唯々諾々と、俺は従った。頭の隅が痺れるような感触がある。
彼女の添えた手のひらの温かさだけが意識を占める。
探査―並列起動―看破
夢うつつの気分のなかで俺は地下を探る。さ迷う俺を彼女が誘導する。
探査が強ければ左手をほとほと叩く。
看破が弱ければ右手をぎゅっと握る。
オペレーターの操作で動く、観測機器になった気分だ。
だが並列起動のコツが分かってきた気がする。
それは性格の違う二人の子供をあやす様なものだ。
一方をなだめてはもう一方を励まし、誉めては叱る。
自己主張の強い彼らの特徴を捉え、互いに協力させるのだ。
やがて二つのスキルは新たな認識の世界をもたらした。
鎧蟻№1020鎧蟻№1021鎧蟻№1022鎧蟻№1023鎧蟻№1024鎧蟻№1025鎧蟻№1026鎧蟻№1027鎧蟻№1028鎧蟻№1029鎧蟻№1030鎧蟻№1031鎧蟻№1032鎧蟻№1033鎧蟻№1034鎧蟻№1035鎧蟻№1036鎧蟻№1037鎧蟻№1038
警戒網警戒網警戒網警戒網指揮警戒網警戒網警戒網警戒網統率警戒網警戒網
生体生体生体幼生幼生生体幼生幼生幼生生体卵卵卵体幼生幼生生体幼生幼生幼生生体卵卵
兵隊兵隊兵隊兵隊労働労働労働労働労労働兵隊兵隊兵隊兵隊労働労働労働労働労働労働
近衛近衛女王近衛近衛近衛王近衛近衛近衛近衛近衛女王近衛近衛近衛王近衛近衛近衛
地下帝国には地獄絵図が広がっていた。
成体の鎧蟻が小さな幼生や卵を虐殺していた。
幼生を噛み千切り卵を破壊し肉団子を作る。
栄養豊富な肉団子は王族に供され、急激な成熟を促している。
蛹はむりやり皮を剥がされ、未完成な鎧蟻が引きずり出される。
体が欠損している個体が多く、かなりの割合で死亡する。
死亡した鎧蟻はすぐに肉団子に変えられた。
巣の最下層では、女王と王達の正餐が行われていた。
老齢の家臣達は前に群れ集い、その時を待っている。
女王が一体の鎧蟻に近づくと、その首を噛み千切る。
胸を切り開き、中にあるもっとも貴重な部位を引きずり出す。
霊礫。全ての魔物に共通する特殊な物質。
それを女王が噛み砕き、内臓を王達が食する。
残された体には近衛たちが群がって貪った。
そして帝国全体に高まる気運。
一匹一匹は知能の低い鎧蟻が群れ集い、織り成す名状しがたい意志。
全てはその意志の下に、鎧蟻達は本能的に己が役割を果たさんと
「戻るのです!!!」
まだだ。まだ足りない。
情報だ、もっと情報を
街に を近寄らせてはならない。
なぜ?
達を守るためだ。
どうして?
いる。 達を からだ。
「ぶきっちょなのです!」
ガンッと顔面に衝撃がはしる。鼻の奥がきな臭くツンとした。
鼻血と一緒に、詰めていたハンカチが噴出した。
「スキルに飲み込まれてどうするのです!」
俺は上を向いて、首筋をとんとんと叩く。迷信らしいが気休めだ。
「あ~すまん? 次からは気をつける」
「反省するのです」
彼女は頭をさすっている。
どうやら後頭部を俺の顔面にぶち当てたようだ。
「収穫はあったのですか?」
「ああ、たぶん」
情報はある程度そろったが、それだけで結論に至ったわけではない。
俺が確信めいた予感を抱いたのは目に見えず、言葉にできない何か。
この地下に広がる帝国全体から感じられた集団意識のようなもの。
「やつら、人間と決戦をするつもりらしい」




