宿営地、探訪
目が覚めた。
ぼんやりした頭で辺りを見回す。
クリサリスが右側。
フィフィアが左側。
俺の両脇に娘さんがふたり、ぐっすり寝ている。
あくびをして頭と腹を掻く。寝違えたのか、首筋がズキズキ痛んだ。
どうなってんだこれ?
だんだん意識が覚醒して状況がはっきりしてくる。
昨日は鎧蟻討伐の宿営地に到着したんだ。
サイラスに挨拶して、そうチビスケの天幕に案内されて、それから―――
―――それからどうした?
どうも頭の中にもやが掛かっているように記憶が曖昧だ。
就寝前の出来事が思い出せない。ここはたぶんチビスケの天幕だ。
だが、クリサリス達と一緒に寝ているのはなぜだ?
「……おはようございます」
「や、おはよう」
クリサリスが目を覚ました。
彼女は上半身を起こし、頭の上に両手を組んで大きく伸びをする。
防具を外しているが、普段着のままだ。俺も着替えの用意はあるが、就寝着は持ってきていない。
荷物は必要最低限だ。宿営地にいる間は不便な生活を強いられるだろう。
「ほら、おきなさい」
「う~~ん」
クリサリスが俺の身体越しにフィフィアを揺り起こす。
「寝起きはあまり良くないのか?」
邪魔そうなので身体をずらしながら尋ねた。
「いつもギリギリまでねばって苦労しますね」
「もう少し寝かせてやるか?」
天幕の隙間からもれる光から見るに、まだ早朝だろう。
「そうですね、それがいいですね」
彼女はちょっと嬉しそうに笑った。
「ところでさ?」
「なんですか?」
「なんで俺達は一緒に寝ているんだ?」
「その……覚えていないんですか」
「なにをだ?」
俺はこっそり、お互いの身だしなみを確かめる。
よし、たぶん無実だ。
「え~~と、憶えていないのならそれでいいです」
「いやすごい気になるぞ、その言い方は。もし間違いを仕出かしたんなら、ちゃんと責任はとるぞ?」
「せ、責任!?」
クリサリスが真っ赤になるので俺は慌てた。
「え、うそ! ほんとに!?」
「ちッちがい――」
「おい、フィフィア! 起きろ!」
「う~ん、もうダメだよそんな」
ヒイイイイ!
「ちょっと起きてください、ねえ? ねえ!」
「いえ、ですから!」
「朝っぱらからうるさいのです!」
「ッ! お前も―――」
いたのかと言いかけ、足元を見てみると。
ハンモックで丁寧に梱包された彼女がいた。
「では、お二人に無体な真似をしたわけではない、と?」
「そうよ? 昨日は疲れたのか天幕に入るなり横になって」
「そのまま眠ってしまったのです」
「天幕のど真ん中で寝付いたから両脇しか場所がなくて」
「起こすのも忍びないのでヨシタツさんをはさむ格好になりました」
流れるように説明された。
「どうも申し訳ありません。ところでそこに転がっているボンレスハムは」
俺はハンモックに包まれている物体を指差した。
ヒモの隙間からほっぺの肉がはみ出ている様子は、高級ハムを連想させた。
「なぜあのような姿に」
「え~~とそれは」
「あの格好だとよく眠れるんだって」
「そんな特殊な性癖はないのです!」
ジタバタとあばれまわる。
「あのようなことを申しておりますが」
「きっと照れているのよ」
「そうです。ね? そうよね?」
「ハイなのです! この拘束感がたまらないのです!」
「ほらね?」
「そうか……業が深いな」
「なんなのですその優しい目は!」
「いや、性癖は人それぞれ。恥じる必要はないぞ?」
「恥じてなんかいないのです!」
「そうか……強いな、おまえ」
「見当違いもはなはだしいほめ言葉なのです!」
「とにかく、なにもありませんでした」
「そうか、良かった……」
「なによ、そんなにわたし達とじゃ嫌なわけ?」
胸をなでおろしていると、フィフィアがむくれた。
逆の立場なら、確かに失礼な態度だったかも。
(ヨシタツさんなんかと間違いがなくて、本当に良かったわ!)
うん、傷つくなこれは。
「いや、記憶がないのが、いくらなんでも」
手を出す云々はともかく、憶えていないのは男として無責任だし相手に失礼だし。
「もったいなさすぎる」
まあ二人が無事でよかった。
「それでな?」
「ヒャイ!?」「ハヒ!」
「どっから声が声を出しているんだよ。今日の予定だけど宿営地を見回ってみようと思うんだ」
「そ、そうですね!」
「いいよ、すぐに行こうよ!」
「いや、ちゃんと話を聞いてくれ。あと朝食にしよう」
気の早い二人の様子に苦笑した。
「そろそろほどいてほしいのです!」
年末の贈答品がわめき出した。
日頃の感謝の気持ちで贈られても始末に困るよな、これ。
サイラスとの会見はあっさりと済ませた。
「視察、ですか?」
「ああ、多少は仕事っぽいことをしないとな?」
「ですが特に珍しいものはありませんよ?」
「観光に来たわけじゃないからいいさ。適当にぶらついた後は酒場にでも行くさ」
「お疲れ様です。なんでしたら案内をつけましょうか?」
「ああ、それはありがたい。ぜひ頼む」
そうしてサイラスとの会話を終えた俺達は、宿営地の隅で案内が来るのを待っていた。
「監視なのです!」
「だろうな」
「監視?」
フィフィアが首を傾げる。
「ああ、あっちこっち嗅ぎまわられるのがイヤなんだろう」
「なにか知られたくないことがあると?」
クリサリスは目を細める。
「どうだ?」
「大したことはないのです! 鎧蟻の素材の横流しとか、賭博の胴元や娼婦の元締めからあがりをかすめている程度なのです!」
「なんだ、その程度なのか?」
「そうなのです! あの男は小銭を稼ぐ才覚しかないのです!」
「それって十分悪事じゃ……」
フィフィアの指摘に俺は肩をすくめる。
「そんなことはギルドで想定済みなのです。むしろ堂々とやったほうが感心なのです」
「そういう訳だ」
この宿営地の賑わいを見るに、サイラスは十分やり手に見える。
むしろ冒険者よりもこっち方面の仕事の方が向いている気さえする。
「しかし面倒だな」
警戒心を抱かせないように監視を受け入れたが、行動が制限されるのも困る。
なんとか途中で撒きたいが、狭い宿営地では難しい。
「お待たせしました」
そう声を掛けてきた男がいた。昨日の商業組合の使者だった。
「あなたが案内を?」
「はい、この宿営地の状況を多少は把握しているので」
男はラレックと名乗った。
なんでも商業組合でそれなりの地位がある男らしい。
ラレックの案内で宿営地を見てまわることになった。
ラレックに案内されたのは、負傷者の治療を行っている救護所だった。
『おやっさん!!』
いたよ、下っ端三人組が。
ベッドを二つくっつけ、その上で賭け事をやっているらしい。
「おう、どうした。なにこんなところで油を売っていやがる?」
俺が尋ねると一人が照れ臭そうに頭を掻いた。
「こいつがヘマをしちまいまして」
「へへ、面目ねえ」
聞けば鎧蟻の突進を避け損ね、腕を負傷したそうだ。
「ざまねえな」
言いながら、内心で動揺していた。
彼らを推薦したせいで怪我をしたと思えば、平静ではいられない。
「大した怪我じゃねえんですが、念のためにあと一日休もうと思いやして」
「明日にはまた稼ぎに戻りますよ」
「骨休みのつもりで、俺たちも付き合っているだけですから」
内心が顔に出ていたのか、口々にそんなことを言われた。
こいつらにも気遣いが出来たんだな。
「お前らが手こずるぐらい厄介なのか?」
三人組は若手の中ではそれなりの実力を持っている。
だから推薦したし、ギルドも受け入れたのだ。
「手ごわい訳じゃねえんですが」
「とにかく次々とわいて出てきやすんで」
「引き際がむずかしいんですよ」
俺は顔をしかめた。
確かに鎧蟻は個体としては大した脅威ではない。問題はその数だ。
逆に数さえ少なく出来れば安全に狩れると思う。
何も矛盾ではない。やりようはいくらでもあると思うのだが。
「まあ、あまり無茶をするなよ」
そう言って懐から銀貨を数枚取り出し、三人の手にそれぞれ握らせた。
「見舞金だ」
『あざっす!!』
笑顔で礼を言ってから、何やら真剣な顔になった。
手招きするので四人で顔を寄せる。
(おやっさんおやっさん、アイツですが)
(彼女のことか?)
俺達の視線が、小柄なギルド受付嬢へと向けられる。
クリサリス達がラレックと会話をしている傍で、ニコニコと笑っている。
(へい、まさかとは思いやすがコレですか?)
小指を立てるので憤慨した。
(三人も手を出したりしない!)
(いえ、おやっさんなら別に四人でも五人でも)
え、なにそれ?
(ですがアイツだけは止めておいたほうがいいですぜ)
(なんでだ?)
俺が尋ねると三人とも怯えた様子で縮こまる。
(いえね、なんかよくねえ噂が流れているんで)
(どんなんだ?)
(へえ、夜、アイツの天幕に忍び込んだヤツがいて)
(待て。そいつはなんでそんなことをした?)
(なにってそりゃ……)
(夜這いなのです)
俺は鼻で笑った。
(そんな物好きがいるか)
(ひどいのです! 女を見る目があるヤツなのです!)
(ねえよ! 見る目がないからそんなトチくるったことを仕出かすんだよ!)
(まあ、あっしらも馬鹿にして笑ってやしたけどね?)
笑ってないで止めろよ、と言おうとしてやめた。冒険者とはこういう奴らなのだ。
(翌朝、ソイツが宿営地の端っこに立っていました)
(それがどうした?)
(笑ってやした)
(……は?)
(朝日を見てゲラゲラ笑ってやした)
沈黙が立ち込める。
(とっても楽しそうだったのです!)
(朝食のスープを見て大笑いしてたよな)
(女達が声をかけたら腹を抱えて転げまわったぜ)
(なんか勘違いされて袋叩きにあったよな)
(……大丈夫なのか、そいつ?)
(心配ないのです。二、三日愉快な気分が続くだけなのです)
(……まあ、それなら)
(鎧蟻の群れに笑いながら突っ込んで)
(大怪我して街に移送されやした)
(以来、あの周囲に近づくヤツはいやせん)
(今度、神官様がお祓いに来るって噂も)
…………
まあ、自業自得だな!
それに良い情報を提供をしてもらった。
どうやら天幕は安全地帯らしい。女三人で寝ていても心配はないようだ。
彼らに重ねて無理をしないように注意してから救護所を出た。
「何を五人でひそひそと話してたの」
フィフィアが疑わしげな眼差しで睨む。五人?
彼女達はラレックを牽制して離れていたから、内容は聞き取れなかったらしい。
「討伐の様子を聞いていただけだよ。ラレックさん」
「なんでしょう?」
「負傷者の数はどのくらいでしょうか?」
「さて、どの冒険者もほとんどが軽傷でして」
把握していないと言う。まあ、商業組合には冒険者の死傷率なんて関係ないからな。
「なぜあたしに聞かないのです!」
「分かるのか?」
「分かるわけないのです!」
仕事しろギルド職員。
「怪我人が出ない日はないことぐらいしか分からないのです」
「それは大げさでしょう」
ラレックは穏やかに否定するが、さて?
「まあたんなる興味本位ですから。それよりも次はどこに行きましょうか?」
「そうですね、酒場で軽く昼食をとりますか?」
「いいですね。おっとその前に肝心な場所を忘れていました」
「どちらでしょう?」
「買取所ですよ」
むしろまず先にそこへ案内するのが常識だろう。
「そうですね、ではその後で昼食ということで」
ラレックは少しも焦る様子がない。
だが、昼食という予定を入れることで時間を限定してきた。
そうはいかないよ?
「おう肉屋!」
「なんでえ悪魔か!」
買取所で嬉々として鎧蟻を解体している肉屋に声を掛けた。
肉屋は、魔物を狩るより素材の剥ぎ取りが楽しいと豪語してやまない男だ。
革鎧の上に前掛けをした姿は、肉屋そのものである。
その手際は熟練の域に達し、一切の無駄がない。
……実を言うと、パーティーを組んでみたい奴なのだ。
コイツがいれば、面倒な剥ぎ取りを一切任せ、討伐に集中できる。
きっと討伐の効率は格段にあがるだろう。
だが肉屋は特定のパーティーに入ることはない。
色んなパーティーを渡り歩いている。
その理由を聞かれた肉屋は、こう答えたという。
「新たな出会いを探しているんだ!」
つまり、手がけたことのない魔物の解体をしたいらしい。
変わった奴なのだ。
「景気はどうだ?」
「笑いがとまらねえな! 見ろよこの数を!」
背後に積まれた鎧蟻の遺骸の山を、愛用の山刀で指し示す。
「おまえは討伐に行かなくてもいいのか?」
「馬鹿ヤロウ! そんな暇があるか!」
他にも解体をしている連中はいたが、肉屋が処理した分量の半分もないようだ。
「彼には今回、商業組合の受注依頼として手伝って頂いてます」
「そういうこった!」
ラレックの言葉に肉屋は胸を張る。
「まあ、がんばってくれ」
肉屋を労うと、俺達は買取所の天幕に入った。
天幕の中は喧騒に満ちていた。冒険者と担当者の怒鳴り声は外まで聞こえていた。
買い取り金額に文句をつける冒険者に、担当者も負けじとやり返す。
だがそれほど長い交渉にはならず、しぶしぶと冒険者が引き下がるようだ。
「けっこうもめるのか?」
「それはまあ。討伐量が増えれば値が下がるのは当然ですから」
それでも大幅な値下げにはならないと言う。
街の外からの買い付けが来れば利益が出るし、鎧蟻討伐は安全保障でもあるのだ。
冒険者が嫌気をさして一斉に引き上げれば、将来的に街に危険が及ぶ可能性がある。
そうなっては本末転倒だ。
「冒険者基金を取り崩しても買い支えます」
なるほどね。さて、そろそろ本題に入るか。
「ところで帳簿を見せてもらえますか?」
「帳簿、ですか?」
初めてラレックは虚をつかれたようだ。
「どういう名前なのかは知りませんが。買取の金額や素材の搬出量は記帳しているのでしょう?」
「え、ええ、それはまあ」
訝しげな表情だ。まあ、荒くれ者の冒険者が、帳簿を見せてくれと言えば当惑するだろう。
ラレックは天幕の隅から一冊の帳簿を持ってきて手渡した。
俺はページをパラパラとめくる。当然、読めやしない
「けっこう難しいものですね」
「まあ、素人の方には」
ラレックは俺がページをめくる速さを見て、内容を理解していないのが分かったのだろう。
声にかすかな安堵がにじんでいる。
「この内容は正確ですか?」
「もちろんです。ちゃんと確認させていますから」
「だとしたら、その方は忙しすぎたようですね」
「……どういう意味でしょう」
「買取と搬送量が合いません」
ラレックが目を細める。ちょっと恐い。
「前々回の搬送から買い取った鎧蟻より、前回搬送した素材の量が少ないですね。大した量ではありませんが。せいぜい七分ぐらいでしょう」
もちろん暗算ではない。超・便利スキル看破が読み取った情報だ。
「まあ買取時は頭数で、搬出時は素材に分解されているので、把握しづらいのは理解できます」
ラレックは何か言いかけて、黙り込んだ。
しばらくこちらを睨んでから、ニヤリと笑った。
「少々あなたを見くびっていたようですね」
いや、たぶん見掛け通りの人間だよ。ただ便利なスキルを持っているだけだ。
「そちらこそ。この差分がサイラスとの取り決め以上だとしても驚かないね」
「そこまでお見通しですか」
俺たちは互いに悪い笑みを交わした。離れて後ろにいるクリサリス達には見せられない顔だ。
「どれほどご所望で?」
「高いよ?」
「これは恐い」
お前の目つきの方がよっぽど恐いわ。
「あなたとの友誼だ」
「は?」
「あなたは中々のやり手みたいだからな。今後の良好な関係を期待したい」
「それだけで?」
「それぐらいの価値はあると思うよ?」
「……いいでしょう、今後ともよろしくお願いします」
俺たちは互いに差し出した手を握り合った。
その後、俺たちは酒場に行って昼食をとった。
大人の会話をしたいので、クリサリス達には離れてもらっている。
「なぜ鎧蟻の討伐を急いでいる?」
俺は前置き抜きで核心に触れた。
「なぜそう思いになったのですか?」
「冒険者の負傷率だ。ギルド本部でも不審に思っている」
酒を舐め、舌を湿らす。
「鎧蟻は放置すれば厄介だが、討伐そのものは困難ではない。むしろ支援を受けられる分、安全な稼ぎだと思われていた。そこに連日の負傷者だ。サイラスが無理をして戦線を押し上げているとしか思えない」
「なるほど」
「ではなぜサイラスは討伐を焦っているのか」
「商業組合が急かしている、と」
「どれほど袖の下を使ったのか知らないが」
「大規模な鎧蟻の巣が見つかったのは久方ぶりです」
ラレックはちょっと考え込み、すぐに白状した。
「すでに近隣の街からの引き合いが殺到しています。商業組合は利益を尊びますが、無用の混乱は望んでいません。鎧蟻の素材を可及的速やかに市場に流したいのです」
隠している事情があるだろうが、一応は納得できる説明だ。
そして特に問題があるとは思えない。
冒険者の負傷率が増えたとしても、まあそういう商売だ。この状況でもまだ通常の討伐よりも危険度は低いと言える。なにも問題はないはずだ。
だが、そんなはずがない。
何かを見過ごしているはずなのだ。
ラレックは不審そうな顔でこちらをうかがう。
「気になることでもあるのですか?」
「……通常の鎧蟻攻略の手順は?」
「さあ? 私には経験がないので」
「鎧蟻の巣を包囲する形で防御陣地を配置するのです」
「防御陣地?」
「ハイなのです。鎧蟻のテリトリーから他の魔物を徹底的に駆除、食糧不足の鎧蟻を魔物の死骸で誘って逐次撃破、大挙してやってきたときは防御陣地にこもって夜までひたすらやり過ごすのです」
「兵糧攻めか。だが時間が掛かるんじゃないのか?」
「伝統なのです!」
伝統か。つまり経験から導き出され、受け継がれてきた技法なわけだ。
だとしたら長期包囲線を選択した理由があるはずだ。
「止めはどうするんだ?」
「数を減らして抵抗力を奪った後は、女王が餓死するまで巣を封印するのです」
なるほど。さすがに地下にまで手は出せないからな。
「……蟻という生き物がいる。彼らは食料を備蓄する習性がある」
そうして大量の群れを維持する。
働き蟻は食料を調達するのと同時に、巣の食料も消費している。
「もし消費者である働き蟻を短期間で大量に失ったらどうなる?」
「タヂカさん?」
消費者のいなくなった巣には膨大な食料が残る。
巣には幼虫?と、それを世話をする蟻が残る。
外には脅威となる人間がはびこっている。
だが、巣の中ならば安全なのだ。
「……篭城か?」
「なんですか、それは?」
「外に出る鎧蟻が激減したら、残った鎧蟻が巣にこもる。個体数が減れば食料の消費も減るだろう。それを食いつなぎ、次世代が育つのを待って再び外へ進出する」
ふと我に返る。どうも考え込んでしまったらしい。
「可能性としては、急激に鎧蟻を狩ると、奴らは巣に引っ込んで出てこなくなる可能性があるな」
そう推測を述べると、ラレックの顔が青ざめる。
「それは困ります!」
「まあ可能性だよ可能性。それにもう手遅れかもしれないし」
「そ、そんな!」
慰めようとしたらかえって不安がらせてしまったようだ。
今後の対応とか上司への弁明とか考えているのかもしれない。
「まあ、あまり心配するな。その程度なら逆に幸運な方だから」
「え?」
「クリサリス! フィフィア!」
「なんですか?」
彼女達は席を離れ、俺の側に立った。
「君たちは天幕に戻ってくれ。俺が戻るまで外に出ないように」
あそこは安全地帯らしいからな。
「ヨシタツさんはどうするのよ?」
「俺はちょっと野暮用だ」
「……一緒に行きます」
途端にクリサリスの目が据わる。予想してたけどね?
クリサリス、フィフィア、ラレックまでもが騒ぎ出す。
俺はそっと彼女を手招きした。
「なんなのです?」
(これ、なんとかできるか?)
(できるのです)
(安全だろうな?)
(ハイなのです)
ずいぶんと素直な対応だ。
コイツに頼みごとなんかしたら、どれだけむしられるか、覚悟していたのに。
(じゃあ、やれ)
俺が命じると、彼女は俺の手をとった。
一瞬、めまいがした。だが、それだけだ。
拍子抜けするほどあっけない。
(これで終わりか?)
(手を離したらダメなのです。このまま立ち去るのです)
半信半疑ながら、俺は席を立った。
彼女たちはお互いに何かを言い合っている。
どうやら俺に対する愚痴のようだ。
誰も、俺達に目を向けていない。
すぐ側にいるのに、妙に遠く隔てた場所に立っている気がする。
俺と彼女は、そっと酒場から去った。
追ってくる者は、誰もいなかった。




