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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
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挿話の5 匿名冒険者の糾弾(読みとばし可)

「なにがあったの?」

 女将のシルビアさんが尋ねてくる。

 ヨシタツさんをズタボロに折檻した日、宿に戻ったわたしと相棒はゴハン抜きの罰を与えられ、ここまで連行されてきた。



 場所は彼女の私室。

 取り立てて飾り気のない、質素な部屋だ。

 小さなテーブルに淡いピンクの花が一輪、活けてあるだけ。

 その彩りだけで辺りの雰囲気が柔らかくなっている。

 女性らしさ、それを自然と身につけている人だと思う。

 ……魔物の血臭にまみれた、わたし達とは違う人だ。

「タヂカさんがまた何かやったの?」

 話の聞き方も穏やかだ。先ほどとは違い、そこには非難がましい響きはない。

 こちらを落ち着かせ、ゆるやかに話の切り口を探ってくる。

 若いわたし達にはない、人生経験だけがもたらす大人の魅力。

 それでいて、外見はわたし達の姉ぐらいにしか見えないのだ。

 正直、卑怯だと思う。

 どこにも勝てる要素がないではないか。

「……あなたです」

「わたし?」

 シルビアさんが小首を傾げる。

 そんな少女めいた仕草も似合っているのがくやしい。

「もともとはあなたのせいです!」

 そんなことはきっかけに過ぎない。

 ただの八つ当たりに過ぎない。

 だけど言わずにはいられなかった。



「えーと、話をまとめると」

 シルビアさんが微妙な表情を浮かべた。

「そもそも、わたしの唇についた黒蜜をタヂカさんが指で拭いて?」

「そうです!」

「わたし達のときはハンカチだったのに!」

 そう責めると、シルビアさんが首をすくめる。

「その指をタヂカさんが舐めた、と」

「自然にためらいもなく!」

「ハレンチです」

「ハレンチって……」

 彼女の表情はますます微妙なものになる。

「それで折檻したと?」

「そうです!」

「天誅です!」

「……かわいそうなタヂカさん」

 当然の報いです!

「その後、やり過ぎを反省した、と?」

「まあ、本人に悪気はなかったようですし」

「悪いのはたぶらかした女狐ですし……」

「……女狐って」

 自覚がないんですか?

「お詫びをかねて以前に言われたチヤホヤを実行した、と」

「まあ、その……」

「そういうわけでは……」

「膝枕して?」

「うっ」

「添い寝をして?」

「くっ」

「……どっちがハレンチなのかしら」

 言わないで下さい!

 どうかしてたんですあの時は!

「可愛すぎるでしょう、あなた達」

 いやああああああ!


「せっかくチヤホヤしたのに、本人は理解していなかった、と?」

「あ、あんな、あんな恥ずかしい真似をしたのに!」

「なんのことだって! 真顔で聞き返されました!」

「……あのね?」

『はい』

「そんな子供のおままごとじゃ駄目に決まっているでしょ?」

 愕然とした。

 アレで駄目なんて!

「タヂカさんは大人の男なのよ?」

 シルビアさんはため息をつく。

「それこそ最後の事に及ぶ一歩手前までやらないと」

 いま! シルビアさんが凄いことを言いました!

 婉曲な表現でしたが、わたし達も子供ではありません!

「ぐ、具体的に言うと?」

「ど、どのような?」

「そうねえ……」




「……」「……」

「ちょっと刺激が強すぎたかしら?」

 シルビアさんの言葉も耳に入りません。

 わたし達は自分のことを大人だと思っていました。

 でも違ったのですね。

 いまこそ本当の大人になってしまいました。

 純粋だったあの頃にはもう戻れません。

「でも序の口だから。本番はもうちょっと難しいわよ? まず……」



 ……チヤホヤですら児戯に等しいことを学びました。


「まあ、話を戻すと、一番最初の件は謝るわ」

 抜け殻になったわたし達に頭を下げます。

「イタズラのつもりだったのに平然とあんなことをされて」

 わたしも焦ったわと苦笑する。

 ふ、もういいのです。

 あの程度のこと、しょせん子供のお遊びです。

 汚れてしまったわたし達は歯牙にもかけません。

「あなた達も悪いのよ? ワザと口を汚したりして」

「……なんのことでしょう」

「……身に覚えがありません」

「リリみたいな子供に嫉妬するなんて」

「……そんなこと、ありません」

 そう、リリちゃんはわたし達にとって妹みたいなものです。

 素直で元気な、可愛い女の子。

 そして最大の敵。

「母親としては娘を応援したいけれど」

 そうなれば敗北は必至!

 ただでさえヨシタツさんはリリちゃんに甘い。

 それはもう、父親みたいに甘い。

 だけど父娘ではないのです。

 おまけにリリちゃんは結婚できる年齢。

 何かの拍子に過ちが起きないとも限りません!

「でもアドバイスは伝授しましょう」

「先生!」「先生!」

「まず基本から。暴力はいけません」

「そんなの当たり前です」

「人として当然です」

「どの口が言うのかしら」

 シルビアさんが憮然とします。

 え?なんのことですか?

 もしかして今日のこと?

「でも、以前に聞いたことがありますよ?」

「男は嫉妬されるぐらいが嬉しいと」

「嫉妬による制裁を許容できるのが男の度量だと」

「女の子に殴られたり蹴られたりするのを喜ぶと」


「それは間違った知識です」


 なんですと!!!


「逆に考えてみましょう。他の男と話しただけで乱暴する恋人とか」

「そんなの最低です」

「ひどい男だと思います」

「なら他の女と話しただけで殴る蹴るの暴行を加える女は見苦しくないと?」

「え、でも……」

「だけど、え~と」

「そもそもです。前提条件が間違っています」

 ビシッと指を立てるシルビアさん。

「あなた達とタヂカさんは恋人でもなんでもないんですよ?」

 ……が~ん

「今のタヂカさんにとってあなた達という存在は、理不尽な暴力を加えてくる恐怖の対象なのです」

 ……が~ん

「どうしたら良いと思いますか?」

 ……なんてひどいことをしたんだろうか。

 訳も分からず責められ、ヨシタツさんはどれほど傷ついたことだろう。

 犬を躾けるときと同じように、ちゃんと注意しなければいけなかったのだ。

「……明日、謝ります」

「……わたしも」

 心から後悔して素直にそう言いました。

 シルビアさんは優しく微笑んでくれました。



「なんの世迷言を言っているのですか!!」



 突然、シルビアさんが厳しい声をあげます。

 その気迫に思わずのけぞりました。

「悪いことをしたら謝る、これは人の道です」

「ですがいま問題にしているのは女の道です」

「いまタヂカさんは気弱になっています」

「なにが悪かったのかと悶々としているでしょう」

「ですが明日、あなた達が理由を話したらどうなると思います」

「タヂカさんのことだから、きっと許してはくれるでしょう」

「ですがそれでは相手にアドバンテージを与えることになります」

「男というものは女に対して精神的優位に立てば図々しくなります」

「ここは翻弄するのです」

「いつもと変わらぬ笑顔で挨拶し、優しく接するのです」

「彼は混乱するでしょう」

「安堵するかもしれません」

「その心の隙間をつくのです」

「本のページにしおりを差し込むように自分の存在を印象付けるのです」

「彼がそれを意識したとき、一気に勝負を賭けるのです」

「敵に情けはいりません、そう、あえて敵と言いましょう」

「時に無防備な姿をさらし、敵を油断させ、誘い込むのです」

「罠にかかった敵を一気に包囲殲滅するのです」

「二度目があるなどと思ってはいけません」

「勝負のときは刺し違える意気込みで臨みなさい」



 その夜、わたし達は、人間の本当の恐ろしさを、学びました。





 本編とはほとんど関係ありません。

 匿名冒険者の証言を元に構成したドラマです。

 不穏当な内容に関しても、あくまで発言者の見解です。

 効果の保証をするものではありません。

 あしからずご了承ください。

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