歓迎されない陣中見舞い
なんか怒らせたか?
一晩寝て朝起きて、一番最初に頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
昨日、背後の気配に怯えながら宿に戻った。
「なにかあったの?」
ズタボロな俺を見て、シルビアさんが首を傾げる。
「いえ、そのですね」
「二人にやられたの?」
クリサリス達を見ていきなり核心を突く。
シルビアさんの声音に、なぜか背筋が震える。
ともかく今はクリサリス達を刺激して欲しくなかった。
「あの・・・」
「あなた達がやったの?」
止めようとした俺を無視して二人に尋ねる。
やめて! いまはそっとしておいて!
『私達は悪くありません』
さっきと同じように硬い声で答える二人。
あらゆる干渉を拒絶する頑なな態度。いまの彼女達に道理は通じない。
たとえカティアだって言い聞かせることは不可能に違いない。
「あなた達、今晩の御飯は抜きです」
クリサリス達はあっさり降伏した。
その後、クリサリス達はシルビアさんの部屋に連行された。
晩御飯はリリちゃんと二人だけの寂しい食卓だった。
俺が落ち込んでいるのに気が付いたのだろう。
彼女はがんばって明るく振舞い、俺をいたわってくれた。
・・・少女の情けが身にしみる晩御飯だった。
身支度を整えると、食堂に向かった。
クリサリス達と会ったらどうすればいいのか?
とにかく謝るか?
覚えがなくても機嫌を損ねたのは間違いない。
それとも普通に挨拶するか?
様子をうかがい、原因を密かに探るとか。
ぐるぐると頭を回転させ、何通りもの対応策を検討する。
「お、おは」
「あ、ヨシタツさんおはようございます」
「おそかったね。先に食べてたよ」
いつもと変わらぬ彼女達がいた。
窓から差し込む明るい日差しの中で、朝食をとっている。
今日の朝食はパンと玉子焼きだ。
「どうしたんですか? 冷めないうちに頂きましょう」
クリサリスがやわらかく微笑んだ。
「あ、ああ」
わけがわからず席に座る。
とりあえずフォークで玉子焼きを口に運ぶ。
ほんのりと甘かった。
「あ、これ」
「おすそ分けにもらった黒糖をちょっと入れてみたの」
調理場からスープを運んできたシルビアさんが言った。
「おはようございます。覚えていてくれたんですね?」
以前、玉子焼きが食べたくてシルビアさんに再現してもらった。
そのとき、この辺りでは甘味料が少ないことを知ったのだ。
「卵料理に高価な黒糖を入れるなんてびっくりしたけど」
「いいわねこれ!」
「ヨシタツさんの故郷ではこれが普通なんですか?」
「ああ、俺の頃には甘い食べ物が増えてさほどでもなくなったんだが」
砂糖ではなく黒糖なので風味は違うが、それでも郷愁をおぼえる。
「祖父が小さい頃は子供が一番好きな食べ物だったらしい」
「すごいなあ、ヨシタツさんの生まれ故郷って」
リリちゃんがうらやましそうに会話に加わる。
そうして和やかな食事は続いた。
俺は警戒しつつも安堵した。
どうやら俺の思い過ごしだったらしい。
あるいはシルビアさんが上手くとりなしてくれたのか。
とりあえずしばらくは、ご機嫌を損ねないように細心の注意を
「そう言えば」
フィフィアの言葉に手が止まる。
「今日から向こうに泊り込みでしょ?」
「そうだった。しばらく留守にしますからよろしくお願いします」
ほっとしながら鎧蟻討伐の前線に赴く話をする。
俺の話にリリちゃんが不安そうな顔になった。
「ヨシタツさん、怪我をしないでね」
「大丈夫だよリリちゃん」
俺は優しい少女に微笑む。
「ちょっと様子を見に行くだけだから」
それでも表情が晴れないので力強く約束する。
「戦わないし、危なくなったらかならず周りの連中を盾にして逃げるから。たとえ連中が全滅したって俺やクリサリス、フィフィアだけはかすり傷ひとつなく笑顔で無事に戻るから安心して?」
「ほんとに? 約束よ?」
「ああ、約束だ」
俺は彼女の手を取り、小指同士を絡める。
「これは指切りといって、絶対に約束を守るっていうおまじないなんだ。だから安心して待っていて?」
「・・・うん、分かった」
ユビきった! と勢いをつけて手を離すとようやく笑ってくれた。
「・・・なんだか感動的な場面っぽいんだけど」
「言っている内容はゲスきわまりないですね」
なにを言う!
「俺は大切な人の笑顔を守りたいだけなんだ」
あっ!いま俺は良いことを言った!
すごくカッコいいセリフだ!
リリちゃんも感動して瞳をキラキラさせている。
その他の視線はとても生ぬるいが。
だって風紀上の問題で、前線に女性の冒険者はいないんだよ?
つまり男の冒険者どもしかいないのだ。
そんなむさい連中より、少女の笑顔の方が大事ではないだろうか?
彼らもきっと分ってくれると信じている。
宿を出てから、冒険者御用達の店で野営用の装備を買い込んでおく。
食料や寝床などは現地で用意してくれるらしいが念のためだ。
三日分の食料を買い込んでからギルドへと向かった。
「それではこちらが任命状になります」
セレスから渡された羊皮紙を受け取る。
内容はギルドマスターの名で俺を鎧蟻討伐部隊の監査役に任命するというものだ。
羊皮紙を使うのは一種の権威付けらしい。
「昨日は勢いで引き受けたが、監査役ってなにをやればいいんだ?」
「現場の状況を観察して問題点があれば指揮者に提言する役目です」
「つまり実質的な権限はないと?」
「そうなりますね」
「・・・逆に、現場指揮者の監督下にもないんだな?」
「はい、監査役はギルドマスターの直轄となりますから」
よし、言質は取れた。
「それじゃあ行ってくる」
「お気をつけて」
それから北門から出て森に入り、西区画方面へと移動した。
「ギルドはいったい、何を考えているのでしょう?」
隣を歩くクリサリスが疑問を呈する。
「さあな、行けば分かるんじゃないか?」
「おかしくはありませんか? なんの権限もない監査役を送るなんて」
「心配か?」
「心配、というほどではありませんが」
不安ではあるのだろう。だけど俺にも明確な答えはない。ただ
「たぶんだが、ギルド本部に思惑などない」
「え?」
クリサリスは驚きの声をあげる。
「思惑などない、あいつが俺を指名した。それだけだと思う」
現在進行形で探査を発動している。
魔物との接触は極力避けるつもりだが、探査には何も引っかからない。
現地と街までの補給線を確保し、定期的に魔物を狩っているのだろう。
昼過ぎには現地へと到着した。
「どの面下げてきやがったのですか汚い人よ!」
受付のチビが切り株の上に立ち、胸を張って堂々とのたまう。
「おめおめとよくも顔を出せたのです!!」
「てめーが来いと言ったんだろうが!」
無剣流のダッシュで接近し、チビの鼻をつまむ。
そのまま左右に揺さぶった。
「やめるのです! 鼻がもげるのです!」
「おお面白い声だ!!」
「そんなことで喜ぶ汚い人は幼稚なのです!」
「幼稚はてめえだチビ!」
「や、やめて下さい!」
「相手は女の子よ!」
クリサリス達が俺の両脇を抱え込み、必死になって引き離そうとする。
「止めてくれるな! 武士の情けだ!」
「汚い人に情けなど無用なのです!」
「あなたも刺激しないで!」
二人が割って入り、俺とチビは距離をおいて威嚇し合う。
「・・・タヂカさんが女の子相手にこんなことするなんて」
「信じられないよね? 女の子に優しいのがタヂカさんの唯一の取り柄なのに」
「失敬なことを言うな!」
聞き捨てならないことを言われた!
「俺は女の子なら誰にでも優しいぞ!」
「ダメな発言です!?」
「じゃあなんでこの娘にはそんなに厳しいの?」
「良くぞ聞いてくれた!」
指を一本立ててフィフィアに説明する。
「まず俺は女の子に優しい」
クリサリスが頷いたので、二本目の指を立てる。
「俺はこのチビに優しくない」
二人が理解した表情なので三本目の指を立てる。
「よってこのチビは女の子ではない!」
「……あれ?」
「なにか説得力を感じるけど……」
「いたいけな少女にひどいのです!」
「いたいけな少女は脅迫なんてしねえ!」
「ひどいのです!脅迫なんてしたことないのです!」
「しただろ!きちんと!明文化して!」
「誤解なのです!」
誤解? その言葉に少し頭が冷える。
そうかもしれない、こいつはバカで口が悪いが、根はきっと良い奴
「当人の後ろ暗い秘密を守る代わりに少々融通を期待してるだけなのです!」
「遠まわしに言っても脅迫だからな!」
「どんな秘密なの?」
クリサリスからの一言に硬直する。
「ちょ、ちょっと待っ」
「リリちゃんに下着を洗わせているのです!」
「ソレか!?」
しかもアッサリばらしやがった!
駆け引きも何もあったもんじゃねえ!
「……ヨシタツさん」
フィフィアの声に、背筋が震える。あの血も凍るような惨劇がフラッシュバックする。
いやだ、火の玉が眼前に!脳天に振り下ろされるチャンバラブレードが!
「……なんでそれが秘密なんですか?」
クリサリスの慈愛に満ちた声が響く。
「アレ?なのです」
チビスケがきょとんと首を傾げる。
「宿屋の娘が客の汚れ物を洗うのは当然ではないですか」
「クリ……サリス?」
そこには女神がいた。
その微笑みは、全ての罪を許し抱擁するようだ。
「まあ下着ぐらい自分で洗えって思うけど」
「ヒィッ!」
「リリちゃんが自分でやりたいって言ったんでしょう?」
そこには天使がいた。
フィフィアの瞳が語っていた。大丈夫、わたしだけはちゃんと分かっているからと。
「……そう来たのですか」
何か呟くチビスケは放っておいて。
「ふ、ふたりとも……」
俺は猛烈に感動していた。
謂われない中傷誹謗に耐えた日々が、いま報われたような気がした。
「あなたもダメですよ、大人をからかっては」
「ハイなのです!申し訳ないのですお姉さま!」
チビスケはにっこり微笑んだ。




