挿話の4 匿名受付嬢の告白(読みとばし可)
最近、街で評判のおしゃれなカフェがあるのです。
今日はお仕事をサボって偵察なのです!
おや、店の奥のテーブルに顔見知りの二人が。
「こんにちわ汚い人よ!」
タヂカさんはぶばッとパスタを吹き出したのです。
「汚い人がバッチいのです!エンガチョなのです!」
「飲食店でやめろよな、それ!」
タヂカさんがわめくのです。
店主が嫌そうな目でこちらを見てるのです。
「騒いだら店の人に迷惑なのですよ?」
「俺のせいか!?」
「きたないひと?」
リリちゃんが首を傾げるのです。
今日のリリちゃんは一段と可愛いのです!
「汚れを知らぬ良い子は知らなくていいのです」
「誤解をまねく言い方をするな!」
あたしは二人の席に座ったのです。
「リリちゃんと同じものでいいのです」
「ナニさらっと俺に要求してるの!?」
ふと気が付いて二人の顔を見比べます。
「デートなのですか?」
「デートだよ!それよりねえ俺がおごるの!?」
「ちがうよ!?」
リリちゃんが手を振って否定するのです。
「ちがうのですか?」
「仲の良い男女が一緒に外出すればデートだ」
あきらめたタヂカさんはウェイトレスさんにあたしの分を注文するのです。
そういう押しが弱くて流されるところが好きなのです。
「だから誤解されるって言ったんだよ?」
「う、うん・・・」
ほんのり頬を染めるリリちゃん。
甘いのですタヂカさん!
じつはリリちゃんの狙い通りなのです!
「それにしてもそんな誤解を心配をするとは」
サラダが運ばれてきたのでさっそく頂くのです。
「十四歳相手に盗人猛々しいのです!」
「そこまで言う!?」
そうなのです。ご馳走してもらっている分際で言い過ぎたのです。
「悪かったのです、許すのです助平オヤヂ」
「ぜったいに許さん」
サラダを食べ終わるとスープが来たのです。
「ほんとは何なのです?」
「食材の買い出しだよ」
「荷物持ちだ」
「おめかしするからまぎらわしいのです」
今日のタヂカさんはこじゃれた格好をしているのです。
「ちゃんと下僕にふさわしい服装をするのです」
「荷物持ちを手伝っただけで下僕扱い!?」
「ひどいのです!」
あたしは怒ったのです。スプーンでテーブルを叩いたのです!
「荷物持ちを手伝っただけで下僕扱いなんてしないのです!」
「そ、そうか? すまん?」
タヂカさんは謝罪しながら首を傾げているのです。
「まったく! ちゃんと汚い人の行いと人となりを見て判断しているのです!」
「悪かったって、そう怒るな」
「・・・タヂカさん、だまされているよ?」
リリちゃんがぼそっと呟きます。
「それに服装はなかなか格好良いのですよ」
「お、おう。いや一緒のリリちゃんに恥ずかしい思いをさせられないだろ?」
「汚い人なのに羞恥心が理解できたのですか!?」
「学習しているからな。恥を知れといつも言われているから」
ちょっとすまん手洗いだとタヂカさんが席を立ちました。
食事中なのにマナーがなっていないのです。
「リリちゃんがあの人の衣装の見立てたのですね?」
「・・・うん」
邪魔者がいなくなったので尋問なのです。
「どうりで最近こざっぱりしていると思ったのです」
困るのです。汚い人の正式名称に実態が伴わないのです。
「それにしてもすっかり幼な妻が板についてきたのです」
「つ、つま!?」
「あたしはリリちゃんが心配なのです」
「お姉ちゃん?」
「あんなヨレヨレオヤジのどこがいいのですか?」
「ヨレヨレはひどいよ!」
「そうなのです。申し訳ないですヨレヨレ」
「あれ? あやまるのはヨレヨレ?」
「でも、そこまで世話を焼くなんて」
そう言えばタヂカさんの下着も洗ってあげていたのです。
「そんなにヨシタツさんが」
あたしがじっと見詰めると、リリちゃんがうつむきます。
赤く染まった頬を見れば全てがあきらかなのです。
「臭うのですね?」
「なんのこと!?」
「男の人は年を取ると異臭を漂わせるのです」
「ただよってないよ!!」
「でもそれが自然なのです、仕方がないことなのです」
「ただよってないってば!」
「嗅いだのですか?」
「え?」
「そこまで否定するということは、嗅いだのですか?」
「え、え?」
リリちゃんが青ざめていくのです。
「リリちゃん・・・・」
「ち、ちが」
「洗いざらい吐くのです。お上に慈悲はないのです」
「お姉ちゃんにもないよね!」
またひとつ、事件は悲しい結末を迎えてしまったのです。
事件を闇に葬って再起動なのです。
「あの人が好きなのですか?」
絶望に全てを諦めたリリちゃんが白状したのです。
歪んだ現代社会の悲劇なのです。
「・・・うん」
「では告白するのです!」
「無理だよ!・・・ヨシタツさん年上だし」
「では諦めるのです!」
「はやいよ!?」
「何がなのです?」
「そこはちゃんと励ましてよ!」
「七面倒なのです!」
「相談する相手をまちがえた!」
「そんなことはないのです。恋愛相談は実績があるのです」
「ぜったいうそだ!?」
「いまのはひどいのです。こう見えてお姉ちゃんはギルド一の密偵と言われ、全てを台なしにする推理力の持ち主なのですよ?」
「恋愛相談とは関係ないよね?」
「相談が終わった後で『こいつに相談なんて何を血迷っていたんだ俺は』と感謝されました!」
「後悔してるよその人!しかもこいつ呼ばわり!」
「いいのです。本当の忠告とは耳に痛いものなのです」
「お姉ちゃん・・・見掛けよりずっと大人だったんだね」
「ちっとも尊敬されている気がしないのです!」
純心だったリリちゃんを返して欲しいのです!
「まあいわくつきの依頼を紹介したので二度と街に戻ることはないのです」
「なにをしたの!?」
「相手の女性からは感謝されて『少ないですがこれが約束の』」
「わたし子供だから何を言っているかぜんぜん分らない!」
「あたしも子供なので受託収賄罪とか知らないのです」
「分らないけど凄くいけない事だよねきっと!」
「リリちゃんはスゴクイケナイコトとか口にしてはダメなのです」
「お姉ちゃん、なんで鼻息があらいの?」
そこであたしがお手本を示すことにしたのです。
リリちゃんが止めてよとか店に迷惑とか真っ赤になって引き止めるのです。
「お手洗いが長すぎなのです!下痢もたいがいにするのです!」
「ちげーよ! 深刻な話みたいだったから遠慮してたんだよ!」
「立ち聞きは悪趣味なのです!」
リリちゃんが顔面蒼白なのです。
「トイレにこもっていたよ! さりげなく戻ろうとした気づかいがグダグダだ!」
「くんくん、確かに臭いがこびりついているのです」
「こびりついてねーよ!」
そんなことはどうでもいいのです。
「あたしと交際するのです!」
「断る」
即座に拒否されたのです。
「いたいけな少女にひどいのです!」
「じゃ、じゃあわたしは?」
便乗するリリちゃんはちゃっかり者なのです。
「リリちゃんならいいよ、ただしお友達からね?」
「いいの!!」
「汚い人はとんでもないのです!リリちゃん逃げるのです!」
「応援してくれるんじゃなかったの!?」
「無責任に煽っていただけなのです!」
「まあ落ち着け」
ヨシタツさんが手を振るのです。
「考えてみてくれ、あと三年もして年頃になったら」
ヨシタツさんは遠い目をするのです!
「どうせ俺なんか見向きもしないからさ」
「視える!視えるのです!リリちゃんが若い男をとっかえひっかえ遊びまくる姿が!」
「リリちゃんはそんな娘じゃない!」
「そんなの男の勝手な願望なのです。あたしにはわかるのです。その美貌で男を次々と手玉に取り、やがて国王を籠絡して、国に騒乱を巻き起こした稀代の悪女として後世にまで語り継がれるリリちゃんの姿が!」
「無駄に大河ドラマだな!!」
「ろうらくってなに?」
「いいんだよリリちゃんは知らなくても」
「子供扱いしないで!」
「まあ大きくなったら良い人と出会えるから」
「わたしはタヂカさんが良い!」
「その時は三十三歳だからね俺は。きっとすすけた感じでくたびれているだろうねえ」
「きっと使い古しの雑きんみたいなのです!リリちゃんも愛想を尽かすのです!」
「そんなことないよ!絶対に同じ気持ちでいるから!」
「三年たったら真剣に考えるから」
「や、約束だよ!」
「うんうん約束」
タヂカさんは適当な返事をするのですが、さて。
「ご馳走様なのです!」
メインディッシュも済んでお茶を飲み干し、満腹なのです。
「どうだったお味のほうは?」
「おいしかったよ」
「まあまあなのです!シルビアさんの方が美味しいですが!」
あたしはタヂカさんにお礼を言いました。
「おごってくれてありがとうなのです!無駄金を使わずに済んだのです!」
「気前の良い店主だったのです!」
「ちげーよ!」
「でもお代は結構ですと言われたのです!」
「今後のご来店はご遠慮くださいって言われただろ!出禁だよ!」
「別に構わないのです!こっちから願い下げなのです!」
「ふてぶてしいにもほどがある!?」
「正直な感想なのです」
「まあ同意見だけどな。リリちゃんの手料理のありがたみがあらためて分かった」
「タヂカさんったら・・」
「礼にはおよばないのです!」
「おまえには言ってねえ!」
「それでは失礼するのです!」
あたしは二人と別れ、ギルドに戻る道を歩き出しました。
ふと振り返ったのです。
何事か言い合うタヂカさんとリリちゃんの姿が見えたのです。
煤けた背中の汚い人と、寄り添うリリちゃん。
タヂカさんの袖をつかんで見上げるリリちゃんの横顔が楽しそうだったのです。
親子にも兄妹にも恋人にも見えない二人なのです。
三年後、同じように並んで歩いていたらどんな風に見えることやら。
あたしはちょっと微笑ましく思いました。
すっかり忘れていたのですが。
あたしはタヂカさんに告白したのでした。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「――発動!!」
「ひぎゃああ!」
「ヨシタツさん!!」
こうしてあたしは振られたのです。
本編とはほとんど関係ありません。
作中で暗示されている性癖に関しては事実無根であることをお断わりします。
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2014.10.24_誤字を修正しました




