彼女からの脅迫状?
「ヨシタツさんはズルイですよ」
クリサリスが苦笑する。
「追いついたと思ったらすぐに追い越すんですから」
その言葉に答える余裕はない。
彼女の上に俺の汗がしたたり落ちる。
俺は彼女を組み伏せ、喉元に手刀をかざしている。
肺が灼けるように熱い。
激しい呼吸が彼女の前髪を吹き散らすほどだ。
動悸が激しい。心臓が破れるんじゃないかと心配になる。
わき腹が痛い。目がちかちかして頭痛までする。
「わたしの負けです」
気が抜けて、彼女の上に倒れそうになる。
なんとか隣に寝転がり、空を見上げた。
クリサリスがうつ伏せになり、肘をついて上半身を起こす。
横から俺の顔をのぞき込み、前髪を整えてくれた。
青空と雲を眺めていた俺の視界に、ぬっとフィフィアが顔を突き出した。
「お疲れさま」
彼女は俺の頭を持ち上げ、膝を差し入れた。
膝枕だ!
「・・・どうしたん・・・だ急に」
俺は苦しい呼吸の合間に尋ねる。
「二人とも・・・妙に優しく・・・ないか?」
「失礼ですね。わたしはいつでも優しいですよ?」
「そうよ、気づかいのできる女なのよわたしは?」
「・・・そうか?」
ボコンと頭を叩かれた。
いやだってねえ?
魔術スキルの標的にする気づかいとか?
剣術スキル全開でズタボロにする優しさとか?
「い、イタ!痛いよ!?」
「なんですかその疑わしそうな目は」
クリサリスが耳をねじりあげる。
まあ、いいか。
頭をボコボコ叩かれ、ギリギリ耳をねじられながら手を空に向かって伸ばす。
看破 発動
名称:タヂカ・ヨシタツ
年齢:三十歳
スキル:看破2、探査3
射撃管制1、射撃2
隠蔽1、剣術1、回避1
並列起動1、投擲1
固有スキル:免罪符
白紙委任状、スキル駆除
*****、*****
履歴:渡界
ポイント:96
・・・微妙だなあ
なんかこう、すっきりした強化の方がいいんだが。
例えばカティアみたいに剣術5!とか。
俺はそんなに頭が良くないんだ。状況に応じての使い分けとか難しいことは苦手だ。
個別に見ても効果がいまひとつな気がする。
まず回避だが、これは攻撃などを避けるスキルだろう。
だけど剣術の方が攻防一体でお得な感じがする
投擲は訓練中にやっていた投石の影響だろうか?
だけど小石を投げて魔物がひるむだろうか?
さっきはブレードを投げつけて隙を作り、なんとか勝ちを拾えたが。
獲物を手離すなんて乱戦ではありえない。
最後の並列起動は、かなり制限がありそうだ。
成長すれば分からないがいまの段階では多用は難しそうだ。
五分ほどそうして思索にふけっていると、だいぶ調子が戻ってきた。
疲れやすいのは相変わらずだが、だんだん回復が早くなってきている気がする。
多少鍛えられてきたのだろうか。
「よし、それじゃ帰るとするか」
ヨッコイセと立ち上がり、腰を伸ばした。
なぜかクリサリス達が、キョトンとした顔でこちらを見上げている。
「どうした?」
「もういいんですか?」
「ああ、おかげさまで何とか大丈夫だ」
「そうじゃなくてあの・・・・」
「せっかくのチヤホヤなんだから・・・・」
「なんだそれ?」
二人はニッコリと笑った。
「帰るのは早すぎます」
「まだお昼前でしょ?」
「え? いや、もうクタクタだから」
「せっかくです。もっと練習しなくては」
「そうよ。今度はクリスとわたしが組んで二対一ね」
「それはいいね!」
「いや無理だから。体力使い果たしたから」
両脇をがっちり押さえられ、ずるずると連行される。
「いいからいいから」
「そうです頑張りましょう?」
「もう打ち止めなの、これ以上は鼻血もでないから、ねえねえ、ちょっと聞いてくれるかな?」
剣術2になりました。
「・・・本当にどうしたんですか?」
「・・・・・・」
「あなた達、これはどういうこと?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺はカウンターに突っ伏していた顔を上げた。
セレスが困惑した顔でこちらを見ている。
震える手を伸ばすと、戸惑いながら手を取ってくれた。
人肌のぬくもりが、こらえていたものを一気に決壊させる。
あふれる涙がセレスの白い手を濡らした。
「・・・た、助けて!!」
「何をしたのいったい!」
彼女の怒鳴り声がギルドに鳴り響いた。
俺たちはギルドの応接室に通された。
向かい合わせのソファーの片側に俺とセレスが、反対側にクリサリスとフィフィアが座る。
俺はぐったりと背もたれに寄りかかり、セレスに介護されている。
「説明して貰えるかしら」
『わたし達は悪くありません』
クリサリス達が声をそろえて答える。
「何をしたのか訊いているの!!」
『仕方がなかったんです』
「ヨシタツさんを壊すつもりなの!」
『反省してます』
「・・・いや・・もう・・いいから」
「でも!!」
「ちょっと・・くんれんに・・むちゅうに」
「こんなありさまでは訓練も何もありません!」
そうなんだけどね?
スキルはただ獲得しただけでは使い物にならない。
試験運用とか特性の把握とかを繰り返してはじめて習得したと言える。
冒険者という職業柄、常に危険に身をさらす可能性があるのだ。
早いうちに慣れた方がいいのは事実だった。
それに剣術スキルも2になった。
最後の最後、クリサリスに止めを刺されそうになったその瞬間に成長した。
だから幸運だったと言えるのかも知れない。
・・・でもぜんぜんありがたみが感じられない。
出てくるのがおせーんだよてめーは。
びびってんじゃねえぞおら。
そんな気分だ。
とにかくクリサリス達を刺激してほしくない。
彼女達とはこれから一緒に宿に帰るのだ。
・・・・今晩は月が出ていたかな?
「・・・分かりました。でも、困りましたね」
セレスの顔に困惑が浮かぶ。
「ヨシタツさんがこんな具合では」
「なにか・・・ある・・のか?」
「その、ギルドの指名依頼なんですが」
「・・・指名依頼?」
ギルドの仕事は基本的に自由討伐と受注がほとんどだ。
個人もしくはパーティーを指名して依頼するのはよほどのことだ。
最近だと例の上級魔物討伐で発行されたことがある。
もっともそのときは冒険者達に拒絶されたが。
ギルドの評価が高い分、危険で厄介な仕事が多い。
「どんなことだ?」
「例の鎧蟻の件です」
俺はぎょっとして姿勢を正した。
「問題が発生したのか?」
「いえ、そうではありません」
セレスはブンブンと手を振る。
「けが人は相変わらず増えていますが今のところ順調です」
「だったらなにが!」
「その、前線にいるギルドの連絡役からの要請です」
「連絡役って言うと」
「そう、彼女です」
「・・・あいつかあ」
脳裏に小柄な受付嬢の姿が浮かぶ。
「あいつが何だって?」
「あの、ヨシタツさん?」
「なんだ」
「いえ、あの子がなにか失礼をしたのですか?」
「・・・別に?」
「そうですか?」
セレスは不審そうな眼差しだ。
「それで要請と言うのは」
「ヨシタツさんに至急、ギルドの監査役としてきてほしいと」
「・・・それだけか」
「はい、あとヨシタツさんにお手紙が」
「手紙?」
「あの子からです」
セレスが手渡した手紙を開封する。
一行だけ、何かを書いてある。
看破を発動した。
『秘密開示の示唆、至急来援乞う』
俺はセレスに手紙を返した。
「読んでくれ」
「え、わたしが?」
「いいから読んでくれ」
はあ、と言いながら手紙を黙読する。
ピクリと頬が引きつった。
「なんて書いてある?」
「その、同じです。ヨシタツさんに来てほしいと」
「ちがう、正確に、一字一句間違えずに読んでくれ」
しばらく迷っていたが、やがて諦めたように呟いた。
「・・・『バラされたくなかったらとっとと来るのです!』」
俺はセレスから手紙を返してもらう。
丁寧に引きちぎり、丸めて、地面に叩きつけ、足で踏みにじった。
「あのヤロウ!! とっちめてやるから覚悟しやがれ!」




