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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
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三度目の正直

 考えてみれば当然のことだ。

 クリサリスは俺よりも前に剣術スキルを身につけていた。

 その分、成長も促進しているだろう。

 先にスキルが成長しても不思議ではない。

 年齢とか若さとかは関係ないと思う。

 ぜんぜん関係ないと思う。

「おめでとう」

 だから素直に彼女を賞賛した。

 地面に倒れた格好のまま。

 会心の一撃によるダメージが回復していない。

「え?」

「スキルが強くなったようだね」

 クリサリスは戸惑っているようだ。

 自分の身に起きたことを漠然と感じているが、信じられない様子だ。

「わ、わたし、その、あ、大丈夫ですか!」

 クリサリスはあわてて俺の元に駆け寄ってくる。

「大したことは・・・あるけど」

 さいわい、骨はいかれてないようだ。

 内臓も大丈夫だと思う、たぶん。

 しばらく休めば起き上がれるだろう。

「どんな感じか、自分で分かる?」

「・・・スキルがより身近に感じられるというか」

 言葉にするのは難しいらしい。ブレードを片手でブンと振り下ろす。

 その動きひとつにも、以前より無駄がなくキレが見て取れる。

「より強くなった実感があります」

 やがて彼女の表情にじわじわと喜びがあふれてくる。

「これが熟練なんですね」

「熟練?」

「ええ、スキルを一段上手く活用できるようになることを、そう表現するらしいです」

 なるほど。スキルはその有無は鑑定できるが、成長については知られていない。

 だからスキルの成長を使い方が上達したと解釈しているらしい。

「それよりも身体は大丈夫ですか?」

 彼女は倒れる俺の傍らに膝をつき、顔をのぞき込んでくる。

 普段は後ろで縛っている栗色の髪が前に垂れている。

 距離が近いので、手を伸ばして彼女の頬に手の甲を添えた。

「すごいな、よく頑張った」

 彼女の年齢で剣術2をはじめて見た。

 スキルだけなら若手冒険者の上位、中堅冒険者の下位と同等ぐらいだ。

「え~と、ありがとうございます」

 クリサリスがはにかみながら礼を言う。

 悔しくないと言えば嘘になるし、正直に言えばうらやましいが。

 でもパーティーの解散後を思えば、安心できる材料だ。



 キリがいいので今日はあがろうということになった。

 途中、クリサリスとフィフィアたちと別れ、市場に立ち寄る。

 市場の近くには薬種商がある。薬の材料となる野草や魔物素材を取り扱っている店だ。

 薬種商では黒糖を、市場では果物とクリームチーズ、ハーブを購入した。

 宿に戻ってから準備を始める。

 黒糖を水で煮詰めて黒蜜を作成、その他の材料と一緒に井戸で冷やす。

 クリサリス達が食事をしている間に厨房を借り、デザート作りだ。

 材料を適度に切り分けたり砕いたりしたあと、容器を用意する。

 容器の底から種類別に果物やビスケット、クリームチーズを積み重ねる。

 最後の仕上げに黒蜜をかけ、ハーブを散らして完成である。

 どっかの国の何とかというデザートだ。

 あやふやな記憶とイメージだけで作ったまがい物だ。

 黒蜜を垂らしたので甘味に分類できるのではないかと思う。

 もっと料理を勉強しておけばと後悔した。

「今日はクリサリスのお祝いです」

 シルビアさんとリリちゃんも誘って試食会である。

「おいしいです!」

 クリサリスは喜んでくれた。

「もしかして黒糖ですか?」

 シルビアさんは驚く。

「とても甘いね!」

 リリちゃんが口のまわりに黒蜜をくっつけながら顔をほころばせる。

「ええ、蜂蜜がなかったもので」

 シルビアさんに答えつつ、ハンカチでリリちゃんの口を拭く。

「ほら、あわてて食べないで」

 えへへとリリちゃんがくすぐったそうに笑う。

「すみません、高価なものなのにわたし達まで」

 シルビアさんは恐縮した。

「大した金額じゃないですよ。お祝い事ですから」

 クリサリスまで口の周りが汚れ出した。

 仕方がないのでハンカチで拭いてやる。

 確かにこの街には甘味料の類が少ない。

 蜂蜜や、ある種の草をしぼった甘い汁ぐらいだ。

 前者は絶対量が少なく、後者は独特の臭気がある。

 黒糖は高価な薬あつかいで、白砂糖など噂にも聞いたことがない。

「また作ってよ!」

「いいよ、何かお祝い事があったらね」

 おねだりするフィフィアの口元も拭きながら了承する。

 みんな、もっと行儀良く食べような?

「わたしもまた食べてみたい!」

「リリ!」

「かまいませんよ、お二人にはいつもお世話になっているんですから」

「そうですか・・・すみません」

 そう言いながら唇を突き出すシルビアさん。

 ああ、俺に拭けっていうんですね? 子供ですかあなたは?

 ハンカチは汚れたので、指先でシルビアさんの口の端をぬぐった。

「二人とも、明日も頑張ろう」

『・・・・・』

 クリサリスとフィフィアがじっと俺を見詰めた。

 その真剣な眼差しに彼女達のやる気を見出し、満足して指を舐めた。

 やはり女性に甘味料は正解だったようだ。



 クリサリス達の士気は朝から最高潮だ。

 朝食をとるとすぐにいつもの場所に引きずり出された。

 フィフィアの魔術スキルの訓練も進んでいるようだ。

 火の玉の縮小化に成功していた。

 ただ慣れていないせいか時間がかかり、連発するまでに至らない。

 練習に付き合って欲しいと頼まれたので快く了承する。

 クリサリスばかり相手をしていた後ろめたさもあった。


 魔術スキルの標的にされるとは思わなかったが。


「ちょ、あぶ、あぶなっ、危ないって!!」

 フィフィアの火の玉は小さいが、飛来する速度は上昇していた。

 俺は必死になって避ける。

 たぶん直撃しても少々火傷をするぐらいだろうが普通に嫌だ。

 悲鳴をあげてもフィフィアは耳を貸さない。

 素敵な笑顔で火の玉を放ってくる。

 最初は三分に一発ぐらいの割合だったが、徐々に間隔がせばまってくる。

 やはり火の玉が小さいと疲労が少ないようだ。

 しかも狙いがどんどん正確になってくる。

 だんだん避けるのが難しくなってきたので隠蔽スキルを発動した。

 認識された後での隠蔽は効果が薄い。

 ちょっと気がそれる程度でしかない。

 そのわずかなタイミングのずれに生き残りをかける。

 ピッチングマシーンの正面に立たされた気分で俺は避け続けた。


「次はわたしですね」

 クリサリスも素敵な笑顔だった。

 剣術スキルが上昇したのがよほど嬉しいらしい。

 早く効果を確かめたいのか楽しげにチャンバラブレードを構えた。

 スッと目を細め、こちらを見る。


 獣の気配がした。肉食獣のそれだ。


 もはや剣術スキルで対抗することはできない。

 元来の剣の腕前に差があるのだ。

 その彼女に同じ土俵で挑むのは無謀でしかない。

 いや、分かっている。

 そこを踏みとどまってスキルを活性化させなくてはならないのは。

 だがそれも、生き残ればの話だ。

 これは実戦なのだ。訓練などではない。

 ・・・・・・

 いや訓練だよこれはっ!

「いきます!」

 彼女が迫る。隠蔽・剣術とスキルを切り替えて発動する。

 わずかに狂った目測、親指分だけ早かった踏み込み。

 タイミングのズレをかい潜り、左側へ跳んで避ける。

「・・・小細工を」

 薄笑いを浮かべる彼女に悪寒が走る。

 俺は失策を悟った。

 本気だった彼女に鬼気が宿る。

 何かが必要だ。何かないか!

 すばやく屈んで小石を拾い、射撃を発動。

 投げつけた小石は、ブレードで難なく打ち払われた。

 もとより親和性のない投石と射撃スキル。狙いが甘く威力もない。

 だが投石と同時に地面を蹴って迫っている。

 剣術・隠蔽・剣術

 素早くスキルを切り替え、斬りかかる。

 だが彼女に隙などなかった。

 小石を払ったブレードがそのまま旋回して迎撃された。

 腕ごとブレードを跳ね上げられ、無防備な腹を打たれる。

 剣術スキルが反射的に後ろへ跳ぶ。

 わずかに威力を弱まるが体勢を崩された。

 残った脚を薙がれ、派手な横回転して吹っ飛ばされた。



 その後はされるがままだった。

 胴を、腕を、脚を、思う存分打たれ、何度地面を転がされたか。

 これほどいい様に扱われたのはカティアの訓練以来だ。

 いや、あの時よりもひどいかも知れない。

 チャンバラブレードのおかげと言うかせいで、手加減が一切ない。

 なんとなく懐かしい気がした。

 カティアとの訓練を始めた数ヶ月前のことが、ひどく遠く感じられる。

 

 別に強くなろうと思ったわけではない。

 ただカティアが勧めるままに訓練を受けていたに過ぎない。

 あの時の思い出は味覚から始まる。

 訓練場の土の味だ。

 地面に転ばされるたびに舐めた土の味だ。

 次に聴覚。訓練場に満たされた嘲笑の響きだ。

 いずれも知覚しながら、どこか遠い世のことのように感じていた。

 痛みを、苦痛と感じたのはだいぶあとのことだ。

 その時は痛みがまるで、電気信号のように無味乾燥な情報でしかなかった。

 だから何度でも立ち上がれた。

 這いつくばって楽になることを自分に許さなかった。

 

 異世界に来て、死をもたらす亡霊のようにさ迷う日々。

 身を守るために人殺しをした。

 金を稼ぐために人殺しをした。

 後悔は、していない。

 そんなことはできない。

 後悔するぐらいなら殺すべきではなかった。

 では覚悟があって殺したのかと言えば、そんなこともない。

 どこまでも中途半端な自分に殺された人々が哀れだった。


 だから立ち上がっただけだ。

 倒れたままで楽になってしまっては彼らは怒るだろう。

 もっと苦しめと。

 もっと痛みを受けろと。

 俺は心の中で謝った。

 ごめんな、ちっとも苦しくないんだと。

 ぜんぜん痛くないんだと。



 だけど今の自分はどうか。

 あの時の自分はカティアに勝つつもりはなかった。

 だけどいまは、クリサリスに勝ちたいと思う。

 両者とも俺にとっては格上の相手だ。

 手も足も出ない状態も同じだ。

 なのにどうして心境に違いがあるのだろうか。


 剣術・剣術・隠蔽・射撃

 スキルの切り替えはすでに無意識の状態だ。


 射撃・隠蔽・剣術・剣術

 しかしその効果が徐々に薄れている。


 剣術・剣術・隠蔽・剣術

 俺の小細工にクリサリスが慣れてきたからだ。

 彼女は凄い。これは剣術スキルの補正だけではない。

 きっと生まれ持ったセンスなのだろう。


 剣術・剣術・剣術・剣術

 だけど負けられない。


 剣術・回避・剣術・剣術

 やり直すと誓ったのだ。


 剣術回避・剣術回避

 賞金稼ぎの報酬は全て捨てた。


 剣回術避剣回術避

 共に戦う仲間(きみたち)を得た。


 剣射術回撃避

 帰るべき場所も得た。


 回剣避術驕ソ陦?3?N

 だから前に進み


 >縲ゅ%繧後投擲

 勝たせてもらう!

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