うなれ! チャンバラブレード!
例えて言うなら、通販の健康器具にホコリが積もるタイプか。
使いもしないのに衝動的に購入してしまうクチだ。
おまけに夢中になると他人の忠告も耳に入らない。
フィフィアはまさにその典型らしい。
模擬剣など貰ってもしょうがないだろう?
そう説得したら余計に依怙地になった。
とうとう部屋のインテリアにするとかこじつける始末だ。
窓の脇に立てかけられた毛皮製の模擬剣。
室内のほこり取りモップみたいだ。
さんざん駄々をこねたが、最後のセリフが決め手となった。
「特訓のご褒美がこれでいいのか?」
「・・・コレ、クリスにあげるね?」
さすがにそれはイヤらしい。
あっさりと相棒に譲った。
・・・高いんだよコレ。
そんな訳でチャンバラブレードは無事にクリサリスの手に渡った。
もちろんプレゼントである。ご褒美の前渡しだ。
クリサリスは大喜びだ。
お気に入りのヌイグルミのように抱きかかえた。
・・・ご褒美がアレで本当にいいのだろうか?
仕事を終えたコザクラは街へと戻ることになった。
さよ~なら~と声が遠のく。
姿が見えないのに、背後ではクリサリス達が律儀に手を振っている。
エコーを効かせて俺はコザクラを終えた。
「おもしろい人ね!」
「特徴的な声だったな」
「どんな顔なのかな?」
「ヨシタツさん、あらためて紹介してくださいね」
冷や汗をかきながら俺は決意した。
「さてと、訓練をはじめようか!」
コザクラは永久封印だ。
俺とクリサリスは、それぞれチャンバラブレードを手にして対峙する。
彼女の双眸は完全に獲物を狙うそれだ。
いままでの模擬戦闘とは比較にならない気迫にあふれている。
俺は不敵に笑った。
以前と同じだと思わないことだ。
このチャンバラブレードの低威力を思い知れ。
何度打たれようが痛くはないぞ!
俺が甘すぎた。
「いきます!」
叫んだ瞬間、懐に入られていた。
速い! 通常の三倍以上だ! 嘘だが!!
普通に油断していた!
ブレードが俺の腹を抜き打ちになぎ払う。
ドンッと重い衝撃をもろに喰らった。
衝撃は体表を波紋のように伝わり、内臓に浸透して背中に突き抜ける。
声も出なかった。
痛いとかそういうレベルではない。
インパクトだ。ダメージという表現が似つかわしい。
冒険者用の防具がまるで無意味だ。
防具ごと押しつぶされた。
ぐふ
喉元にせり上がった何かを飲み下す。
これをなんと表現すればいいのか。
サンドバッグで殴られたらこんな感じ?という具合だ。
「いいですね、これ!」
彼女はチャンバラブレードを掲げてご満悦だ。
あれほどの一撃を加えたのに折れていない。
軸芯に使われている魔物の腱は馬車のサスペンションにも使われる代物だ。
馬車の重さを支えても大丈夫な弾性がある。
折れればいいのに。
「続けましょう!」
目をキラキラさせたクリサリスが続行を宣言する。
俺は苦しい息を吐きながらブレードを構えた。
確かに即死はないかもしれない。だが悶絶はする。
俺達は最初からトップスピードで撃ち合いをした。
剣術スキルを全開だ。もてる力を振り絞らなければ地獄を見る。
互いにブレードを容赦なく打ち下ろし、はじき返し、旋回する。
もう思考速度が追いつかない。考えてから撃つ余裕はない。
全身をスキルの反射行動に委ねる。
ヴォンヴォンと不気味な風切り音があがる。
神経が加速されて、引き延ばされた瞬間が連続する。
互いの攻撃は長くは均衡しなかった。
最後に身体がくの字に折れ、俺は跳ねとばされた。
その後、何度撃ち合いを繰り返したか。
やがて体力気力が底をついて訓練を終了した。
素振りをしながら高笑するクリサリスの姿を眺め、俺は意識を手離した。
「・・・ちわー」
「どうしたんですかタヂカさん!」
セレスが驚いて席から立ちあがる。
「土まみれですよ!」
ああ、そうかも。身なりに注意する気力もなくて気が付かなかった。
「本日の討伐申請はうかがっていませんが」
「ああ、ちがうんだ。ちょっと訓練を」
「訓練、ですか?」
俺はざっと経緯を説明するとセレスは微妙な顏で頷いた。
「あまり納得していない様子だね?」
「その、冒険者の方々が実戦に勝る訓練はないとよくおっしゃるので」
「うん、そうらしいね」
そのセリフはよく聞くし、理解もできる。
「ただ欠点は命の危険があることだね」
たとえ一回の実戦が百回の訓練に勝っても、俺は訓練を選ぶ。
実戦は常に命を危険にさらすが、事故でない限り訓練で死ぬことはない。
死なないよね?
「タヂカさんらしいです」
セレスの笑顔は好意的だ。俺の主張を否定するつもりはなさそうだ。
「ところでカティアを知らないか? 最近ギルドで見掛けないんだが」
「カティアさんならいま王都ですよ?」
「なんだって?」
「ギルドの依頼です。王都の冒険者ギルドで開かれる連絡会に出席してもらってます」
「そういうのはギルドマスターの仕事じゃないの?」
「マスターは・・・あまり対外的な折衝はちょっと」
「ああ、あの外見か」
「そんなはっきり」
ギルドマスターと言うより山賊の親玉みたいだからな。
「その点、カティアなら美人だし見ばえがいいよな」
「・・・そういうことは本人におっしゃってあげればいいのに」
「前に言ったさ、殴られたけどな」
セレスは絶句した。
信じがたいことに本当だ。
カティアはお世辞じみたことを言われるのを嫌う。
容貌について触れると本気で怒り出すときがある。
「特に可愛いは禁句だな」
「・・・カティアさんに可愛いと言えるヨシタツさんも凄いですが」
セレスも呆れ返る。
「だろう? お世辞じゃないんだからセレスみたいに素直に受けとめてくれればいいのに」
コンプレックスみたいなのがあるのかもしれない。
ごほんとセレスが咳払いをした。
「・・・それはともかく。カティアさんの件は他言無用にお願いします」
了解だ、と頷いてから疑問がわく。
「なんでだ?」
「序列筆頭が不在だと、不安に思う人がいますから」
ギルド最強の看板はかなり重いようだ。今度酒でも奢ってねぎらってやろう。
「鎧蟻討伐の状況は?」
「今日、残留組との入れ替え作業がありました」
「順調なのか?」
「・・・ええ、まあ」
「なにか不安でも?」
「討伐は順調です。ただ怪我人が増えて・・・」
「ああ、そうか」
さすがに被害ゼロという訳にもいかないだろう。
「それと・・・」
「それと?」
「少し侵攻速度が進みすぎている様子で」
それは良い事じゃないのか。
いや、そうでもないか。
「現場の統制がとれていないのか?」
「いえ、そんなことはありません。失礼しました、忘れてください」
現場の統制が乱れている、つまり欲に目がくらんだ連中が突出しているわけではない、と。
ならば何を心配しているんだ?
「もしご希望でしたら今度の入れ替えのときに参加しますか?」
「それは御免こうむる」
蟻退治は血気盛んな連中に任せよう。
俺たちは地道に実力をつける時期だ。
翌日も俺たちは撃ち合いをした。
弱音を吐かずに訓練をしたのは、ひとつの目算があったからだ。
カティアの門弟達の存在である。
彼女の弟子と呼ばれる者は、俺だけではない。
かつて彼女が手ずから鍛えた冒険者達がいる。
彼らが全て、ひとかどの冒険者になったためにカティアの名が一層高まった。
だから彼女の経歴の傷になりかねない俺の存在が疎まれた時期があったのだ。
彼らに看破スキルを使ったことがある。
そのほとんどが剣術2、あるいは剣術3のスキル持ちだった。
これは偶然だろうか。
ある日、彼女に彼らを訓練した理由を聞いてみたことがある。
「まあ、いろいろだな」
彼女が自分で面白い人材だと見込んだときもある。
知人に頼まれたりギルドに推奨されたなど、理由は様々だ。
冒険者になった者全てが剣術スキルを身に付けている訳ではない。
全体の二割弱といったところか。
それらの情報を統計的に分析してみた。
その結果、弟子達が剣術スキルを所持している割合は異常に高いと判断した。
俺はひとつの仮説を立てた。
剣術スキルは感染、あるいは相互作用するのではないかと。
剣術スキル所持者が無所持者と戦うと、相手に何らかの作用を及ぼす。
その影響で無所持者は剣術スキルを獲得する確率が高くなる。
そして剣術スキルの数値が多いほど獲得率は高まる。
さらに剣術スキル所持者同士が戦った場合、互いに作用して数値が増える。
ここまで考えたとき、ふと思いついた。
スキルの数値はスキルの成長度を示しているのではないか?
この仮説が正しいとなると、こういう解釈も可能ではないか。
剣術スキルは生存のために同族より強く成長しようとする。
種の保存のため、感染によって子孫を残す。
だとするとある意味、剣術スキルはひとつの種族と見なせないだろうか。
だからこそのクリサリスとの訓練だ。
チャンバラブレードを使用した訓練は剣術スキルを最大限に活性化する。
濃密な戦いの連続は剣術スキルに成長をうながすのではないかと。
そしてその時はきた。
放たれた一撃は、今までとは違っていた。
スピードが、何より鋭さが違った。
防御をはじきとばし、胴をなぎ払った。
これまでの攻撃がかすむほどの威力。
俺は看破を限定して発動した。
スキル:剣術2
俺の推測通りなのかは確証はない。
だが間違いなく強くなったのだ。
クリサリスが。
・・・・なんでやねん。
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