でもお高いんでしょう?
「・・・おかしいな」
「何がですか?」
思わず呟いた言葉を聞きとがめられる。
「いや、長耳イタチの反応がない」
契約更新後の最初の討伐日、俺たちは当然のように森の西区画に来ていた。
前回と同じように六匹ほどの群れを見つけ、追い込んでから二匹を仕留めた。
それを最後に、昼を過ぎても他の群れはさっぱり見つからない。
「逃げたのかな?」
フィフィアの推測には説得力がある。
今まで森で平和に暮らしていたのに恐るべき天敵が出現したのだ。
恐怖のあまり一族郎党総出で逃げ出したとしても不思議ではない。
ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「しばらくはお預けか」
たとえ探査を使ったとしても、新しい棲息地を探すのは容易ではないだろう。
残念だが仕方がない。そもそもが上手くいきすぎたのだ。
調子に乗ると思わぬしっぺ返しがあるかもしれないから、かえって良かった。
ならばこの時期に次のステップへ踏み出したい。
「どうだろう、戦力の強化を考えてみないか?」
「戦力の強化って?」
「ああ、幸い金銭的に余裕が出来た。なら数日を戦闘訓練に費やしても問題ないんじゃないか?」
「パーティーで訓練をするの?」
フィフィアがちょっと驚く。
「戦力を強化すれば討伐時間が短縮できる。魔物もより上位種を狙える」
一番大事なのは体力の消耗も減らせることだ。
普通はパーティー内部で訓練をしたりしない。
利益追求の集団だから当然、討伐を優先する。
「稼ぎを増やすためにさらに強くなろうってことね?」
「ああ、数日の稼ぎをフイにしても長期的に見れば利益になる」
「良い考えね」
フィフィアは感心したように頷いた。
クリサリスはというと
「特訓、特訓ですね!」
鼻息が荒い。剣を抜いてぶんぶん振り回している。
「どうしたのあれ?」
「昔からちょっとね。あまり気にしないで?」
フィフィアとこそこそと囁き合う。
「でもああなったら手が付けられないから任せたわ」
「任せるって何を?」
「もぎせん、模擬戦をしましょう!」
クリサリスは大はしゃぎだ。
「あ~そうだな」
魔物とは勝手が違うが無駄にはならないと思う。
ちょっとした目算もあるから好都合だ。
それになんだか今の彼女は子供っぽくて可愛い。
「ほどほどでいいのよ?」
「なるべく付き合うよ」
「そう言っていられるのも最初だけだから」
「やだなあ、怖いこと言うなよ」
「いまに分るわ」
すぐに分かった。
「ちょっと、真剣、真剣だから!」
「だいじょうぶです、剣の峰で打ちますから!」
「折れる! 手加減して! 骨が折れるって!」
「なら寸止めです!」
「止めてないよ!? 袖口が斬れたよスパッと!」
「だから言ったのに」
俺はフィフィアの隣で横たわり休息中である。
クリサリスは上機嫌でえいやあと剣術の型を繰り返している。
「・・・・楽しそうだから・・いいよ・・・」
「お人よしね」
フィフィアは目を細めて見下ろしてくる。
「まあ、二人で楽しく遊んでらっしゃい」
「あれ、きみは?」
「え?」
「いや魔術の練習とか?」
「どうやって?」
「俺に聞かれても」
お互いに首を傾げる。
そう言えばという感じで俺は尋ねた。
「あの火の玉だけど、もう少し小さくして連発できないかな」
「どうして?」
「現状では過剰出力ぎみなんだよ」
魔物の群れに一発ぶち込み、戦意と戦力を削るのが俺達のスタイルなんだが。
「フィフィアの魔術が俺達の切り札だ」
「えへへ、そう?」
「だけど魔物の数が少ないと、威力が高すぎて無駄に体力を消耗している感じがするんだ」
「うーん、そうかな」
「ああ。火の玉が大きいほど反動もつらいんだろ?」
「そうね」
「小さい火の玉が連発できれば、例え威力が小さくても牽制になるし」
「どういう風に?」
「例えば俺達が接近して戦闘中に、後ろから小さい火の玉で援護するとか」
「なるほど」
「縮小して威力が下がるなら、燃焼温度を上げるとか」
「ねんしょうおんどって?」
「火って燃料とか酸素量で熱さが違うだろ?」
「そうなの? どんな火でも熱いじゃない?」
・・・ああそういうことか。だとすると・・・
「まあ、今はいいや。それよりもどう? 火を小さくして放つことは可能か?」
「どうかなあ。今まで大きくすることばっかり考えていたから、うーん」
フィフィアは自信なげに首を傾げる。
「うん、やってみる!」
「そうか! 上手くいったらご褒美だ!」
「やったあっ!」
やる気が出たようだ。もし実現できたら戦術の幅が大きく広がるぞ!
「・・・フィーにだけご褒美ですか」
暗い声が響いてくる。
ぎょっとして振り向くと、いつのまにかクリサリスが背後に立っていた。
「わたしには何もないのですか?」
「え、えーと?」
「わたしは何をすればご褒美をもらえるのですか?」
じっとり湿った口調だ。
失敗した。パーティーはチームワークが大事だ。
誰かが特別扱いされては仲間の結束に亀裂が生じるだろう。
「その、強くなったら?」
「具体的には?」
「ぐ、具体的に!?」
「いいでしょう、思いつくまで模擬戦ということで」
「――――え?」
俺は襟首をつかまれ、ずるずると引っ張られた。
「昨日の反省です」
翌日の午後、俺達は南の丘陵地帯にいた。
小さな丘のふもとで、街の方角からは死角になっている。
俺が宣言すると、フィフィアはぱちぱちと手を叩いた。
クリサリスはふくれっつらのまま横を向いている。
地面にしゃがむ二人に向かって発表する。
「結論として、命が危険だと判明しました」
真剣での訓練は危ないことを発見した。
何かの本で読んだあやふやな記憶だが、昔の剣術は木刀で練習をしたそうな。
ただし主に剣術の型をなぞる稽古方法に止まったらしい。
竹刀と防具を使った打ち合いの訓練方法が主流になると、剣術の技は飛躍的に向上したとか。
ギルドでも真剣の刃を潰した模擬剣とか木製の剣を訓練用に貸し出している。
実際に体験したから言える。あれは危ない。
力加減を間違えれば骨が折れる。骨が折れなくても全身痣だらけになる。
カティアは手加減をしてくれたが、痛いものは痛いのだ。
「そんな貴女にお勧めしたいのが、このチャンバラブレードです」
チャッチャラッチャラ~と口ずさみながら特注の模擬剣を披露する。
クリサリスがちらりと見たが、またそっぽを向く。
「特訓をしたいが相手に怪我をさせるのが心配で全力が出せない、そんなお悩みはありませんか?」
彼女の肩がぴくりと震え、そっぽを向いたまま目線だけをこちらに向ける。
【よくありますねえ】
「そんな貴女にお勧めしたいのがこのチャンバラブレードです!」
【まあステキ!!】
「いまの声は誰!?」
フィフィアが突っ込む。
「失礼、紹介が遅れたね。助手のコザクラさんです」
【コザクラです、よろしくお願いします】
「姿が見えないよ!!」
フィフィアは驚いて辺りをきょろきょろ見回す。
「彼女はちょっと人見知りでね」
隣にいることになっているコザクラの輪郭を、なでる様になぞってみせる。
「恥ずかしさのあまり時々透明になっちゃうんだ」
【どこ触ってんですか!】
俺はボコンと音をさせて顔面をあさってに向ける。
右手の動きは気付かれていない。
「痛いじゃないか!」
【いいからお仕事してください!】
「スゴいスキルだわ!!」
フィフィアが拍手する。
クリサリスも完全に注目している。
【そ、そう?ありがとう】
しまった。透明人間ネタが通じないようだ。
元の世界ならトリックを疑うが、こちらでは全てスキルで片付いてしまう。
・・・まあ、いいか。
俺はンンと声の調子を整える。
「それでコザクラさんどうしていますか?」
【そうですねえ、やっぱズンバラリンですかね?】
「ダメでしょソレは!」
【アタッ!】
なんでやねんと手の甲で突っ込みを入れる。
設定サイズ的にちょっと弾むような感じに。
「そんな貴女にご紹介するのがこちらの商品です」
【剣? 棍棒? なんですかこれ?】
「これは様々な魔物の素材で作られた画期的な製品なのです。特殊加工した魔物の腱を軸芯にして、三脚カイメンから採取される柔軟な繊維物質を幾重にも巻き付けております。これをさらに、美しさと丈夫さで定評のある大顎ケダマの毛皮で包み、熟練の技で縫製してあります。こちらの柄はふだんお使いの剣と違和感がない様に標準品を使用しています!」
工房のオヤジは、俺は武器職人じゃねえと愚痴を言っていたが、金を握らせると黙った。
【なんだか毛皮製の太い麺棒に剣の柄を合体させた感じですね。これは何に使うんですか?】
「それは・・・こうです!」
【ぎゃあああ―――】
俺がチャンバラブレードで斬りかかるとコザクラが絶叫した。
クリサリスとフィフィアも息を飲む。しかし
【イタ!! くない!?】
チャンバラブレードがコザクラにあたり、ポヨンと跳ね返るように演出した。
「どうですこの素晴らしいクッション性は! このチャンバラブレードで特訓をすれば!」
【っ!? 思いっきり打ち込んでも安心だわ!!】
「その通り! 自分の力を思う存分発揮できる、夢の模擬剣なんですよ!」
【素敵だわ! 光沢のある毛皮でおしゃれだし!】
「どうです、貴女も欲しくなったでしょう?」
【ええ!・・・でもこれだけ魔物の素材をふんだんに使っているんですもの。きっとお高いのでしょう?】
「はい、通常価格だと銀貨三百枚なのですが」
【やっぱり・・・良い物はお高いのねえ・・・】
聴衆も残念そうだ。
「でもご安心ください!」
【なにかしら!!】
「今回に限りこちらの実演をご覧になっている貴女、そう貴女だけに特別価格でご提供できます!」
【ほんとうなの!?】
「はい!通常価格が銀貨三百枚のところ・・・」
ごくりと喉が鳴る音。
「なんと今だけ銀貨五枚! 銀貨五枚でのご提供です!!」
【わあスゴイ!!】
おおお!!!
「ですが数に限りがございます。本日は一本しか在庫がございません」
俺は手を広げて笑みを浮かべた。
「早い者勝ちです!お申し込みは今すぐ、今すぐお願い致します!」
俺には勝算があった。
絶対に食いついてくるだろうと。
そうしたらきっと機嫌を直してくれるにちがいない。
はたして彼女は立ちあがって叫んだ。
「買った! わたしが買うわ!!」
フィフィアが名乗りをあげた。
別の世界のセールストークは、彼女達には少々効果的過ぎだったようだ。




