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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
仲間とがんばる冒険者
34/163

挿話の3 匿名冒険者の補足(音声を変えてあります)

「・・・その、私たちは」

「更新は考え直そうと」


 そう告げたあとの、ヨシタツさんの表情を見て私は激しく後悔した。

 なぜセレスさんの口車に乗ってしまったのかと。

 同時に、彼の傷ついた様子を見て嬉しさも抑えきれなかった。

 ヨシタツさんはどこか猫に似ている。それも薄汚れた野良猫だ。

 甘い鳴き声ですり寄ってくるくせに、こちらが手を伸ばすとさっと身をかわしてしまう。

 そんな彼の中に、私達の存在が深く根付いているのだと知った。

 それを引き抜こうとしたために彼は苦痛にあえいでいるのだと。


「すまない、君たちの意思も確認しないでこんな」

 だけど私の下劣な高揚感は長続きしなかった。

 実は根が生真面目な彼は、後悔をにじませた表情で謝罪する。

 罪悪感に耐え切れず口を挟もうとした瞬間、セレスさんに遮られた。

「皆様のパーティー期間中の報酬は金貨五枚、銀貨二百十枚、お一人様一金貨と銀貨三百三十六枚ぐらいになります」

 そう、ここからはセレスさんが主導する。

 それが約束だ。私は口を閉ざした。


 昨日、相棒と引き止められた私達はセレスさんにいろいろと聞かれた。

 最初は警戒していたが、彼女の思いやりに満ちた口調に態度を軟化させた。

 言えないことがあるならそう言って欲しい。無理に尋ねたりしないから。

 そう保証されたことも一因だったかもしれない。

 だからヨシタツさんの秘密に触れる部分に関してはきっぱりと断った。

 やがてセレスさんはこう言った。

「それでヨシタツさんとは契約更新するの?」

「もちろんです」

 考えるまでもなかった。

 ヨシタツさんも同じ気持ちだと確信があった。

「でもね?」

 セレスさんは思案げに言葉を続けた。

「それがヨシタツさんのためになるのかしら?」

「どういう意味でしょう」

「ヨシタツさんならもっと上を目指せると思うの」

「上、ですか?」

「そう、冒険者として。ただしちょっと足りないものがあるけど」

「足りないものですか?」

「実力のあるパーティーメンバーよ」

 彼女の言葉に反射的に頭に血がのぼる。

「勘違いしないで」

 自分でも険しい目付きだと思うのに、彼女は平然としていた。

「あなた達は才能がある。将来的にはギルドを背負って立つ人材だと思うわ」

「だったら」

「でも、彼にはいま現在、経験豊富な仲間が必要なの」

 反論の言葉が口にできない。

 セレスさんに言われるまでもなく、考えたことがある。

 ヨシタツさんは自分のことを過小評価しているフシがある。

 いいえ、目標が高すぎてそれに届かない自分が至らないのだと錯覚している。

「自分たちでも分っているのでしょう?」

 そう、知っている。

「彼とパーティを組むには力不足だと」

 その通りだと思う。

 ヨシタツさんの凄さは単に複数のスキルを持っているだけではない。

 彼の本領は常に模索を繰り返し、新しい道を探す前向きさではないだろうか。

 そして仲間の実力を最大限に発揮し、有効活用させる能力だ。

 その証拠に彼とパーティーを組むやいなや、わたし達の報酬額は飛躍的に増えた。

 だけど別にわたし達と組む必要性はない。

 仮に中堅冒険者と組めば、より稼ぎは増えるだろう。

 熟練冒険者と組めば、上級魔物さえ討伐しそうな予感がする。

「彼のことを信頼している?」

 そんな当たり前のことを聞かれれば、わたし達は頷くしかない。

「彼のことを大事に思っている?」

 大事でないはずがない。

「彼のことが好き?」

 その問いには沈黙する。相棒も同様だ。

 彼女の話の方向が見えてきたからだ。

「彼のためを思うのなら、身を引くべきじゃないかしら?」

 そういう主旨ではなかったはずだ。

 あくまでも仕事としての契約更新についてだったはずだ。

 だけどわたし達は沈黙するしかない。


「それはそれとして」

 そんな私達を見て、セレスさんは微笑んだ。

「あなた達はタヂカさんを手放してもいいの?」

「どういうことですか?」

 私は混乱する。今までの話の流れとは逆ではないか。

「いえね、私からこんなことを言われて、はいそうですねと納得できるのかと言うこと」

「納得なんかしたくありません、でも!」

「なら彼を引きとめる努力をするべきじゃないの?」

「あなたはいったい!」

 相棒が叫ぶ。彼女はわたし達をもてあそんでいるのだろうか。

「仮に彼が実力のある冒険者と組んだとしましょう」

 セレスさんはテーブルに肘をのせ、身を乗り出した。

「どうなると思う?」

「どうって・・・活躍すると思います」

「そうね。次々と魔物を狩り、どんどん稼いでいくかもしれない。でも」

「でも?」

「いざと言うとき、仲間は彼を助けてくれるかしら」

「・・・・」

「冒険者は仲間を簡単には見捨てはしない。でも本当に危ないとき、彼を支えてくれるかしら」

 わたし達と彼は二度の危機的状況から生還した。

 もしあれ以上の危機に直面したとき、わたし達以外の冒険者ならどうするだろうか?


 結局はヨシタツさん次第だということになった。

 彼の本心を確かめるため、いったんは契約更新を渋ってみせる。

 その後でセレスさんが実力のある冒険者の紹介を切り出す。

 その後は彼の選択に任せようということになった。


「俺は君たちがいい」

 そのときの私の感情をどう表現すればいいのか。

 どうして彼は、まっすぐにためらいもなくそんなセリフが言えるのか。

 勘違いされるとは思わないのだろうか。

「君たちはどうだ?」

 相棒と顔を見合わせる。

 正直、すぐにでも承諾したかった。

 だがこの場合の対処方法もあらかじめ決められていた。


「もし彼が私の申し出を蹴ったとしても安心できないわよ?」

 彼女の助言に耳を傾ける。

「彼の本来の目的は奴隷パーティーのはずね?」

「・・・はい」

 以前に私達の申し出を頑なに拒んでいた理由がそれだ。

 秘密と言うほどではないので素直に頷く。

「理由は聞いたことがある?」

「いいえ」

 相棒が答え、私も首をふる。

「もし仮に愛人兼任だとすれば事は簡単なんだけど」

「どこがですか!?」

「いえ? その程度のことならあなた達でも代わりを務められるし?」

 とんでもないことをさらりと言う。

「そ、そんなこと!!」

「いや?」

「い、いやってそんな問題では!」

「長く続くパーティーの条件って知っている?」

 私達の戸惑いを無視して話を進める。

「肉親か恋人の場合が多いのよ」

「こ!」「恋人!」

「婉曲に言うと肉体関係ね」

「そっちが直接的です!」

「あら?」

 そうかしらと真顔で首をひねる。

 この人、ちょっとおかしいのではないだろうか。

「まあヨシタツさんも男だから? ちょっと誘えばイチコロだと思うけど」

「そんな簡単ではありません!」

 へーえと、セレスさんが意地の悪い笑みを浮かべる。

「試したことあるんだ?」

 隣の相棒がこちらを凝視している。

「ち、ちがう」

 首を振って否定したが疑いの眼差しは晴れない。

「あら、喧嘩はだめよ?」

「誰のせいですか!」

「最終的には二人ともヨシタツさんの愛人になってもらうとして」

「なんですかその予定は!?」

「短期的に手綱をとる手段としてはね?」

「聞いてください!」

 報酬の分け前に格差をつけようと言うものだった。

「後のことは、あなた達の頑張りしだいよ?」

 セレスさんは意味深な笑顔で告げた。

 ・・・何を頑張れと。

 

 結局、報酬の分け前は八分の三をヨシタツさんに。

 私達が四分の一ずつで決まった。

 残りの分はヨシタツさんの提案で共有財産となった。

 紆余曲折はあったが、ヨシタツさんの本心を確認できて良かったと思う。

 安堵した私達は、すっかり決着がついた気になっていた。


「さて」

 昼ごはんを食べることになり、注文を終えたときである。

「何か言うことはあるか」

 いきなりそう言われ、何のことか分らなかった。

「ああいうことは、事前にお互いで話し合うべきだと思うんだが」

 そう語る彼の態度は威圧的ではなかった。

 だけど何となく、私達を萎縮させる雰囲気を放っている。

 ひょっとして怒ってるのだろうか。

 そう聞かれた彼の返事は

「悲しかっただけさ」

 彼の表情は本当に悲しげであった。

「まだちょっと信頼されていないのかなって」

 私達はそのとき、彼にどれほどひどい仕打ちをしたのか初めて理解した。

『ごめんなさい』

 相棒と一緒に頭を下げる。涙があふれそうになった。

「たぶん俺も普段からきちんと話す機会を作るべきだったんだ。だから謝らないでくれ」

 彼は優しく言うと、ポケットから取り出したものをテーブルに置いた。

「これは?」

「初パーティーの記念だ」

 それはカエルをかたどった銀のネックレスだった。

 小さな銀のカエルが光を反射してクルクルと回っている。

 愛嬌のあるその形に魅入られる。

「これからも二人が無事でいられるようにお守り代わりにと・・・まあデザインはアレだけど」


 ・・・とうとうヨシタツさんがしくじった。

 わたしはそう思った。

 カティアさんは彼を女の敵だと言っていたが私は違うと思う。

 彼はまぬけなだけなのだ。どうしようもない大まぬけである。

 こんな真心のこもった贈り物をするべきではなかったのだ。


 彼は私の胸に、取り返しのつかない想いをあふれさせてしまった。

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