ギルドマスターとお話を
魔物の階級はどのように決められるか。
そもそも、魔物の階級をどうして決めるのか。
それは冒険者にとって討伐の目安のひとつである。
新人、若手冒険者は下級魔物を。
中堅、熟練冒険者は中級魔物を。
ほんとうに大雑把に分けるとこんな感じになる。
実を言うと階級分けされた魔物はさらに細かく分類してある。
冒険者はそれらの情報を元に討伐の指針としていた。
そして魔物の階級分けを行うのは冒険者ギルドだ。
冒険者の死傷率によって魔物の階級分けと分類を行う。
むろん、討伐の状況は様々だ。
魔物の種類や数に対して、冒険者の参加人数や熟練度、パーティ構成や所持スキルなどもある。
様々な要因によって死傷率は変動する。
しかし冒険者ギルドに蓄積される情報は膨大だ。
そこから算定された魔物の危険度によって階級と分類がなされ、時代と共に更新されてきた。
現在ではかなり信頼度の高い情報とされている。
そこからひとつの経験則が導き出された。
中堅、熟練冒険者であろうとパーティー編成によっては下級魔物の群れにも手こずる場合がある。
逆に、いくら人数を揃えようと新人、若手冒険者が中級魔物を狩るのは無謀極まりないということだ。
それほど下級と中級の魔物の間には越えるのに容易でない溝がある。
その中級魔物とおぼしき魔物が探査に反応している。
数は五体。しかも後方からは鎧蟻の部隊が迫っている。
愕然としたのもわずかな間だ。
とるべき方策はひとつしかない。
鎧蟻の部隊を中級魔物に誘導する。
そして両者の戦いが始まったらその混乱に紛れて逃走する。
うん、言葉にするとけっこう簡単なお仕事に思えてきた。
「クリサリス、フィフィア。ちょっと問題が起きた」
「どうしました?」
「前方に魔物の群れがいる。数は五体だ」
二人は冷静だ。俺達が以前にも同じような状況に陥ったことがあるからだろう。
やはり経験と言うのは大事だ。
「ただちょっと前方の魔物が強そうなんだ。突破するのは難しい」
「・・・どうしますか」
「これは逆にチャンスだ」
俺は自信たっぷりに言い放つ。
「前方の魔物に鎧蟻をぶつける。魔物同士で戦いが始まるだろう。そうしたら逃げよう」
「どうやってですか?」
「俺が囮になって鎧蟻を誘導する。君たちはちょっと離れていろ」
「お断りします」
間髪いれずにクリサリスは拒否した。
「一緒に手伝います」
「わたしも」
「あのね二人とも」
「以前にも言いましたが、女だからと侮らないで下さい」
「危険を承知で冒険者になったのよ、わたしたちは」
俺はため息をついた。
「二人ともよく聞いてくれ。これは適材適所と言うやつだ。俺のスキルなら上手くいくはずだ」
「信用できません」
クリサリスがジト目で俺を睨む。
「前にもそうやって騙されましたから」
あーそうだったな。だけど今度は本当なんだけど。
一度嘘をつくと信用を取り戻すのは難しい。
どうしよう、言うか?言ってしまおうか?
その一言を吐き出せば、もう後戻りは出来ない。
彼女達との関係は清算され、二度とパーティーを組めなくなるだろう。
だけど俺にしかできない仕事だ。二人は不要だ。
男女とか関係ない。これは年長者の役目だ。
「君たちでは足手まといだ」
努めて冷たく言い捨てる。なるべく傲慢に、突き放すように。
ああ、せっかく仲良くなったのになあ。
もったいない、もうちょっとでチヤホヤしてくれそうな雰囲気だったのに。
「だからどうしました?」
「はいはい」
・・・あれ?
「いや!?つまりね!」
「足手まといはお互い様です」
「さっさと行くわよ。時間がないんでしょ?」
鎧蟻の部隊はさらに接近している。どうやら時間切れのようだ。
「クソ、この頑固娘ども!」
吐き捨てた俺だが。
ちょっぴり嬉しかったのは内緒だ。
ジリジリと森を這い進む。
この作戦はタイミングが全てだ。
前方の正体不明の中級魔物と後方の鎧蟻の部隊。
両者から同時に攻撃される位置を調整しなくてはならない。
どちらか一方に攻撃され、足止めされるのは絶対にまずい。
攻撃される寸前、俺たちは離脱して双方の魔物を互いに争わせるのだ。
タイミングはシビアだ。
俺ひとりなら、探査と隠蔽を駆使してもっと楽に離脱できるかもしれない。
だが、それも賭けだ。
隠蔽はまだそれほど検証していないスキルだ。
特に鎧蟻に対しては有効かどうか未知数な部分がある。
鎧蟻には警戒網というスキルがある。
先ほどフィフィアの魔術スキルの発動を察知した可能性が高い。
すなわち鎧蟻の知覚は誤魔化しても、隠蔽スキルの発動は探知される恐れがある。
頭隠して尻隠さずである。
隠蔽スキルがスキル発動の兆候まで阻害するかどうか不明だ。
もし探知されれば力づくで離脱しなければならない状況に陥る可能性もある。
そういう意味では一人よりも三人で行動したほうが逃げられる可能性が高いかもしれない。
可能性、可能性、ぜんぶ可能性だ。
「これが賭博ならすぐに降りるぞ、俺は」
「まったくですね」
「そう思うならいまからでもあっちの方角に行ってくれ」
「いやです」
「しつこいわねオヤジは」
「フィフィア、今度は性的にお仕置きな?」
「せ、性的!?」
「ああ、いやらしいのだ」
「あ、あうううう」
「ねちっこいぞオヤジは」
「生き残ったら私たちを好きにしていいですから。今は静かにしてください!」
クリサリスにぴしゃりと叱られる。
「理不尽だ!どうして俺だけ怒られるんだ!」
「・・・もういいですから。どうしますか?」
「もっと前進だ」
後続する鎧蟻の部隊との距離を測りながら身を低くして進む。
前方の中級魔物に近づく。相手は最初の位置から動いていない。
こちらに気が付いていないのか?
さらに一歩進んだとき、動きがあった。
「!止まれ」
五体の魔物がわずかに移動した。
一番反応の強い中級魔物の側に集まるような反応だ。
こいつがリーダー格だろうか。
鎧蟻がさらに接近、振り返れば黒い群れが目視できる。
さあ来い。俺たちはここにいるぞ!
三百匹以上の部隊だ。真っ向から戦えばどうなるか、見当がつかない。
個々の能力は大したことはないと思う。
だがフィフィアのスキルでも一度に何匹始末できるか。
包囲され一斉に攻撃されたらしのげるのか。
まったく予測がつかないのが経験の浅さというものだろう。
唾を飲み込む、剣をつかむ手に力がこもる。
両脇のクリサリスとフィフィアは身じろぎもしない。
十、九、八と数を数える。
接敵ぎりぎりまでひきつけたら、中級魔物に突進する。
中級魔物はどちらを襲うか。
五
俺たちは合図と共に右か左に逸れる。
指示するのは俺だ。
三
責任の重さに胃が痛む。
二
あ
腰を浮かした瞬間、ぴたりと鎧蟻が停止した。
空白の時間の後、鎧蟻達は遁走した。
秩序だって俺たちを追っていた鎧蟻の統率が崩壊する。
ためらうことなく、バラバラの方向に走り去る。
「逃げた?」
フィフィアが呟く。剣を持つクリサリスの腕から力が抜ける。
俺はその光景を見ていない。
頭の中で十分、事態を把握している。
俺の視線は前方に向けられたままだ。
「すまない」
ぽつりと呟いた。他に言葉などあるはずがない。
俺は二人の命を預かっていた。
その信頼に応えられなかった。
両脇にいる二人の肩を抱き寄せる。
「ヨシタツさん?」
事態を把握していないクリサリス。
身動きしないフィフィア。
「見通しが、甘かった」
責任は、とる。
「鎧蟻が中級魔物に気が付いた」
警戒網。おそらく集団で敵の気配を察知し、共有するスキルなのだ。
彼らもまた、中級魔物の存在を察知した。
だから逃げ出した。本能か経験か、絶対に敵わないと知っていたから。
中級魔物のテリトリーに俺たちを残して。
結果から見れば、彼らは俺たちを罠に追い込み、囮にして撤退したのだ。
もし狙ってやったのなら鎧蟻の知能はかなり高い。
そして引っ掛かった俺は間抜けにもほどがある。
「俺が、守る」
彼女たちの肩においた手に力を込める。
看破、発動
看破2、探査3、射撃管制1、射撃2、
隠蔽1、剣術1
さあ、他に何が必要だ。
それとも数値を上げて強化するか?
誘惑は常にあった。
思いとどまっていた理由は様々だ。
人間の命を奪って力を得る罪悪感、スキルがもたらす未知の恐怖、人としての在り方の問題。
さあ、もうためらう理由はない。
彼女達を守ると言う大義名分を得た。
来い、魔物ども。
お前達の姿を見せろ。
その能力を暴き、相応しい凶器を用意してやる。
お前たちを殺す手段は無数にあるぞ?
「ヨシタツさん、恐い顔をしています」
クリサリスの声が耳に入った。
「そんな笑い方、ヨシタツさんらしくないよ?」
フィフィアの言葉に、力の予感がもたらす酔いからさめる。
落ち着こうか俺。悲壮ぶるのは柄じゃない。
二人の頭を胸に抱え込むように引き寄せる。
中級魔物の反応がひとつ、接近する。
例のリーダー格だ。こちらの様子をうかがうつもりか。
看破の準備をする。
目視したら、すぐに能力を読み取る。
必要なスキルを準備して、先制する。
一気に強化したり、複数のスキルを取得するのは危険かもしれない。
だから取得すべき必要最低限のスキルを見極める必要がある。
森の奥にちらちらと揺らめく影が見えた気がした。
目を凝らすが、魔物の姿は見えない。
おかしい、探査の反応からするととっくに姿形が見えるはずなのに。
だが相変わらず前方には何も。
木漏れ日が射すその場所に、陽炎が見えた。
位置は低い。集中していなければ見落としていたかもしれない。
嫌な汗が背中を伝った。
「看破!」
俺は思わず叫んでスキルを発動した。
あれは隠蔽スキルだ。あるいは認識阻害、または類似のスキルか。
姿の見えぬ敵は恐ろしい。認識阻害だとしたら看破が通らない可能性がある。
叫んだのは失敗だったが、幸いなことに情報が視界に現れる。
そこには
魔物は去っていった。
俺たち三人だけがその場所に取り残された。
腑抜けたように座り込んでいたが、誰ともなく立ち上がった。
そのまま街へと帰還した。
「鎧蟻ですか!」
鎧蟻の死体をセレスに見せると、彼女は驚きの声をあげた。
「下級ですが数が多いと脅威になる魔物ですね」
「それは身に染みたよ。逃げるので精一杯だった」
俺はため息をついた。
「ご無事で良かったです。それで鎧蟻の巣は確認できましたか?」
「ああ、見つけたよ」
「おめでとうございます!鎧蟻の巣を報告して頂くと金一封です」
「いくらになる?」
「金貨一枚です!」
「金貨!」「一枚!」
疲れ果てていたはずのクリサリスとフィフィアが途端に元気になる。
俺としては命が助かっただけで十分だ。
むしろ、あれだけ危険な目にあって金貨一枚は少ない気がする。
あれ? 本当に少なくないか?
「本来なら監督処置で巣の位置も報告して頂くのですが、大丈夫です。マスターに掛け合ってちゃんと報酬が出るようにしますから」
監督処置があったな。
まずい。討伐の詳細を洗いざらい報告する義務があるのだ。
今回はいいが後々、困った事態になる。
金貨に目がくらんでいる場合ではない。
「ちょっと待ってくれ」
セレスに断って俺はクリサリスとフィフィアを片隅に招きよせる。
「すまない、今回の報酬は諦めてくれ!」
平身低頭頼み込んだ。
「どういうつもりだ?」
「いっただろう? 金貨一枚では割りに合わないと言っているんだ」
ギルドマスター、ジントスさんの部屋にいるのは五人だ。
俺とクリサリス、フィフィア、セレス、それにジントスさんだ。
「報告だけで金貨一枚もらえて何が不満だ」
「俺たちが危険を冒して得た情報だ。金貨一枚なんてはした金で売れるか」
「金貨一枚がはした金だと?」
ジントスの発する気迫に、またもや蒼白になるセレス。すまない。
両隣のクリサリスとフィフィアは、事前の打ち合わせどおり何も言わない。
「そうだろう? 放置した場合の被害を考えれば金貨十枚だって安いはずだ」
ジントスさんが黙り込む。
駄目だよジントスさん。
そこで黙ったら、カマをかけた俺の言葉を肯定することになるんだから。
「俺たちが見つけた鎧蟻の巣は大規模なものだった。千匹以上はいたはずだ。過去にもギルドでは鎧蟻を発見したら冒険者を招集して率先して駆逐している」
「・・・討伐記録か」
「ああ。そのときは見過ごしたけどな。あの巣を見つけて実感した。あれは発見次第、殲滅しなければならない」
鎧蟻がもし、元の世界の蟻や蜂と同じ習性を持つならどうなるか。
巣の規模が大きくなれば、巣別れがあるだろう。
森からでた鎧蟻があちこちに巣を作れば、被害規模は甚大になるはずだ。
「それが分かっていて足元を見るわけか」
「そうだ。俺たちも商売だ。商品を高く売り付けるのは当然だろう?」
「よし! 報酬は無しだ!」
激怒したジントスさんが脅してきた。
「巣の位置を吐け。監督処置を適用する」
「監督処置は、討伐報酬を受け取るときに詳細な報告を義務付けているだけだ」
テーブルの上の鎧蟻の死体を示す。
「これの素材を売るつもりも討伐報酬も受け取るつもりはない」
俺はニヤリと笑う。
「だから報告する義務もない」
そして俺たちは沈黙した。
お互いを睨みあったまま、相手の出方をうかがう。
「ヨシタツさん、その、なんとかなりませんか?」
セレスがおずおずと申し出る。
よし、頃合だろう。
「セレスがそう言うなら」
しぶしぶという感じで頷く。美人にほだされたというなら不自然ではない。
「その代わり、今度食事に付き合ってくれよ?」
にっこり笑ってから付け加える。
「金貨一枚はいらないが、監督処置の報告義務は正式に免除してもらおう」
これだけは譲れないと強い口調で念を押す。
「毎度、商売のネタバラしを強要されたらたまらないからな」
「いいだろう。報告義務なしの監督処置だな?」
「・・・あの、それって意味があるのですか?」
セレスが首を傾げる。
監督処置に報告以外の義務はない。継続する理由が分からないのだろう。
「あるよ?これからもセレスが俺の担当だ」
彼女は主に熟練冒険者が担当だ。つまり長い行列に並ばなくて済む。
しかもいろいろ融通をきかせてくれるし。
俺の意図に気が付いたのだろう。
彼女はちょっとはにかみながら笑ってくれた。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
その日、宿に戻った俺たちは食事を摂った。
食堂の隅にあるソファーでくつろいでいたら、そのまま眠ってしまった。
両肩に乗せられたクリサリスとフィフィアの頭の重みが、生き残ったことを実感させてくれた。




