スキルってなに?
宿に戻り、夕食を摂ってから、部屋に戻る。
ベッドに横たわって休んでいると、ドアがノックされる。
俺が返事をすると、お湯の入ったたらいを抱えて、リリちゃんが入ってきた。
「ああ、ありがとう」
お湯の支度は、別料金で払っている。風呂代わりに毎晩頼んでいるが、普通は水で済ませるようだ。俺の唯一の贅沢と言っていい。
身体を拭うため、戸棚からタオルを出したあと、リリちゃんがまだ立ち去っていないことに気が付く。
「どうかした?」
「・・・顔、アザになっている」
「ああ、これね」
左あご辺りに触れると、まだズキンと痛む。
カティアの剣は、ただ剣を振るうだけではない。体術も含んだ実戦的なものだ。
昼間の訓練のとき、俺の打ち込みをいなすと、懐にするりと入られ、肘打ちを食らったのだ。
「リリちゃんの予言どおり、一方的にやられたよ」
「・・・わたしのせいじゃないわ」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ」
やっぱり、年頃の女の子の扱いは難しいようだ。
「それじゃあ、冷めないうちにお湯を使わせてもらおうかな」
暗に退出をうながすが、リリちゃんはしばらく黙りこくってから呟いた。
「・・・背中、拭いてあげようか?」
これは、朝方の意地の悪い発言に対する、遠まわしな和解の申し出だろうか。
ひょっとするとシルビアさんに何か言われたのかもしれない。
「ほんと? それは助かるよ!」
本心は分からないが、実にうれしい提案である。
毎晩タオルで身体を拭いているのだが、やはり不満が残る。
特に背中は自分で拭くのが難しくてむず痒くなってしまう。もしかすると吹き出物でも出来ているかもしれない。
俺はシャツをパッと脱ぐと、背中を向ける。
「お願いします!」
「! わかったわよ!」
怒ったように返事をする。お湯を絞ったタオルを、背中に叩きつけられた。
「ッ!」 背中の打ち身に熱いタオルがあたり、悲鳴が漏れる。
「ご、ごめんなさい!」
「へ、平気だよ、ちょっとびっくりしただけ。じゃあ、思いっきりお願い」
背中の打ち身も、カティアの容赦ない指導の結果だ。
「・・・けっこう、あざだらけ」
「大して痛くないから、遠慮なく力を入れてね?」
本当はけっこう痛いのだが、せっかくの機会だ。汗と垢を一気にこすり落としてほしい。
そうして背中を拭っていると、リリちゃんがぽつりと呟く。
「わたし、男の人の背中を拭いたの、はじめて」
「へ~~そうなんだ~~」
俺は良い気分になりながら返事をした。
なんというか、人に背中を拭いてもらうというのは、独特の気持ち良さがあると、初めて知った。
「あ~~きもちいいねえもっと力を入れてくれる?」
「こ、こう?」
「あ~~そうそう」 極楽ゴクラク
「他のお客さんの背中も拭いたりするの?」
「頼まれたってやりません!」
そうだよなあ。いくら子供とはいえ、女の子に背中を拭いてもらうのは、ちょっとまずいかもしれない。
そのことに気が付いて、もう止めてもらおうとした。
「・・・でも、ちょっと憧れてたの。お父さんの背中とか、拭いてあげるの」
聞きましたか! 天国にいるシルビアさんの旦那さん!
あなたの娘さんは、とても良い娘さんに育ちました!
「うん、きっとお父さんも喜んだろうね」
「・・・そうかな?」
「こんなに可愛い娘に背中を拭いてもらって、喜ばない父親はいないよ」
「・・・明日も、拭いてあげようか?」
「うん、忙しくなければお願い」
父親の代わりかな、と。そう思ったので、一瞬ためらってから頼んだ。
シルビアさんの旦那さんは、リリちゃんが物心の付く前に、亡くなったそうだ。
父親に甘えられず、さびしい思いもしたはずだ。
そのうち宿を出る客だけど、ここに泊まっている間ぐらいなら、付き合ってもいいと思った。
身支度を整えて、ベッドにもぐりこむ。
よろい戸を開けっ放しにしてある窓から、月明かりが差し込む部屋の中。
天井に向けて伸ばした手を、じっと見詰める。
名称:タヂカ・ヨシタツ
年齢:三十歳
スキル:看破1、探査1、射撃1
履歴:渡界
ポイント:120
そもそも、スキルとはなんなのだろうか?
特定の技能に対する補正の総称、とカティアは説明してくれたことがある。
どうもあやふやで、いまいち理解ができない。
技能検定のようなものならば理解できる。あれは、本人が所持している技能が定められた水準に達していることを証明するものだ。
だがスキルは、特定の技能を行使する際、技や力や感覚を補助して、効果の底上げをするのだと言う。
俺のスキルにある看破は、対象の情報を読み取る能力だ。
外見やコミュニケーションから判断する一般的な人物評価の能力を、さらに強化させたもの、ということなのか。
探査は、ある一定の周囲の状況を教えてくれる。だいたい半径百メートル以内の、人間や構造物、地形などが把握できる。
どういう風に把握しているのか、説明すると難しい。
耳に聞こえない音、目に見えない光が反響して、頭の内側に対象物が立体的に構成される。
その構成された立体像を、触覚として捉えている、と言えばいいのか?
自分でもよく分からない。
射撃はたぶん、短矢弓銃の命中率を上げているのだろう。実感はないが。
胸の中に、上手く表現できない、何かもやもやとしたものがある。
これはいわゆるサイボーグ、というやつなのか。
だが、機械的なものを埋め込まれている訳ではない。
考えれば考えるほど、自覚できない何かに、自分自身の肉体が改変されるようなおぞましさがある。
ただ単純に、便利だと感じられれば気が楽なのだが。
この世界の人たちが、スキルという概念をごくあたりまえに受け入れているのだ。さほど神経質になる必要はないのかもしれない。
だが俺はこの世界の人間ではない。何か致命的な不具合の可能性もある。
俺は目を閉じた。
瞼の内側に映った文字列の残像も、しばらくしてから消えた。