挿話の2 匿名受付嬢の証言
最近、セレスさんの様子がおかしいのです!
【慈悲なき断罪者】と、受付嬢にあるまじき二つ名を持つあの人が、笑顔で応対をしているのです!
原因はあのタヂカさんだと思うのです!
そう、新人最高齢更新者と呼ばれるあの人なのです!
最初は皆で馬鹿にしていましたが、最近ではわりと評判になっているのです。
みんな今更なのです。
タヂカさんがスゴイ人だって、あたしは最初から知っていたのです!
カティアさんに連れらてギルドに訪れたあの日、タヂカさんはひどい格好をしていたのです。
ずいぶん汚い人が来たなあと眺めていると、こちらに来るのです。
あたしはあわててカティアさんに挨拶したのです。
「おはようございますカティアさん!」
「ああ、おはよう。今日も元気がいいな?」
「ハイなのです!それだけが取り柄なのです!」
仕事は? カティアさんの後ろで汚い人がボソッと呟いたのです。
よけいなお世話なのです!
「新人用の冒険者講習の受講を申請したいんだが」
「はい、こちらなのです!」
「いやこれは始末書だ、しかもお前さんの」
「そうなのです!提出するのを忘れたのです!」
早く出せよ。また汚い人が呟くのです。
後で出そうと思ったのです!
あちこちの引き出しから申請書を探していたあたしは、ビリリと来たのです。
スキル感知の警報なのです!
驚いて顔を上げると、汚い人が辺りを見回しているのです。
どこか遠くを見るような目で、周囲の冒険者達を眺めていたのです。
この人、スキルを絶賛発動中なのです!
しかも希少な知覚系っぽいのです!
汚い人がこちらを見たので、認識阻害スキルを発動したのです。
汚い人のスキルが、あたしのスキルをグリグリしてくるのです。
一瞬、突破されたのです!
熟練者か、上位スキルなのです!
ムムムとあたしは力を込めるのです。
女の意地にかけて負けてなるものかなのです!
決着はすぐについたのです。汚い人が目を逸らしたのです。
勝ったのです!
「お前さんは何をしているんだ?」
カティアさんに言われて気付いたのです。
あたしは立ち上がって拳を突き上げていたのです。
汚い人、もといタヂカさんの冒険者講習をちょくちょく覗きにいくのがあたしの趣味なのです。
そのことを先輩方からよく叱られますが、ズルイのです!
先輩方もこっそり見物に行っているのを知っているのです。
スキルを駆使してバレていないと思っているのが笑止なのです。
あたしのスキル感知はすべてお見通しなのです。
堂々とサボっているあたしは偉いのです。
でもフシギなのです。
スキル感知のない先輩方が見ても、汚い人の訓練はつまらないと思うのです。
他の冒険者さんたちも同じなのです。
みんな笑って汚い人の訓練を見ていますが、何がおかしいのか分かりません。
今日も汚い人はコロコロと転がっています。
カティアさんが模擬剣を振るうたびにコロコロ転がって、土まみれなのです。
あんまり良く転がるので実家で飼っていたヌクを思い出したのです。
ヌクも泥遊びが好きで、汚い人みたいによく泥の中で転がっていたのです。
だから汚い人もヌクみたいで可愛いのです。
それにヌクはとっても美味しかったのです。
汚い人を見ているとヨダレが出るのです!
あたしは汚い人が転がって立ち上がるのを見るのが大好きなのです。
だって、汚い人が剣を構えるたびに、聞こえてくるのです。
遠い空で鳴り響く雷鳴のように、鎖につながれた獣の咆哮のように、勝利を渇望する鬨の声のように、束縛された魂が憧れるように、竜が巣立ちのために羽ばたくように。
タヂカさんの中にある、まだ産まれぬスキル達が訴えます。
我ラヲ解キ放テ
スキル感知がタヂカさんの中にある驚異と脅威を教えてくれます。
この場から逃げ出せと警告します。
周りで笑いながら見ている人たちと一緒に、あたしも笑います。
あの人のスキルが全て目覚めたら、ここにいる人たちは皆殺しです。
あたしも死にます。タヂカさんは凄い人です。
ワクワクしながらあたしはタヂカさんを眺めます。
あ、また転がったのです。
汚い人はシルビアさんの宿に泊まっているのです。
ズルイのです!
シルビアさんの料理が毎日食べられるなんて不公平なのです。
あたしは休日のお昼に食べられるだけなのに!
賠償として奢らせようと思うのに、ここで出会ったことがないのです。
逃げるなんて卑怯なのです。
「まあ、ありがとう」
シルビアさんに文句を言ったらお礼を言われたのです。
今日のランチは正体不明のお肉のサラダあえなのです。
とっても美味しいのです!
「それ、試作品だから奢りよ」
やったのです!タダのご飯は三倍おいしいのです!
「お味はどう?」
「やわらかくてさっぱりしていてサラダにぴったりなのです!」
「お口にあって良かったわ」
「ハイなのです!」
「それ、タヂカさんが獲ってきたのよ?」
「そうなのですか!お役に立ってなによりなのです!」
汚い人も捨てたものではないのです。
シルビアさんはコロコロと笑いました。笑顔が素敵な人なのです!
「最近、タヂカさんの様子はどうかしら?」
そうそう、すっかり忘れてたのです。
「ハイなのです!冒険者さんたちとも仲良くなってきたのです」
あたしはシルビアさんのスパイなのです。
汚い人の情報をランチのデザートで売っているのです。
今日のデザートは揚げ菓子なのです!
これもシルビアさんの新作なのです。
お菓子を揚げるなんて革命なのです!
サクッとして中にジャムが入っているのです!
「・・・そう、よかったわ」
シルビアさんは心配していたのです。
汚い人がギルドで孤立していたとき、本当につらそうだったのです。
だからシルビアさんが嬉しそうに笑ったのであたしも楽しいのです。
「お仕事はうまくいっているのかしら」
「ハイなのです。真面目に稼いでいるし先輩方の評判も良いのです!」
「ギルド職員の方が?」
「ハイなのです。冒険者なのにギルドのお仕事に理解があるとほめていたのです」
「そう!よかったわ!」
シルビアさんが両手を打ち合わせました。
そうなのです。
冒険者さん達は知りませんが、ギルドの職員に嫌われると恐いのです。
下手をすると死んでしまうのです!
悲しいことだが、魔物討伐は予期せぬ事故がつきものだ。
いちばん古株のおじいさんはあたしの頭を撫でてそう教えてくれたのです。
とっても爽やかな笑顔なのでした。
汚い人が死んでしまうとシルビアさんが悲しむのです。
だから汚い人がおじいさんに可愛がられて良かったのです!
「受付の先輩達にも人気が出てきたのです!」
これはぜひ伝えねばならないのです!
「・・・そうなの?」
「ハイなのです。特にセレス先輩なんて」
「なんて?」
「お菓子、ご馳走様でした!」
「え、あ、はい、お粗末さまでした?」
「それでは失礼するのです!」
「あ、ちょっと待って!」
「ハイなのです?」
「・・・これからクッキーを焼くんだけど、お土産にどう?」
「いただくのです!」
クッキーが焼けるまで、シルビアさんとおしゃべりを続けたのです。
今度、先輩達のことも教えて欲しいと頼まれたのです。
だけどちょっと困ってしまったのです。
しゅひぎむいはんなのですと答えたのです。
でも、今度からお土産用のお菓子を用意してくれることになったのです。
仕方がないのです。
ギルドの宿舎に帰るのに、裏庭を通るのが近いのです。
するとリリちゃんが井戸端でかがみ込んでいたのです。
リリちゃんはとっても可愛い女の子なのです!
鼻歌まじりにゴシゴシと楽しそうにお洗濯中なのです。
「こんにちわリリちゃん!」
「きゃあっ!あ、お姉ちゃん?」
リリちゃんはあたしのことをお姉ちゃんと呼んでくれます。
ギルドで一番年下だからとっても嬉しいのです!
「お洗濯中なのです?」
「え、えーと、うん」
リリちゃんは洗濯物をモジモジとこねています。
やや、これは!
「男の人の下着なのです!」
「え、あ、嫌っ!」
あわててリリちゃんは下着を背中に隠したのですが遅いのです!
お姉ちゃんはばっちり目撃したのです!
これはゆゆしき問題なのです!
「リリちゃん・・・」
「・・・なに?」
「正直に白状するのです。それは誰のなのですか?」
「え、え―――と」
背中に手をまわし、脚をモジモジさせ、顔を真っ赤にしているリリちゃんはとっても可愛いのです!
でも、容赦はしないのです!
ギルド一の密偵と言われ、すべてを台無しにすると称賛された推理力の前に隠し事は無駄なのです!
「リリちゃんの趣味なのです!」
「タヂカさんのよ!」
「やっぱりなのです!」
「大はずれだよ!?」
「ブカブカの男物でもリリちゃんなら似合うのです!」
「はかないよ!!」
「嗅いだのですか!?」
「なにそれっ!!!」
リリちゃんが悲鳴をあげたのです。
「こんにちわ汚い人よ!」
「誰だよそれ!?」
「失礼したのですタヂカさん!口ぐせなのです!」
「口ぐせってどういうこと!?」
「口ぐせは言い間違いなのです」
「そ、そうか」
「口には出さないのです」
「腹ではどう思っているのかな!?」
「本日はどういうご用件なのですか?」
汚い人は本当は汚くないのです。
討伐に出ない日はこざっぱりした服装なのです。
ちゃんとアイロンがけまでされているのです。
冒険者さんにあまり身ぎれいな人がいないので先輩方には好印象なのです。
でもあたしはその秘密を知っているのです!
「カティアはいるか?」
「カティアさんを呼び捨てとはいい度胸なのです!少々待つのです!」
「ねえ、ひょっとして君は俺のこと嫌いなの?」
「告白なのですか!?」
「ちがうよ!?なんでそうなるんだよ!」
「良かったのです!もっと若い人が良いとか傷つけずにすんだのです!」
「ちゃんと傷ついたよ!」
タヂカさんはノリが良いのです!
目に涙を浮かべてあたしの冗談に付き合ってくれるのです。
すごい演技力なのです!
そんなタヂカさんがけっこう好きなのです。
お友達からならお付き合いしてもいいなと思うのです!




