挿話の1 匿名受付嬢の独白
私は冒険者が嫌いだ。
傲慢な奴らが嫌いだ。
欲望に濁った奴らの目が嫌いだ。ニンニク臭い奴らの息が嫌いだ。奴らの品のない口説き文句が嫌いだ。弱い者を苛め、強い者に媚びへつらう奴らが嫌いだ。
死に急ぐ奴らが嫌いだ。
そんな奴らを相手にするギルドの仕事が嫌いだ。
自分の仕事に誇りをもてない自分が嫌いだ。
彼を初めて見たとき、嫌いなモノがまたひとつ、増えた。
彼の荒んだ目に嫌悪感を抱いた。
カティアさんに連れられた彼は、どこか存在感が薄かった。
虚ろで、中身のない影が歩いている印象だった。
無感動な視線で周囲を見回している。
同じ人間を見る目ではない。まるで物を品定めするような目つきだ。
一瞬、彼の視線が私に向けられ、すぐに興味を失って逸れた。
男たちの舐めるような視線には慣れているつもりだった。
だけど路傍の石ころを見るような目を向けられたのは初めての経験だ。
カティアさんが受け付けで冒険者講習受講の申請を提出した。
事務手続きを終えて二人が立ち去った後、私はその申請書を盗み見た。
受講者名にヨシタツ・タヂカと記入してあった。
それが彼の名だった。
タヂカはギルドでちょっとした話題になった。
カティアさんが彼の直接指導官になったからだ。
彼女が指導官を勤めるのは久々のことなので、どれほどの逸材なのかと関心を集めた。
なにしろ彼の身元保証人まで引き受けたのだ。これは実質的な師弟関係を意味する。
彼に関して全責任を負い、文句があるなら自分が相手をすると宣言したことになる。
当然、冒険者達からの嫉妬の視線が彼に集中した。
彼女の指導を二、三回受けられれば自慢の種になるのだから当然の話だ。
ところが、フタをあけてみれば彼の腕前はひどいものだった。
まず体力がない。少し走っただけで息切れをする。
武器などこれまで一度も持ったことがないような身のこなしだ。
あきらかに素人だ。最初など振り下ろした模擬剣で膝を打ってしまった。
私は冒険者達の中で唯一、カティアさんだけは尊敬していた。
その彼女がなぜ、あんなズブの素人を指導しているのか、理解できなかった。
彼は何度も訓練場に転ばされた。何度も模擬剣で打たれた。
いくつも痣をこしらえ、無様に土を舐めた。
他の冒険者達はそんな彼を冷笑した。
特に若手冒険者は年長の新人を嘲った。
私もそのうちの一人だ。いやもっと酷かった。
彼が弱音を吐き、尻尾を巻いて逃げ出すのを期待していた。
自分の無力さを嘆き、挫折する時を待っていた。
だけど彼は逃げ出さない。
倒れても倒れても、淡々と立ち上がった。
口の中が切れて溜まった血を唾と一緒に吐き出すと、黙々と剣を構えた。
闘志ではなかった。執着心でもなかった。
まるで幽鬼が何度も蘇るような彼の姿は、次第に私の悪夢となっていった。
ギルド職員の間で噂が流れた。
冒険者ギルドの中に賞金稼ぎをしている者がいるというのだ。
噂をしていた職員も半信半疑だった。
冒険者と賞金稼ぎは気質的にそぐわないからだ。
私の脳裏になぜか、タヂカの姿が浮かんだ。
暗い路地で、死体を前に立ち尽くす男がいる。
殺した相手を、あの荒んだ目で見下ろしている。
男はふと顔を上げる。
タヂカの顔をしたその男は、私を見て笑った。
真っ赤にひらいた口に飲み込まれそうになった。
悲鳴と共に目覚め、ベッドから跳ね起きた。
ある日、タヂカは冒険者志望の若い女性二人を案内してきた。
彼がそんな親切をしている姿を見たことがない。
何かを企んでいる。私は確信した。
最近の彼は笑うようになった。冷たい視線も柔らかくなった。
あきらかに偽装だ。
本心を韜晦するからには後ろ暗いことがあるに違いない。
若い娘達と談笑する様子を、警戒しながら眺める。
新人狩りの噂を思い出す。若い駆け出しの冒険者がふと、姿を消すことがある。
そんな時、新人狩りの噂が流れる。怪談話のようなものだ。
そう言えばあいつら、最近見かけないなと、誰かが噂する。
噂された当人は二度と姿を見せない。何の痕跡もなく消えてしまう。
新人狩りの噂は古くから冒険者ギルドにある。当然彼が現れる以前からだ。
だけど死体を見下ろす彼の幻視が脳裏にこびり付いて離れない。
彼女達には機会をみて警告するべきだろう。
「笑い事じゃないのよ!」
せっかく忠告したのに、彼女達は一笑に付した。
何と言うか、生温かい笑みだった。
「いえ、ですが」
「タヂカさんが?」
彼にはあまり近づかない方がいい。そう告げたが私の懸念はまるで理解されなかった。
どうしてそんなことを言うのか、まるで見当も付かないという感じだ。
逆に根掘り葉掘り質問され、次第に言わなくてもいいことを喋らされた。
とうとう新人狩りの疑いまで口を割らされたときには呆れられてしまった。
私だってまるで根拠のない疑惑だと分かっている。疑惑どころか妄想の類だ。
だけど、彼を初めて見たときの、あの荒んだ目が忘れられない。
何度叩きのめされても立ち上がる、彼の不気味な姿が脳裏によみがえる。
「私たちは、彼に命を助けられました」
だから彼女達の言葉が信じられなかった。
「詳しいことはお話しできませんが」
「騙されているのよ!」
なぜそんなに頑なに否定するのか、自分でも分からなかった。
だけどアレはそんな人間ではない、はずだ。
「あの人は身の危険をかえりみず、森の奥まで助けに来てくれました」
「きっと何か下心があるのよ」
「そうらしいですね」
本人達も察している様子なので安堵したが
「本人が言っていました。助けたら私たちにチヤホヤしてほしいそうです」
「チヤホヤって言われてもねえ。なんなのチヤホヤって?」
彼女の相棒が苦笑する。
・・・私に聞かれても分る訳がない。
「もしかして謝礼にその・・・」
身体を要求されたとか。
「いいえ、特に何も求められていません」
言葉を濁した私の疑問を彼女は即座に否定する。
冒険者が他人に恩を売っておいて代償を求めない?ありえない話だ。
まして、この娘たちはこんなに可愛いのに。
もっと、想像もできない悪事を企んでいるのではないか。
「とにかく、あの人が私たちの恩人であることには変わりません。ご心配いただいて感謝しますが、私たちはあの人を信じます」
「あの人のことを誤解しているんじゃないですか?」
そう言って立ち去る二人を私はぼう然と見送る。
そんなはずはなかった。
私は誰よりもタヂカを観察してきたのだ。
ある意味、彼という人間の最大の理解者だと言ってもいい。
「不満そうだな?」
「ヒイッ!」
いきなり耳元でささやかれ、悲鳴をあげた。
「か、カティアさん!?」
カティアさんが背後に立ち、面白そうにこちらを見ていた。
「わたしの弟子のことをいろいろ調べているらしいが理由はなんだ?」
カティアさんははっきりとタヂカのことを弟子と呼んだ。
ガクガクと足が震えた。
歯の根が合わず、視界が涙にかすむ。
カティアさんの弟子を陰で調べ、悪意のある噂を流している。
そう責められても言い訳できない状況だ。
それはカティアさんを敵にまわすという事で、ギルドでの完全な孤立を意味する。
下手をするとこの街ではまっとうな職に就けなくなるかもしれない。
「ち、ち、ちがうんです」
何よりカティアさんに軽蔑されるのが怖かった。
「しょうがない奴だ」
いつの間にか、私は子供のように泣きじゃくっていた。
そんな情けない私の背中を、彼女は優しく撫でてくれた。
「・・・どうしてカティアさんはあの人を弟子にしたのですか?」
なだめられ、ようやく落ち着きを取り戻すと今度は恥ずかしさがこみ上げた。
何か言わなければと焦って出た質問がこれである。
「う~ん」
カティアさんが困った笑顔を浮かべる。
「教えても良いが、信じるかな?」
「え? わたし、カティアさんのいう事なら何でも信じますけど?」
変なことを言うなあと思った。
「いやそれはダメだぞ?まあ一番の理由は危ない所を助けてもらったからだ。行くところも帰る場所もないと言うから面倒をみている」
ショックでめまいがした。
序列筆頭のカティアさんが他人に助けてもらった?
いや、そんなことは些細なことだ。
それよりもこの人はいま、少女のように頬を赤らめていないか!?
「・・・どうしてそんなことに」
「うん、あいつに剣を突き付けて脅していたらな?」
「・・・はい」
その発言は後回しにしよう。
「背後から襲われて危ないところを助けられた」
「剣で脅していたのに?」
「・・・ああ」
「おかしくないですか?」
まともな人間なら、剣で脅してくる相手を助けたりはしない。
「・・・そうか?」
カティアさんが目を逸らした。
「理由があったんじゃないですか?」
何かの罠とか策略とか。
だけどそんなものに百戦錬磨のカティアさんが引っかかるだろうか?
「当人が言うにはな」
「・・・はい」
声をひそめ、真剣な面持ちだ。私も思わず唾をのみ込む。
「わたしに一目ぼれ、したそうだぞ?」
「・・・・・・」
「まあせっかくの機会だから参考までに聞いておきたいのだが」
興味なさそうなもの言いはポーズだ。
顔が真剣に見えたのは口元がゆるむのを懸命に引き締めていたからにすぎない。
「こういう状況で告白されたらどういう風に対処するのが普通なんだ?」
普通、そういう状況で告白されはしません。
「ちなみにカティアさんはどんな返事をしたのですか?」
その返答次第では刺し違えてもヤツを消す!
「とりあえず口がきけなくなるまでボコってやった」
「・・・なぜでしょう?」
「いや、恥ずかしいじゃないか?」
羞恥のあまり、それ以上聞いていられなかった、と。
「良かったですねカティアさん!」
私は晴ればれとした爽快な気分で告げた。
「それ、もう終わってますから!」
とりあえず、タヂカが怪しい人間だと言うことを再認識した。
それからも、私はタヂカ観察を続けている。




