ロングライフプラニング
三日目の魔物討伐を終えた翌日、俺たちは森の中で休息をとっていた。
昨日の稼ぎは銀貨五十四枚だ。
三日の合計で百五十枚。
パーティー契約を更新して一月続ければ一人当たり銀貨五百枚の稼ぎになるだろう。
俺の予想にクリサリスとフィフィアは大喜びで、彼女達の士気は上々だ。
金を貯めて何を買うか、楽しげに話し合っている。
俺は―――覚悟していた通りの金額の少なさに気落ちしていた。
一ヶ月、文字通り命を懸けて戦った金額が、賞金首一人にも満たないのだ。
いや、いまさら賞金稼ぎに戻るつもりはない。
論外だ。そんなつもりなら、はなから賞金稼ぎから足を洗ったりはしない。
ただこのままのペースで行くと、目標としていた老後の蓄えには到底届かないだろう。
当初の計画では、金貨四十枚を元手に戦闘能力のある有能な奴隷を入手。
徐々に数を増やして中級、上級魔物に挑んで大金を稼ぐつもりだった。
それが結果的には金貨は二十枚となってしまった。
そのことに後悔はない。元より一からやり直すつもりだったのだ。
それを考えれば今の情況ははるかにマシだ。
だがどう考えても、奴隷パーティーを結成するには元手が足りない。
クリサリス達と組んだ理由のひとつには、その元手を稼ぐつもりもあったのだ。
だが、新人冒険者の稼ぎは予想通りに悪い。
一人でこんなに稼ぐことはできなかっただろうが、それでも少ない。
「どうしました?悩み事ですか?」
クリサリスが心配げに俺の顔を覗き込む。
彼女達は若い。このままの稼ぎでも問題はない。
実力のある彼女達ならば将来的にはさらに稼ぐようになるだろう。
だから俺の焦りにつき合わせることはできない。
上位の魔物を狙うリスクを負わせることはできない。
「魔物が弱くて物足りないんじゃないの?」
フィフィアの言葉にドキッとする。
下級の魔物相手に俺たちの実力は発揮できない。
もしかすると中級魔物ぐらい簡単に狩ることができるのではないか。
そんな風に耳元で悪魔がささやく。
「俺がそんな挑戦的な人間に見えるか?」
「ですよね」
クリサリスが微笑む。
失敬だねキミ。
「いや、手ごたえがないのは事実だよ?まだまだ余裕だね。俺の隠された実力はこんなものじゃない」
「疲れて寝転がっている人に言われてもねえ?」
「ぐ・・・」
今日の狩りもこれでお仕舞いだろう。俺の体力が続かん。
「足手まといになってすまない」
狩りの制限時間は俺の体力しだいだ。彼女達は本当に余力を残しているのに情けない。
「そ、そんな意味じゃないの!ごめんなさい!」
フィフィアが慌てたように手を振った。
クリサリスがコツンと彼女の頭を叩いた。
なんとなく気まずい雰囲気になり、後処理を終えて街に戻った。
今日の稼ぎは銀貨六十枚。
最高額更新だ。
だけど微妙な空気は晴れなかった。
「討伐記録、ですか?」
「ああ、討伐された魔物の数や種類、支払われた金額などを記録した資料があるんじゃないか?」
「それはもちろん」
「その資料を閲覧したいのだが、可能かな?」
セレスが黙り込んだので不安になる。
「閲覧は可能です。ですが理由をお聞きしても?」
セレスの目が鋭くなる。
ああ、俺はちょっと彼女を見誤っていたかもしれない。
「討伐記録を読んで今後の方針を検討したい」
俺のあいまいな言葉にセレスは頷いた。
「分かりました、マスターの許可を得てきます」
少々お待ちくださいと言ってセレスは立ち去った。
俺はクリサリス達に向き直った。
「そんなわけだから先に宿に戻っていてくれ。シルビアさんには夕食はいらないと伝えておいて」
彼女達はいろいろとゴネたが、結局は押し切った。
フィフィアの不安げな顔が妙に印象に残った。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
そうして案内されたのがギルドの資料室だ。
セレスはランタンを机に置き、資料の分類方法を簡単に説明すると自分の仕事に戻った。
さて、俺の前には過去一年間の討伐記録がある。
なぜ討伐記録を閲覧するのか?
四日間の稼ぎから判断すると、俺が目標とする老後の資金を稼ぐのは無理があることが判明した。
ではどうするか。
問題点を振り返って検討をするべきだろう。
では問題点とは。
下級魔物のグルガイルでは稼ぎが悪い。
ではなぜグルガイルを狙って討伐するのか。
答えは、森の下級魔物を他に知らないからだ。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
駄目だ、これは。
俺は討伐記録をひらいた。
先ほどセレスにちょっと感心された。文字が読めたのですねと。
馬鹿にしているわけではない。文字が読める冒険者は珍しいからだ。
俺は書くことは出来ないが読むのは得意だと見栄をはった。
理由はセレスが美人だからだ。
文字が読めるなんて大嘘である。
俺はこの世界の文字は全く読めない。ではどうやって討伐記録を読解するのか。
謎能力、看破を使う。
看破はちょっと他のスキルとは毛色が違う。なんというか都合が良すぎるのだ。
その一つが読解である。
ためしに資料を読んでみよう。うん、分からない。
そこで看破を使用すると
(グルガイル。下級魔物。八月討伐数三百五十一頭。相場1銀貨70銅貨)
こんな風に情報が視界に投影される。
文字は読めないが討伐記録が帳簿のように記録しているのは分かる。
看破が資料から読み取った情報を元に集計整理して俺に提示しているのだ。
気味が悪いほど親切設計のスキルだ。おまけに人間や魔物に使うより、例の疲労感はぜんぜん少ない。
だがこの件に関しては理解を放棄しているので問題ない。
俺は討伐記録を読み進めた。
「お疲れ様です」
視線を資料から上げて前を見る。
セレスがカップを二つ持って立っていた。
「精が出ますね」
そう言いながら片方のカップを差し出した。
お茶かな。そう思ったが中身はスープだった。
「滋養強壮の特別製です」
あやしげなスープを飲み干した。匂いはともかく味は普通だった。
「ありがとう」
「よく飲みましたね」
彼女も自分のカップに口をつけた。
「何のためらいもなく飲んだのは二人目です」
「一人目は?」
「マスターです」
ジントスさんか。
あの剛毅なおっさんなら蛇の生き血でも一気飲みしそうだ。
「調べ物はいかがです?」
「まあ順調かな」
結論から言えば、美味い話はないということだ。
魔物を狩って稼ごうと思ったら森の奥へ、より上位の強力な魔物を狙うしかないということだ。
「予想通りだな」
リスクを最大限に減らし利益を最大限に。そんな虫の良い儲け話があれば過去の冒険者が実践しているだろう。
だが資料から読み取れるのは堅実に実力をあげた冒険者が長い年月を掛けて儲けを増やしていく。
そうして生き残った者だけが引退して田舎で余生を過ごすという当たり前の現実だけだった。
冒険者は意外と夢のない職業のようだ。
「冒険者の中には成功をおさめた方もいらっしゃいますけど」
セレスの言う成功者とは全体の中のほんの一握り。
抜きん出た実力と、それ以上に幸運に恵まれた人間だ。
例えば上級のうちの最上位魔物の大規模討伐で一人だけ生き残ったとか。
彼らの成功の裏には道半ばで倒れた無数の屍が転がっている。
ただひとつだけ、気になる点がある。
「この魔物の記録なんだけど、おかしくないか?」
一匹の魔物の記録が目についた。
「下級魔物がやけに高額で買い取られている」
「どれですか?」
セレスが俺の隣に座り込み、資料を覗き込んだ。
彼女の髪から甘い匂いが漂った。
「この長耳イタチだ。過去一年で二回ほど買取されているが、一回目と二回目の金額が大きく違う」
一回目が銅貨五百枚、二回目が金貨一枚だ。
「不正か?」
「違いますよ。長耳イタチは老齢になるほど霊礫が大きくなるんです」
霊礫は霊薬の材料になる物質だ。魔物の心臓近くから採取できる。
非常に高価だが、下級魔物の霊礫はほんの爪の先ぐらいの大きさしかない。
それが金貨一枚分の大きさとは。
「じゃあ、それを狩れば大儲け・・・」
「ちなみに長耳イタチは小型な上に数が少なく、目撃例もほとんどありません。記録の二匹も自然死したのをたまたま拾ったみたいですね」
俺はがっかりした。
探査だと小型の魔物と小動物との区別は困難だ。希少動物では数が獲れないし。
「・・・地道に働くか」
「それがいいですよ」
がっかりした俺の肩を、セレスがぽんと叩いた。




