デスタング-悪魔の舌
魔物のわき腹に一撃を加えると、すばやく木立を盾にする。
ガツンと、反撃の爪が幹に叩きつけられた。その腕をさらに一閃、浅い傷を負わせる。
追撃はせず、背を向けて駆け出す。
背後で怒りの咆哮があがった。
「クリサリス!」
もう一頭を相手にしていた彼女に合図を送る。
「はいっ!」
俺達は森の中を走った。
木立をジグザグに縫って駆ける。互いの姿が木立に遮られ見え隠れした。
背後から魔物の気配が迫る。
探査スキルを発動。
グルガイルが五頭。
二頭がやや先行し、あと三頭が遅れている。
「反転してもう一撃!」
叫んで向き直る。
警戒して立ち止まった魔物に剣を振り下ろす。相手は大きく跳び退って距離を置く。
そこに後続の魔物が合流した。
よし。隣で同じように魔物を退けたクリサリスに合図すると、一目散に駆け出した。
「フィーッ!!」
クリサリスが走りながら見えない相棒の名を叫ぶ。
返事はないが、おそらく聞こえただろう。彼女の声は大きく、よく通る。
クリサリスと並んで森を走った。全速力である。グルガイルを徐々に引き離す。
剣術スキルで底上げされた脚力をフルに回転させる。それでも息があがる。
ちらりと隣のクリサリスを見やる。彼女の呼吸は安定している。
チクショウめ。
スキル補正を除けば彼女の肺活量が上なのだ。十歳以上の年齢差が出ている。
意地になってスピードをあげる。こちらを横目でうかがったクリサリスの速度も増す。
気づかわれていた!
俺の速度に合わせていたのだろう。なんなく俺に追いついた。
・・・優しさで人が傷つくこともあるんだよ?
前方が徐々に明るくなる。
唐突に森を抜け、ひらけた場所に出た。
すぐさまグルガイル達も続く。
「フィフィア!」
俺の叫びが終わらぬうちに、前方で炎の塊が膨れ上がる。
森のひらけた場所の端にフィフィアが立っていた。
空に向けて掲げていた棍棒の先に、大きな炎の玉が浮かんでいる。
棍棒を振り下ろすと、炎の玉はこちらに向かって飛んでくる。
俺とクリサリスは左右に分かれて跳んだ。
だが後続のグルガイルは突然の出来事に反応できずに立ちすくむ。
そこへ炎の玉が落下し、周囲を焼き尽くした。
三頭が火だるまになる。
タイミングも良かったが、火力が以前よりも上がっている。
魔術スキルの炎はすぐに鎮火した。
延焼していた部分もだ。たぶん化学的な炎ではないのだ。酸素とかも消費していないのだろう。
だが熱だけは残る。
俺は息を止めて魔物に走りより、直撃を避けた一頭に切りかかる。
熱風にあえいでいた魔物は反撃することも出来ずに喉を切り裂かれる。
別の一頭もクリサリスに仕留められた。
それを確認してから熱傷で地面を転げまわる三頭に止めを刺した。
さあ、楽しい楽しい剥ぎ取りの時間である。
・・・やだなあ。
「三十頭、大猟だわ!」
「三十二頭よ」
訂正するクリサリスも、口元が緩んでいる。
はしゃぐ彼女達の声を聞きながら、俺は横になって休息中である。
予想はしていたが・・・年寄りにはきつい。女性とはいえ十代の若さについて行くのが精一杯だ。
俺からすれば狩りの速度はハイペースで、体力がどんどん削られていく。
「ヨシタツさんのおかげですね」
クリサリスの労いの言葉はあながち世辞ばかりではない。
狩りのやり方は基本的に俺の探査とフィフィアの魔術、ふたつのスキルを最大限に利用したものだ。
先日の上級魔物討伐で採用した戦術の流用である。
まず森の中のひらけた場所に拠点を設けフィフィアが待機。
探査スキルで適当な数の魔物を探し俺とクリサリスが奇襲をかける。
あとは適度に挑発しながら魔物の群れを誘導し、射程に入ったらフィフィアが魔術スキルを発動する。
このやり方の利点は不意の遭遇戦を避け、魔術スキルの範囲攻撃を最大限に活用できる点だ。
おまけに集中力を高めた魔術スキルは威力があがり、最高潮のタイミングで発動できる。
魔術スキルはゆっくりと集中力を高めた方が疲労が少なく、回復も早い。
だから戦闘の間隔を短縮できるため、普段より多くの獲物を狩ることができるのだ。
問題があるとすれば、そのペースに俺の体力が追いつかないことぐらいか。
「もうへばったの?」
「・・・めんぼくない」
からかうフィフィアの言葉にも反論できない。毎朝マラソンで体力増進を図っているんだけどなあ。
「よしなさい。ヨシタツさんがいなくてはこの半分だって成果はなかったのよ」
「わかっているわ。ちょっとからかっただけ。ヨシタツさんには感謝感謝ね」
「もう!」
たしなめるクリサリスにおどけるフィフィア。俺は地面に横たわりながら苦笑する。
「さて、ぼちぼち剥ぎ取りをやりますか」
剥ぎ取りは効率を考え、まとめて行うことになっていた。
先ほどの五頭でちょうどきりがいいとなり、これから獲物を処理することになっている。
「ヨシタツさんはもう少し休んでいてください。わたし達がやりますから」
「え、いやそれは」
「どうせ一人は警戒をしなくちゃいけないのだし。ヨシタツさんなら寝転びながらでも大丈夫ですよね?」
「そりゃ大丈夫だけど」
「ならしっかり身体を休めてください。そうしたら街に戻りましょう。初日の成果としては十分です」
しばらく考え、頷いた。
「悪い。頼む」
「任せてください」
「よろしくね~」
「フィー、あなたも手伝うのよ」
「え!?」
「あたりまえでしょう。二人のときはあなたが警戒、わたしが剥ぎ取り。そういう分担だったけど、ヨシタツさんがいるのなら警戒は彼に任せるのが当然です」
「そ、そんなあ!」
フィフィアが哀れっぽい悲鳴を漏らす。
「ふふ。今までわたしばっかり汚れ仕事を押し付けられていたんだから、当然フィーには余分に働いてもらうからね」
「お、横暴だわ!」
「はいはい、文句を言っていないで働きなさい」
フィフィアの襟首を持って、クリサリスは彼女を引きずっていった。
・・・うん。口には出さなくても不平不満が溜まっていることがある。気づかいというのは大事だな。
彼女達との初契約七日が完了したら、アクセサリーでもプレゼントしよう。
予防処置は大事である。
「それでは討伐報酬、および素材買取を含め、合計四十八銀貨です。お疲れ様でした」
セレスさんがトレーに乗った銀貨を差し出す。
報酬を前に、クリサリスとフィフィアが手を打ち合わせて喜ぶ。
四十八銀貨、一人当たり十六銀貨、新人冒険者の一日の稼ぎとしては破格である。上を見たらきりがないが、まずまずだろう。
「初日からご活躍でしたねタヂカ様」
「ありがとうセレスさん」
セレスさんのお褒めの言葉に素直に礼を言う。
「さん、はいいですよ。これから長いお付き合いになるんですから」
「そうだね、セレス。俺もヨシタツでいいよ」
「はい、ヨシタツさん」
セレスはにっこり笑う。
彼女は俺の担当だ。受付及び換金などの事務処理は全て彼女を通すことになったのだ。
「貴方はしばらくギルドの監督処置が適用されることになりました」
パーティー申請を出したとき、受け付けた職員に代わってセレスが出てきた。
そのとき言われたセリフがこれである。
ギルドでは、問題行動の多い冒険者に監督処置という一種の罰則を科すことがあるらしい。
ギルドが求めれば、討伐や依頼の達成に関して細かい報告が義務付けられる。
俺がやった無許可の上級魔物討伐についての、ギルドの最終的な裁決らしい。
明確なルール違反ではないが暗黙の了解を犯した俺を監督処置にすることで、周囲に見せしめにするつもりのようだ。
その監督役がセレスというわけだ。
この処分をセレスは自ら通告した。厳しい態度で、周りにもはっきり聞こえるように言ったあとで、こっそりと申し訳なさそうな顔で一礼した。
「で、どうする?討伐の詳細を報告は」
「いえ。監督処置はあくまで建前ですから。ご迷惑をかけて申し訳ありません」
「信賞必罰は組織の要、きみが謝る必要はないよ」
「ご理解いただき、感謝します」
「だけど・・・きみが監督役では不適切だと思う」
俺がきっぱり言うと、セレスは傷ついた表情を浮かべた。
「ヨシタツさん!」
背後でクリサリスが非難がましい声をあげた。
「セレスみたいな美人では罰だかご褒美だか意図が曖昧になってしまう」
セレスが俺をまじまじと見る。照れてしまったのか頬を押さえてしまう。
だが誉めているわけではない。勘違いしているようなので訂正する。
「別にお世辞じゃない。こういう場合は無愛想で嫌味な、ついでに厳つい顔つきの職員が担当すべきだ。だからこそ周囲が罰だと実感できるんだ。それとは正反対の魅力的な女性では逆効果にさえなりかねないし、俺自身も余計な嫉妬を買ってしまう」
厳しいことを言い過ぎたのか、セレスの目が潤んできた。泣かせてしまうのは本意ではない。
「決して女性を蔑視しているわけではないんだ。ただ外面的な美しさだけではなく、心根も美しく優しい女性には殺伐としたこのギルドの中で咲く癒しの花であってほしいという身勝手な男の望みもあるんだ」
ますますセレスの瞳が濡れてくる。俺の弁解の羅列に呆けて理解が追いつかないのか、かすかに唇が開いている。
「つまりだ」
「そこまで」
スッとクリサリスが横に来て俺を制止する。
「セレスさん、本気にしてはだめよ。ヨシタツさんは誰にでも同じようなことを言うんだから」
フィフィアが反対側で俺の腕をつかむ。
なんと言う中傷か!
誰彼かまわず説教するような趣味はない!
「そんなことはないぞ!セレスは頑張っている女の子だから」
いや、人間、年をとると説教が多くなるらしい。意識しないが嫌味なことを言って、まわりに煙たがられているのかもしれない。
「黙れ」
わき腹にチクリと痛みがはしる。
顔を動かさず視線だけを向ける。クリサリスが手にした短刀の切っ先をわき腹に当てている。
「本人は下心がないつもりなんだ。許してほしい」
彼女はそのままの体勢で頭を下げる。
いや、フォローするなら適切な言葉を使え。そこは下心じゃなくて悪気だぞ?
だけど口には出来ない。
目が真剣だ。下手なことを言えば躊躇なくブスリとやりそうだ。
「よ、ヨシタツさん、わたし一生懸命監督役を務めますからどうか」
本人の決意がかたいのなら、あとはギルド内部の問題だ。俺が口を出すべきではない。
俺は横目でクリサリスの顔をうかがう。
余計なことは言うなと、彼女は目線で釘をさした。
「そうか。水を差すようなことを言って悪かった。大丈夫だよ、セレスならきっとできるって、俺は信じてい痛ああああ!!」
余計なことを言ったらしい。短剣の先がちょっぴり刺さった。
後日のことだが、俺がセレスのことを責めて泣かせたと噂になったようだ。
敵対すれば女子供だろうが情け容赦ないと、冒険者たちに好評だ。
ギルド職員、特に女性の間では俺のことを『悪魔の舌』と呼んでいるらしい。
こちらはカティアが悪評の出所だ。本人がきっぱりと白状した。
悪名も、冒険者にとってはステータスだ。俺は甘んじてそれらの悪評を受け入れた。
心にちょっぴり傷を負いながら。




