彼女達とのパーティー結成
「と、いうことがあったんだよ」
「たいへんでしたね」
モーリーはくすくすと笑った。
街外れの神殿は、今日も参拝客の姿が見えない。あまり流行っていないのだろう。
本当に小さな神殿だ。
通りに面した林の奥に、その石造りの神殿はひっそりと建っている。
神殿の外壁に蔓が絡みつき、積み上げた石材の隙間に太い根が入り込んで一部を崩している。
内部は八畳ほどだ。奥にはやけに立派な祭壇が設けられているが、そのせいで余計に手狭だ。
崩れかけた、遺跡のような神殿。
街中にある、大きくて荘厳な神殿に比べれば、まるで物置小屋のような場所である。
だけど俺は、この自然に侵食され、遠からず飲み込まれてしまう小さな神殿の方が好きだ。
時代の流れに消えようとしているこの場所にいると時間を忘れそうになってしまう。
この神殿を管理しているのがモーリーだ。
賞金稼ぎをしていた時にこの場所で出会って以来、ときどき会話をする仲になった。
年は若いが落ち着きがあり、聞き上手な女性だ。
近所に家を借りてこの神殿に通い、掃除や祭儀をしている。
菓子をお土産に訪ねると彼女がお茶を淹れ、神殿の軒先で二人で世間話をするのが習慣になっている。
俺が先日のドタバタ騒ぎを語ると、モーリーは穏やかに相槌を打って耳を傾けてくれた。
「なんだかにぎやかで楽しそうですね」
「まあ、そうかな。うん、そうだな」
「そうですよ」
彼女との会話は、いつもとりとめがない。俺が語ると、彼女が素朴な感想を述べる。
ただそれだけだ。
時には沈黙のままにお茶をすすり、木漏れ日を眺めているときもある。
「なんだかなあ」
「どうしました?」
「俺達、やけに枯れているなあと思って」
年寄りの茶飲み友だちみたいだ。
「退屈ですか?」
穏やかに笑うモーリー。
「いいや。モーリーこそ退屈じゃないか?」
「いいえ。タヂカさんのお話はいつも楽しいです」
「女の子向けの話題なんて知らないからなあ。今度、俺の友だちを連れて来ようか?」
カティア・・・は論外として。
クリサリスが無骨なのは良いが、フィフィアがもれなくオマケについてくる。フィフィアのいまいち教育的でない発言が心配だ。シルビアさんとリリちゃんは宿の仕事があるからなあ。
「タヂカさんが来てくれるだけで十分ですよ。それに若い女性向けの話題なんてわたしの方こそよく知りませんから」
そうかもしれない。モーリーは若い身空でどこか世捨て人じみた印象がある。彼女が流行のファッションや美味しい店の話題に興じる姿が想像できない。
本来なら年長者として、積極的に世間に交わる大切さを説くべきなのかもしれない。
だけど様々な生き方があるのも事実だ。
さびれた神殿に仕えて年を重ねる生き方が青春の無駄遣いと言うなら、騒がしい世間で世知辛く生きる暮らしの方が価値があると言えるのだろうか。
「むずかしい顔をされていますね?」
「たまにはね。考えても仕方がないことを考えたりするときもあるさ」
「そうですね。わたしもあります」
「モーリーが?」
「意外ですか?」
「意外と言えば意外だが、当然と言えば当然か。悩まない人間なんているはずがないしな」
「・・そうでしょうか?」
「そうだと思うよ?人の心の内なんて知りようがないけど。むしろ悩まない人間なんて想像できない」
理由こそ人それぞれだろうけど。
「じゃあ今日はこれで」
「また来てくださいね」
「お邪魔するよ」
冒険者ギルドを訪れる。
上級魔物の討伐以来、再び活況を呈している。
ここは人間のむきだしの欲望が渦巻く場所だ。大金を夢みて自らの命を担保に魔物の命を狩るゴロツキどもの集まり。
それが冒険者ギルドだ。
誰かが大儲けをすれば妬み、弱ければ蔑み、他人を蹴落とし、強ければ利用しおこぼれにあずかる。
メンツにこだわり誇りの欠片もないゲス野郎。
そんな冒険者たちの中に紛れると、どこか安心している自分がいる。
キレイ事で自分を飾らなくて済むせいかもしれない。
見渡せば、ギルドの奥にクリサリスとフィフィアがいる。
・・・あの若手冒険者たちが性懲りもなく絡んでいた。
前と同じ光景だが少し様子が違う。
熱心に若い男たちが話しかけているが、クリサリスもフィフィアも、苦笑しつつも邪険に扱っていない。
どこか和やかな雰囲気が感じられる。
胸の奥がざわついた。
以前なら微笑ましく眺めていたが、今はなぜか焦燥感がある。
説明できない衝動に促され、俺は彼女達の背後に近づいた。
「「「おやっさん!」」」
「やあ、どうも」
「「ヨシタツさん!」」
クリサリスとフィフィアの肩に手を置くと、二人はびっくりして振り返る。
「悪いね、お話の最中に」
「とんでもないッス!」
「お疲れ様っス」
若い冒険者はビシッと背筋を伸ばした。
「申し訳ないけど、彼女達とは先約があってね。ここはゆずってくれないかな?」
俺が言うと、彼らはきょとんとした顔で呆けた。
それからニヤリと下卑た笑いを浮かべる。
「どうぞどうぞ」
「おやっさんが先約なら諦めますよ」
「二人相手なんて、さすがはおやっさんですね」
うん、そう言えば彼らの名前はなんと言ったっけ?
「こんど酒でも奢るから勘弁してくれ」
アザッス!ゴチになります!と景気よく挨拶して彼らは去って行った。
「・・・先約?」
フィフィアがぽつりと呟いた。
「迷惑だったか?」
俺が尋ねると彼女はうろたえた。
「い、嫌なわけじゃないけど、クリスと一緒に?」
「ああそうだ」
ヒイッと悲鳴のような声を漏らした。顔が赤い。
なぜいきなりそんな気になったのか、自分でも不思議だった。
「宿を変えてくれ。一緒の宿に泊まろう」
「い、いきなり強気だ!?」
「都合が悪いか?」
おろおろと動揺した彼女は、怯えたような視線でクリサリスに助けを求める。
「・・・本当によろしいのですか」
「ああ、いまさら言えた義理じゃないが頼む」
「では、かまいません」
「く、クリス!?」
クリサリスは泣き出しそうなフィフィアの肩をがっしりとつかんだ。
「フィー、覚悟を決めろ」
「だ、だっていきなり!心の準備だって!」
クリサリスが、笑った。
邪悪な笑みだ。
「たぶんだが、勘違いしているぞ?」
「・・・・・・え?」
「ヨシタツさん?」
「なんだ?」
「先ほど、彼らと何の話をしていたと思ったのですか?」
「パーティーの勧誘だろ?」
フィフィアが無表情になった。
「違います、ナンパです」
「ナンパ?」
「口説かれていました」
・・・そうかナンパか。
「口説かれている最中に先約とかゆずってくれとか」
「うん」
「誤解されたでしょうね?」
「・・・まあそうかな?」
「しかも二人一緒だと」
「二人一緒かあ」
二人一緒かあ。
三人でかあ。
あと十年若ければなあ。
こういう誤解がすんなり通るのも冒険者らしいと言えばらしいな。
「・・・先約って?」
フィフィアの声が低い。
「俺のこと、パーティに誘ってくれただろう?」
「待っていますと約束しましたね」
「ところで、俺は無実だよな?」
「さあ?」
クリサリスが実に嬉しそうに笑った。
次の瞬間、フィフィアにぶん殴られた。
それから三人で受け付けに行った。
セレスさんに短期契約のパーティ申請をした。
期間は七日間だ。
ナンパかあ。
・・・なんか余計にモヤモヤするなあ。




