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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
22/163

後日の談

 冒険者ギルドの2階、廊下奥の突き当りにある部屋

 内装は金は掛かっているが質実剛健、華美のかけらもない。

 家具もそれに見合う重厚な造りだ。

 特に応接用のテーブルは、大人が十人乗っても壊れなかっただろう。

 その頑丈そうな応接テーブルが、叩き割られていた。

 眼前の男がいきなり、長い柄の斧を振りおろし、真っ二つにしたのだ。

「わしがギルドマスターの、ジントスだ」

 すごくデッカイ斧の柄から手を離し、ジントスさんは悪びれた様子もなく平然と椅子に座った。

 腕を組み、足をおっぴろげ、マナーの悪い乗客の見本みたいだ。

「で、何か言いたいことは?」

 ジントスさんは顔はいかつく、筋骨隆々とした体格だ。

 いかにも荒くれ者の冒険者を率いる凄みを感じる。

 テーブルが破壊された瞬間、少しちびってしまった。

 逃げ出そうにも、部屋の扉にはカティアがもたれかかって退路を塞いでいる。

 そもそも、何を言えばいいんだ?

「特にはないが?」

 俺は椅子に背を預け、相手と同じように足を組む・・・そうしないと、足が震えそうだからだ。

「それよりも、客に茶も出さないのか」

 俺が問い掛けると、ギルドマスターは剣呑な眼差しで俺を睨む。

 後ろで事務の女性が、蒼白になってよろめいた。

「・・・小僧、舐めているのか?」

 びっくりした俺は、思わず頭を下げた。

「・・・・感謝する」

「ぁあ?」

「冒険者登録をしてから年寄扱いされてばかりだった。小僧扱いは新鮮だ」

「・・・・・・」

「しかも、付いたあだ名が禿ドリだ」

 それを言われた時を思い出し、あらためて怒りがわく。

「俺は三十だ、頭が寂しくなるのはまだ先だ!!」

 オヤジの時は五十を過ぎてからだった。まだ余裕はある!

「・・・カティア」

「なんだ、ジントス」

 それまで一言も口をきかなかったカティアが返事をする。

「この馬鹿を拾ってきたのはお前じゃなかったか?」

「ああそうだ」

「ならお前が手綱を引き締めなくてどうする」

 カティアがくすくすと笑いだす。

「なにがおかしい」

「引き締めるどころか、普段のこいつは臆病なぐらい覇気がないからな」

「・・・・そうなのか?」

 ギルドマスターは俺の顔を見て尋ねる。

「何のことだ?」

「・・・そもそも何でここに呼ばれたのか、分っているのか」

「わかる訳ないだろう。ギルドに顔を出したらそちらの職員にここに案内され、椅子に座った途端にあんたがいきなり斧でテーブルをぶち割ったんだ」

 これで何を理解しろというんだ?

 ふとギルドマスターの脇に立つ、案内をしてくれた女性職員を見やる。

 金髪の魅力的な女性だ。受付で見かけたことはあるが、言葉を交わしたことはない。

 よく見ると飛び散ったテーブルの木っ端がいくつか、彼女の髪にくっついていた。

 俺は立ち上がり、彼女の髪から木くずをソッと払う。

 椅子に座りなおしてギルドマスターを睨む。

「妙齢の御婦人に傷でも負わせたらどうするつもりだ」

 もし木の欠片が勢いよくはねて、彼女の顔や目に当たったらと思うと腹が立つ。

 ギルドマスターは何も言わない。黙って俺の顔を見ている。

 俺は組んだ腕を解き、すっと手刀を相手に伸ばす。

(――――無剣流)

 剣術スキルが発動する。ギルドマスターの顔がぴくりと引きつる。

 カティアが扉から離れ、俺の左斜め後ろに立つ気配がした。

「あ、あの」

 緊迫した異様な雰囲気を察したのだろう、職員の女性が口をはさんだ。

「ご、ご心配下さってありがとう、ございます。わたくしは大丈夫ですから、その」

 そこで勇気が尽きたのか、彼女は口ごもる。

 俺は手を下ろす。実際、彼女が止めてくれて助かった。

 腹立たしさのままにスキルを発動したが、無剣流は基本、ハッタリだ。実力者相手には通じない。

 そしてこのジントスが相当の達人であるのは一目瞭然で、スキルを発動してさらに力の差を感じた。

「・・・セレス、すまなかったな」

「ま、マスター?」

「ここはいいから、仕事に戻りなさい」

「は、はい、失礼します」

 彼女が出て行ったあと、カティアが手を伸ばして耳をつねった。

「いててててててて、痛いってカティア!」

「馬鹿者が」

 手を放した彼女が、俺の隣に座る。

「それでどうする?」

 カティアが尋ねると、ギルドマスターは渋い顔をして彼女を見返す。

「こういう奴か?」

「こういう奴、だったらしい」

 カティアが嬉しそうに笑う。ギルドマスターはため息をつき、俺に向かって手を振った。

「もういい、一階の受付で連絡事項を受けてから帰れ。さっきの娘に声を掛けろ」

 帰ってもいいらしい。用件は分らずじまいだが、この危険なオヤジから一刻も早く遠く、逃れたい気持ちでいっぱいだ。

 下手に事情を尋ねてやぶ蛇になっては元も子もない。

「それではギルドマスター、本日はこれで失礼させていただきます」

 俺は立ち上がり、きっちり頭を下げて挨拶した。

 彼は面食らったような顔をする。

「何のマネだ、それは」

 何のマネとか言われたよ。

「ええと、目上の方に対して敬意を表したのですが?」

「・・・・・・ああ、気を付けて帰れ」

 何だか疲れたように指で目頭をもんでいる。

 こんな凶悪そうな顔をしていても、やはりギルドマスターとなるとその肩には重責がのしかかっているのだろう。

「お疲れ様です」

 そう言ってねぎらうと、隣のカティアがプウっとふき出した。

 俺達は連れだって、部屋を出た。

 廊下をゆっくり歩きながらカティアと話す。

「カティアも何気に失敬だよな」

「なんのことだ?」

「ギルドマスターの前で失笑するとか常識がないぞ?」

「おい、あれはお前のせいだぞ!」

 カティアが憤慨するが、

「人に責任をなすり付けるのはよくない。それよりも何の用事だったんだろうな」

「お前の方がよっぽど失敬だがな。ほんとうに見当がつかないのか?」

「え、俺、なんかやっちゃったか?!」

 思わず大声をあげた。背後のギルドマスターの部屋で、なんかガタンとか音がした。

「ちょっと喫茶室に行こう」

 ここで大声はまずそうだ。彼女の手を引き、一階の喫茶室に向かった。



「先日の、魔物討伐の件に決まっているだろうが」

 お茶を飲みながら、カティアは呆れたように説明する。

「ああ、あれか。あれがどうかしたのか?」

「どうしたもこうしたもあるか。おまえは自分が何をしたのか、理解しているのか?」

「なにって、冒険者に依頼を出して、上級魔物を狩った、だろ?」

 他に解釈のしようもない事実だ。

「ならば聞くが、おまえ、その依頼を受け付けに出したか?」

「え、えーと、出さないけど?」

「つまり、ギルドの許可のない討伐だったわけだ」

「え、でも、待ってくれ、冒険者は自由に討伐を行うじゃないか。俺はたんに金を出して・・・・」

 そこまで言って、俺は気が付いた。

「そうだ、お前は討伐の依頼を仲介して利益を得ている冒険者ギルドの既得権益を犯したんだ。もちろん、法に触れることじゃない」

 カティアはニヤリと笑う。

「だが、ギルドに所属する冒険者が、自分のギルドに真っ向から楯突いたことには変わらない」

「・・・ひょっとして、冒険者登録の抹消か?」

 どうしよう。魔物討伐の認可は公式には冒険者にしか出されない。

 腕に覚えのある一般人が、近場で小型の魔物を狩るのはあくまで黙認なのだ。

 だが、冒険者ギルドに睨まれたら、それすらも難しくなる可能性がある。

「シルビアさん、下男とかで雇ってくれないかな・・・・・・」

「だが安心しろ!」

 俺が今後の生活設計に思いを馳せていると、カティアがいきなり肩をつかむ。

 ぎりぎりと肉に爪が食い込むほどだ。

「わたしが、ジントスに話を付けておいた。そもそも魔物の対策が後手に回っていたギルドが悪い。冒険者たちにも不満がたまっていた。ヨシタツが一気に解決した。ここでヨシタツを処罰すると、冒険者たちがギルドに対して不信感を抱くぞ、とな」

「そうか・・・いつも助けてもらって悪いな、カティア。あと痛いから手を離してくれ」

「気にするな、わたしとお前の仲じゃないか」

 言葉を強調するようにひときわ強く指に力を入れると、カティアは笑顔で手を離した。


 俺はカティアを連れて受付に行き、さきほどの職員さんを探した。

「あ、先ほどはどうも」

 金髪の女性職員さんはカウンターの奥で立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

「いえ、こちらこそ面倒ごとに巻き込んでしまって」

 蒼白だった顔色がいまは血色も良く、つやつやとしている。

 男の俺でもチビルぐらいに怖かったのだ。うら若い女性があの気迫にさらされ、平静でいられるはずがない。

「・・・・あまり見詰めないで下さい」

「やあ、これは失礼」

 じろじろ注視したので職員さんは照れてしまい、両手で頬を押さえた。

「セレスさん、でしたか? ギルドマスターが、あなたから連絡事項を受けるように言われてきたのですが」

「はい、承っております。少々、お待ちください」

 セレスさんはカウンターの後ろにある扉から事務所に入った。しばらくしてからトレーにのった袋を俺に差し出す。

「今回の上級魔物討伐の報酬、金貨二十枚です。お受け取り下さい」

「え!?」

 不審に思いつつ袋を受け取る。中身を見ると金貨が詰まっていた。

「これはいったい?」

「言っただろう、上級魔物の討伐報酬だ」

「ちょっと待ってくれ、俺は討伐依頼を受けていないぞ?」

「まあ、黙って受け取っておけ」

 悪い笑顔のカティアが肘で突っついてくる。

「お前が派手にぶちかましたままじゃ、ギルドのメンツが立たない。だから書類上では討伐依頼を受けていることにしたのさ」

 ・・・つまり、こういうことか。

 ギルドが手をこまねいていた上級魔物を、新人がギルドメンバーを個人的に雇って討伐した。

 そのまま捨て置いたらギルドの沽券に関わる。

 だから後先になるが俺が討伐依頼を受けたことにすれば、一応の面目が保たれる、と。

「悪いことをしたなあ」

 バツが悪くて頭を掻く。

「なにがだ?」

 カティアが不思議そうに首を傾げる。

 俺は別に、ギルドを蔑ろにしたつもりはなかったのだ。

「俺の行為は横紙破りで、ギルドの職員さんが積み上げてきた信用と実績に砂をひっかけた、ということだよ」

 魔獣狩りは延々と続く事業であり、花火のようにパッと暴れて片付く問題ではない。

 仮に超人的な冒険者が討伐しまくったところで一時的な小康状態にしかならない。

 冒険者ギルドのような継続的に魔獣狩りを推進する組織があってこそ、地域社会は安定しているのだ。

 それがゴロツキまがいの冒険者に舐められているようでは、円滑なギルド運営など望めるはずがない。

「一人の英雄の活躍より、百人のギルド職員の事務処理のほうが大切だと俺は思う」

 そういう事務処理で食わしてもらっている冒険者たちが、英雄譚の隙間で地元の平和を守っているのだ。

 カティアはふーんと微妙な表情で頷いた。

「そう言って頂けると報われる気が致します」

 セレスさんは神妙な顔で頭を下げた。

「こちらこそ、いつもお世話になっております。これからもよろしくお願いします」

 俺も恐縮して頭を下げた。

 同時に顔が上がり、何となくお互いに見つめ合う格好になる。

「ヨシタツさん!」

 目を逸らすタイミングがつかめず気まずくなりそうになったとき、声が掛かった。

「やあ、いま戻ったのか」

 女性冒険者の期待の新人、クリサリスとフィフィアが裏口から入ってきた。

「ええ、査定をしてきました」

 クリサリスは魔獣の素材の査定書をひらひらさせながら近づいてくる。

「ヨシタツさんは換金ですか」

「いや、ギルドマスターに呼び出しをくらった」

「なにかあったの?」

 フィフィアが首を傾げた。

「いや、たいした用事じゃない。斧で脅されただけだ」

 一瞬にして硬直する彼女達。誤解を招く言い方だった。

「いや、違うんだ。部屋に入った途端にテーブルを斧で叩き割ったマスターが、小僧舐めるなとかなんとか」

 これではヤクザだ。

「無事なんですね?」

「ぶ厚い斧だったからね。無事じゃなかったら治療院行きだよ」

 ふうっとため息をつくクリサリス。だがフィフィアの関心は既に他所に向いていた。

「・・・セレスさん? どうかしたんですか?」

「えっ!? いえ! ナニがですか!!」

 フィフィアの疑わしげな視線が、セレスさんから俺に移る。

「また女の人を口説いていたの?」

 どうも俺に対するフィフィアの評価は、最近下方修正気味だ。

 なぜだろう、ちょっと抱きついてセクハラしたぐらいしか覚えはないのだが。

 うん、正当な評価だった。

「人聞きの悪いことを言うな。仕事の話だけだ」

「本当ですか?」

 なぜカティアに確認する? カティアもどうして考え込むんだ?

「・・・残念ながら今回に限ってはヨシタツのせいではないな」

「残念とか今回に限ってとか」

 あとセレスさん、真っ赤になって首と手をブンブン振って否定すると余計に誤解されますよ?

「フィー、仕方ないだろう? ヨシタツさんは女の仇敵らしいから」

「クリサリス! 女の敵だよ!いや違うけどね!!」

「あ! おやっさんっ!」

「女性に優しくがモットーだよ俺は!?」

「・・・・それがダメなんですよ」

「ヨシタツのおやっさん!!」

 ・・・・ナン、ダト?

 ギリギリときしませながら声の主に首を捻じ曲げる。

「ヨシタツのおやっさん、お疲れ様です!」

 そこにいたのは、いつぞやクリサリスたちをナンパ、もとい勧誘していた若手冒険者たちだった。

 ・・・そして俺を禿ドリ呼ばわりした連中だ。

 クリサリスが俺の前に割って入った。

「なんの用ですか」

「いや、そのお」

 彼女に睨まれ、もじもじと身体をゆする若者たち。

 そのうち意を決したのか、びしっと背筋を伸ばして深々と腰を折る。

「「「すいませんでした」」」

「・・・・」 

「おやっさんのこと、おみそれしてやした!」

「おやっさんの啖呵、惚れ惚れしやしたぜ!」

「おやっさんが『てめえら! なぶり殺しの時間だぜヒャハハハ』と高笑いしたときにはもう!感動で身震いしやした!」

 笑ってねえ。人違いだ。なんだかこいつら、やけに三下臭くなっている。

 おやっさん、おやっさんと連呼した後、最敬礼してヤツラは立ち去った。

「・・・あらためて接してみると、それほど悪い人達ではないのですね」

 クリサリスは考え深げに呟いた。

 きっと彼女の人格はひとまわり成長したのだろう。

「安易な暴力にはしらないで良かったです」

 彼女は微笑んでこちらを見た。

 俺も穏やかに笑いながら彼女の肩に両手を置く。

「いや、今からでも遅くはない。ぜひ安易な暴力にはしってくれ」

「・・・え?」

「時には破壊の衝動に身を任せるのもアリだよ?」

「え、えーと?」

「そしてヤツラを有無を言わせず叩きのめすといいよ?」

「あ、あの、ヨシタツさん?」

「ヤツラに生き地獄を見せてやるんだ!」

「ど、どうしたんですかいったい!?」

「あいつら俺のことをおやっさんなどと呼びやがった!」

 俺は叫ぶ。世の理不尽を正せと主張する。

「兄貴だろそこは!!」

 辺りに沈黙が立ち込める。

 クリサリスが代表して一言つぶやいた。

「・・・・・・うわあ」

 人肌の生ぬるい視線がまとわりつくのを感じる。

 だが俺は臆しはしない! 全世界五億(適当)の三十代男性のために屈するわけにはいかない!

「そんなに年なんか離れてないじゃん! せいぜい十年ぽっちの差で何でオヤジ扱いされなきゃなんないの!?」


 謂れのない中傷に対する抗議に、誰も応えてはくれなかった。

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