検証実験その三
だいぶ時間も過ぎていたので、狩りは諦めて恒例のスキル検証にあてた。
今日の課題はスキルの同時発動である。
俺は基本的に接近戦をしたくない。
できるなら、遠距離攻撃で魔物を倒すような安全策を取りたい。
弩弓の射程距離は長いが、長弓ほどではないらしい。
むろん、短弓でさえ手に余るおれが、長弓を扱えるはずがない。
つまり、弩弓の有効射程距離ぎりぎりで魔物を倒したいというわけだ。
だが目視できればともかく草むらに隠れているような相手には、射撃スキルは命中率が極端に下がる。
では、どうするか。
目視ではなく、探査スキルと連動して射撃スキルを使うのだ。
前方に見える草むらの中に魔物が潜んでいるのを探査が察知する。
頭隠してどころではない。探査の前では全身をさらしているようなものだ。
探査を継続したまま俺が弩弓を構えると、あれ?
探査スキルが停止した。はっきりと分っていた魔物の位置があやふやになってしまう。
記憶で位置の見当はつくが、射撃スキルを十全に発揮するほどの精度ではない。
弩弓を下ろすとふたたび探査スキルが魔物の位置を知らせてくれる。
そうやって俺が何度も弩弓を上げ下ろしするのを、クリサリスとフィフィアが生温かい目で見守っている。
俺の奇行にすっかり慣れた様子である。
結論から言うとスキルは同時発動しないようだ。
だが、なぜだ?
「なあ、クリサリスはどうやってスキルを使っているんだ?」
「どうと言われましても・・・・何となく?」
「だよなあ・・・」
俺も剣術スキルを持っているから分る。アレは、剣を持つと自動的に発動する。特に意識しているわけではない。
無剣流も手刀を剣と誤認させるだけで、発動自体はスキル任せだ。
「わたしは、イメージを浮かべるわ」
フィフィアが得意げに胸を張る。
「いや、フィフィアはいいから」
「なんでよ!」
彼女がかみついてくる。
「いや、そういうスキルに関する情報は隠しておけ。理由は前に話した通りだ」
「ならなんでクリスには聞くのよ!」
「いや、だって、同類だから?」
クリサリスはにやりと笑い、フィフィアの肩を叩く。
「ヨシタツさんと私は、同じ剣術スキル仲間だから問題ないんだ。そういえば、師匠も剣術スキル持ちだろうな」
「むぐぐぐ」
「剣術スキル同士、通じ合えるものがあるんだ、いろいろとな」
「差別よ!ひどいわ!」
「仕方ないだろう?」
クリサリスの笑顔は止まらない。ここのところ、散々からかわれた仕返しだろう。
いまさらだが今度ご機嫌取りをしておこう。
「・・・ヨシタツさん?」
「うん、なんだ?」
「ヨシタツさんが私たちを雇ってくれたのは、私たちを信頼しているからなのよね」
「うん、まあ、そうかな?」
「なんでそこはキッパリ断言しないの!?」
「はい、もちろん信頼しております」
「そうよね。間近で見れば、ヨシタツさんには色々秘密があるのは一目瞭然だし」
「まあ、あえて口には出さないが、いまさら隠しても仕方ないな、とは思っている」
「・・・でも、信頼関係というのは、一方通行じゃないと思うの」
「まあ・・・そうかな?」
「信頼には信頼を返す、これは人の道として当然じゃない?」
「・・・・はい」
「ヨシタツさんは、わたしに人の道を踏み外してほしいと思うのかな?」
「・・・・フィフィアは、魔術をどうやって発動しているんだ?」
「え~~どうしようかなあ~~秘密なんだけどな~~ど~~しても教えてほしいの?」
「・・・・教えてほしいです」
「そうなんだ~~じゃあ特別にヨシタツさんだけに、教・え・て・あ・げ・る」
め・ん・ど・くせええ!
口には出さず胸中で絶叫する。機会があればまたお仕置きをしてやろう。
「あのね?」
「いや、耳元でささやかなくていいから」
俺はすっと身をかわす。簡単に逆転されたクリサリスの視線が怖いし。
「まず、魔術スキルを発動すると、スキル自身に伝えるわ」
うん、まあ、俺が剣術や射撃以外のスキルを使う時は、そんな感じだな。
「するとスキルが問い返してくるの」
「問い返す?」
「自分に何をして欲しいのか、どんなことを望んでいるのか。言葉じゃないんだけど、そんな感じ」
「・・・ふむ」
「そうしたらわたしは、炎を出してほしいとイメージするの。わたしはいつも、炎を出してもらうわ。
炎ならば臨場感たっぷりにイメージできるから。たぶん風を吹かせたりも出来ると思う。
でも、イメージするのにすごく頑張らなくちゃいけないと思うし、そよ風程度にしかならないと思うから、やらないけど」
彼女の言い方はどこか、スキルを擬人化したような言い方だった。
だが、妙にしっくりくるような印象もある。彼女の言うやり方が、魔術スキル特有のものかは分らない。
とりあえず、試行錯誤してみようと思う。
探査スキルを発動する。
弩弓を手にすると、目をつぶった。どうせ獲物は見えないのだ、目を開いたところで意味はない。
弩弓を構えたところで、探査スキルが停止した。
その代り、射撃スキルが発動したが、視界がふさがって目標が定まらない様子だ。
ふらふらと照準が揺れているのを感じながら、俺は探査スキルを発動する。
が、手ごたえはない。仕方なしに構えをとくと、すうっと滑り込むように探査スキルに切り替わった。
いま気が付いたが、これは変だ。探査スキルの発動を、まったく感じなかった。
数度、繰り返した。探査スキルが発動する感触がまったくないのに、射撃スキルをオフにすると、ごく自然に探査スキルに切り替わる。
もしかすると、探査スキルは停止していないのかもしれない。
ただ単に、俺の意識が認識できないだけで、ちゃんと頭の片隅で仕事をしているのではないか?
弩弓を構える。相変わらず照準が定まらないようだ。
目をあけろ、標的を見せろと、わめいている、気がする。もちろん錯覚だ。
その錯覚の要望に答える。俺は知らん、他を当たれと。
視覚からの情報を諦めた射撃スキルは、役に立たない回線を断線した。
射撃に有効な情報源を求めて、脳内を探りまわる。
聴覚、嗅覚などの情報にも接触するが、弾道を補正する役には立たない。
どれほど脳内の棚を引っ掻き回したか、やがてスキルは、頭蓋骨の暗い片隅で、外界と寸分たがわぬミニチュアを発見する。
精巧でち密なミニチュアに、回線を接続する。
そこには、視界などとは比べ物にならないほどの情報があふれていた。
地形はもとより目標の形状や位置、風の流れとその強弱まで、弾道を計算するのに必要な情報がすべてそろっていた。
これまでの実績から、弩弓の性能に関する情報もそろっている。
引き金を引く前に、矢はすでに命中していた。
という状況が発生していたのかどうか。
目を開けると矢は一直線に飛んでいき、草むらに突き刺さった。
きぎいっと、断末魔の叫びが一度あがり、それっきり静かになった。
そろそろと近づくと、首筋に矢を受けた、猫ほどの魔物の死骸があった。
はたして、二つのスキルは同時に発動していたのかどうか。
脳内神経がどういう活動しているのか自覚できないように、スキルがどう働いたのかは不明だった。
ただ引き金を引いた瞬間、必中を確信し、実現しただけだ。
俺は少しの間、放心していたらしい。
精神が解きほぐれ、虚空に溶け込むように周囲へと拡散していく。
範囲はどんどんと広まり、やがて周辺地域一帯を覆いつくすまでに至る。
この身が地面に立ち尽くしながら、周囲を俯瞰するような奇妙な感覚。
この感覚には覚えがある。
そう、数ヶ月ほど前に、この異界の地へと墜落したときのことだ。




