お説教
「若い娘をもてあそぶなど言語道断、恥を知れ」
「おっしゃる通りでございます、師匠」
ギルドから離れたうらぶれた食堂で、俺とクリサリス、フィフィアが、テーブルを挟んでカティアに説教されていた。
俺はテーブルに手をつき、ひたすら頭を下げる。
「お前たちも若い娘なのだ、ヨシタツと言えども男は男、警戒心を持たねばならん」
「は、はい、申し訳ありません、師匠!」
「・・・・・」
俺と言えどもって、なに?
「ヨシタツはな、奥手に見えて節操がない。女に対する気遣いがない」
「ぐ、ぐうう」
グサグサと、致命的な口撃が胸に刺さる。
「誘われれば誰にでも尻尾を振るし、近寄ってくれば蜘蛛の巣のように相手を絡め捕る」
「・・・ちょ、ちょっと?」
「自分では軽口のつもりでも、女に誤解を招くおびただしい発言の数々」
「いや、待て! ちょっと待て!」
「そのさえない純朴な見掛けに騙され、ほだされる女は数知れず。女を惑わすためだけにさえずる悪魔の二枚舌、まさに女の敵、いや女の天敵だ」
「誰だそれはッ!!」
俺はバンとテーブルを叩く。
「ヨシタツの事だが?」
「どういう目で俺を見ているんだ、お前は!」
「ありのままだが?」
「そんな役に立たない目ん玉など捨ててしまえ!」
ヒステリックに叫ぶが、カティアはきょとんとしている。
何を怒っているんだお前はと、表情が語っている。
「・・・嫉妬?」
びきり、と空間が軋んだ。
「・・・ほう」
「・・・・・」
カティアがちらりと目線をくれる。
それだけで、不穏な発言をしたフィフィアが、ついっと目をそらす。
さすが熟練冒険者だ。気迫が尋常ではない。尋常でない気迫の無駄づかいのような気もする。
「まあ、そんなことがあったわけだから。その若い冒険者たちにナシをつけてくれないか。クリサリス達に迷惑を掛けたくない」
「そのぐらい、気にすることはないと思うが、まあいい。それにしても、だんだん父親じみてきたな?」
言われて、ちょっとほろ苦い気分になる。自分でもそんな気がしていたからだ。
「まあ、気にするな。父親は娘に甘いものと相場が決まっている」
そう言って、カティアがニヤッと笑う。その視線がクリサリスとフィフィアに向けられている気がする。
左右を見渡せば、彼女たちはふくれっ面をしていた。
「・・・それよりも上級魔物の件だ、あれはどうなった」
「特に進展はないが?」
「おまえが上に掛け合って、どうにかならないか?」
「・・・難しいな。いま冒険者たちはお互いに様子見の状態だ」
カティアは腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかって考え込む。
「実際のところ、戦力さえ整えれば、たとえ上級魔物であろうと討伐するのは不可能ではないんだ」
「だったら」
「だが、最初に実力者パーティーにケチがついたおかげで、必要以上に冒険者全体の腰が引けてしまった。
いま上級魔物の話題は腫れ物扱いだ。偉そうなことをほざいて、お前が討伐してこいという流れになるのを警戒している。
臆病者扱いでもされたら、面子がつぶれるからな」
・・・冒険者というのは。
内心で嘆息する。冒険者は面子を重んじる。それは分かる。彼らは命を張り、剣一本で魔物に立ち向かうという矜持がある。
それがもし臆病者などというレッテルを貼られたら最悪、パーティーの契約が結べない事態になりかねない。
パーティーを組む以上、互いに命を預けるのだ。そこには信用がなければならない。
非常事態のときに、自分の命惜しさに真っ先に逃げ出す可能性がある人間とパーティを組む冒険者はいない。
そして隙を見ては、他者を貶める機会を虎視眈々と狙う冒険者もいる。
冒険者には暗黙の序列がある。序列はときに、依頼受注の優先順位やパーティーの指揮権など、実利面に関わることもある。
他人の序列が下がれば、相対的に自分の序列があがると考える輩は、率先して悪評を流したりもする。
先ほどの若い冒険者たちの言も、好意的に考えれば、評価の低い俺と付き合うことで、クリサリスたちまでギルド内で疎外されるのを案じてのこととも受け止められるのだ。
そのことに思い至り、俺はクリサリスとフィフィアに説明したのだが。
「お人よしにもほどがあります」
ぴしゃりと言われ、俺は苦笑した。
「カティアが陣頭に立てば、それなりに人数が集まるんじゃないか?」
疑問ではあったのだ。
彼女はこの街のギルドの序列筆頭であり、剣では最強と謳われ、幾多の後進を育てている。
滅多なことでは他者を評価しない冒険者達でさえ畏怖の念を抱いている。
彼女が一声掛ければ、ギルドの半数は付き従うのではないのか。
そうなれば、上級であれ魔物一匹、一蹴するのは簡単なはずなのに。
「その気はない」
明確な拒絶。俺の言葉は、まるで高く分厚い壁に遮られるように拒まれる。
表情は、初めて出会ったときのように冷酷で厳しい。
その一方で彼女の瞳は、まるで痛みをこらえるかのような苦悩の色彩が読み取れる、気がした。




