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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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セクハラ

 三日目の朝、待ち合わせの冒険者ギルドで、普段とは違う光景を見た。

 クリサリスとフィフィアが、三人の冒険者に声を掛けられていた。

 絡まれているというより、ナンパな感じだ。

「ヨシタツさん!」

 俺を見つけたフィフィアが、ほっとしたように声を掛けてくる。

「・・・待ち合わせの方が来られたので、これで失礼します」

 クリサリスが冒険者達に頭を下げ、フィフィアの手を引いて立ち去ろうとする。

「・・なんだ待ち合わせって、禿ドリじゃないか」

 ガンっと、頭を打たれたショックを受けた。まだ、そんな年齢ではないはずだ。

 いや、もしかして見えないだけで後頭部とかは

「・・・もしかして、それは侮辱ですか」

 クリサリスの双眸が、スッと細くなる。

 冒険者のひとりが、ヘラっと笑う。

「いや、キミの悪口を言ったわけじゃないよ? だけどねえ?」

「そうそう、冒険者になってもろくな成果も出していないし」

「この前なんか、小物の禿ドリばっかり狩っていたらしいよ」

「そうだよ、こんなのに付き合っていると君たちまで評判が悪くなるよ?」

 言い返せない!

 確かに、燻製肉が一定の完成を見るまで、禿ドリばかりを狩ったのは事実である。

 それはもう、狩りまくった。リハビリを兼ねて、目に付く禿ドリの首を落としまくった。

 ギルドを通さなかったのでクリサリスとフィフィアは知らないが、噂が広まっていたようだ。

「しかも、年寄りが無理して冒険者になったって、成功するはずがないし」

「何か勘違いしているんじゃないかな?」

「君たちは知らないだろうけど、訓練場ではそれはひどい落ちこぼれでね。教官から何度も叩きのめされても、ちっとも上達しなかったし」

 くそう! 当たっているだけに悔しい。

 登録に年齢制限はないとは言え、やはり冒険者は肉体労働だ。しかも若いうちに実力をつけて実績を積まなくては大成しないのが実情だ。

 地道に稼いだ中堅冒険者などは、俺ぐらいの年齢ですでに引退を考えたりもする。

 つぶしのきくうちに田舎でそこそこの畑を買い、若い後家さんを娶るのが、中堅冒険者の夢である。

 腐っても冒険者、田舎では魔物や盗賊が出没するので村では歓迎される。

 また、こうした斡旋をするのも冒険者ギルドなので、冒険者たちはギルドの評価をおろそかにしない。

 もし俺が同じような引退後を志すなら、そうとう頑張らなくてはならないということだ。

「あんなのに付き合ってると陰口を言われるよ?」

「それよりも、俺たちとパーティーを組まないか?」

「そうそう、きちんと稼がせてあげるから」

「待遇も保障するし」

「パーティー組んでくれたら、俺のスキル教えちゃうよ?」

 なるほど。ナンパではなく勧誘か。

 一通り見渡せば、クリサリスやフィフィアとも年齢が近いようだ。

 着ている革鎧のこなれ具合から、新人を卒業したあたりか。

 実力があがり、ちょっと自信がついて生意気になる頃か。

 いまは調子に乗っているが、ふむ、それほどの悪相ではないようだ。

 ただ自分たちをアピールするのに夢中なのだろう。

 さもありなん、二人とも、平均以上の美人だ。

 パーティーに誘って仲良しになり、いずれはと思っているのかもしれない。

 俺は苦笑する。まあ二人がその気なら、護衛契約を途中解約してもいい。

 そうしたらカティアを誘ってみるか。

 いつも暇そうな彼女なら、案外簡単に付き添ってくれるかもしれない。

「・・・・黙れ」

 そんなプランを勝手に思い浮かべていると、誰かが低く呟いた。

「え、なにか・・・・」

「黙れと言っている!!」

 クリサリスが怒号した。

 獣の咆哮のように轟く。ギルドの天井の梁を揺らし、ホコリが舞い落ちてくる。

 その場にいた全員が硬直した。俺も同様だ。時間は三秒にも満たないだろうが、呼吸さえ止まるほどの衝撃だった。

「貴様らに、ヨシタツさんの何が分かる!!!」

 俺には彼女の背中しか見えなかった。だから彼女がどんな表情をしているのか分からない。

 ひどく怯え、蒼白となった冒険者たちの表情から推し量るしかなかった。

 凝固した空間の中で、最初に動いたのはフィフィアだった。

 クリサリスの背中を撫で、耳元に何事かを囁く。

 撫でられているうちに、クリサリスの怒気が収まる気配があった。

 だが、まだ若い冒険者たちを睨んでいる。一歩も引かない様子だ。

「はいはい、そこまでそこまで」

 パンパンと手を打ちながら介入する一人の冒険者。

「ここはひとつ、ボクの顔に免じて、お互い引いてくれないか」

 年齢は二十八歳、スキル持ちの冒険者で、名前はサイラスだ。

「サイラスさん・・・」

 若い冒険者のひとりが、ほっとした顔で振り返る。

「だめだよみんな、ギルドの中で喧嘩しちゃ」

 人懐っこい笑顔で、年下の冒険者をたしなめる彼は、ギルドの中でもそれなりの顔だ。

 討伐件数も抜きん出ているし、稼ぎも付き従う者も多い。

 それなりに成功した冒険者の見本のような男だ。

「さあ、散った散った」

 全員を解散させ、事態を収めようとするサイラス。

 バツの悪そうな若い冒険者も、野次馬達もその場から立ち去ろうとした瞬間。

 ドン、と床を踏み鳴らす音がした。

「・・・まだだ」

 クリサリスは告げた。言葉の静けさとは裏腹に、一歩も引かない強い決意を感じる。

「まだ、謝罪の言葉を聞いていない」

 サイラスは困った顔でクリサリスをなだめる。

「こういう場合は喧嘩した双方に責任があるんだ。どちらかが悪いとかじゃない」

「喧嘩ではない。受けた侮辱に対して、謝罪を要求しているだけだ」

 はあ、とサイラスは肩を落とす。

「あのねえ、聞いていたけど、タヂカさんの話は全部ほんとうのことだよ。仮に侮辱されたとしても、君には関係はない」

「彼らはヨシタツさんを口調で侮り、禿ドリと侮蔑的な呼称であげつらった。それに」

 クリサリスはそっと剣の柄に手をおいた。

「雇い主であるヨシタツさんが受けた侮辱は、わたしへの侮辱だ」

 サイラスの目が、すっと細くなった。

「はいそこまで!」

「モガアっ!」

 俺は彼女を背後から拘束し、右手で口をふさぐ。

「どうもすみませんね、うちの若いもんがご迷惑をかけちゃって」

「フガフガッ!」

 クリサリスが暴れて抗議するが、ギュッと抱きかかえて抑える。

 目を細めていたサイラスが、ふっと笑顔を浮かべる。

「なかなか、元気の良いお嬢さんですね」

「いやほんと、こんなじゃじゃ馬だとは知らなかったよ」

「フガアフガアアアッ!」

「はいはい、後でね。悪いねサイラス殿、出張ってもらったのに迷惑かけて」

「いえいえ、若い人達の面倒を見るのも、私たち年長者の役目でしょうから」

「うん、そうだな。それじゃあ失礼させてもらうよ?」

「はい、お疲れ様です」

 俺とサイラスは互いに会釈をして別れた。

 腕の中で暴れるクリサリスをずるずると引っぱり、ギルドを出る。

 フィフィアは一言もしゃべらず、後に続いた。

 細い路地に入って、いつの間にか大人しくなったクリサリスを解放する。

 彼女は真っ赤な顔で、恨めしそうにこちらを睨んでいた。

 さて、どうしたものか。

「・・・どうして止めたの?」

 クリサリスの視線を困惑顔で受け止めていると、フィフィアが口を開いた。

「どうしてって、騒ぎになると困るじゃないか」

「でもあの人たちはあなたを侮辱したのよ」

 フィフィアは、仮面のように静謐な顔をしていた。

 だがその口元が、抑えかねた激情に引きつっているのが見て取れる。

 俺は苦笑して頭を掻く。

「侮辱、て言ってもなあ。サイラスも言っていたけど、ありゃ全部ほんとのことだし」

「だからって!」

「そんなこと!」

 俺の言葉に激昂するふたりを、なだめるように手をかざす。

「あれぐらいの皮肉なんて相手にしてられない。それよりも俺はクリサリスが口を滑らして余計なことを言わないか、そっちの方が心配だったぞ?」

 うっと口をつぐむクリサリス。

「あの程度で感情的になって、手の内をさらしたんじゃ冒険者なんてやってられない。それに冒険者は実力主義が基本だ。文句があるなら、成果で見返すのが本筋だ」

 静かに諭しているうちに、二人は段々と視線を落としていく。

「あと、サイラスには気を付けろ」

 俺の真剣な声で告げる。

「俺もよくは知らないが、実力は本物だ。うかつに目を付けられるような真似は絶対にするな。誘われても、ほいほい付いていくんじゃないぞ?」

「・・・独占欲?」

「はいはい、いいから。わかったな」

「・・・つまんない」

 たわ言を聞き流すとフィフィアがそっぽを向く。

「・・・・それとな」

 迷いに迷って、気落ちしてうつむいているクリサリスの頭に手をおいた。

「俺のために怒ってくれて、ありがとな」

 クリサリスは目を見開き、うろたえだした。

「そ、そん、そんなことは、あり、ありませんむしろ、その、余計なことを仕出かして、か、かえってヨシタツさんの度量を、貶めてしまったのでは、ない、かと・・・・」

「そんなことはないさ。すごく嬉しかった」

 いかんなあと思いつつ、つい調子に乗って頭を撫でてしまった。

 どう反応したらいいのか分らない様子で、クリサリスは固まってしまう。

「・・・・違います」

 フィフィアがそっと耳打ちしてくる。

「そこはギュッと、抱きしめるところです」

「ふむ、こうか?」

「ひゃああ!?」

 フィフィアの悲鳴。

「ち、ちぎゃいます! わ、わたしじゃありません!」

 反対の手で彼女の腰を抱き、耳元に囁く。

「まあまあ、フィフィアもありがとうな」

「み、耳ひゃああ!」

 ちょっと調子に乗りすぎなのでお仕置きだ。

 どうやら彼女はセクハラをするのはいいが、されるのは弱いようだ。

 ・・・・セクハラ?

 こんなところ、誰かに見られたら!

「なにをやっているんだ、お前たちは」

 おそるおそる振り返ると、路地の入口に立つ人影が見えた。


 我らのカティア様が極寒の眼差しで睨んでいらっしゃった。

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