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おねえちゃん

誤字脱字報告、いつもありがとうございます。

 都市部から遠い未開地では、数々の迷信と偏見が蔓延している。

 忌まわしい因習もまた、現実に行われていた。

 例えば、レアな特異スキル所持者。

 彼らは魔物の生まれ変わりとして、処分されていたのである。


 ある日、一人の少女が大地の裂け目から地下の鍾乳洞に突き落とされた。

 少女は裂け目から斜面を転がり落ちたが、着地点は砂地になっている。

 打ちどころが悪ければ怪我をするかもしれないが、即死することはない。

 そういう具合に、人の手が施されているのだ。


 急な斜面は、道具も無しに這い上がることはできない。

 少女と一緒に投げ込まれたズダ袋には、食料が入っていた。

 鍾乳洞には水場もあり、食料が続く限り生き残ることができる。


 だから首謀者達は、殺してなどいないと主張する。

 ――魔物の生まれ変わりを追い払っただけだ、と。


「実際、彼らに殺人の履歴は付いていなかった」

 壮年の男がため息を吐き、焚火に木の枝をくべた。

 鑑定スキルを使い、事件の首謀者達を調べた結果である。

 王国の法の支配が及ばぬ地域での事件だ。

 通りすがりでしかない彼には、それ以上できることはない。

 再発を防ぐ手立てもなく、今後も同じようなことが起きるだろう。

 周囲に宵闇が迫り、寒さが忍び寄ってきた。


 被害者の少女は、既に救出している。

 今は毛布に包まれて眠っているが、時折苦しげなうめき声を立てた。

 少女を救出するために鍾乳洞を探索、幸いにもすぐに発見できた。

「肝を冷やしたな」

 しかし彼女は助けを拒み、激しく抵抗したのである。


「無理もなかろう」

 焚火を挟んだ斜め向かいに、初老の男が座っていた。

 彼は少女の寝顔を、痛ましそうに見詰める。

 なにしろ同郷の人々に裏切られたのだ。

 見知らぬ余所者に恐怖して当然だった。


「どうして、こんなひどいことができるのですか」


 男達の会話に、悲しげな声が割り込んだ。

 毛布に包まれた被害者を、別の少女が抱きかかえている。

 年の頃なら被害者と同じぐらいだろうが、異様な風体をしていた。

 顔の左半分を、ぐるぐると包帯で巻いて隠している。

 首筋の皮膚が赤く引き攣れていて、包帯の下のあり様が想像できた。


「それは…………」

 男達は言葉を詰まらせ、目を伏せるしかない。

 もちろん、首謀者達の所業に憤りはあった。

 だが年齢と共に経験を重ねたせいで、彼らの心情も理解してしまうのだ。

 恐ろしかったのだろう。特異スキルに目覚めた、被害者の少女が。


 都市部では騎士団などの組織的な抑止力や、対抗可能なスキル所持者もいる。

 しかし未開地では、事情が違う。

 たった一つの特異スキルのために、コミュニティーが崩壊する可能性があった。

 ――危険因子は、手に負えなくなる前に始末してしまおう。

 未開地の迷信や因習は、そうした人間の恐怖心が生み出したのかもしれない。


「かわいそうに」

 包帯の少女が、被害者の髪を優しく撫でつける。

 男達はやるせない気持ちで、少女達を眺めた。

 いつものように、被害者は連れていくしかないだろう。

 それが男達に助けを請うた、被害者の母の望みである。


 被害者が、いきなり暴れ出した。

 意識が戻った途端、パニックに襲われたらしい。

 捕らえられていると錯覚したのか、包帯の少女を押しのけようとした。

「安心して、もうだいじょうぶだから」

 包帯の少女が何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。

 どれほど叩かれ、引っ掻かれようと、柔らかな声で囁き続けた。

 衰弱していた被害者の動きが、徐々に弱まる。

 やがて疲労困憊すると、しゃくりあげるように泣き出した。


「泣かなくていいの、ね?」

 そう言って自分を覗き込む少女の異様さに、被害者が気付く。

 包帯がズレて、無残になった顔面を覗かせていた。


 記憶が甦って、被害者はさらに泣きじゃくる。

「ご、ごめんなさい、ごめんな、さい」

 謝罪の言葉も、嗚咽で途切れがちだ。

 それが自分の仕業であることを、思い出してしまったのである。


 救出の際、少女は武器を持たず、無防備に近寄ってきた。

 それなのに被害者は、恐怖のあまりスキルを解き放ってしまったのだ。

 こんな酷いことをする自分は、やはり魔物の生まれ変わりに違いない。

 そんな自責の念が、被害者の心をさらに圧し潰そうとした時である。

 


「こんなの、別にへっちゃらだよ?」

 少女は軽い調子で笑い、ズレた包帯を直す。

 そのあっけらかんとした態度に、被害者はあ然とした。


「キャンプに戻って、姉さんに治してもらうから」

 本気で大したことではないと、彼女は思っているらしい。

 黙って彼女達を見守っていた男達は、こっそり嘆息する。

 なにしろ今回のようなケースは、これが初めてではない。

 どんなに拒絶され、傷付けられても、少女はめげない。

 相手が受け入れるか諦めてしまうまで、抱きしめ続けるのだ。


 スキルによる再生処置には苦痛を伴い、完治に一年は掛かるだろう。

 そのことを知っているにも関わらず、少女は恨み言一つこぼさない。

 ただひたすら被害者を慰め、力付けようとする。

 年端のいかない少女とは思えぬ胆力の持ち主だった。


 少女は夏の日射しのような、屈託のない笑顔を浮かべる。

「私はクリス! あなたの名前は?」

「……………………フィフィア」

「すてきな名前ね! 今日からあなたも、私の妹だからね!」


 それが二人の、馴れ初めだった。


 ◆


 シルビアの宿の離れが、彼女達の寝床だ。

 どういう訳か、その日のフィフィアは陽が昇る前に目覚めた。

 原因は、すぐに判明する。

 クリスが自分のベッドに潜り込み、ぎゅうっと抱き着いているのだ。


「ちょっと! 放してよ!」

「んあ?」

 押しのけようとジタバタもがくと、クリスが薄目を開く。

「………………もーちょっと……」

 クリスは唸り声をあげ、毛布を奪って背を向けてしまった。

「ちょっと! 自分のベッドで寝なさいよ!」

 フィフィアは身体を揺すって抗議したが、眠ってしまったのか返事はない。

「…………まったく」

 フィフィアは室内の冷気に、ぶるりと身体を震わせた。

 なんでクリスが、自分のベッドに潜り込んでいるのかは察している。

 たぶん自分は悪夢にうなされていたのだろう、と。


 就寝中のクリスは、夢遊病のように行動する癖があった。

 兄弟姉妹が夜泣きや悪夢にうなされていると、その寝床に潜り込む。

 そして兄弟姉妹に抱き着いたり、顔を舐めたりするのだ。

 すると相手は不思議と落ち着き、穏やかに寝入ってしまう。

 意図的なものではなく、寝惚けてやっているらしい。

 出会って間もない頃は、毎晩のようにクリスが寝床に潜り込んできた。


 フィフィアは立ち上がり、クリスのベッドから毛布を取ってきた。

「わたしのベッドなんだからね」

 クリスの背中を睨んでから、フィフィアはその隣に寝転んだ。

 一人分のベッドなので、二人並ぶとかなり狭い。

 しばらくしてからモゾモゾと向きを変え、額をクリスの肩に押し当てる。

 その懐かしい匂いと温もりのせいで、


「…………………おねえちゃん」


 久しく使わなかった呼び方が、つい口からこぼれてしまった。

 フィフィアはちょっと顔を赤らめながら、眠りについたのである。




 ――実はその時、クリスはしっかり起きていた。

 自分のベッドに戻ろうとしたところに、まさかのお姉ちゃん呼び。

 やがてフィフィアが寝息を立て始めると、我慢が限界に達する。


 うちの妹が可愛いと、クリスは毛布の中で身悶えた。

カクヨムにて「犬から始まる転生物語~鈴木竜牙と転生女神~」を公開中。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891988876

読んで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん これは、悶える
[一言] うちのムスメタチガ可愛いと、一人身悶えするおっさんがここに。
[一言] 獅子王クリス……。 ほんま、ほんまに……。ええ話ぃぇした……。 素敵姉妹や、なぁ……。 それだけに3章というか、3巻のあの、口惜しい、のぅ 間話、ありがとうございました!
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