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悩める神官さま

 左手に菓子の包みを提げ、ヨシタツは街外れの古びた神殿を訪れた。

 ここ七日あまり日参しているが、今日も辺りに人影はない。

 ヨシタツは石造り神殿の前に佇み、じっと待ち続ける。

 辺りを見回すことも、誰かを探す素振りもない。

 一〇分ほど時間が過ぎたが、結局何の変化も起きなかった。

 ヨシタツは階段に手土産を置くと、踵を返して立ち去る。

 靴音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


 しばらくして物陰から、コソッと顔を出す者がいた。

 この神殿を預かる神官、モーリーである。

 小動物のように警戒しながら、ヨシタツがいた辺りに移動した。

 階段に置かれた菓子の包みを見付けると、その前にしゃがみ込む。

 包みの結び目には、小さな花が一輪差してある。

 モーリーの瞳に映った白い花弁が、じわりと歪んだ。


 ◆


 翌日の朝、モーリーが神殿にやって来た。

 近所に家を借りている彼女は、毎日通って神官の務めを果たしている。

 しかし今日の彼女は仕事に全く身が入らないようだった。

 たびたび手を休めては耳を澄ましているので、ちっとも捗らない。


 掃き掃除をしている時、彼女は近付いてくる靴音に気付いた。

 うろたえて取り落としたホウキが、カタンと音を立てる。

 慌てふためきながら箒を拾うと、裾をからげて神殿の裏手に逃げ込んだ。

 それから靴音の正体を確かめようと、コソッと顔を出して様子を窺った。


「なるほど。こうやって隠れていたのですね」


「ひゃああああああっ!?」

 首筋に息が掛かるほどの近さで声を掛けられ、モーリーは悲鳴を上げた。

 神殿の裏手から転げるように飛び出し、振り返ろうとした拍子に尻もちをついた。

「クリスさん!?」

「こんにちは。大丈夫ですか?」

 背後にいたのはクリサリスこと、ヨシタツの冒険者仲間にして奴隷のクリスだった

 モーリーとは、ヨシタツを通じて友達付き合いをしている。

 しかし彼女が手を差し伸べると、モーリーは逃げ出そうとした。

 さっきのショックで腰が抜けてしまい、四つん這いの格好である。

「ちょっとクリス! モーリーさんに何をしたの!」

 モーリーの行く手にクリスの相棒、フィフィアことフィーが立ちはだかる。

 前門のフィーに後門のクリス。

「ううぅ…………」

 逃げ場を失ったモーリーが、ベソをかいた。

「ど、どうしたのですか!?」

「ちょっと大丈夫!?」

 普段とは違い過ぎるモーリーの体たらくに、クリスとフィーが驚く。

 彼女達はモーリーを立ち上がらせると、神殿前の階段に座らせた。



「大変お見苦しいところをお見せして…………」

 最前の醜態を思い出し、モーリーが肩をすぼめて縮こまる。

 右隣に座ったクリスが、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「落ち着きましたか?」

「はい…………なんとか」

 しょんぼりと意気消沈するモーリーに、フィフィアが尋ねる。

「ところで…………タツとケンカでもしたの?」

「い、いいいいえ!? け、けけんかなんて!?」

 モーリーは思いっきり動揺して、ろくに舌が回らない。


 ここ最近、ヨシタツはモーリーに会うため毎日宿を出ている。

 しかし戻ってくる度に、会えなかったと不首尾を伝えるばかりだ。

 シルビアとリリは言葉通りに受け取ったが、クリスとフィーは疑念を抱いた。

 ヨシタツは単にモーリーに会えなかったと言ったが、()()()()()とは言っていない。

 そして彼がスキルを使えば、モーリーを探し出すなど造作もないことを知っていた。


 だから朝早くに神殿を訪れ、一芝居打ったのである。

 二手に分かれてフィーがヨシタツの来訪を装い、クリスが様子を窺う。

「避けているのですか、タツを?」

 モーリーの行動を観察した結果、得た結論がそれだった。

「わ、私、そんなことは――――」

「していない? 本当に?」

 フィフィアの念押しに、モーリーは口を閉ざした。

 ぎゅっと口元を引き結び、意地でも喋らない気構えである。

 黙秘する彼女を挟んで、クリスとフィーが目配せした。


「タツがまた、なんかやっちゃったのかー?」

「はあ。タツにも困ったものね」

 呆れるフィーに、ため息を吐くクリス。

 何を言い出すのかと、モーリーがきょろきょろと両隣を見遣る。。

「とうとうモーリーさんまで、愛想が尽きちゃったのかー」

「まったく、しょうがない人ね、タツは」

 モーリーは焦り、わたわたと意味のないジェスチャーで否定する。

「帰ったらお説教しなきゃね」

「そうね。折檻が必要ね」

「ち、違います! タヂカさんは悪くありません! ダメなのは私なんです!!」

「「モーリーさんが?」」

 クリスとフィーの声が、綺麗に揃う。

 誘導されたことに気付かぬまま、モーリーは苦しげに告白した。


「私は…………怖いのです」


 シルビアの病の件で自分は何も役に立てなかったと、モーリーは懺悔する。

「最初から最後まで、タヂカさんの信頼に応えられませんでした」

「だから、タツと顔を合わせたくないの? 面目ないから?」

 問い掛けるフィーに、モーリーは頭を振った。

「……タヂカさんは今まで、私に様々な相談を持ち掛けてくれました」

 そんな時、モーリーは自分なりに知恵を絞り、言葉を尽くして答えたつもりだった。

 そして多少なりとも、ヨシタツの役に立っていると自負していたのである。


「でも、そんなものは自惚れでした」

 モーリーは確信していた。シルビアの快復に、ヨシタツが関与していることを。

 何をどうしたのか皆目見当もつかないが、それだけは間違いないと。

 無力でなす術がなかった自分なんか、及びもつかない人物だと思い込んだのである。


「……未熟な私の助言なんて、もともとタヂカさんには必要なかったんです」

 それどころか見当違いなことを言って、かえって惑わしていたのかもしれない。

「もし今度また、タヂカさんに相談を持ち掛けられても…………」

 ――きっと役になど立てないだろう。

 だから会えないのだと胸の内を吐露すると、モーリーは俯いた。


「これは…………かなり重症ね」

 フィフィアは困り顔で、モーリーの肩に手を回した。

「あのね、モーリーさん?」

 落ち込むモーリーの耳元に、静かに語り掛ける。


「タツ、すっごい落ち込んでいたよ?」


 フィーの台詞に、モーリーがハッとして顔を上げる。

「タヂカさんが? 何があったのですか?」

「それはもちろん、モーリーさんがタツを避けているからよ」

 さも当然といわんばかりのフィーの態度に、モーリーが困惑する。

「気付かれていないと思った? バレているわよ、完全に」

 仕草や言葉の端々から、フィーはヨシタツが気落ちしていることに勘付いていた。

 その理由が、先ほどの件で明らかになったのだ。


 スキルで、隠れているモーリーの存在は把握していたはずである。

 そして毎日訪れ、自分から姿を現してくれるのを待っていたのだろう。

 そういう時、一歩踏み込めないヨシタツの臆病さを、フィーは知るようになっていた。


「会いに行くたびに、モーリーさん隠れてしまうんだもの」

 フィーの瞳の奥底に、冷やかな感情が宿る。

「そんなことをされたら、傷付いて当然でしょう?」

「そ、そんなつもりは――――」

 訪れては自分を探さず、待ち続けた挙句に黙って立ち去る。

 思い返せば不審だったヨシタツの挙動。

 その意味を理解した瞬間、モーリーは愕然とした。


「信頼と期待に応えられないことで、タツに失望されるのが怖いのですか?」

 それまで黙考していたクリスが、口を開く。

「親身になって相談に乗ってくれた相手に失望する――」

 首を傾げ、彼女はモーリーの顔を覗き込む。

「――タツがそんな狭量な人間だと、本気で考えているのですか?」

 嫌みの欠片もない心底不思議そうな声音が、モーリーの胸に突き刺さった。

「正しく役に立つ助言がほしいから、タツはあなたに相談したのではないと思います」

 激しい後悔の念に駆られるモーリーに、クリスは穏やかに語り掛ける。


「あなたが、友達だからです」


「――えっ?」

 思いがけない言葉を聞いたように、モーリーが声を漏らす。

「困った時、悩んだ時、友達に相談するのは普通のことですよね?」

「―――あ、そういえば。タツに初めてこの神殿に案内された時のことだけど」

 いま思い出したというように、フィーが言葉を発する。

「ここには、素敵な友達がいるって教えてくれたっけ」

 そうか、あれはモーリーさんのことだったのかと、うんうん頷く。

「――――まあ」

 モーリーは、ほんのりと赤くなった頬を両手で押さえた。

「胸の内を打ち明けられる、対等な友人であるモーリーさんは」

 クリスは、にっこり微笑んだ。


「タツにとって特別で、かけがえのない存在なのだと思います」

 モーリーの顔が、くしゃりと歪んだ。


 不意に、クリスとフィーが同じ方向へ顔を向けた。

「タツが来たわね」

 フィーの隷属スキルが、主であるヨシタツの接近を告げる。

「どうしますか、モーリーさん?」

 そうクリスが問い掛けるまでもなく、モーリーが立ち上がった。


 生い茂る木々の間を通る小道を抜け、ヨシタツが姿を現した。

 二人は互いに近付き、あと一歩という距離で立ち止まる。

「…………あの、相談があるんだ」

 ヨシタツの言葉に、モーリーの背筋が強張る。

 神官服の胸元をぎゅっと握り、逃げ出したくなる衝動を抑える。

「俺の友達が、その…………会ってくれなくて」

 困ったような、どこか怯えるような、そんな複雑な表情をヨシタツが浮かべる。

「ちょっと噂を耳にして………俺とその友達が、何というか……」

 先日、自分が神官に手を出しているという噂をヨシタツは耳にした。

 それを彼女も聞き知っているのではないかと思ったのである。

「会いに行ったら迷惑だと…………思われているのかな?」

 ――もし、そうなら。

 モーリーは、言葉を続けようとするヨシタツの手を取る。

 その掌を、彼女は自分の頬に押し当てた。


「…………その友達という方は、本当はタヂカさんに会いたかったのだと思います」

 剣を振るい続け、荒れてしまった掌の感触は、決して心地良いものではないだろう。

「とても、とても、とても会いたくて…………寂しかったと思います」

 しかしモーリーは、控えめだが大事そうに頬ずりする。

「お喋りして、お茶を飲んで、日向ぼっこして、それから……それから…………」


 ヨシタツの掌を、流れる涙が濡らした。



「ねえ、クリス? あれで良かったの?」

 ヨシタツ達を離れた場所で眺めながら、フィーは相棒に問い掛ける。

「うん。本当に良かったね」

 肩を震わせるモーリーを、ヨシタツが懸命に宥めていた。

 不器用な二人の様子を、クリスは微笑ましそうに見守る。

 モーリーが落ち着いたら、ヨシタツは彼女を宿に招待するだろう。


 そもそもの発端は、シルビアを懸命に看病してくれたモーリーに御礼がしたい。

 そんな母娘の希望を伝えようと、ヨシタツはモーリーを訪ねたのである。

 彼女を主賓に招き、パーティーを開く予定である。

 これから準備すれば、夜までには間に合うだろう。


「これで今晩は、ご馳走ね!」

「そうじゃなくて!!」

 高らかに告げるクリスに、フィーは思いっきり突っ込んだ。


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