王都決戦_1/4 「ギフト」
王城から霊薬の処方箋を盗み出し、王都から脱出する。
単純明快、とてもシンプルな目標であるが、難易度は非常に高い。
目標を達成するためには、綿密な作戦が必要だった。
予想される障害への対策を考えること三日三晩。
クリスに代筆してもらい、ようやく完成した作戦案をサーシャに提出した。
俺の作戦参謀に、レジーナはサーシャを任命した。
学院時代の成績は首席、広範囲な知識の持ち主だというのが理由である。
実際、彼女は作戦案にざっと目を通すと、暗算でたちまち経費を試算してしまった。
そして満面の笑顔になるサーシャ。
真面目に考えろと叱られた。
レジーナの個人資産全てと、アパートを売り払っても、全然足りないと言われたのである。
作戦案を突き返された俺は、ふと思い出した。
部屋に戻って荷物をひっくり返し、一通の封書を探し出す。
カティアが仕組んだ偽依頼の際、セレスから受け取ったものだ。
ただし現金化できるのは本当で、自由に使えと言われていたのを、すっかり忘れていたのである。
為替の類だろうと思い、現金に換えてくれとレジーナに手渡した。
しかし封書を開くと、中から出てきたのは一枚の金属札である。
掌に納まるほどの大きさで、奇妙な文様が描かれていた。
「これ、商会の預かり証だわ」
レジーナがひどく驚いた。各国有数の商会だけが使用する、特別な品らしい。
金属札に刻印されていたのは、外国籍のとある大手商会の屋号だった。
レジーナに付き添ってもらい、当の商会を訪ねてみた。
受付で金属札を見せると奥の応接室に案内され、待つことしばし。
支配人とおぼしき人物が、書類箱のようなものを運んできた。
「どうぞ、お改め下さい」
それだけ告げると、書類箱を置いて支配人は立ち去った。
ここでようやく、ピンと来た。これは貸金庫なのだ。
不思議な材質の箱だった。手触りは金属とも石材ともつかない。
レジーナによれば、古代の遺物とのこと。これ自体で、ひと財産になるそうだ。
手に持って振ってみたが、金貨が詰まっている感じではない。
箱の脇にあるスリットに金属片を差し込むと、ぱかっと蓋が開く。
一枚の金貨もなく、中には封書の束が収められているだけだ。
カティアの意図が分からなくなり、レジーナに内容を確認してもらう。
彼女は封書を次々と開き、黙々と目を通す。
「少しは金になりそうなものか?」
期待を込めて尋ねてみたが、レジーナは首を左右に振った。
「――――少しではないわ。王都の年間予算並みの資産よ」
彼女の顔色は青ざめ、手が細かく震えている。
「海外の不動産や鉱山の権利書、国債や公債、その他諸々。ここの商会には秘密口座があるみたいね」
俺達は顔を見合わせ、ごくりと喉を鳴らす。
「……………おそらく、ペルセンティア家の遺産だわ」
盗み聞きを警戒するように、レジーナが身を寄せて耳元に囁いた。
「遺産?」
「家門断絶された後、ペルセンティア家の財産は没収されたの」
それを国庫に収めることで、王家はその年の税金を減額した。
譜第貴族の取り潰しによる世間の不安を払拭し、王家への支持を回復するためだ。
「でも、遷都以来の譜第貴族の財産にしては少な過ぎると、貴族の間で噂が流れたわ」
隠し財産が疑われ、徹底的に調査されたが、結局発見されなかったらしい。
王家が着服したのだろうと、貴族の間では逆に評判が落ちてしまったそうだ。
レジーナの言葉には、説得力がある。おそらくこれが、その隠し財産とみて間違いないだろう。
いかに冒険者筆頭といえど、王都の予算に匹敵する大金を稼げるはずがない。
これは非常に危険な、爆弾のような代物である。
もし露見すれば、間違いなく王家から執拗に追及されるだろう。
だが、今の俺達には必要な金だった。
こうした経緯で、謎の大富豪エドモンが王都に登場したのである。
海外からやって来たが、その経歴も出身も一切が不明な人物。
彼は王都のあらゆる所で金をばら撒き、注目の的になった。
倒産寸前の商会を、持ち船ごと買い取る。石工組合が主催するイベントに大金を寄付する。
新市街の土地や家屋を買い漁り、貴族位も金で買ってやるとうそぶく始末だ。
その鼻持ちならない態度のため、上流階級ではすこぶる評判の悪い人物となった。
◆
そして決行日までに、全ての準備が整った。
一応、考えられる状況を想定して対策を用意してある。
だが、万全には程遠い。どこかで綻びが生じないだろうか。
そんな不安を抱えたまま、当日を迎えた。
幸先は良かった。
俺達は長患いで病床にあった、ある新興貴族に目星を付けていた。
彼が不治の病であり、密かに王城と連絡があることも突き止めていた。
そして作戦決行日の夕方、彼の容態が急変したのである。
――もちろん、偶然であるはずがない。
サーシャが作成したタイムテーブルには、予定の出来事として組み込まれていたからだ。
レジーナとトルテちゃんが、詳細を語ることはない。
しかし、その新興貴族の容態は、当日間違いなく悪化すると、二人は断言したのである。
あえて詳しく尋ねることなく、俺は自分自身の準備に取り掛かった。
夜半、新興貴族が、密かに彼の館から運び出された。
やはり霊薬が王城の外に持ち出されることはないらしい。
霊薬が新興貴族の館に運ばれた場合の策は破棄され、作戦は次の段階に移る。
患者への霊薬投与が、何処で行われるのか?
霊薬が極秘扱いされても、王城内に人目は多く、全てを隠しきれるものではない。
それを探るため、俺は賞金稼ぎ達を雇い入れた。
拠点を失った賞金稼ぎ達は、表の稼業に戻って潜伏していた。
ようやく一人を見つけ出すと、後は王都の賞金稼ぎ独自のルートで、伝言を広めてもらった。
賞金稼ぎ二〇人ばかり集まった時点で、彼らに依頼した。
ギルドの拠点を焼き討ちにしたのが王家の手の者だと教えると、非常に協力的になった。
高額の報酬と、新たな拠点の提供を約束したことも一因だろう。
彼らには金に糸目を付けず、過去に王城に担ぎ込まれた貴族に関する噂の聞き込みをさせた。
そして目撃者の断片的な証言をつなぎ合わせ、大聖堂と呼ばれる場所が特定できたのである。
患者は、予断を許さない容態だ。大聖堂に運び込まれたら、すぐに霊薬が投与されるだろう。
賄賂を使って入手した城内の見取り図から、サーシャは大聖堂に担ぎ込まれるまでの時間を計算した。
現在、王都にそびえる尖塔には、四人の賞金稼ぎが潜んでいる。
運搬中の新興貴族は、別の賞金稼ぎが追跡している。
王城に運び込まれた時点で灯火による発信が行われ、尖塔を経由する手筈になっていた。
一方の俺は、王都を囲む城壁の西端に潜んでいる。
巡回の歩哨は、賞金稼ぎ達が拘束しているので、交替時間までは発覚しないはずだ。
城壁の上には、弩砲が王城に向けてずらりと並べてある。
攻城にも使われる、矢や槍などを装填して発射する大型の兵器だ。
王都外から密輸入した弩砲の部品を、外の浜辺に陸揚げしたのだ。
それを城壁の上に吊り上げて運び込み、組み立てて設置してある。
通常の倍以上はある金属製の矢も装填済み、いつでも発射できる態勢が整っていた。
俺が言うことではないが、王都の防衛体制に不安を覚えた。
魔物の脅威に常に晒されている辺境都市に比べ、緊張感が足りない気がする。
平和に馴れた弊害か、王都が攻められる可能性が念頭にないのかもしれない。
俺は息をひそめ、尖塔がそびえる方角をジッと眺めた。
緊張で、喉が乾く。何度も唾を呑み込みながら待っていると、尖塔の頂上に明かりが灯った。
俺は胸壁に置いた容器の栓を抜くと、ちょろちょろと水が流れ出した。簡便な水時計である。
患者が王城に運び込まれて、大聖堂に到着し、準備が整うまでの時間を予測し、調整してある。
サーシャが何度も計算したが、最終的には賭けだ。ひたすら流れる水を見詰める。
ぴちょんと、最後の一滴が落ちた瞬間、スキルを発動した。
看破―並列起動―探査
並列起動は旅に出る前、既に【三】に上がっている。
スキルの同時発動が効率的になり、肉体への負荷が軽減された。
探査スキルの波動を、王城を囲む内城壁を越え、大聖堂に叩き込んだ。
出し惜しみはせず、全力でスキルを発動する。
大聖堂の構造を骨組み一本まで透視し、内部にいる人間を識別する。
探すのはただ一つ、黄金色の霊薬である。広大な王城内を、看破で隈なく探すのは不可能だ。
だが、大聖堂という限定された空間ならば――――
――――視つけた。
驚くべきことに霊薬精製の現場、そのものを捉えることができた。
あまりの僥倖に呆然としてから、慌てて看破スキルを切り替える。
探査スキルを通し、錬金術スキルが霊薬精製の解析を始めた。
高速で霊礫から霊薬に至る工程を読み取り、処方箋として蓄積する。
その時点で、俺は誤算を悟る。霊薬にスキルを施しても、処方箋は入手できなかっただろう。
直接解析しなければ解明できないほど、霊薬精製の工程は複雑極まりないものだった。
致命的な失敗が、紙一重の幸運で救われたのだ。
だが、後少しだ。ほんのわずかで、霊薬に手が届く。
拳を握り締め、勢い込んで探査と錬金術に力を注いでしまう。
そしてついに、その時が訪れる。処方箋が、完成した。
そう思った瞬間、衝撃を食らって後ろに倒れ込んだ。
――――ハッとして、目が覚める。どうやら意識が飛んでいたらしい。
いったい何が。頭を振り、辺りを見回す。
探査を再発動すると――――ヤツがいた。
王宮のドームに佇む、忘れもしない反応。相手も、こちらの位置を掴んでいるようだ。
それでようやく、理解する。
俺の探査が、ヤツの放った探査で薙ぎ払われたのだ。
探査の感度が上がり過ぎていたため、強烈な波動を浴びて神経がショートしたらしい
夜の闇のため、互いの姿は見えない。だが俺達の視線は、確かに交わっている。
互いの距離は――――四〇〇ぐらいか。
俺は立ち上がり、胸壁に据え付けておいた弩砲の射線を調整する。
弩砲は攻城戦でも使われる武器だが、ヤツを倒すには不十分だ。
充填 発動
不可視のエネルギーを、装填済みの金属製の矢に注ぎ込む。
目標に命中すれば、充填したエネルギーが一気に解放される。
一種の炸薬みたいなものだ。もし人間に刺されば、内部から爆散する。
最初に試したチャンバラブレードは破裂してしまったが、金属製の矢は耐えている。
┌射撃
探査―射撃管制―並列起動―充填
成長した並列起動が、五つのスキル同時発動に耐えて維持する。
弩砲を操作して、ヤツに照準を合わせる。
「――――充填」
もう一度、エネルギーを注いだ所で限界になった。
躊躇いもなく、弩砲のレバーを引く。
力場を帯びた矢が、凄まじい初速で放たれた。
大気を斬り裂きながら飛翔し、闇の中に消えた。
それを見送ることなく、次の弩砲の準備を始める。
角度と方向を微調整しながら、探査の脳内地図を確認した。
矢は、外れてしまった。二度の充填と照準合わせ済ませ、レバーを引く。
三射目も、淡々と準備を行い、レバーを引く。
感慨も覚悟もない。機械的に、淡々と処理するだけだ。
ここで、ヤツを殺す。
あらゆる可能性を考え、事前準備を整えた。
しかしどれほど計算しても、予測しきれない不確定要素。
それがヤツ――――《戦鬼》の二つ名を持つ、リオンという青年だった。
スカウトされて十人委員会に所属しているが、本業は冒険者である。
賞金稼ぎギルドを焼き討ちにしたのが、その《戦鬼》であることは突き止めた。
王都の冒険者ギルド本部が情報を秘匿しているため、出自や経歴などは不明である。
可能ならば事前に接触し、賄賂を積んで味方に引き入れたかった。
ペルセンティア家の遺産の残り、その全てを渡しても惜しくはないとさえ思った。
あるいは、ヤツの仲間や肉親を人質にして脅迫することまで考え
――――吐き気を催した。
しかし賞金稼ぎ達でも、ヤツのねぐらさえ掴めなかったので、幸いにも諦めるしかなかった。
もしヤツの詳細な情報を掴めていたらどうしていたかは、考えたくない。
そして三射目も外れた。
探査スキル相手に、やはり遠距離攻撃は分が悪い。
しかし安全圏から《戦鬼》を攻撃できる機会は、今しかないのだ。
準備した弩砲は全部で五基、だから残りは二射。
致命傷でなくともいい、せめて手傷だけは負わせたい。
準備を終えた四射目を放った、その直後である。
探査に映るヤツの反応が、急激に膨れ上がる。悪寒が、背筋を走った。
頭を抱えて横っ跳びに転がり、弩砲から離れる。
爆音が轟き、ビシビシと破片が身体中にぶつかった。
すぐさま起き上がり、ぞっとする。
胸壁の一部が大きく抉れ、破壊されていたのだ。
直撃を受けた弩砲の残骸がバラバラに散らばり、五基目も横倒しになっている。
おそらく、ヤツも充填を使ってきたのだ。しかも数倍の威力で。
探査に映るヤツの反応が、ほぼ一直線に接近中である。
すぐに撤退すべきだ。
予定していた位置に移動して、胸壁に飛び乗る。
城壁の外側、月明りに照らされた海と砂浜を見下ろす。
城壁の高さが二〇メートル、王都が建造された台地は三〇メートルほどか。
合わせて一〇階建てビルを超える高さだ。
下が柔らかな砂地でも、落ちたらお陀仏である。
胸壁に立ちながら、背後を振り返る。豆粒ほどの大きさの人影が迫ってくるのが見えた。
凄いスピードで、建造物の屋根を飛び移りながら迫っている。
パタパタと身体をはたいて、準備を確認する。甲殻装備も黒剣もなく、帯びているのは短刀一本のみ。
身体に巻き付けてあるロープは、文字通りの命綱だ。ぎゅっと引っ張り、縛り具合を確かめた。
すーはーと深呼吸して、度胸を決める。
胸壁を大きく蹴って、飛び降りた。
身体中に巻き付けた命綱が、グンと引っ張られる。
命綱の端は、南の方角の胸壁に結び付けてある。
だから真下に落ちず、振り子のように弧を描いて落下した。
五〇メートルもある、長い長いブランコだ。風圧を受けるが、速度が増していく。
ぐんぐんと迫る地面、衝突の予感に怯える。命綱の長さを間違えていれば、大怪我では済まない。
城壁から岩壁部分まで落下する。距離感が掴めず、岩肌を間近に感じる。
かすっただけで骨は折れ、コントロールを失う。
サーシャの計算を信じ、短刀を引き抜く。
地上すれすれに迫った時、瞬息を発動した。
瞬息スキルもいつの間にか、【二】に成長していた。
発動直後の硬直もなくなり、並列起動できるようになっている。
最も浅い進入角度で、横向きに体勢を整え、命綱を切断した短刀を手放す。
無剣流と回避スキルを並列起動。砂地をかすめた瞬間に、全身が急回転した。
あらかじめ均した砂地を、水切りのように跳ねながら転がる。
三半規管が狂い、意識が断続的に途切れた。想像以上の衝撃の連続に、半ば死を覚悟する。
しかし次第に減速し、最後はゴロゴロと砂地を転がり、やがて止まった。
身じろぎもできず、か細い呻き声しか出せない。
全身の関節はガタガタ、打撲と擦り傷、それに猛烈な吐き気。
スキルで身体能力を強化してあっても、深刻なダメージだった。
治癒術を全身に施しながら、呼吸を整える。
生きている、ならば動けるはずだ。
軋む身体を叱咤して、よろよろと立ち上がる。
完全回復を待っている暇はない、駆けろ、駆けろ、ひたすら駆けろ。
砂に足をとられながらも、一歩ごとに速度を上げる。
目的地は、王都の南にある港だ。停泊している快速船で、クリス達が待っている。
王都を出港したら沿岸部を進んで、北東部にある港湾都市を目指す。
そこから南下して、俺達の街に戻るのだ。
ちらりと背後を振り返る。
月明りを背にして城壁に立つ、ヤツの姿が見えた。
俺が飛び降りた場所に立ち、下を覗き込んでいる。
どうやら砂浜に転がるダミーに気付いたようだ。
追い詰められた俺が、墜落死を選んだ。そう信じ込めば、万事上手くいく。
ヤツがぐるりと遠回りして死体の確認するころには、俺達は出航しているだろう。
気付かれないように、岩壁の陰に隠れようとした時である。
ヤツが、城壁から飛び降りた。
命綱など付けていない。無造作に、なんの備えもなく、ヤツが落下する。
そして途中で、ぴたりと停止する。
剣を城壁に突き刺したのが、辛うじて視認できた。
石と石の隙間に差し込んだのか、そこまでは分からない。
剣を引き抜き、再び落下し、またもや剣を突き刺す。
それを何度も繰り返しゆっくりと、しかし着実に降下いている。
胸中で悪態を吐き、走り出した。ダミーに気付けば、俺の追跡を始めるだろう。
そうなれば、港へ到着する前に捕捉されてしまう。
作戦を変更して、プランBを開始する。
王都の南門を目指し、一気に駆け出した。
▼▼▼
「ヨシタツ、方向転換。南門へ移動中」
トルテの報告に、クリスがびくりと肩を震わす。
「タツは無事なのですか!」
「たぶん?」
湾内に突き出した埠頭に、彼女達は待機していた。
トルテの指先が、王都の城壁に向けられる。
「ちょうど、あの辺り」
「計画変更よ!」
この場の指揮を執るレジーナが、全員の注目を集める。
「トルテ、サーシャと合流して、ヨシタツを第三拠点に誘導しなさい!」
「はい、お嬢様」
レジーナの指示に頷いたトルテが、王都正門に向かって走り出した。
タンッ、タンッと地面を蹴る軽やかな音と共に、あっという間に遠ざかる。
「クリスちゃんは先回りして待機! ヨシタツに武器を届け、援護しなさい!」
「は、はい!」
ヨシタツの黒剣を腰に差し、走り出そうとするクリス。
その袖を、ぎゅっと掴む手があった。
「キール君?」
「一緒に」
ズボンとシャツ姿のキールが、自分も行くと告げる。
未だに細く弱々しい手足だが、その瞳には決意の光が灯っている。
「君は、ここで待っていなさい」
クリスが諭すが、キールは決して離すまいと力を込める。
「行く」
断固とした口調に、クリスが困惑した表情を浮かべた。
ここ最近の彼は、段々と自己主張をするようになっている。
ヨシタツの傍らに付き従い、彼の身の回りの世話をしたがった。
経験や常識が欠けているせいで、突飛な行動が目立って役には立っていない。
しかしキールの積極的な行動をヨシタツは喜び、迷惑がることなく受け入れた。
少々妬いてしまうが、クリスも温かく見守っていたのである。
しかし、彼がここまで強く訴えるのは初めてのことである。
彼なりに事態の深刻さを感じているのか、絶対に譲らない意思が見て取れた。
「クリスちゃん、彼を連れて行きなさい」
「レジーナさん!」
「彼が本気でヨシタツの許に行く気なら、わたし達には止められないわ」
クリスの抗議に、レジーナは諦めたように首を振る。
「なら、一緒に連れて行った方が、迷子にならないだけマシよ」
口をへの字に曲げ、上目遣いで見詰めるキール。
根負けしたクリスが、がっくりと肩を落とす。
「…………タツに怒られるのは私なのですが」
愚痴をこぼしつつ、キールを横抱きに抱き上げる。
そして彼女もまた、埠頭を駆けて夜の闇へと消えて行った。
レジーナの傍らにいたヘレンが、手にした光木で大きく円を描く。
その合図を王都内にそびえる尖塔が中継し、各要所へと伝達した。




