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王都_その12

「バカにしやがって、クソ野郎が」

 彼は口汚く罵り、道端に唾を吐き捨てる。

 ポケットの中で手を握り締めると、じゃりじゃりと金貨が鳴った。


 そもそも、彼にとっては強要された仕事である

 破格の成功報酬が約束されたが、それを本気にするほど彼はお目出たくはない。

 どうせ後で反故にされるだろうが、秘密をバラされなければ御の字。

 弱みを握られているので逆らえないから、仕方なく引き受けた-―――そのつもりだった。

 しかし自分でも不思議なことに、彼は命じられた仕事に充実感を覚えたのである。


 日を追うごとに獲物の痕跡を追う嗅覚など、酒精で鈍った賞金稼ぎの勘を取り戻していく。

 若い頃に戻ったようだと、彼は自嘲する。

 そんな彼だから、感じるのだ。自分が追っている先から漂う、頭の芯が痺れるような匂いを。

 命の危険を予感させる芳香に、彼は酔い痴れた。

 賞金稼ぎにとって、その中毒性と陶酔感に比べれば、酒など清水のようなものである。

 毎日、浴びるほど飲んでいた酒量が自然と減り、素面でいる時間の方が長くなった。

 最近の彼は、正体をなくすほど酔い潰れなくても、殺した女の夢をみることがなかった。


 ――裏切りじゃないだろ? 別に仲間じゃないんだから。


 その言葉を聞いた時、彼は冷や水を掛けられたような気分になった。

 脅迫をされはしたが、彼は雇い主にある種の同族意識を抱いていたのだ。

 類似のスキルを持つ者同士、通じるものがあると思ったのである。

 さらに続いた台詞が、決定的になった。

 ――その金額で満足できるなら、この件から手を引け。

 馬鹿にされている、彼の思考はそう結論を下した。


「…………あいつの鼻を明かしてやる」

 低い呟き声を残し、賞金稼ぎサークの姿は夜の闇へと消え去った。


      ◆


 四兄から譲り受けた黒い剣を、クリスに目利きしてもらった時のことだ。

 もし――――もしも売り払ったら幾らぐらいになるのか、ちょっとした好奇心からである。

「これは、異形の剣です」

 クリスは鞘から剣を抜き、刀身を舐めるように見詰めた後で、そう告げた。

 黒い剣は冒険者が一般的に使う剣よりも短めで、肉厚な片刃である。

 細身の(なた)みたいな姿は、確かに風変わりではある

 しかし彼女が指摘したかったのは、単なる形状の話ではないらしい。

「これは、人を斬るための剣です」

 剣の柄を握ったクリスが気合一閃、宙を斬り裂く。

 さらに刃が縦横に走り、ひゅんひゅんと風切り音が鳴る。

 彼女が得意とする直線的な型とは違い、流れるような回転運動である。

 やがて剣を振り終えると、彼女はしかめっ面になった。

「…………魔物と相対する心象(イメージ)が、刀身に宿りません」

 生粋の剣士ならではの感想なのか、意味がよく分からない。

 しかし、面白いとは思った。どうやら兄弟子は、俺に相応しい剣をくれたらしい。



 その人斬りの剣を腰に下げ、鎧蟻の胸甲、籠手、脛当てを装備する。

 甲殻装備で身を固めた上で黒いローブを着込み、フードを被って顔を隠す。

 肩に背負った袋には、選別した七つ道具が収めてある。

 あらゆる状況を想定して色々買い集めていたが、実際に使う機会があるとは思わなかった。

 麻痺毒も携帯しているが、そろそろ消費期限切れである。


「いってらっしゃい、タツ」

 準備を整えた俺に、クリスが気丈に微笑んでくれた。

 化粧着の襟元を掴む手が、微かに震えている。それ以外に、内心の緊張は窺えない。

 謝罪の言葉を呑み込み、彼女の肩に手を置く。

「――ああ、行ってくる」

 それだけを告げ、バルコニーに出た。


 地上へと伝い降りた後、レジーナの兄、カルドナが居るスターシフ邸を目指す。

 探査スキルは封印、隠蔽スキルも極力控える。

 あの《化け物》が、どこで網を張っているか分からない状況で、危険は冒せない

 初心に返り、人間本来の五感を研ぎ澄ます。

 王都は警邏の数が多い。昼夜を問わずパトロールして、王都の治安に努めている。

 彼らに見付からないように神経を張り巡らせ、物陰から物陰への移動に徹した。

 夜行性の、臆病な小動物となった気分である。自分の身を隠してくれる闇に安心感を覚えた。

 警邏を避けながら進み、スターシフ邸へ到着した。


 王都有数の譜第貴族の屋敷である。その警備は厳重であろう。

 止むを得ず隠蔽を発動して、背負ってきた袋を漁ってロープを取り出す。

 ロープの先端には、別途購入したかぎ爪を結びつけてある。

 スターシフ邸の周囲を取り囲む壁沿いに進む。敷地の外でも用心は怠らない。

 やがて壁越しに樹木が見えたので、かぎ爪付きロープを回して投げつける。

 二回、三回と試し、太い梢に引っ掛かった。無剣流で壁を蹴りながら、頂上まで登る。

 敷地内を眺めて人気のないのを確かめてから、高さを飛び降りる。

 脱出経路を確保してから、移動する。植え込みに身を隠しながら進み、裏手へと回る。

 小走りに建物へと到達すると、壁にへばりつきながら横歩きに移動した。

 窓の一つに目星を付けると、神経を集中して物音に耳を澄ます。

 人の気配を感じないので、賞金稼ぎギルドで購入した道具を取り出した。

 錐、小型のノコギリに釘抜きなどを、地面に並べる。潜入技術は、《先生》に仕込まれている。

 腕の良い賞金稼ぎは盗賊でも成功するというのが、先生の持論だった。

 道具を使って閂を切断し、蝶番に油を差して薄く扉を開く。

 物音が聞こえないことを確認してから、屋敷に忍び込んだ。



 賞金稼ぎギルド襲撃の首謀者は何者なのか。

 俺の知る限り、該当するのはスターシフ家当主のカルドナ、その人である。

 レジーナの目的や動向を把握している人物は、彼だけだ。

 霊薬探索を妨害するため画策したが、魔女達の助力を得たレジーナには手出しできなくなった。

 狙いを、レジーナから俺に変更したのかもしれない。

 だから、俺とつながりのある賞金稼ぎギルドを潰したのだとすれば納得がいく。

 サーク自身はもとより、情報収集の場であるギルドを潰されたのは痛手であった。

 王都に滞在していると、譜第貴族の権力の大きさを知る機会が多い。

 その中でも一二を争うスターシフ家の当主カルドナが、敵対しているのだ。

 レジーナの兄だからと情に流され、生かしておくには厄介すぎる相手だった。



 奇妙なことに、邸宅の中に入っても人の気配がしない。

 夜も更けている。全員が就寝しているかもしれない。

 だが、ここまで静かになるものなのか。使用人は誰一人、鼾もかかないのだろうか。

 あまりの静寂に、床板のわずかな軋みにも鼓動が跳ねる。

 前回訪れた時、見取り図を頭に書き込んである。

 それを頼りに、灯り一つない廊下を壁伝いに進む。

 果たして正しい道順なのか。そんな疑念に、つい探査を発動したくなる。

 どうにか階段を見つけ、手摺りにしがみ付いて二階へ上る。


 やがて一筋の光が見えた時、自分が罠に掛かったことを悟った。


 扉の隙間から細い光が漏れ、内側から人の気配がする。

 高まっていた緊張が、砂山のように崩れ去る。なんだ、そういうことか。

 がっくりと肩を落とした俺は、指の関節でコツコツと扉を叩いた。

「入りたまえ」

 聞き覚えのある声で応答があった。

 室内に滑り込むと、開いた扉を後ろ手で締める。

「ご丁寧にノックとは、随分と礼儀正しい侵入者だ」

 スターシフ家当主、カルドナ・スターシフ。

 執務机の向こう側に座り、書類に目を通している。

「あいにく家人が全員留守で、香茶も用意できない」

 こちらに目を向けることなく、さらさらとペンを走らせる。

 フードを後ろに下ろした俺は、執務室を見回す。彼以外に、人の気配はない。

「まさか人払いして待ち構えているとは思わなかった」

 彼の言葉を信じるならば、この広壮な邸宅に二人っきりということになる。

「不用心が過ぎると、皆に猛反対されたよ」

 書類から視線を上げ、カルドナが苦笑する。

 それはそうだろう。王都有数の貴族家当主が一人で留守番とか論外だと思う。

 鷹のように鋭い眼差しをした、品のある風貌を見詰める。

 単身で待ち構えていたのだ。それなりの自信があるはず。

「こちらの用件は分かっているな?」

「はて、わたしの命でも所望かな?」

 不毛な会話の直後、床を蹴って走り出した。

 ローブを跳ね上げ、黒剣を抜き放つ。

 一気に間合いを詰め、執務机越しに黒剣の斬撃を放った。


 ぎゃりんと金属音が響き、火花が飛び散る。

 とっさに後方へ跳んで、距離を置いた。黒剣を構え、相手の様子を窺う。


 依然として椅子に座り続けるカルドナ。突然の凶行にも、余裕の態度を崩さない。

 そんな彼の両脇には、守護者のように立つ甲冑が二体。

 さっきまで彼の背後に飾られていた、等身大の実物である。

 冒険者が好んで装備するような、部分的な鎧ではない。全身をくまなく覆い尽くすタイプだ。

 装甲には芸術的な装飾が施されていて、実用性は乏しいかもしれない。

 今まで置物として微動だにしなかった二体の甲冑が、突然動き出した

 手にした剣を交差させて執務机に突き刺し、黒剣の斬撃を弾いたのである

「せっかくの来客だ。我が家流のもてなしを受けてくれ」

 カルドナが優雅に告げると、二体の甲冑は執務机に突き刺さった剣を引き抜いた。

 ガシャガシャと関節を軋ませて左右に移動する。

 進路に障害物がない位置に立つと、二体の甲冑が前傾姿勢となる。

 笑みを消したカルドナが、傲然として告げた。


「譜第貴族を侮るなよ、冒険者」


 金属の塊とは思えない素早さで、急接近する二体の甲冑。

 剣を肩に担いで走る二体の動きは、合わせ鏡のようにぴったり一致している。

 両脇から挟み込まれるのを嫌い、右手の甲冑の外側に回り込む。

 目前に迫った甲冑は、一歩踏み込んで剣を繰り出してきた。

 躊躇なく、本気で殺しに掛かっている剣を、逆手に構えた黒剣で受け流す。


 しかし剣速こそ鋭いが、その一撃はひどく軽い。やはり、間違いない。

 試しに肩口から押し倒すように体当たりすると、金属製の甲冑の足元が浮く。

 駆け付けてきたもう一体と衝突して、派手な騒音と共にもつれあって転倒した。

 このタイミングを狙っていたらしい。ブンと、背後で風切り音が鳴る。

 銀色に輝く二体の甲冑は最初から、これ見よがしに威圧感を放っていた。

 この部屋に入ると、真っ先に目に入る位置に佇立していた。

 逆に、その古色蒼然とした甲冑に注目する者は(まれ)なはずだ。


 工芸品を飾っている棚の脇でひっそりと控えていた甲冑が、長柄の斧を手にして躍り出た。

 背骨を砕こうと、振り下ろされる斧。しかし、回避スキルを並列起動済みだ。

 半身をずらし、致命的な一撃を避ける。

 勢い余った甲冑は、傍らにあったソファーに斧頭を叩き込んで破壊した。

 態勢を崩した甲冑の背後から、黒剣を振り下ろす。

 打ち首のように、甲冑の兜が床に転がった。

 床に落ちた兜を、爪先で小突く。兜の中身は、空っぽだった。

 首無しになった甲冑が、何事もなかったように態勢を直して斧を振るう。


 大振りな斧を避けつつ、視界の隅で先ほど倒れた二体の甲冑を捉える。

 甲冑達が、関節を軋ませながら立ち上がった。まるで紐で吊り上げたような、不自然な動きである。

 先に立ち上がった一体が、剣を振りかざして襲い掛かってきた。

 前後逆に、背中をこちらに向けた格好のままである。

 人間には絶対無理な角度に関節を曲げながら走ってきた。

 腰を落とし、唸りをあげる斧を掻い潜る。

 前後逆に動く不気味な甲冑に肉薄し、剣を握る籠手を斬り飛ばした。

 武器を失った甲冑が、反対側の籠手で殴り掛かってきた。

 踏み込んで籠手を脇に抱え、上半身をねじって投げ飛ばす。

 棚に衝突した甲冑の上に、飾ってあった工芸品の皿が次々と落下して割れた。


 息を吐く間もなく、最初のもう一体の甲冑がサソリのように床を這い寄ってきた。

 脛を搔き切ろうと伸ばした剣を、ジャンプして躱す。

 床を這う甲冑の背中に着地し、その肩を切り離そうと黒剣を掲げる。

 またもや襲い掛かる長柄の斧。それを避けると、甲冑の背中に鋼鉄の刃がめり込んだ。


 三体の甲冑から距離を置き、息を整える。

 ぎりぎりと、仲間の背中から斧を引き抜いた、三体目の古びた甲冑。

 棚にぶつかった甲冑と、背中を割られた甲冑が、それぞれ立ち上がって体勢を整えた。

 兜を落とそうが、籠手を斬り落とそうが止まらない、三体の甲冑。

 中身のない、空っぽの甲冑の操り人形だ。

 彼らを操るカルドナは、執務机から一歩も離れていない。


「――――驚いていないようだが、妹から聞いていたのか?」

 こちらを注視していたカルドナが、無表情に尋ねた。

「先日の面会で、手で触れていない瓶が落ちた。物体に干渉するスキルだと推測していた」

「…………それだけで、即応するか」

 驚きに目を瞠るカルドナ。嘘です、本気にしないで。

 敵対関係になった途端、遠慮なく看破で読み取らせてもらったのです。


 傀儡【二】


 詳細に解析するには至らなかったが、甲冑が動き出した時にピンときたのである。

「もっとも、タネが分かっても、どうしようもあるまい。彼らは何度でも立ち上がるぞ?」

 片腕のない甲冑が、籠手を拾って関節に当てる。磁石のように、ぴったりとくっついた。

 状況次第では、確かに有用なスキルかもしれない。例えば、あと二〇体揃えるとか。

「こんな手品が通じると本気で思っているのか?」

 黒剣を肩に担ぎ、指をチョイチョイと曲げて挑発する。


「冒険者を舐めるなよ、譜第貴族?」


 自分の台詞を切り返され、カルドナの双眸に怒気が宿る。

 どうやらハッタリが通じたらしい。三体の甲冑が武器を構え、同時に襲い掛かってきた。

 兄弟子達との稽古に比べれば、お遊戯のようなものだ。

 兄弟子達から、血も凍えるような凄まじい気迫を何十回となく浴びせられたのだ。

 感情のない操り人形が幾ら剣を振り回そうが、恐れる要素など一つもない。

 冷静に間合いを測り、そして黒剣を羽ばたかせた。


 黒剣を旋回させ、振り下ろされた甲冑達の武器を連続して弾く。

 その勢いを殺さず、右脚を軸に黒剣をさらに加速させる。

 肉厚の刀身は、刃先に重量が傾いている。遠心力が加わると、破壊力が増した。

 斧の柄を、籠手を、脛当てを、肩当を、胸甲を、次々と切り裂いていく。

 金属製の甲冑とはいえ、その装甲は薄い。加速する黒剣には、厚紙同然である。


 黒剣が、俺の手から飛び去ろうとする。しかし、力で押さえ込んではいけない。

 むしろ空を舞う燕のように旋回させる。

 時に頭上高く飛ばし、あるいは急降下させ、低空を這わせ、再び飛翔させる。

 黒剣によって、甲冑達はあっという間に斬り刻まれた。

 半壊した甲冑達が、床に崩れ落ちた。だが再び立ち上がろうと、懸命にもがいている。

 もう、十分だろう。実戦での、黒剣の扱いには慣れた。


 剣術―剣技【滅】 発動。


 剣術スキルに直結するスキル、《剣技》。そのバリエーションの一つが【滅】だ。

 《スキル駆除》から派生したスキルである。

 剣技【滅】の力を帯びた黒剣で、撫でるように甲冑達を斬り付ける。

 甲冑が帯びていた傀儡スキルの影響を、剣技【滅】が打ち払う。

 傀儡スキルによる部品の結合が解け、甲冑達はバラバラになって床に散らばった。

 彼らの最後を見届けることなく、カルドナに向かって歩き出す。

 執務机に飛び乗り、彼の頸動脈に黒剣を押し当てた。

 力を込めて押し切れば即死。しかしカルドナは冷やかな表情で、こちらを見詰める。


「妙な真似をするなよ」

「お前の勝ちだ、殺すがいい」

 挑むような眼差しには、見覚えがあった。レジーナと同じ、強い意志のこもった瞳である。

「…………賞金稼ぎギルド襲撃を、裏で手を引いていたのはお前か?」

「その通りだ。ある処に匿名で情報を流した」

 カルドナが、あっさりと告白する。

「女帝が、霊薬を欲しているとな」

 自分の頬が引きつるのを感じた。この男は、取り返しのつかない事を仕出かしたのだ。

「賞金稼ぎギルドが手先になっているとも教えた。その結果が、昨日の事件だ」

 やはりカルドナには、ギルドとの繋がりを把握されていたらしい。

「言え、何処に密告した」

 黒剣の刃を、わずかに首筋にめり込ませる。

「カティア殿と八高弟達は、王家にとって厄介な存在だ。王家が今までシルビアに手を出さなかったのは、カティア殿と決定的な敵対関係になることを避けていたからだ」

 俺の質問に直接答えず、そんなことを語り出した。

 カルドナの顔に怯えの色はない。挑発的に口元を歪めている。

「王家とて、ただ手をこまねいている訳ではない。カティア殿と八高弟に対抗できる人材を集めている」

 それは当然かもしれない。一個人に遠慮している状態など、国家の威信に係わる問題だ。

「十人委員会という組織がある。史料編纂のための閑職だと、外部からは見られている」

「…………それが、カティアへの切り札なのか?」

 俺の問いに、カルドナが皮肉気に笑う。

「もっとも、十人委員会と呼称されているが、定員の半数も満たされていないがな」

 単なる数合わせではないのかもしれない。選り抜きの人材を、本気で揃えるつもりならば――――

 一〇人が揃った時、一体何が起きるのだろうか

「…………その十人委員会とやらに、情報を流したんだな?」

 カティアに対抗するために創られた組織なのだ。必然的に、彼女の目論みを挫く立場にある。

「わたしは今後も、十人委員会に情報を流すつもりだ」

 悪びれもせず、いけしゃあしゃあとした態度だ。

 刃を突き付けられた今の状況を、まるで意に介していないように見える。

 彼を生かして放置しておけば、さらに事態は悪化しかねない。


「勝手にしろ」


 執務机から降りた俺は、ドアに向かって歩き出した。

「――――待て!?」

 三歩目で、カルドナが呼び止めた。

「どういうつもりだ!」

「どういうつもりもなにも」

 俺は振り返り、カルドナを冷たく一瞥する。

「邪魔をしたければ、好きにすればいいさ。但し、妹のことは覚悟するんだな」

「…………なんだと?」

「レジーナを、その十人委員会との戦いの矢面に立たせる。盾にでも囮にでもしてやる」

「そんなことは許さんぞ!」

 冷静さの仮面をかなぐり捨て、カルドナが怒号する。

 ああ、やっぱりそうなのか。魔女達の言葉を思い出す。

 ――カルドナも、いい加減に妹離れしてもらわないと。

 妙に記憶に残る一言だった。感情をむき出しにする彼を見て、ようやく理解する。

 彼は、妹を大切に想っているのだ。

 彼女を危険から遠ざけるためなら、たとえ本人から嫌われることも厭わないほどに。

 魔女達のため、家長としての権限が使えなくなると、十人委員会とやらを利用しようとした。

 さらには俺の来訪を察知すると、返り討ちにして殺すことにした。

 仮に失敗しても、殺人犯として俺を告発する書き置きを残しているはずだ。

 譜第貴族の殺害犯人となれば、追及の手は厳しいだろう。

 免罪符スキルがある俺には通じない手段だが。面倒な事態にはなる。

 しかし、暗殺という選択肢はなくなったが、まだ手段は残されていた。

 なぜなら、レジーナという弱点を、彼は自ら晒したからだ。


「妹が可愛いなら、俺に協力しろ」

 呪い殺せそうなほどの憎しみがこもった目で、俺を睨むカルドナ。

 当然である、レジーナの存在をネタに脅迫しているのだから。

 ――――罪悪感など捨ててしまえ。誓いを果たせ、ヨシタツ・タヂカ。

 俺の中の亡霊が、そう囁いた。

「考えるまでもないだろ? 霊薬さえ手に入れば、お前の妹は用済みだ。俺と相棒は王都から出ていくんだ。二度と、お前の大事な妹と会うこともあるまい」

「…………霊薬など、入手不可能だ」

 もう少しで折れる。そう感じて、悪魔のように甘い言葉で誘惑する。

「だが、心当たりがあるのだろう? ヒントさえ貰えれば、こちらでなんとかする」

 王都でも有数の、歴史のある家系である。情報収集能力だって高い。

 過去から現在まで、霊薬の秘密を探ろうとしなかったはずがない。


「…………霊薬の精製には、スキルが必要だ」

 ついに、カルドナが堕ちた。


「錬金術、そう呼ばれている。王家は建国以来、錬金術スキルの所持者を集め、霊薬を精製してきた」

 なんとなく予感はあった。カティアも、霊薬の精製方法を入手しろとは言っていない。

 霊薬を精製できる人物を探せと、彼女は命じたではないか。

「王家は以前から、一人の錬金術スキル所持者を監視している。おそらく勧誘目的だろう」

「それは誰だ、名前は!」

 ついにだ、ついに核心に迫ったのだ。

 逸る気持ちを抑えることができず、声が弾んでしまった。



「リフター教授――――レジーナの恩師だ」

 淡々と、カルドナはその名を告げた。

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