王都_その11
青白い月を見上げていた。
頭上を広く覆っているのは、プラネタリウムみたいな円蓋のようだ。
そこにあるのは星ではなく、規則正しい配置で開けられた狭間である。
真上にある狭間からは、煌々と照る月の姿が覗いている。
夢うつつに水面を漂い、降り注ぐ柔らかい月光を浴びた。
ハッとして意識が明晰になった途端、力んだ身体が水中に沈んだ。
慌てて水を蹴り、水辺を探して泳ぎ出す。身体が重くて、手足に力が入らない。
あっぷあっぷしながら進むうちに、指先に固いものが触れた。
無我夢中で両手を掛け、身体を引き上げる。
手探りで床を這いながら咳き込み、鼻に入り込んだ水を抜いた。
呼吸が整うと力尽き、ごろりと身体を横たえる。
そしてようやく、自分がいる場所を見渡す余裕ができた。
まるで神殿のようだと思った。
神ではなく、水そのものを祀る、神聖な場所である。
見上げるほどに高いドームに覆われた、学校のプールよりも遥かに大きな貯水槽だった。
すり鉢状の段差に囲われた形状は、ローマの円形闘技場――コロッセオを思わせる。
段差は増水しても下から順に周囲を巡る通路となり、水位を測る目安となる。
天井に切られた四角い狭間は取水口、降雨の時は水が流れ落ちる仕組みだろう。
今は天頂にある月からの光が水面へと射し込み、光の柱となって空洞全体を淡く照らしている。
その幻想的な光景に、俺はしばし見惚れた。
この広大な空洞こそが王都の誇る大規模地下貯水槽、その一つに間違いない。
しばらくして我に返った俺は、左手を目の前にかざした。
拳を何度も握って、具合を確かめる――――良かった、骨も神経も正常に繋がったみたいだ。
半分ちぎれてしまった左手首は、問題なく復元している。
身体中をまさぐり、抉られた脇腹や太腿の肉などが再生しているのも確認する。
気絶しそうだった痛みも、今はまったく感じない。
本当に良かったと、しみじみと安堵する。これならば、クリスに叱られずに済む。
怪我を負ったまま帰ったら、きっと大目玉だっただろう。
完全に失敗だった。想定が甘過ぎたのである。
あの《化け物》から逃げられると信じていたのが、そもそもの間違いである。
さらには相手の戦力を見誤ったのが、致命的だった。
最後は意識が朦朧として、はっきりとした記憶にない。
たぶん地下の用水路に迷い込み、そこに落ちたのだろう。
溺れずにここまで流されてきたのは、幸運としか言いようがない。
――――クリスの許に帰らなくては。
急に心配になった。帰りが遅くて、俺のことを探しているかもしれない。
焦って立ち上がろうとしたが、膝が震える。体重を支えきれず、ズルズルと壁に身体を預けた。
身動きできずに喘いでいると、前方からゆらゆらと光が近付いてきた。
緊張のあまり、喉がひりつく。これ以上はもう、一歩も逃げられない。
「おい、生きているか?」
カンテラの灯りを持って現れたのは、殺人履歴持ちの賞金稼ぎ、サークだった。
◆
「血の跡と臭いをたどってきたんだよ」
どうやって俺の居場所を突き止めたのか。返ってきた答えは、いかにも賞金稼ぎらしいものだった。
サークに肩を貸してもらい、カンテラの照明を頼りに地下水路を進む。
王都の賞金稼ぎは、この地で一般に普及している光木を好まない。明る過ぎて目立つからだ。
「何が起きたんだ?」
賞金稼ぎギルドが焼け落ちた経緯を尋ねると、サークは忌々し気に舌打ちした。
「…………黒づくめの男が、いきなり乗り込んできやがった」
黒い革製の鎧に身を包み、腰には大小の剣。
背中に交差させて負った二本の短槍と、完全武装だったらしい。
顔は黒い布をぐるぐると巻いて、人相は確認できなかったとのこと。
男は背後に、似たような格好をした二人を連れていたそうだ。
間違いなく、俺を半殺しにした連中である。
「武器を捨てて投降しろと、ほざきやがったんだ」
あの化け物なら、単独で賞金稼ぎ達全員を制圧するのも容易だろう。
しかしそれは、痛い目にあった今だからこそ言えることだ。
冒険者達ならば、きっと考えなしに剣を抜き、騒ぎ立てるに違いない。
だが、賞金稼ぎは違う。
死角から獲物を狙う彼らは、奇襲された側の不利を骨の髄まで承知している。
かつての同業者達の対応は、容易に想像できた。
椅子やテーブルを侵入者に向かって蹴り倒し、魔物避けの瓶を一斉に投げつけたはずだ。
「魔物避けの瓶を、あいつは剣で全部叩き割りやがった」
そのぐらいのこと、あの化け物なら剣の一振りで成し遂げるだろう。
だが、サークが含み笑いを漏らす。そんなことをすればどうなるか。
床に叩きつけた分も含め、刺激臭のある白い煙が立ち込めただろう。
賞金稼ぎならば、その隙を逃したりしない。
窓や裏口、二階に上がって隣家の屋根伝いにと、蜘蛛の子を散らすよう逃げたはずだ。
「信じられるか? あいつら、火を投げ込みやがったんだぜ?」
サークの口調は愉快そうだった。賞金稼ぎ相手に、それは短絡的な悪手だと俺も思う。
火事にならないように消し止めようとする、奇特な生物ではないのだ。
炎が燃え広がって混乱が助長すれば、これ幸いと考えるだけである。
そしてギルドは焼け落ち、賞金稼ぎ達はまんまと姿をくらました。
「あいつらが人手を集めて、自分達で延焼を食い止めたんだから世話ないぜ。お供の二人は悔しがっていたな」
サークはあざ笑う。どうして逃亡した後のことを知っているのか。
一旦は逃げ出した賞金稼ぎ達が、舞い戻ったからだ。
いかに探査持ちの化け物であろうと、限界があるらしい。
一般人に擬態することに長けた彼らと、野次馬の群れを見分けられなかったのだ。
現場に残って網を張る三人と、それを監視する賞金稼ぎ達。
そこにのこのこと現れたのが、俺だったのだ。
しばらく経ってから、三人組は監視を振り切って駆け出した。
その時点で、他の賞金稼ぎ達は興味を失ったが、サークだけは状況を察したらしい。
一人で捜索を続け、俺を発見したのである。
「本当に助かった」
サークに礼を言ったが、思うところがない訳ではない。
あの化け物が問答無用で襲ってきたのは、賞金稼ぎ達のせいに違いない。
彼らの見事な逃げっぷりに懲りて全力できたのか、あるいは八つ当たりかもしれない。
いずれにしても、とんだとばっちりである。
「しばらく身を隠すぜ」
そう告げた後で、サークはこちらの反応を窺った。
「ああ、そうしろ。ほとぼりが冷めたら、例の方法で連絡すればいい」
あの化け物の本来の目的は、サークなのだ。彼は、それを自覚している。
「これを持っていけ」
懐から有り金を全て取り出すと、サークに渡した。
重みと感触で、金額が分かったのだろう。
「…………俺が裏切って、このまま行方をくらますとは思わないのか?」
予想以上の金額だったのか、サークがそんなことを呟いた。
「裏切りじゃないだろ? 別に仲間じゃないんだから」
殺人履歴をネタに、脅迫しているだけの関係だ。むしろ、いつ背中から刺されてもおかしくない。
「その金額で満足できるなら、この件から手を引け。お前の秘密は、誰にも言わない」
それなのに、彼は俺を助けてくれた。金蔓だからなのか、その本意は分からない。
だけどもう、彼を犠牲にすることはできそうにない。
俺達は沈黙したまま、先を進んだ。
地下用水路の点検口から這い出た。
そして立ち上がった途端、クリスと出くわしてしまった。
「タツ!?」
月明りの下、街路に佇むクリスが視線の先にいた。
マズい!?
本能的な危機感に、瞬息を発動――――できない! 力が足りない!?
足元がおぼつかない上に、猛スピードで突進するクリスを避けられなかった。
全身を揺さぶるタックルの衝撃に、一瞬意識が飛んだ。
「タツ! タツ! タツッ!!」
しかも、気絶することさえ許されない。
万力のような力で締め上げられ、肋骨と背骨が軋んだ。
――――こんなにも心配してくれるのだ。仲間というのは、ありがたいものである。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、彼女を振りほどこうと弱々しくもがいた。
クリスが落ち着いた時には、サークの姿はどこにもなかった。
◆
彼女の過剰な反応には、理由があった。
俺の身に異常事態が起きたことを、隷属スキルを通して感知したクリス。
一人でアパートを飛び出した彼女は、やがてすぐ側まで接近したのだ。
しかし辺境で暮らしてきた彼女には、地下水路の存在が思い浮かばなかったのである。
気配を近くに感じながら俺を発見できず、パニックを起こしたらしい。
幸いなことに、お叱りを受けることはなかった。
なんといっても今回は、ちゃんと言い残してから出掛けたのだ。
むしろ俺を一人で外出させたことに、自責の念を覚えさせてしまった。
それをなんとか宥め、事の顛末をオブラートに包んで報告した。
そして一夜が明け、さらに驚くべき事態が発覚した。
俺はいま、ベッドの上にいる。怪我は治ったが、消耗した体力が戻らない。
クリスを安心させるためにも、大事をとって休んでいるのだ。
しかし、とある事件を知った俺は、関係者全員を自分の客室に呼び出した。
ベッドの上で上半身を起こした俺は、壁際に居並ぶ女性陣を順繰りに睨みつける。
「誰が、言い出しっぺなんだ?」
おそらく、言葉に怒りが滲んだのだろう。
トルテちゃんを除いた四人が顔を俯けた。後ろめたいのか、こちらと視線を合わせない。
そうか、こいつらが犯人か。
ベッドの傍らには、被害者であるキール君が椅子に座っている。
何が起きているのか理解できないのか、きょとんとした表情だ。
すっかり身だしなみを整えた彼は――――なぜか美しい少女の姿になっていた。
長い髪は丹念に編み上げられ、お手伝いさん達と同じお仕着せ姿になっている。
あまつさえ、薄っすらと化粧まで施されていた。
どこからどう見ても、完璧な女の子だ。
「クリス?」
冷静になろうとしたが、どうしても唸り声のようになる。
「わ、私は、止めたのです。でも、髪が長くて邪魔そうで…………」
ぼそぼそと、足元を見ながら弁明するクリス。ヘアスタイルは、彼女が担当したらしい。
「サーシャ?」
「口紅の色が良い具合だと思いませんか?」
とうとう居直って、彼女は自慢げに胸を張った。
「誰が、こんな悪戯を始めたんだ?」
なるべく穏やかな口調で自白を促すが、誰も何も語らない。
「トルテちゃん?」
声を掛けると、彼女は素知らぬ顔で隣の人物を指差す。
「ヘレンが?」
名を呼ばれ、びくりと肩を震わせる、最年長のお手伝いさん。
レジーナが主犯だと確信していたので、結構な驚きである。
「い、いえ、わ、わたしは、その…………」
彼女はひどくうろたえ、視線を泳がせる。
「思慮分別のある大人の君が、どうしてこんなことを?」
「それは、その…………」
ヘレンは両手の指をもじもじと絡め、頬を真っ赤に染めた。
「きっと、可愛いだろうなあと想像したら、つい…………」
理由になっていない。言っている意味が、全然理解できない。
しかしレジーナ、クリス、サーシャは、ウンウンと頷いて賛同する。
男女差による感性の違いだろうかと思いつつ、
「このバカたれどもがっ!!」
大声で一喝すると、彼女達は首を竦めて縮こまった。
「つまりね? 女の子の格好をすれば、保安隊の目を誤魔化せると思ったのよ?」
レジーナのしどろもどろな釈明に、黙って耳を傾ける。
ヘレンが扇動したとしても、一番の責任は雇い主である彼女にあるのだ。
お手伝いさんに化けた《彼女》が、宿無しだった少年と同一人物だと見破るのは、確かに難しい。
面白半分に着せ替え人形にして遊んだ訳ではないという、彼女達の主張も一理ある。
騙されている気がしないでもないが。
「しばらくその恰好で、我慢できるかな?」
とりあえず、本人の意思を確かめてみた。
キール君は、お仕着せをぱたぱたと触ってから、もの問いたげにこちらを窺う。
「……とても似合ってはいるよ?」
なんとも微妙な答えになったが、彼はまんざらでもなさそうに口元を緩めた。
「本人が嫌でないならまあ、いっか」
「…………なによ、わたし達は怒られ損じゃないの」
レジーナとヘレンが、唇を尖らせて拗ねた。
とにかく、キール君の精神状態は落ち着いたようだ。なら、幾つか確かめたいことがある。
「彼と話したいから、みんな席を外してくれないか?」
退室しようとしたクリスに、声を掛ける。
「クリス、お願いがあるんだけど」
「なんですか、タツ?」
「今晩、付きっきりで看病してもらえるかな?」
意味深に告げると、クリスが目をぱちくりさせる。
一斉に振り返ったレジーナ達の視線は、実に冷やかだった。
キール君と二人だけになると、枕元に置かれた黄色い果物に手を伸ばす。
ナイフで皮を剥いて、果物をキール君に渡す。
「お食べ?」
彼は両手を使って、果物にかぶりついた。
溢れる果汁にも構わない、まるで野生動物のような食べ方だ。
彼の手元を観察しながら、本題を切り出す。
「君の家はどこかな? ご両親はいるのかな?」
緊張しながら問い掛けたが、キール君はあっさりと首を横に振った。
予想よりも淡白で、あっさりした反応である。
「どこから来たの?」
質問を変えると、キール君が考え込む。そして窓を指差した。
ここの窓は南向きである。王都の南の方角にあるものと言えば、
「ひょっとして海?」
「海、です」
初めて、キール君が言葉を発した。変声期前の高い声、ボーイソプラノというやつだろうか。
「船に乗って、王都に来たんだね?」
首を傾げてから、彼は曖昧に頷いた。どこか自信がなさそうである
王国の外か。もしかして極端に無口なのは、言語が違うせいだろうか?
さらに質問を重ね、彼の故郷についての詳細な情報を得ようとした。
しかし、キール君が短い言葉と、ジェスチャーを交えて説明するのだが、要領を得ない。
彼は自分自身の境遇について理解していない、そんな奇妙な印象を受ける。
それでも根気よく言葉を交わしているうちに、おぼろげながら王都へ来た経緯が明らかになった。
王都の外から船でやってきたが、乗客としてではなかった。
キール君は、密輸入されたのだ。
箱に閉じ込められ、他の積み荷と一緒に運ばれてきたらしい。
怒りと吐き気が治まるのを待ってから、質問を再開した。
予想外の事態が起きたらしい。
複数の人間によって、キール君は王都のどこかに監禁されていた。
ある日、その場所が襲撃を受けたのだ。
逃げろと、命じられたらしい。誰にも見つからない場所に隠れていろと、言われたそうだ。
キール君は、それに従った。命じられた通りに、人目を避けて不案内な王都をさ迷った。
やがて人気のない、近寄る者もない崩れかけた屋敷に潜伏した。
そこが旧ペルセンティア邸だった、という訳である。
キール君には、日にちを数える習慣がないみたいだ。
だからどれだけの月日を、あの寂れた場所で過ごしたか、本人すらも分かっていない。
「どうして王都に連れて来られたか、分かるかな?」
内心で渦巻く激情を押し隠し、笑顔を作って尋ねた。
質問の内容が意外だったらしい。考えたこともなかった、そんな表情で黙り込む。
しばらく腕組みしてから、たどたどしく説明した。
「成功、生き残り、マスター、届ける?」
生き残り。その単語を口にした時、彼の表情が悲痛に歪んだのを見逃さなかった。
「――――マスターって、誰のこと? その人が、王都にいるのかい?」
「とても怖い、怖い人、」
キール君が震え出す。顔から血の気が失せ、かちかちと歯を鳴らした。
これ以上は無理か。消化不良だが、今日は諦めるしかない。
「大丈夫、ここにいれば安全だから」
手を伸ばして頭を撫でていると、やがて彼の震えは治まった。
◆
クリスが俺の部屋を訪れたのは、夜も更けた頃である。
薄手の化粧着を羽織っている彼女が、不覚にも艶めかしく見えた。
「タツ、それは?」
彼女はすぐに、俺が手にした小瓶に気付く。
ベッドに横たわった俺は、壁に掲げられた光木の輝きに、ガラス瓶を透かし見ていた。
小さな香水瓶ほどの大きさで、元の世界のガラス製品と同じくらい透明度が高い。
とにかく頑丈だと、これを手渡したカティアが保証した。もしかするとガラスに似た別物かもしれない。
ベッドの傍らに来たクリスと一緒に、きらめく小瓶を見詰める。
「…………俺達は、この中身を黄金色の霊薬で満たさなくてはならない」
俺の呟きに、クリスも頷く。
小瓶をサイドボードの上に乗せ、彼女の手首を掴んだ。
「どんな手段を使っても」
どこまでも澄んだ、彼女の瞳を見詰める。まるで魂の奥底まで覗き込めそうだ。
彼女もまた、息を呑むほど真っすぐで、ひた向きな視線を返してきた。
ぐいっと引き寄せると、彼女は無抵抗のまま俺の上に倒れ込んだ。
彼女の耳元に口を寄せ、こっそりと囁く。
「たぶん俺達は、見張られている」
彼女は、身動きしない。言葉の続きを待っている。
「俺達の行動を監視している者がいる。盗み聞きされている可能性だってある」
もし盗聴されているのなら、密着して会話すれば防げるかもしれない。
「…………やっぱりですか。そうではないかと思ったのですよ、ええ」
うんざりしたような彼女の呟きに、俺は驚いてしまった。
「まさか、気付いていたのか?」
「いえ…………本当に見張られているのですか? いったい何者が?」
そう、それが問題だ。
賞金稼ぎギルドへの襲撃が、サークの捕獲が目的だったと考えてみる。
だが彼個人を特定できず、ギルド全体を押さえようとしたとした。
そしてサークが目的なら、俺が無関係であるはずがない。
もし俺が賞金稼ぎギルドと接触したことが原因なら、何者かの監視下にあると考えるのが妥当だ。
俺の存在を知り、邪魔をしようとする人物は、一人しか心当たりはない。
それを確かめる手段も、一つしか思い浮かばない。
「しばらくしたら外出する。クリスはここで待機して、誰か来たら誤魔化してくれ」
まさか、男女が夜を過ごしている部屋に踏み込んだりしないだろう。
クリスには悪いが、アリバイ作りには彼女の協力が必要だった。
「…………何をするつもりですか?」
クリスの息が耳朶をくすぐる。自分も同行すると主張しないので、とても助かる。
俺の密かな決意を察してくれたのだろう。
あの《化け物》と遭遇し、自覚した。もはやルールに縛られ、行動する段階は過ぎた。
霊薬を手にするためなら、どんなことでもする。その誓いを今夜、果たすべきだ。
だが、それを彼女に告げる勇気が出てこない。
「クリスは、俺を信じてくれるか?」
「もちろんです」
即答するクリス。卑怯な質問だと、自分でも思う。
そう答えてくれると分っていながら、わざと口にさせているのだ。
「何があっても?」
「…………タツはズルいです」
「うわっ!?」
耳を噛まれた。俺の手口を見抜き、がじがじと甘噛みして抗議する。
二人でベッドの上を暴れまわり、ようやく彼女の両手首を掴んで押さえ込んだ。
「レジーナの兄、カルドナを始末してくる」
のしかかる俺をクリスはじっと見上げ、小さく頷いた。
万が一の場合は、彼女も共犯者になる。そういう意味だった。




