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王都_その6

 レジーナによると、現在の場所に遷都された背景には、王朝交替の歴史が絡んでいたらしい。

 そして前王朝から続くスターシフ家、グランドルフ家などは譜第(ふだい)貴族と称され、遷都以降の新参貴族家と区別されている。

 その中でもペルセンティア家は、前王朝に連なる最古の名門として別格扱いを受けていた。

 ペルセンティア家最後の当主は、ヴェルフ・ペルセンティア。

 国家反逆罪で処刑された時の年齢は、三七歳であった。



 シルビアさんの実家は、スターシフ家の傍流に当たる。

 正確には従姉妹よりも遠い縁戚だが、レジーナは彼女を姉とも慕ったらしい。

 シルビアさんは持病のため、幼い頃は大半の時間をベッドで過ごしていた。

 そんな彼女の許へレジーナは足繁く通い、本の読み聞かせをねだる。

 少女時代のシルビアさんと、レジーナの姿を想像してみる。

 ベッドの上で上半身を起こし、レースの肩掛けを羽織って本を読み上げるシルビアさん。

 その傍らで、目を輝かせて聞き入るレジーナ。

 そんな二人を、窓の外から差し込む柔らかな陽光が照らしている光景が脳裏に浮かぶ。

 シルビアさんの澄んだ声は妙なる調べのようだったと、レジーナは恍惚とした表情で語った。


 そしてシルビアさんの主治医を務めていたのが、ヴェルフ・ペルセンティアである。

 王都の貴族達は、技能と知識の研鑚に励み、それを社会に還元することを(たしな)みとしていた。

 レジーナの恩師であるリフター教授もまた、その一例である。

 貴族家には各々、お家芸となる継承技能があり、ペルセンティア家では医療技術を専門としていた。

 そのため、薬学関係で造詣の深いスターシフ家との交流が深く、当主でありながらヴェルフ自らシルビアさんの治療を担当したのである。

 少女時代のシルビアさんは、病弱のため社交の場に出られず、友人と呼べるのは年下の幼い従姉妹だけ。

 親しい異性といえば、家族以外ではヴェルフのみという環境である。

 レジーナによれば、ヴェルフは年齢の割に若々しく、理知的で物静かな男性だったらしい。

 世間を知らない少女の胸に、彼への恋心芽生えるのは、むしろ自然な成り行きだったのだろう。

 しかし、意を決したシルビアさんは思いの丈を告げるも、ヴェルフが応えることはなかった。

 一度目の妻を亡くしたヴェルフは独身だったが、さすがに年齢差が大きいと思ったのか。

 あるいは、思春期特有の一過性の憧れとして、受け流したのかもしれない。

 本来ならここで、少女時代の淡い初恋の思い出で終わるはずだった。

 しかし、その場面をこっそりレジーナが覗き見していたのである。

 彼女が親族の女性陣に漏らしたことから、事態が急変した。


《スターシフの魔女》

 王都の貴族社会で、スターシフの一族に連なる女性達は、そう呼ばれて畏怖されていた。

 スターシフの独身女性に、思わせぶりな態度を示してはならないと、他家では若い子弟達に訓戒する。

 軽々しい気持ちで口説き、もし彼女達がその気になったら、逃れる術がないからである。


 可憐で病弱だったシルビアさんを、スターシフの魔女達はことのほか愛し、大切に扱っていた。

 それゆえ、彼女の初恋を遂げさせんと、スターシフの魔女達が総動員されたのである。

《最古の血統》ヴェルフと、《スターシフの魔女》達との攻防は密かに、しかし熾烈を極めた。

 レジーナが語る魔女達の手口は、他聞を憚る(はばかる)ものばかりである。

 男達の心胆を寒からしめ、女性への幻想を砕くほどに容赦がなく、犯罪組織さえ青ざめる程に悪辣で、純情と誠実さを逆手にとる鬼畜の所業だった。

 頑強に抵抗したが、ついには陥落してしまったヴェルフには、同情を禁じ得ない。


 そんな経緯にも係わらず、婚姻の儀での二人は幸せそうだったらしい。

 当時、シルビアさんは一三歳、ヴェルフは三六歳。三倍近い年の差である。

 途中、疲労で立っていられなくなった花嫁を、花婿が抱きかかえて婚姻の儀に臨んだそうだ。

 二人の姿を見守るスターシフの魔女達は、感涙にむせんで二人の門出を祝福したのである。


 ペルセンティア家が取り潰されたのは、そのわずか一年後のことだった。


 ある日突然、王国軍の部隊がペルセンティア家に乱入。ヴェルフを逮捕、拘束したのである。

 罪状は、国家反逆罪。王国の法では、最も重い罪の一つだった。

 ヴェルフは牢に繋がれ、シルビアさんも王城の一画に幽閉される。

 ペルセンティア家当主逮捕の報に、王都は庶民から貴族まで震撼した。

 スターシフ家を始めとする譜第貴族は団結して、王家に対して猛烈に抗議する。

 ペルセンティア家の忠誠心はつとに知られ、反逆を企むなどあり得ない。

 これは譜第貴族の勢力切り崩しを目論んだ、何者(・・)かの陰謀だと主張したのである。

 しかし王家は一歩も譲らず、次々とペルセンティア家の一門を摘発していった。

 王家の強硬策に、譜第貴族は密かに武力をかき集めて警戒感を強める。

 王家と譜第貴族の反目により、王都は戒厳令下に近い状況に陥ったのである。


 最終的にペルセンティア家は、王族で構成される枢密院の秘密裁判で家門断絶となる。

 当主ヴェルフは極刑と併せ、抹消刑にも処せられた。

 抹消刑は文字通り、罪人の記録業績、子孫に至るまで、地上に存在した痕跡を消し去ることである。

 血と名を尊ぶ貴族にとって、それは死よりも重い、最大級の刑罰であった。


 国家反逆罪は連座制、罪を犯した当人だけでなく、累は家族にも及ぶ

 本来なら妻であるシルビアさんも処刑されるはずだったが、スターシフ家が交換条件を提示した。

 譜第貴族を抑えてヴェルフ無罪の訴えを取り下げる代わりに、シルビアさんの助命を求めたのである。

 王家は譜第貴族との関係正常化のため、これを受け入れた。

 シルビアさんの処刑は無期延期となり、終身幽閉と決まったのである。


 さらに半年後、カティアの手引きで、シルビアさんは王都を脱出したのだった。


      ◆


「公的にシルビア姉様は、現在でも重罪人。それを救うということは、王家に敵対するのも同然の行為」

 過去の事件のあらましを語り終えたレジーナが、眼差しを鋭くして問い掛ける。

「その覚悟が、一介の冒険者に過ぎないあなたに、果たしてあるのかしら?」

 彼女の口調は、毒のような悪意が感じられた。


「そんなことは、どうでもいい」


 思わず殺気を込め、彼女を睨んでしまった。

「……………………そんなこと?」

 怯んだ彼女を見て、冷静になろうと努める。

 忘れるな、レジーナは味方だ。彼女は、ありのままの事実を語っただけだ。

 亡霊(おまえ)の出番は、まだ早い。

「王家と敵対? それがどうした、大事なのはそんな些末な問題じゃないだろ?」

 どくどくと、こめかみが脈打つ。視界が狭まって、レジーナの顔しか映らない。

「君は、国家反逆罪が連座制だと言ったな? だったら――――」

 口がカラカラに乾き、しゃがれ声になる。


「リリちゃんは、どうなる?」


 俺の問いに、レジーナが沈黙で答えた。

「ペルセンティア家の娘であるリリちゃんも、連座の適用範囲なのか?」

「それがあなたに、何の関係があるの?」

 カッとなって頭に血がのぼり、膝を掴んで暴力的な衝動を抑える。

「答えろ、レジーナ・スターシフ」

 俺と彼女は、しばし睨みあう。

 隙あらば噛み千切ってやろうと、互いの喉笛を狙うような緊張感が漂う。

「…………国家反逆罪は、その子や孫にまで及ぶ。地の果てまで逃亡しようと王家は追討し、たとえ何年掛かろうと処分する。これに例外はないわ」

 ――――リリちゃんに手を出してみろ。誰であろうと絶対に


「でもリリは、ヴェルフの娘ではないから関係ないわよね?」

「え?」


「…………本当に身に覚えがないの?」

「え? なんのことだ? いやそれよりも、娘じゃないってどういう意味だ? 」

 レジーナの意外な言葉にうろたえ、頭が混乱する。

「シルビア姉様とヴェルフの間に子供が産まれたなんて、一言も口にしてないわよ?」

「いや、確かに言ってはないけども…………」

 えーと? シルビアさんの年齢からリリちゃんの年齢を差し引いて。結婚して一年後に…………

「あれ? ほんとだ!?」

 リリちゃんが産まれたのは、ヴェルフが亡くなってから、だいたい二年後だ。

「あれ? だったら、リリちゃんのお父さんって誰なの?」

「…………ヨシタツ、あなたじゃないの?」

 思いっきり、むせた。

「グホッなんでそうなるんだよ!」

「王都を脱出したシルビア姉様が、逃亡中に出会ったのがヨシタツだった。やがて、身ごもった姉様を捨てたヨシタツは、行方知れずに。女手一つで苦労して娘を育てること十数年、病気が再発した姉様の前に、ヨシタツがノコノコと姿を現した。成長した娘の姿を見て、過去の過ちを後悔したヨシタツは、カティア様に命じられて霊薬を入手しようと――――」

「いやいやいやいや、どうしてそうなるの!?」

 自分が語る与太話で、次第に怒りを募らせるレジーナに、待ったを掛ける。

「誤解だから! 信じて!」

「――――と想像していたんだけど、どうやら違うみたいね」

「当たり前だ! 俺はそんな無責任な男じゃないぞ!」

 俺が猛烈に抗議すると、レジーナがちょっとだけ柔らかな笑みを浮かべた。


 ――――だけど、本当に良かった。

 安心したら全身の力が抜けて、座っていたソファーからずれ落ちてしまう。

「ところで、リリって可愛い子なの?」

「会ったことがないのか?」

「そうなのよ! 王都脱出の後、シルビア姉様とは二度ほどお会いできたんだけど、娘のリリの顔を見る機会がなかったの!」

 無念そうに叫んだ後、彼女は両手を胸の前で組み合わせ、夢みるような表情になった。

「ああ! きっとシルビア姉様に似て、絶世の美少女なのでしょうね!」

「うん、とっても可愛いよ。優しくて親孝行で気配り上手、家事料理をこなし、武術の心得があって友達に好かれている、そんな子だ」

 リリちゃんの良い点なら、幾らでも列挙できる。

「何それ!? 完璧じゃない!」

「まあね? しかもまだ一四だから、将来が楽しみだよ」

 レジーナが驚愕するので、なんだか得意になる。娘を自慢する父親の気分だ、知らないけど。

「……へえ? ずいぶんと親しいみたいね?」

「大の仲良しなんだよ、俺とリリちゃんは」

 ちょっと照れ臭くなって、手で鼻の下をこすって誤魔化した。


「――――なるほど、つまりあなたは、リリ狙いという訳ね?」


 レジーナの微笑には、凄惨な迫力があった。

「――――――――え?」

「シルビア姉様を助けて恩に着せ、リリを(たぶら)かそうと――――」

「なんでそうなる!? そもそもまだリリちゃん一四歳だよ!」

「シルビア姉様は、一三歳で嫁入りしたのよ?」

 ばちっと、レジーナの指先で火花が散った。

「話せば分かる! 懐かれているけどちゃんと節度を守っていやそうじゃなくて!」

「…………その辺を、詳しく訊かせてもらうわよ?」

 青白い火花をまとったレジーナが、ゆらりと立ち上がる。



「朝まで時間はあるわ。たっぷりと鳴いてもらいましょうか、ヨシタツ?」

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