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王都_その2

 ゆっくりと、深い海の底から浮上するクラゲのように意識が覚醒する。


 カティアに使命を託されてから、眠れない日々が続いていた。夜半過ぎまでまんじりともせず、曖昧模糊とした悪夢のせいで夜明け前に目が覚めてしまう。日中は寝不足のため頭の芯が重く、胸にはいつも焦燥感がくすぶっていた。


 しかし昨夜は、一旦眠りに落ちると朝まで目が覚めることがなかった。

 窓の扉の隙間から、朝の陽が射し込んでいる。夜が明けるまで熟睡したのは久しぶりだった。

 むず痒いような苛立ちに急き立てられることもなく、いつまでもベッドでまどろんでいたいと思う。


 それはきっと、この優しい温もりのおかげだろう。

 柔らかな髪に鼻を埋めて息を吸い込むと、まるで故郷の空気を嗅いだように気持ちが安らいだ。

 自分がずっと欲しかったものを、いま腕の中に閉じ込めている。そんな幸福感にひたることができた。


 俺は、クリスをぎゅっと抱き締めて――――


 ブワッと全身の肌が粟立ち、眠気が遥か彼方に吹き飛んだ。

 どうしてこんな体勢になっている!

 真正面からクリスの背中に手を回し、足が絡み合っているのだ。寝相が悪かったとか寝惚けていたとか、そんな弁解など通じるはずがない危機的状況。裁判なら即、有罪確定である。

 どうやらクリスは眠っているようだ。当たり前だ、起きていたら今頃大騒ぎである。

 どうか目を覚ましませんようにと祈りつつ、細心の注意を払って身体を引き離す。それから屈伸やら蠕動運動でモゾモゾしながら、ようやくベッドから抜け出した。

 窮地を脱した俺は、足音を忍ばせて窓際に寄り、そっと扉を開ける。

「うーん」

 背後から呻き声が聞こえ、ギクッとする。おそるおそる振り返ると、クリスが陽の光を避けるように寝返りを打っていた。

 ほっと胸を撫で下ろし、改めて外の景色を眺める。狭い路地に射し込む陽の光が、白というより灰色にくすんだ古い家並みを照らしている。今日も良い天気になりそうだ

 寝坊してしまったが、十分な睡眠とスリリングな体験で頭がスッキリだ。思えば昨夜まで、冷静に物事を考えられなかった気がする。

 焦りは禁物だ、打てる手を着実にこなしていこうと、気持ちを新たにした。


 取り敢えず、部屋をツインに替えてもらわなければ!


 ◆


 今日も政庁前広場を訪れた俺とクリスは、例の異風な彫像の台座に並んで腰掛けている。

「あ、あの、タ――――アレク?」

「うん? お腹が空いたの?」

「違います! そうではなくて…………このままでいいのですか?」

「これでいいのだ」


 俺とクリスは現在、適切な間隔を挟んで座っている。

 昨日はなんで、あんなことを仕出かしたんだろう?

 目立たないようにする、そのためにカップルを装う。それをナイスなアイディアだと考えていた。

 ぜんぜん、ナイスではなかった。誰が見てもおかしい、三十路の男が未成年の婦女子にやってよい行為ではなかった。寝不足のあまり正気を失っていたとしか思えない。

「もう大丈夫だから。ありがとう、クリス」

 彼女のおかげで、気持ちを切り替えることができた。その感謝を口にする。

 彼女には意味不明だろうが、ちょっとだけにじり寄ってくれた。許してもらえたのだろうか。

 やがて時刻を告げる鐘が鳴り響き、いつものように広場を立ち去る。


 昨日までと違う点は、本日は尾行者がいることだろう。


 やはり睡眠は大事である。いまの俺には、冷静に対処する余裕がある。

 事前に決めていた合図を送ると、クリスの顔に緊張が走った。

 彼女の視線を捉え、大丈夫だと微笑んでみせる。

 気持ちが伝わったのか、彼女の肩から強張りが抜けた。

 背後から追随する反応は一つ、距離は三〇歩ほど。一瞬の躊躇の後、探査を切る。

 逆探知の危険性を考慮しなければならない。王都は、スキル持ちの宝庫だとセレスが教えてくれた。

 単純な話で、人口が多ければ比例してスキル持ちの数も増える。

 それが国の発展に寄与するという仕組みになっているのだ。

 周囲にどんなスキル持ちが潜んでいるのか不明な以上、用心に越したことはない。

「日用品を買い足そう」

 この状況での、何気ない会話。勘のいい彼女なら、俺の意図を汲んでくれるだろう。

「…………はい」

 彼女の返事を確認してから、道を変えた。

 向かう先は、日用の品々を扱っている市場である。

 ここはアーケードの常設店舗だけでなく、通りにまで露店や屋台が溢れている。

 鍋釜食器に籠や笊、小間物に衣類など、探せばなんでも見つかる場所だ。

 ここを利用するのは地元の住民だけではなく、観光客の集団まで土産物を買いにくる。王都土産ということで箔がつくらしい。とにかくすさまじい喧騒で、はぐれないようにクリスと手をつないで人混みをかき分けた。

 実際に補給も必要なのである。最初の予定とは違い、都市で生活する上で不足する物資もあるはずだ。

「必要なものがあったらなんでも買ってくれ!」

 周囲の喧騒に負けないよう、俺も声を張りあげる。雑音がひどくて、例えスキルでも聞き分けられる心配はない。もし心を読むスキルなんてものがあったら完全にお手上げだが、そこまで心配してもキリがない。

 最初は緊張していたクリスだが、やがて自然な態度で店の品々を物色し始めた。

 ここで、尾行者を誘う。

 人混みの多い場所で、遠くから監視するのは難しいだろう。必ず接近してくるはずだ。

 そこを狙い、人混みの隙間に看破を通す。距離が近ければ高い精度と、より多くの情報が得られる。

 尾行者の正体が判明すればよし、駄目なら一旦撒いて逆に相手を追跡する。

 戦術とも呼べない単純な企みを秘めながら、クリスと店巡りをする。

 すぐに尾行者の目星がついた。人の波の上に、茶色の頭巾を浮かんで見える。マントの襟を掴んで、顔が見えないように隠している。こちらを窺う気配が感じられた。

 人混みをかき分けるのに必死な様子で、なかなかこちらに近付けないようだ。

 頑張れ、次の店に移動しながら、内心で尾行者を応援する。

 背は俺と同じぐらいなのだが、華奢な男らしい。恰幅の良いご婦人と正面衝突する。

 あ、倒れた。頭巾が人波に呑みこまれて消えた。

「アレク、こっちに」

 クリスに手を引かれるまま、背後を振り返る。茶色の頭巾の男はまだ復帰していない。

「ここでちょっと…………」

 衣料品の店舗に入り、小声で話しかけるクリス。それに頷きつつ、視線は茶色頭巾を探す。

 あ、出てきた。少しよろけながら、辺りをきょろきょろ見回している。

 どうやら茶色頭巾は、俺達を見失ってしまったようだ。この混雑だから無理もない。

 人の流れに右往左往しながら、俺達を探してまわる姿を眺めてやきもきする。

 こちらとしても、気付いてもらわないと困る。ごく自然に目立つ方法はないだろうか?

 店の棚へ無造作に手を伸ばし、折りたたまれた薄紅色の手拭いを掴むと、大声で怒鳴った。

「おーいクリゴホンッ! リーナ! これなんかどうだ!」

 俺が間違えてどうする。お、茶巾がこっちに気付いた。

「どうかしましたか?」

「早く代金を払って! お釣りはいいから!」

 手拭と銀貨を押し付けて催促すると、クリスは慌ててふためいた。

「タ、タツッ!? こ、これは――――」

「いいから急いで!」

 遠慮する彼女の背中を、カウンターがある店の奥へと押しやった。

 茶巾が接近してくる。丈の短い、腰辺りまでしかないコートに、乗馬服のようなゆったりしたズボン、

 仕立ての良さは感じるが、あちこち埃にまみれて着崩れている。

「お、お待たせしました!」

 息を切らせたクリスを一瞥してから、視線を戻す。あれ、茶巾がいない?

 辺りを見回すと、ご婦人の買い物客の一団に押し流され、どんどん遠ざかるところだった。

 ――――駄目だ、これは。



 当初の作戦を諦め、尾行者を捕らえることにした。

 相手がこちらを視認しているのを確かめつつ、路地に入る。

 ゆっくりと奥へと進んで路地を抜けると、素早く人気のないことを確認した。

 クリスと頷き合い、左右に別れて壁に背を預ける。

 すぐさま、足早の靴音が路地の向こうから聞こえてきた。

 茶巾が路地を飛び出した瞬間、相手の首に手を巻きつけて拘束する。

 手にしたナイフで脅しつつ、クリスが武装を解除。その間に看破を掛ける。もし危険なスキルな持ち主なら、即座に締めて落す。ナイフを目の前にかざしたら、相手も大人しくなるだろう。

 クリスに流血沙汰は見せられない、だから素早く片付ける。

 そう考えていたのだ。路地から飛び出した茶巾の首を締めあげる、その瞬間までは。


「クウッ!?」

 相手の喉から漏れる、細く高い女性の苦鳴に動揺する。

 事前に知っていればともかく、俺は相手を男だと思い込んでいたのだ。

 首に巻いた腕が反射的に緩み、ナイフを取り落としてしまった。

「…………わたしに」

 呼吸を取り戻して声を出せるようになった彼女は、俺の腕を掴んでぎりぎりと爪を立てる。

「さわるなあああっ!」

「ッ!?」

 彼女の絶叫と同時に、激しい痛みを伴う衝撃が腕を痺れさせた。

 腰を落とした彼女が、力を失った右腕の拘束からするりと抜け出す。

 危険を感じた俺は、とっさに後退する。彼女は腰を屈めたまま反転し、腕を真横に薙ぎ払った。

 彼女の手が右膝に触れた瞬間、またもや衝撃をくらう。痺れが爪先まで達し、足元が危うくなる。

 これと似た感覚を、以前に味わった経験がある。

 半ば確信しつつ、彼女に看破を発動した。

 【帯電】 それが彼女――――スターシフのスキルだ。


 頭巾がずれ、彼女の顔が露わになる。勝ち気そうな面立ちに、紅をひいた唇。

 編み上げた髪はオレンジ色で、ほつれ毛が逆立っていた。

「タツ!?」

「止せ! 彼女は敵じゃない!」

 助けに入ろうとするクリスと、こちらに襲い掛かるスターシフを制止する。

 しかしスターシフは聞く耳を持たず、指を鉤爪のように曲げて掴み掛かった。

 無剣流を発動したが、右脚の反応が鈍くてバランスを崩す。接触したらまずいと分かっていたが、思わず彼女の手を左手で払った。

 触れ合った部分でバチッと青白い火花が散り、刺すような鋭い痛みが左腕に走る。

 これは感電だ、彼女の身体は高圧の電気を帯びている。もしくはフィーが放つ炎のような、スキルによる疑似的な現象だろう。

 彼女には速さも力もなく、武術をたしなんでいるようだが技はつたない。しかし接触しただけでダメージを受ける、その身に帯びた高圧の電気はかなりの脅威である。

「うがああああー!」

 俺と接触した瞬間、スターシフが吠える。そこには苦痛も含まれていた。

 このスキル、どうやら諸刃の刃らしい。

 接触による放電を武器にしているが、スキルの使い手自身にもダメージがあるようだ。

 しかし彼女はまったく怯むことなく、さらに一歩踏み込んだ。

 両腕と右脚の動きが鈍く、懐への侵入を許してしまう。俺の腹に、彼女は掌底を叩きつけた。

 これまでで一番の衝撃に、内臓まで痙攣するようだ。目の奥で、ちかちかと光が瞬く。

「ああああああああ!」

 同時に彼女も苦痛にあえぐが、決して退かない。さらに手のひらを押し付ける。

 彼女は歯を食いしばり、双眸を炯々と光らせて俺を睨む

 怒りだ。我を忘れるほどの激しい怒りで、彼女は感電の痛みを塗り潰している。

 意識が遠のき掛けた瞬間、不意に攻撃が止む。


「――――クリス!?」

 クリスが背後からスターシフを羽交い絞めにして、俺から引き剥がしたのだ。

「がああああ!」

 拘束されたことにより、スターシフがさらに激昂する。

 全身に広がった青白い火花が、クリスまで包んでバチバチと弾けた。

 ――――スキル駆除、発動準備。スターシフに向け、必死に手を伸ばそうとした瞬間である。

「わ、わたし――――は」

 獣のように暴れるスターシフに、苦痛で顔を歪めながら語り掛ける、彼女の声が聞こえた。

「わたしは――――クリス」

 喘ぐように、そう名乗った。

「あ、あなたの――――な、名前は?」

 苦しそうに言葉を絞り出すが、そこには確かに優しさと、気遣いが込められていた。


 スターシフの絶叫が途絶える。スイッチが切れたように、二人を覆っていた火花がかき消える。

 戸惑った表情で彼女が振り返ろうとすると、クリスは拘束を解いた。

 足元をふらつかせたクリスが、強張った顔をなんとか和らげて微笑む。

「わたし達は、敵ではありません。話を、どうか聞いて頂けませんか?」


 しばらく押し黙っていたスターシフが、こくりと頷いた。


 ◆


「本当にカティア様の使いなの? あなたが?」

 落ち着きを取り戻したスターシフが、疑わしげな眼差しで俺を見詰める。

「逆にこちらも訊きたい。なぜ、俺達を尾行した?」


 騒ぎを起こした路地を離れた俺達は、スターシフの案内で一軒のカフェに入った。

 彼女は入り口側の席を占めた。すぐに店の外へ脱出できる位置を選んだのだろう。


 カティアからは、王都で協力を仰ぐ人物について教えてもらっている。

 その人物が目の前にいる女性――――スターシフ、のはずだった。

「あの彫像の前で会うことになっていたはずだ」

 そう、あのおどろおどろしい彫像の前で待っていれば、協力者が接触する手筈になっていた。

 その時の合言葉もカティアから聞いていたが、こうなってはもう無意味だろう。

 手順を踏まず尾行した彼女には、心変わりや裏切りの疑いがある。


「あなたが怪しい人間に見えたからに決まっているじゃない」

「――――待て、なんのことだ」

 悪びれず、平然と言い掛かりをつけてくる彼女を睨む。

「真っ昼間からこの娘を――――」

 彼女がビシッと指差した先にいるのは、ランチを貪っているクリスだ。

 ご馳走するから好きなものを注文しなさいと言われ、クリスはあっさり懐柔されたのだ。

 お勧めランチを堪能していた彼女は、ちょうど冷やした香茶を口に含んだところだった。

「この娘を公衆の面前で辱めるような好色な男が、どうして信じられると――――」

 ぷぴゅっと、クリスが噴き出した。咄嗟に横を向いたので、ランチの皿は惨事を免れた。

 代わりに、俺の膝が酷いことになったが。

「す、すみません!」

「いくら奴隷とはいえ、嫌がる女の子を無理やり抱き寄せて! いやらしい手付きで太腿を撫でさすったりするような下劣な人間を、あのカティア様が使いに寄越すはずがないわ!」

「あ、あの! もうちょっと声を抑えて!」

 店内にいる他の客の視線が集まり、真っ赤になったクリスが必死に訴える。

「確かに、俺は君の言う通りのことをした」

 そのことはもう既に反省した。だから臆することなく答える。

「だが、あれは周囲の目を欺くための演技だった。ああすれば目立たないと思ったからだ」

「目立っていたわよ! 黒の戦士像の前であんなことをすれば!」

「黒の戦士?」

「あの像は、戦士に加護を与えると言われている像なのよ。その前で、あんな破廉恥で罰当たりな行為をすれば、いやでも注目の的よ!」

 ――――そうだったのか。だからみんな、変な目で見ていたんだ。思い出した、スターシフは昨日、俺を蔑んだ目で見ながら通り過ぎて行った女性だ。

 王都の慣習について、下調べが不十分だった、そのために貴重な数日間を浪費したのか。

「タツ…………」

 悔しさで歯噛みしていると、隣のクリスが肩を撫でて慰めてくれた。

 無益な辱めを与えてしまった俺には、彼女に優しくされる資格などない。


「それに、演技だと主張するけど、下心などなかったって誓えるの? まったくこれっぽっちも、イヤらしい気持ちがなかったわけ?」

 問い詰めるスターシフに、違和感を抱いた。嗅覚ではなく、直感に訴える匂いを感じる。

 だから俺は、悪びれることなく正々堂々と胸を張った。

「そんなことはない!」

「―――――――――え? タツ?」

 しばらく悩んだが、意味が分からず首を傾げるクリス。

「なら、イヤらしい気持ちがあったことは認めるのね?」

「もちろんだ」

「タ、タツ!?」

 クリスが悲鳴まじりに大声を出す。

「じゃあ聞くけど、どんな触り心地だったの? どこが良かったの?」

「や、やめてください!? 何を言っているのですかあなたは!」

 恥ずかしさでうろたえるクリスを横目に、俺は淡々と感想を述べる。

「ズボンの生地が弾けそうなほど、しなやかな筋肉を感じさせる若々しい張りがあった。それだけじゃない、女性らしい柔軟さが一体となった、まさに」

「なんで馬鹿正直に答えるのですか!?」

 クリスが泣きそうな顔で、俺の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶった。

 そんなクリスを、スターシフが満足げに眺める。

 ――――先ほどの匂いの正体が分かった。彼女はフィーと同類なのだ。

 彼女に対し、一気に親近感を覚える。趣味が合いそうだ。

「分かったわ、カティア様の使いだという、あなたの言葉を信じましょう」

「どうして!? どうして今ので信じられるのですか!」

 スターシフの言葉に、俺の首をぎりぎりと締めあげながら抗議するクリス。

「信頼を得るために、あえて自分の恥ずかしい性癖を隠さずに暴露した。その潔さを評価したのよ」

 もっともらしく聞こえる彼女の台詞に、クリスはしぶしぶ手を離す。

 騙されているよ、クリス? でも、こういう素直なところも可愛いと思う。

 それにしても、女性の脚について語るのは、そんなに恥ずかしいことだったのか?

 世間一般から見た自分の性癖に一抹の不安を覚えつつ、服の内側にしまい込んだ封書を取り出す。

「カティアが、これをあなたにと」

 表面的には疑わしい点はなさそうだと判断すると、言葉遣いを改めて封書を渡した。



「…………なんてこと」

 事前に連絡しておいたとカティアは言っていたが、詳細は伝えていなかったのだろう。

 スターシフは何度も書面を読み返す内に、段々と顔色が青ざめてくる。

「ごめんなさい。わたしが変に疑わなければ、もっと早くに…………」

 深い悔恨を滲ませた口調で、彼女は謝罪した。

「いや、あなたの責任ではない。俺の下手な小細工が原因だ」

「それはそうだけど…………」

 おい? 唇を噛み締めていた彼女が、真正面からこちらを見詰める。

「分かった。わたしにできることなら、なんでも協力するわ」

「ありがとう。俺はヨシタツ・タヂカ、しがない冒険者だ。彼女はパーティーメンバーの」

「クリサリスです。クリスと呼んでください」

「わたしは」

「カティアから伺っています。スターシフ様とお呼びすれば?」

 身分のある女性だと聞いていたので、礼儀正しく尋ねる。

「そんなに畏まらなくてもいいわよ」

 しかし彼女は微苦笑し、手を軽く振った。

「レジーナと呼びなさい。わたし達はこれから同志になるのだから」

 彼女は優雅に会釈し、ニコリと笑った。


「貴族位に連なるスターシフ家の次女で、シルビア姉様の従妹よ」


 王都でもっとも信頼できる相手だと、カティアは告げた。

 その理由を初めて知り、迷宮にさ迷いこむような不安を覚えた。

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