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転機_後編

 その日、八高弟による稽古の締めくくりが行われた。


 俺とクリスは明後日、ギルドの依頼で北西の街ペルレスへと赴く。

 だから稽古は一段落として、いずれ折を見て再開する。そういうことになった。

 今日はこれまでの稽古の成果を示すため、最後に仕合を行うことになったのである。

 その仕合の相手に、ガーブを指名した。

 仕合開始直後から、彼の木剣と俺のチャンバラブレードが激しくぶつかり合う。

 そしてわずか十数合の打ち合いの後、決着がついた、

 敗れたのは、もちろん俺である。全力を尽くしたが、やはり彼には及ばない。

 止めの一撃を喰らって倒れるとモーリーが駆け付け、治癒術を施してくれた。

 骨に異常はないのは幸運ではなく、手加減されたから。それだけの余裕が、ガーブにはあった、

 いくらスキルがあろうが決意を固めようが、彼との隔たりは簡単には縮められない。

 しかし、以前の自分よりは強くなった、その実感だけは得られた。


 北の森の一画に静寂が満ちた。

 兄弟子達が勢揃いして仕合を見守っていたが、決着がついたのに誰も口を開かない。

 クリスとフィーも同様で、押し黙ったままこちらを見ている。

「――――そなたというやつは」

 最初に口を開いたのは、ガーブだった。その声が震えているのは、怒りのせいだろうか。

 彼は殺気のこもった眼差しでこちらを睨み、大声で怒鳴った。

「なんだというのだ、そなたは!」

 彼の足元には、俺が使っていたチャンバラブレード、その残骸がある。頑丈さが売りのそれは、包んでいた毛皮とクッションが弾け飛び、芯となっていた魔物の腱が剥き出しになっていた。

 彼の怒りはもっともなのだ。新しいスキルの実験台に、ガーブを使ったのだから。


 以前、コザクラは言っていた。新たなスキルは、すでに兆しを見せている。しかし俺の疑惑と嫌悪が、その発現を抑制していると。

 俺は、リリちゃん達の意思を応援できるだけの人間になりたいと望んだ。だから、その抑制が緩んだのかもしれない。

 あるいは、別の理由も考えられる。


 兄弟子達の稽古は、常に紙一重。たまに真剣まで持ち出すほどきわどいものだった。

 急所への寸止めは、自分が死んだと錯覚するほど鋭かった。

 わずかに手元が狂えば即死となる一撃。最後の瞬間まで、本気で殺すつもりでいた斬撃。


 スキル群は八高弟を、魔物以上に俺の生命に対する脅威と認識したのかもしれない。

 宿主となる俺の命を守るため、自ら発現した。そういうことなのかもしれない。

 真実はどうであれ新しいスキル達は、その威力と効果を発揮した。

 予備知識を与えず、初見ならばどれほど効果があるのか。それを確かめる相手としてガーブを選んだ。

 たとえ初めて対峙するスキルでも、無傷で切り抜けられるのは八高弟の中でもガーブのみと信じて。

 だとしても、危険な役目を押し付けられたのだ。当然彼には、怒る権利がある。

 濃厚な殺気をまとい、ガーブが一歩前に踏み出す。危険を感じた俺は、モーリーを押しのけた。


「ガーブさん」


 クリスの声が響いた。威嚇などではない、その声には本物の優しさが込められている。

 ガーブが、天を振り仰いだ。握り締めた拳が震えていたが、徐々に肩の力が抜けていく。

 やがて姿勢を戻した彼の眼差しから、剣呑な光が消えていた。

「醜態を見せた。いささか狼狽えたようだ」

 その穏やかな表情を見て、申し訳ない気分でいっぱいになる。

「こちらこそ、すみませんでした」

 相手をしてもらった感謝の気持ちも込めて、俺は頭を下げた。


「気にすることはねえよ、おっさん」

「そうですよ。本気を出せといったのは、ガーブの兄者なんですから」

 いつの間にか側にいたベイルとマリウスが、ニコニコと笑いながら手を引っ張って立たせてくれた。

「うむ、問題ないじゃろう」

「そうそう! よく頑張ったね!」

 機嫌良さそうなグラスとラヴィに肩を叩かれる。ガレスが頷き、フルは楽しそうだ。

「み、みんな――――」

 兄弟子達の優しさに涙ぐみそうになる。暴力馬鹿の愚連隊とか評価していた自分が恥ずかしい。

「お、おいっ!? そなたら! 止せ!」

 なのに、なぜか慌てふためくガーブ。

「「「それじゃあ――――」」」

 兄弟子達の声が重なった。そしてお互いの出方を窺うように、その動きが止まる。

「駄目だ」

 ラウロスが、一言告げる。

「おい、ラウロス! ちょっとぐれえ」

「そうよ! ズルいわよ!」

「そうじゃ! ガーブだけ美味しい思いを」

「ダメだ。ヨシタツはこれから忙しい」

「あ、あのお?」

 突然始まった兄弟子達の言い争いに、俺は戸惑って声を掛ける。

「ヨシタツ! おぬしはもう帰れ!」

 ガーブが背中を押して、俺をクリス達の方へと追いやろうとする。

「え? え?」

「そなた達も! ヨシタツを連れて早く帰れ!」

 鋭い声で命じられたクリス達が、急いで駆け寄ってきた。

 内心で首を傾げながら、クリスとフィー、モーリーを引き連れて歩き出す。

 振り返ると、ラウロスとガーブ、それにガレスの背中が見えた。


「ありがとうございました!」

 世話になった兄弟子達に感謝し、街へと戻った。


      ◆


 ギルドの依頼は簡単な仕事だった。封書を二通預かり、それをペルレスの街にある冒険者ギルドの支部に届けるというものだ。

 西の街道を進み、王都の手前で北に進路を変えることになる。噂の王都に立ち寄りたいが、今回は見送りだ。王都観光は、シルビアさんが元気になるまでお預けである。

「これが高価な届け物?」

 封書を受け取った時、俺は封書をひっくり返して確認した。色違いの封書で、宛て先は書いていない。

「一通は現金化できる書簡です」

 セレスの説明で、為替手形のようなものかと納得する。

 正式にギルドの依頼を請けた翌日、俺とクリスはとうとう旅立ちの朝を迎えた。



「いってらっしゃい、タヂカさん」

 宿の前まで、リリちゃんは見送りに出てきてくれた。

 シルビアさんには昨日、出発の挨拶を済ませてある。くれぐれも早く帰るようにとお願いされた。

「いってきます、リリちゃん。お土産を買ってくるよ。それじゃ、リリちゃんのことを頼んだよ?」

 俺が声を掛けると、リリちゃんの隣に立つフィーが胸を叩く。

「わたしに任せなさい! クリスも頑張るのよ!」

「フィーも、しっかり留守番しているのよ?」

 クリスは、まだちょっと頼りない面持ちである。よほど相棒と離れるのが心細いらしい。

 早朝の澄んだ空気の中で別れの言葉を交わしてから、俺とクリスは出発した。

 いつまでも手を振り続けるリリちゃんとフィーに、何度も振り返って応える。

 そして角を曲がって姿が見えなくなると、足を早めた。


 西の門に到着すると、荷物検査がある。魔物の討伐ではなく、街を出ての旅だからだ。

 今日は旅行者が少なく、検査は早々に済んで西門を通過することができた。

 西への街道を進む途中で、俯いて歩くクリスに声を掛ける。

「いま、重大なことを思い出したんだけど」

 俺は立ち止まり、元気のないクリスの顔を覗き込む。

「どうかしましたか?」

「うん、驚かないで聞いてほしいんだけど」

「は、はあ?」

 俺は声を潜め、クリスに打ち明けた。

「実は旅に出るの、今回が初めてなんだよ」

 衝撃の告白に、目をみはるクリス。うん、そりゃ驚くだろう。

 この期に及んで、何を言っているんだという話である。

「本当に初めてなのですか!?」

「あの街を訪れた時は、カティアに拾われて引率されただけだし。他所の街には立ち寄りもしなかった」

 しかも途中の記憶が曖昧なのである。野営の支度では何をやったのか覚えがない、というかカティアに任せっきりだったのだろう。魔物や凶賊の襲撃では、彼女の背後でほとんど怯えるだけだった。

 この世界で旅に出るのは、実質今回が初めてだと言えるだろう。

「だからクリス、この旅では君だけが頼りなんだ」

 クリスはしばらく息を呑んでいたが、我に返ると真っ正面から見詰めてきた

「分かりました。私に任せてください!」

「うん、お願いね?」

 手を合わせて拝むと、気負い込んだクリスがふんすと鼻息を鳴らす。

 先に立って力強く歩き始めた彼女の背中を眺めていたら、つい口元が緩んでしまった。



 周囲に人影はなく、天地に二人っきりで旅を続ける。

 身軽な俺達は、隊商などを遠くに置き去りにしていた。

 意気揚々と歩くクリスが、さかんに旅の心得を声高に説いてくれた。

 生水は飲まないこと、野営に適した場所や、夜は交代で眠って見張ることなどだ。

 俺は相槌を打ちながら、遠くの空を眺める。旅は、人の心をのびやかにするものらしい。

 この世界も悪くない、そんな感慨に耽ることができた。


 やがて街を離れて太陽が天頂に達する頃、街道から逸れた場所に転がる岩が見えてきた。

 大きさは大人が並んで三人座れるほどで、その岩に腰掛ける二つの人影があった。

 近付くに従い、次第に人影の輪郭がはっきりする。

 カティアと、コザクラだ。

 俺とクリスは道を外れ、その岩を目指す。俺達が接近しても、彼女達は身じろぎ一つしない。

 カティアは立てた片膝に顎を乗せ、憂いを帯びた眼差しで遥か彼方を眺めている。

 まるで迷子のように、その姿がやけに小さく見えた。

 あと数歩という距離で、カティアは片手を挙げた。

「よお」

 礼拝所裏の出来事から久しぶりの再会なのに、随分とそっけない挨拶である。

 まあ、それも仕方がない。二度と顔を合わせたくない、そう思われて当然なのだ。

 冷静さを失うな。大丈夫、いつも通りの感じでいけばいい。

「やあ、見送りに来てくれたのか?」

 うんと頷いた彼女が、立ち上がりながら傍らの剣を手にする。

「先に預かり物を渡しておく。ガーブから餞別だ」

 俺の前に立った彼女は、鞘に収まった剣を突き出した。

「あいつが昔、使っていた剣だ」

 俺は両手で、うやうやしく受け取る。寸法は通常よりも短め、鞘は黒塗りだ。

 少し反りがあり、細身ながらも厚みがあるのか、手にずっしりした重みを感じる。

「お前への詫びだそうだ」

 詫び? なんのことだろう?


「騙してすまなかった、ヨシタツ」

 心当たりがなくて悩む俺に、彼女が唐突に懺悔する。

「ギルドの依頼は、わたしの策略だ。お前に頼みがあって、セレスに協力してもらった」

 思わず生唾を飲み込んだ。それほどまでに、彼女の表情は真剣だった。


「シルビアの命は長くない。もって、あと三ヶ月ほどだ」


 疑問や反論の言葉さえ、カティアの眼差しに封じられる。

 だけど、それはおかしい。治療師とモーリーは、そんな重篤な病に罹っているとは言わなかった。

 気休めの嘘ではないはずだ。彼女達は自分の診断に自信を持っているように見えた。

 カティアの背後で、いまだに岩の上に腰掛ける少女を睨む。

 コザクラが、頷いた。

 こちらに視線も向けず、感情の一切を排し、ただ機械的な動作で。

 彼女がカティアの発言を肯定した瞬間、頭が沸騰する。

 こいつは、知っていやがったんだ!

 思わず飛び掛かろうとした俺を、とある少女の面影が押し止める。その無垢な笑顔が脳裏を過ぎった時、コザクラへの怒りを無理やり抑え込んだ。

 同時に、冷たい恐怖が臓をわし掴みにする。彼女はどうして、俺に教えなかった?

 最悪な憶測に目が眩み、ふらついた俺をクリスが支えてくれた。

 彼女の顔色も真っ青になっている。俺がしっかりしないでどうするんだ。


「どうかシルビアを助けてくれ」

 カティアが、冒険者筆頭が、常に自信に満ち溢れていた彼女が、俺に頭を下げた。

「わたしでは駄目なんだ。ヨシタツ、お前でなければ成し遂げられないことなんだ」

 初めて聞く彼女の悲痛な声音に、たったいま帯びた使命の困難さを悟る。

「――――もちろんだ、なんでもやる」

 カラカラに乾いた喉から、しゃがれた声を絞り出した。

 風呂での一幕で、リリちゃんを見詰めていたシルビアさんの微笑みを思い出す。

 死病に侵された俺の母が浮かべたのと同じ、あの笑みを。


 カティアが、今度は袋を手渡した。拳二つ分は入りそうな袋は、見掛けほど重くはない。

 視線で促され、袋を開いて中を覗き込む。それを目にした瞬間、重要なピースがぴたりと嵌るのを感じる。

 袋の中身は全て、魔物から採れる《霊礫》だった。

 あ然とする俺に、カティアが告げた。


「ヨシタツ、王都に潜入して《霊薬》を入手してくれ」

 それが、俺の果たすべき使命の正体だった。

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