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閑話 さーどこざくら:ふぉーとれす

 カティアとのデートから、二日が過ぎた晩のことである。


 シルビアさんが俺の部屋に訪れ、明日は早朝から夕方まで、リリちゃんと一緒に買い物に行ってくると告げた。その時、クリスとフィーも連れて行ってもいいかと尋ねられ、ぜひにとお願いする。

 先日の大騒ぎで、クリス達に疲れが残っているみたいなのだ。だから買い物を楽しみ、美味しいものを食べ、気分転換して欲しいと思う。

 しかしシルビアさんから、俺を残して出掛けるのが心配だと言われてしまった。三十路の男を子供扱いする彼女に、食事なら適当に済ませますと苦笑しながら答える。

 するとシルビアさんは曖昧に笑い、コザクラと仲良く留守番するようにと念押しした。

 それは絶対に無理だ。そう思ったけど、口には出さない。

 翌日の朝、シルビアさんに引きずられるように出発したリリちゃん達を、宿の前で見送った。


 さて、食欲がないので億劫だが、朝食の準備を始めようか。

 宿を振り仰ぎ、閉ざされた屋根裏部屋の窓を眺める。

 自分一人ならこのまま二度寝したいが、コザクラの面倒を任されているのだ。

 まずは彼女を叩き起こし、朝食の準備を手伝わせよう。皿ぐらい並べなければ、食わせてやらん。

 宿に戻って食堂脇の急な階段を登ると、屋根裏部屋に到達する。明り取りの窓から漏れる光で、中の様子はぼんやりと把握できる。窓際にあるベッドの上には、コザクラが毛布にくるまって眠っていた。

 とりあえず窓を開け放ち、朝の陽射しと新鮮な空気を取り込んだ。

 今日は快晴になりそうだ。青い空を眺め、 陰鬱な気分を無理やりにでも引き立てる。


「ほら、起きろコザクラ」

 まずは軽いジャブから。徐々にエスカレートし、最後には毛布を引っぺがして床に落としてやろう。

「おはようなのです! 朝食はなんなのですか!」

 しかし定番のやり取りもなく、バネ仕掛けのようにコザクラは跳ね起きた。

 腹立たしくなるほどの、爽やかな目覚めっぷりである。

「期待外れなやつだよな、お前って」

「朝っぱらから喧嘩を売られたのです!?」

「まあ、いい。ほら、朝食を作ってやるから、ちょっとは手伝え」

「ああ、みんなはお出掛けでしたね! つまり! 今日はヨシタツと二人っきり――――」

 言葉を切った彼女の身体が強張った。両手で自分の肩を抱き、細かく震え出す。

「おい、どうした?」

「ダメなのです!!」

 コザクラが叫ぶ。

「や、止めるのです! そんなことをしたらダメなのです!」

「妙なことを口走るな! ご近所に聞こえたら誤解される!」

 最初は、例によって俺をからかって遊んでいるのだと思った。

 しかし、とても演技とは思えない切羽詰まった様子で、彼女はこちらに手を伸ばした。

「ヨシタツッ!!」

「な、なんだよ」

「あたしに優しくして、可愛がるのです!」

「いやだ」

 思わず即答してしまった。


『冗談を言っている場合ではありません! いいですか! 決して《わたし》を刺激しないで――――』

 いきなり白目を剥いて、コザクラがベッドにひっくり返った。

「お、おい、大丈夫か!」

 さすがに只事ではない雰囲気を感じて、その小さな身体を抱きかかえる。ピクリとも動かないので、治癒術を発動してみる。肉体的な損傷の再生に特化しているスキルだが、診察代わりにはなるはずだ。

 しかし、治癒術の効果が及ぶ前に、彼女は目を覚ました。

「良かった。いったい何が――――」


{くるっくう?}


 コザクラが、鈴と笛の音を合わせたような、あるいは小鳥を連想させる声を発した。

 彼女は目をぱちくりさせ、キョトキョトと左右を見回す。その視線が、俺の顔でぴたりと固定される。

 いつもの茶目っ気たっぷりな眼差しではなく、時折垣間見せる静謐で理知的な光もなく、どこまでも純心で無垢な瞳だった。

{くっくるー!}

 彼女は嬉しそうに叫ぶと、首に両手を回してきた。

 俺の顔に頬ずりし、喉を鳴らして甘えるコザクラ。




「医者はどこだ――――!」

 まぎれもない恐怖と共に、俺はコザクラを抱きかかえたまま宿を飛び出した。


      ◆


「助けてモーリーッ!」

 身も世もなく慌てふためいて逃げ込んだ先は、モーリーのいる古びた神殿である。

 コザクラを診察する前に、モーリーは動揺しまくる俺をなだめる羽目になってしまった。


「特に異常は感知できません」

 治癒術をコザクラに施したモーリーは、そう診断した。 

{くっくる~♪}

「いやおかしいから! どう見ても異常だから!」

 いまだ頬ずりを続けるコザクラを指し示し、必死に訴える。

「……仲良しで結構なことじゃないですか?」

「だから違うってっ!」

 どうして分かってくれないんだ! 絶対に天変地異かなんかの前触れだよこれ!

「…………異常がないというのは、身体的な意味のことです」

 フウと大仰にため息を吐いてから、モーリーは真剣な顔になる。

「精霊憑き、というのをご存知ですか?」

「知らない。なんだいそれは?」

「地方によっては悪魔憑きとも呼ばれるのですが、ある日突然、人が違ったように性格や行動が変化する病です。時には人語も解さなくなり、動物のように振る舞うことさえあるそうです」

「…………彼女が、それに罹ったと?」

「伝え聞く症状と似通ってはいます。しかし、精霊憑きは迷信だとする説もありますし…………」

 モーリーと話している内に、段々と冷静になってきた。彼女が説明しているのはなんかこう、心理学的な分野の話ではなかろうか。詳しく知らないけど。

「すぐに回復するのか、長期に渡るのか見当もつきません。申し訳ありません、お役に立てないで」

「そんなことはない。ありがとう、モーリー」


 彼女のおかげで、思考力が回復した。思い起こせば、コザクラは自らがこの状態に陥ることを予見していた節がある。ならば、たとえ時間は掛かっても、いずれは回復する可能性が高い。

 首を捻り、記憶を掘り起こす。彼女は確か、自分に優しくして、可愛がるように言っていた。

 もしかすると、彼女は自身の回復に繋がるヒントを残したのかもしれない。

 でも、可愛がる? なんだそれは? どうすればいいんだろう?

 神殿前の石段に座ったまま、膝の上に乗せたコザクラの頭に手を乗せてみる。

 そのまま彼女の黒い髪を、そっと撫でた。絹のような感触が、しっとりと手に馴染んだ。

 くっく―、くっくるーと、コザクラが上機嫌でさえずる。こんな感じでいいのか?

「…………可愛いですね」

 モーリーが指で頬を突っつくと、コザクラがくすぐったそうに身をよじった。

 小柄なコザクラは、年齢よりも幼く見える。そんな彼女が無邪気に笑っている姿は――――いや待て! 惑わされるな!

 災厄な性格と密かに名付けるに至った、過去の所業の数々を忘れるな!


 そんなことを考えていると、目の前をカゲロウのような羽虫が通り過ぎた。

 それを追い、俺の腕から抜け出すコザクラ。

 羽虫の後をとことこついて歩く彼女が、楽しそうに笑う。

「人は、生まれながらにして善きものだと、あの笑顔は教えてくれますね」

 モーリーの呟きが耳に届く。あれは、間違いなくコザクラだ。だけど――――

 羽虫に夢中で、コザクラの足元がおろそかになった。石畳のへりにつまづき、見事にすっ転ぶ。

 じわりと目に涙が浮かんだかと思うと、大声でわんわん泣き出した。


 そんな彼女を目にして、反射的に立ち上がって駆け寄る。

「怪我はないか!」

 その時、神殿の周囲を覆い尽くす木々の奥で、異音が聞こえた。

 バキッと弾けるような音と、バサバサと響く葉擦れの騒音。

「――――モーリー、コザクラを頼む」

 隠蔽を発動して、異音のした方向へと接近する。

 宿に剣を忘れてきたことを悔やむ。防具も装備していない。

 だが、背後にはモーリーがいる。それに今のコザクラは、無防備な状態だ。

 隠蔽をあえて解き、探査を発動しながらも用心深く先へと進む。

 茂みの奥をかき分け、異音の正体を発見する。一本の木が半ばから折れ、隣の木に倒れ掛かっていた。

 幹の内部が腐り、自然と折れたのか。警戒をやや解いて倒木に近付き、折れた断面を確認する。

 繊維がささくれた断面に、腐食した様子はない。

 それはまるで、大きな力で絞り、ねじ切ったような感じだった。


      ◆


 とりあえず経過を観察する以外に打つ手はない。

 そう判断した俺は、モーリーの下を辞して宿に戻ることにした。

 はぐれないようにコザクラの手をとる。目を離した隙に迷子になりかねないから仕方がない。

 手をつないで歩きながら、今後の対応について検討した。


 もしシルビアさん達が宿に戻るまでに回復しなかったらどうしよう。なんと説明すればいいのか。

 それだけではない。現在の状態が長引くようであれば、日常生活の面倒を見なければならない。今の彼女は幼い子供同然だから、常に見守る必要がある。

 魔物討伐に連れて行くのは論外だ。日中は誰かに預けるしかない。候補としてはシルビアさんの宿、冒険者ギルド、あるいはモーリーの神殿か。ローテーションを組んでなるべく迷惑を掛けないようにすればどうだろう。子供なんて育てたことないから途方に暮れてしまう。

 いや待て。赤の他人の俺が、未成年の少女を保護して問題が生じないか? ひょっとして養子縁組とかした方がいいのか? それってどこかに申請するのか? え? 俺とコザクラが親子になるのか!?


 思考が空回りして暴走し、頭が熱を持ち始めた時、くいくいと手を引かれた。

 傍らを見下ろすと、コザクラが俺の手を引っぱっている。

{くっくー}

「え! いやそれはちょっと…………」

 その無茶な要求に尻込みすると、腕をぐいぐい引っ張られた。

{くっくー!}

 上目遣いに訴えられ、俺は周囲を見回す。いつの間にか、人通りの多い道に出ていた。

「…………せめて、おんぶにしてほしいんだけど」

{くっくー! くっくー!}

「分かった、分かったから!」

 仕方なしにコザクラを抱きかかえると、彼女は嬉しそうに手を首に回した。

 考えてみれば、彼女は素足なのである。催促される前になんとかしてやるべきだった。

 周りの人々の視線が痛い。三十路の男が一六歳の少女を抱っこして、天下の往来を闊歩しているのだ。

 下手をすると、犯罪者に見られかねない。


「おいタヂカ。お前は一体、何をしている」

 頑丈そうな鎧に身を包み、威風堂々と登場した騎士のギリアムさん。

 周囲をばらばらと兵卒さん達が取り囲み、槍の穂先を揃えてこちらに向ける。

「その子をどこからさらってきた」

 ギリアムさん、いきなり誘拐犯扱いは酷すぎます! 

 そこでふと、重大な点に気付いた。急いで宿から飛び出し、コザクラを着替えさせる暇がなかった。つまり、今の彼女は寝間着姿だ。どこかの家の子を、寝室から連れ出してきたように見えないこともない。

「誤解なんです! この子は俺が泊まっている宿の居候です! 急病だったので、治療師の所に連れて行った帰りなんです! 信じて下さい!」

「よし分かった。詳しい話は騎士団の詰め所で訊こう」

 ギリアムさんの俺に対する信用度はゼロでした。まるで聞く耳を持ってくれません。

 しょうがない、シルビアさんか、カティア…………いや、セレスがいい。ギルド職員でコザクラの同僚だった彼女なら、身元引受人として申し分ない。

「さあ、その子を下ろして、武器を捨てろ」

 丸腰ですけどね。兵卒さん達が槍の穂先を突き出して脅すと、コザクラが怯えて首にかじりつく。

 大丈夫だよ、そう言って彼女の背中を撫でようとした。


 バキッ!

 異音と共に、一本の槍がへし折れた。

 バキッ! バキッ! バキッ!

 次々と、兵卒さん達の槍が折れる。俺達は無言で、石畳に転がる槍の穂先を眺めた。

 ………………


 名称:コザクラ

 年齢:一六歳

 スキル:要塞【1790】


「あそこだあっ!!」

 あさっての方向を指差して大声で叫ぶと、つられて兵卒さんの視線が逸れる。

 異常な状況に、全員が動揺していたのだろう。ギリアムさんでさえ、同じ方向を見た。

 隠蔽を発動して、よそ見している兵卒さん達の包囲をすり抜ける。

 逃走中に再度、コザクラに対して看破を発動した。

 スキル:要塞【1780】

 スキル:要塞【1779】

 スキル:要塞【1778】

 ………………


 カウントダウンしているっ!? 街中を駆け抜け、南門から人知れず外へと脱出する。

 コザクラを抱きかかえたまま、俺は全速力で丘陵地帯を南下した。


      ◆


 【300】 【299】 【298】 【297】 …………

 カウントダウンは継続中だ。もしかすると、朝からずっと続いていたのかもしれない。

{くっくるるー! るっるくー!}

 流れ去る風に髪をなびかせ、コザクラは大はしゃぎだ。

 もっともっと速く、さらにさらに遠くへと、歓喜をほとばしらせる。

 しかし、ついに体力の限界に達した時、俺はゆっくりと足を止めた。

 コザクラを下ろしてから、地面に倒れ込んだ。身体をよじって仰臥し、荒い呼吸を繰り返した。

{くっくるー?}

「ちょっと疲れただけだから」

 心配そうに顔を覗き込むコザクラの頭を撫でる。

 どのくらい離れただろうか。丘陵に遮られているので、街を眺めることはできない。

 万が一のことが起きた時、影響が及ぶ範囲から外れただろうか?

 大の字に寝転がっていると、コザクラも横たわって俺の腕を枕にした。

 耳元で他愛もないことをさえずる彼女の正体に、ぼんやりと思いを巡らせた。


 コザクラに二つの人格が宿っていることは、以前から薄々と察していた。

 それを確信したのは一度だけ、彼女が自分のことを《私達》と呼んだ時である。

 しかし本人が打ち明けない以上、こちらも素知らぬふりを通してきた。


 俺の隣にいるコザクラは、三番目の人格だ。


 ――決して《わたし》を刺激しないで。

 二番目のコザクラは、そう警告した。

 いま刻々とカウントダウンしている彼女のスキルに対して不安と危険を感じても、スキル駆除を使わないのはそれも理由の一つである。

 三番目の人格が支配するコザクラのスキルは、《要塞》しか看破できなかった。

 ひどく物騒で、凶悪な印象を受ける。神殿の木が、彼女に向けられた槍が、次々とへし折れたのは、彼女の感情が昂った時である。

 もしスキル駆除で攻撃した時、《要塞》がどんな反撃をするか皆目見当もつかない。

 

 しかし最大の理由は、このスキルと三番目のコザクラが、どう結びついているのか不明だからだ。

 もし《要塞》を駆除したら、この無垢な少女も壊れてしまうかもしれない。

 それを恐れ、最悪の事態に備えて街から遠ざかるしかなかったのだ。


{くぅるっくー?}

 そんな俺の悩みも知らず、コザクラが答えにくい質問を寄越してきた。

 彼女の話す不思議な言葉を、俺はいつの間にか理解できるようになっていた。

 それは意味のない鳴き声ではない。幾重にも重なり、圧縮された言語なのだ。

 他人には通じない、俺のためだけに紡がれた言葉は、脳に届くと大輪の花のように開く。

 そこに込められた想いの純粋さは、まばゆいほどであった。

{くぅるっくー? くぅるっくー?}

 彼女は執拗に、何度も同じ質問を繰り返し、返答を催促する。

 【30】 【29】 【28】 【27】 …………

 いよいよ、その時が迫る。もしかすると、これが最後になるかもしれない。

 【20】 【19】 【18】 【17】 …………

「ああ、君のことが――――」

 頭を撫でながら答えると、彼女は嬉しそうに笑顔を咲かせた。

【10】 【9】 【8】 【7】 …………

 身を起こしたコザクラが、そっと唇を重ねてきて俺を驚かせた。

{くっくるー!}

 彼女は最後に、そう告げた。


 【0】


 いつの間にか閉じていた瞼を、薄っすらと開いた。

 コザクラが、ぱっと身を離して大急ぎで立ち上がる。ぶるぶると拳を震わせ、こちらを睨んだ。

 彼女の頬が羞恥と怒りのために、みるみる真っ赤に染まる。


「『ヨシタツのバカッ』なのです!」


 靴を履いていないのが、せめてもの救いだった。

 足の裏で、コザクラは俺の鼻を容赦なく踏みつけた。



 こうして《彼女》は、俺の前から去ってしまった。


      ◆


 シルビアさん達が戻る前に、宿に戻れたのは幸運だった。


 疲労した足を引きずり、コザクラを背負いながら街に戻った頃には、日も暮れようとしていた。

 宿に到着して一息ついたところで、シルビアさん達も戻ってきた。彼女達は外で食事を済ませてきたので、全員食堂に集まり、香茶を飲んで寛ぐことになった。

 もっともコザクラだけは、寛ぐどころの話ではないらしい。頭を抱えてテーブルに突っ伏し、何やらブツブツと呟いている。耳を澄まして聴き取ってみると、こんな感じだ。

「……ズルいのです」『自分だけ良い格好……』「あたしにばっかり……」『計画が……』

 彼女達の言葉に、応える声はない。しかしなんとなく、そっぽを向いて拗ねる少女の姿を想像し、つい笑ってしまった。

 そんな俺を眺めながら、シルビアさんは今日の出来事を話し始めた。


「そうそう、街を歩いていたら、久しぶりにギリアムと会ったの」


 自分でも、表情が強張るのが分かった。シルビアさんが、ギリアムさんと知り合い?

「お宅の宿泊客が、女の子をさらった疑いがあるなんて、とんでもないことを言うのよ?」

 シルビアさんは、おかしそうにクスクスと笑った。

「うちには女の子を寝間着のまま連れ出して、天下の往来で人目もはばからず抱きかかえるような宿泊客はいませんって、言い返してやったの」

 リリちゃんも、クリスも、フィーも、みんな笑っている。

 コザクラは、まだ自分の世界に没入している。そろそろ帰ってきて下さいませ。いま俺、すごいピンチです。絶体絶命の危機なんです。ちゃんと自分で説明してよ。お願いだから助けて。

「もしそんな不埒者がいるのなら、どうぞご自由に連行して下さいって、言ってやったわ」

 にこやかな笑顔のまま、リリちゃん達が一斉に頷いた。


 その後、俺は夜遅くまで、必死になって弁解した。


 部屋に戻る途中の廊下で、シルビアさんに呼び止められた。

「朝よりも、表情が柔らかくなったわね?」

 そうか、彼女とカティアは親友だしな。おそらく先日の件も、耳に入っているのだろう。

「今日、友達になった子に励まされたんです」

 胸に小さな穴を開けられ、そこからちょっとずつ痛みが流れ出る、そんな感覚だった。


「元気を出して、と」

 最後に告げられたのは、その一言だけ。それで十分だった。

 まだ道程は遠いけれど、立ち直るのに必要な切っ掛けを彼女は与えてくれたのだ。



 いつかまた、あの子と会いたいな、そんなことを願った。

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