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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
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女神の寵愛

 礼拝所の細い廊下を抜けると、神殿の裏庭に出た。

 細い小道がうねりながら横切っている。

 そこらじゅうに咲いている青い花は、たぶん雑草の類なのだろう。

 小さく目立たない花園を、俺とカティアは並んで歩いた。

「騒々しかったが、どうかしたのか?」

 あの大乱闘を、騒々しいの一言で片付けるカティア。

 ここからでも騒音が遠くに聞こえる。どうやら戦いは佳境に達しているらしい。

 しかし、状況が理解できなかったのは俺も同じだ。

 取り敢えず、見たままの出来事を語るしかなかった。


 カティアは苦笑して頷いた。

「なるほどな、そういうことか」

「すごいな! こんだけでよく理解できるな!」

 俺が驚嘆すると、彼女はちょっと俯いて顔を隠した。

「さっき、ラヴィに色々と吹き込まれていたからな。それで合点がいっただけだ」

「何を言われたんだ?」

 最近、どうも裏で悪い噂を流されている疑いがある。主にクリスとか。

 そんな彼女の師匠であるラヴィが、カティアに何を話したのかとても気になる。

「たいしたことじゃない」

「――――ひょっとして俺のことか」

 カティアが、あからさまに顔を背けた。

「やっぱり! おい、教えてくれよ!」

「な、なんでもない、気にするな!」

「言っとくけどたぶん誤解だからな!」

 断言できないのが辛いところだ。

 背け続けるカティアの顔を追い、ぐるぐると彼女の周りを回る。

 なんだかメリーゴーランドみたいだ、と思ったら目が回った。

「お、おい!」

 へたり込みそうになったところを、手を掴まれる。

「どうした、顔が赤いぞ?」

 パッと手を離されてしまった。尻餅をついた格好で、彼女を見上げる。

 その時、クリスの咆哮が聞こえてきた。

 なんとなく、騒動の片が付いたのだと悟った。

 それが今日という一日を締めくくる、晩鐘に思えた。

 楽しかった時間の終了。未練はあるが、いつまでも引きずる訳にはいかない。


「ごめん。約束、守れそうにない」


 そのことを告げるのに丁度良いと、ラヴィの頼みを引き受けた。

 最後に彼女との時間を過ごし、思い出にしたかった。

「嫁き遅れたら貰う約束、果たせそうにない」

「……ああ、そのことか」

 思い出すのに間があり、カティアの表情も変わらない。

 彼女にとってはその程度の事でも、俺には大切な約束だった。

「別に構わないが、一応理由を教えてくれ」

「クリスとフィーが、身の立つように見守らないといけない」

 奴隷からの解放。いつかなえられるか不明だが、たぶん長い時間が掛かるはずだ。

 仮にもし、カティアに必要とされる時が来たとしても、応えることはできない。

「だから、ごめん」

 カティアは腕を組んで考え込む。その表情は、約束を反故にされた怒りはない。

 …………さもしいことだが、少しは怒ってほしかったな。

「前にも言ったが、二人が奴隷になったのは、ヨシタツのせいではないぞ?」

「それとは関係ない。俺はただ、彼女達に幸せになってほしいんだ」

 義務や責任感もあるが、それだけじゃない。あの二人は仲間であり、家族なのだ。

「…………それを聞いたら、彼女達は喜ぶだろうな」

「どういう意味だ?」


「あの二人の気持ちに、気付いているのだろう?」


 直接、口にして言われたことはない。自意識過剰だと、自分を笑ったこともある。

 だけどもしかすると。そんな想いが頭をかすめたことは、確かにある。

「それこそ関係ないことだ」

 きっぱりと告げる。そこに迷いはない。

「なぜだ? 気立てのいい娘達だ。ヨシタツを憎からず思ってもいる」

「彼女達の境遇に付け込むことはできない」


 かつて彼女達は、俺の奴隷にならないと宣言した。

 だが、どれほど心を強く持とうと、彼女達は年若い女性なのだ。

 悩み苦しみ、将来を悲観していても不思議ではない。

 現実問題として、俺を頼るしかない境遇に思うところもあるだろう。

 それらが彼女達の心理に影響を与えているのは、容易に想像がつく。

「不安な気持ちから逃れるため、自分の感情を錯覚しているのかもしれない。そんな彼女達に想われても俺は――――」

 詰まった言葉を、なんとか絞り出す。

「悲しいとしか思えない」

「…………」

「もし彼女達が自由の身だったなら――――いや、それは考えてもしょうがないか」

「なぜだ?」

「あの二人なら、もっと若くて見栄えの良い男がよりどりみどりだからな」

 俺は冗談めかして肩をすくめ、笑ってみせた。

「――――なら、リリはどうなのだ」

「あの子は父親の面影を見ているだけだよ。年頃になったら、素敵な恋をみつけるさ」

 カティアは俺の顔を見詰めて、小声で呟いた。

「…………つくづく面倒な男だな」

「おい、聞こえてるぞ!」

「…………おまけに自分のことがまるで分かっていないし」

「何がだよ! いいか! これはちゃんと経験に基づいた判断――――」

 ――――あ、やばい。

「…………こっぴどく振られたことがあるのか?」

「……………………」

「広場で言っていた、年の離れた幼馴染か? だいぶ年下だったのか?」


 ――――――――――――――――ぎゃあああああああっ!


「あのなヨシタツ? 元気を出せ」

 抱えた膝に顔を埋めていると、カティアに肩を叩かれた。

「いいんだ、ほっといてくれ」

「まあ、あれだ。要するに、わたしに不満がある訳じゃないんだな?」

「カティアに不満なんてあるはずないだろ?」

 ああ、過去の失恋話が、よりにもよって彼女にばれるなんて!

「最初に出会った時、言ったはずだぞ? 本気で惚れてたんだ」

「…………そうか」

 肩を砕かんばかりに掴まれ、痛みに思わず顔をあげた。

 すぐ目の前に、カティアの顔があった。

「あの二人を、これからも大事にしてやれ」

 唇を、奪われた。

 冒険者筆頭との最初で最後のキスは、とにかくもの凄かった。

 腰が抜けて、魂まで吸われたかと思った。


 顔が離れ、儚げな微笑みを俺の胸に刻み、彼女は立ち去った。

 力尽き、ばったり地面に倒れ込む。

 そうやってしばらく、空を眺めた。

 拭った涙の跡が乾いてから立ち上がり、尻の泥を払って帰ろうとした。


「どうしてなのです」


 コザクラがすぐ側に立っていた。小さな身体を震わせ、その顔は怒りに歪んでいる。

「どうしてなのです!」

 彼女は両手を一生懸命伸ばし、俺の胸倉を掴んで揺さぶる。

 体格差があるので、懸垂みたいになった。

『どうしてあんな真似を!』

 気まずくなり、頭を掻いた。どうやらさっきの現場を目撃されたらしい。

『好きなんでしょう! 愛しているのでしょう! 知っています! わたしは全部知っています! なのにどうしてこんなことを!』

 彼女は涙を溢れさせながら非難する。

「どうしようもないことが、大人にはあるんだよ」

 ちょっと卑怯だが、そんな言葉で逃げた。

『全てはちゃんと上手く収まるはずだったのに! どうしてあなたはいつもいつも!』

 混乱しているのか、その言葉は支離滅裂で意味が通じない。

 彼女は、まるで駄々っ子のように泣き喚いた。

『わたしは、ヨシタツを傷付けるつもりなんてなかった!!』

 ひときわ高く叫んだ彼女は、俺の腹に顔を押し付けた。

「ははーん、またなんかやらかしたな、おまえ」

 コザクラは、びくりと肩を震わせた。

 彼女はさらに強く、腹に顔面を押し当てる。

「まあ、何をどうしたのか知らないが、一つ忠告しておくとだな」

 強大な力を秘めた少女に語り掛ける。

「なんでも出来るからって、なんでもやっていい訳じゃないからな?」

 コザクラは黙ったままグリグリと、鼻を腹にこすり付ける。

「こら! そこで拭くな!」

 彼女の顔をあげさせ、ポケットから手巾を取り出した。

「せっかくの可愛い顔が――――」

 鼻水を垂らしまくる鼻を、手巾越しに摘まむ。

「せっかくの顔が台無しだぞ?」

「なぜ大事な部分省いて言い直すのですか!」

 フガフガと鼻を鳴らしながら、コザクラは怒り出した。


 うん、これでいい。そう思った。 


   ▼▼▼▼▼▼


 灰色のフードを被った女が、夜の街を歩く。

 やがて一軒の酒場に到着すると、フードを外して店内を見回した。

 酒場にいた冒険者達が、下品な目付きでジロジロと眺める。

 商売女には見えないが、色気のある女だった。

 一人がちょっかいを掛けようと席を立ち、そのまま凍りついた。

「シルビア姐さん!」

 八高弟の一人、紅剣ラヴィが駆け寄った。

「済みませんこんな夜遅くに」

「良いのよ、ラヴィ」

 宿屋の女将シルビアは微笑むと、不安げな表情のラヴィの髪を撫でた。

「それで、あの子は奥にいるの?」

「はい、はい! もうわたしらじゃ、どうしていいのか分らなくて!」

 叫びそうになるラヴィを宥め、シルビアは奥へと進んだ。

 停止していた男は、再び席についた。

 その男だけでなく、周囲にいた男達は誰もが冷や汗をかいていた。



「ここに来てから、ずっとあんな調子で…………」

 ラヴィが小声で囁く。他の八高弟達も、ひどく不安そうだ。

 特にガーブはひどい落ち込みようで、ソファーに座って頭を抱えていた。

 カティアがカウンターの一番奥の席で、肘を付いて俯いている。

 ラウロスは大きな身体を縮め、申し訳なさそうに頭を下げた。

「お呼び立てして申し訳ありません、姐さん」

「それで、どうしてこんなことに?」

 八高弟達は小声で、口々に告白した。ラヴィの企み、ガーブの暗躍、洗いざらい全部だ。

 聞き終えたシルビアは、ため息を吐いた。

「しょうがない子ね。みんなに迷惑を掛けて」

「ちがいます! わたしが悪かったんです!」

「いえ、それがしが余計なことをしなければ!」

 口々に言い募るのを遮り、シルビアは確認する。

「それで、タヂカさんに振られたわけね?」

 こっそり現場を盗み見た彼らは、居心地悪そうに頷いた。

 ふむと顎に手をやり、微動だにしないカティアを見詰める。

 眉が不審そうに寄せられ、ちょっと厚めの下唇を突きだす。

 それからの行動は早かった。さっさとカティアの隣に座り込むと、直截に尋ねた。


「タヂカさんにばっさり振られたんですって?」


 ビビった八高弟達が、一斉にして距離を置く。

「何があったのか、話してみなさいよ」

 カティアがぼそぼそと、何事かを呟いた。

「あの二人がいるから、と。それで?」

 ふんふんと頷き、続きを促すシルビア。

「あら、リリも見込がないのかしら?」

 カティアはさらにぼそぼそと呟く。

「へえ、タヂカさんが幼馴染にねえ」

 シルビアの声しか届かないが、耳をそばだてて聞き入る八高弟。

「あのね、カティア? あなたが振られたってのは分かったけど」

 話しが終わると、シルビアが俯いて隠れていたカティアの顔を覗き込む。


「どうしてそんなに上機嫌なの?」


 え? と目をみはるラヴィとガーブ。他の兄弟弟子達も似たような表情だ。

 彼らは、肩を震わせるカティアの背中を注視した。

 先程から繰り返されるその動きが、悲しみをこらえているように見えたのだ。

 その時、ごく微かな笑い声と、こんな台詞が聞こえた。


 ヨシタツが、わたしに本気で惚れている


「でも結局、振られたんでしょ?」

 カティアが、スッと上体を起こした。その顔には、悲しみの欠片もない。

 いつものポーズで、彼女は髪を掻きあげた。

「そんなこと、関係ない」

「いやあるでしょ」

 シルビアに突っ込まれても、カティアは平気の平左だった。

「関係ないさ、あいつが本気でわたしに惚れているのなら」

 ニヤリと、不敵に笑う。

 八高弟達は、その自信に満ちた笑みを惚れ惚れと見詰めた。


「あいつの重荷も、悲しみも悩みも、過去も未来も、あの二人だろうが他の誰であろうが」

 カティアは、右手を前に差し出し、ぎゅっと拳を握った。

「わたしが、あいつの全てを抱えてやるさ」

「その発想はなかったのです!」

 いきなり叫んだコザクラに構わず、八高弟が駆け寄る。


「「「それでこそ姐御です!」」」

 特にラヴィとガーブは感涙にむせび、跪いてカティアの膝に縋り付かんばかりだった。

 ガーブは思った、姐御はこうでなくては!

 ラヴィは思う、カッコいい姐御も素敵ね!

 兄弟弟子達も、目を潤ませてうんうん頷いている。

「だからって、いますぐ手を出しちゃダメよ」

「分っているよ、当分は見守るさ」

 シルビアの言葉に答え、カティアは酒を飲み干す。

「ヨシタツは、男として懸命に頑張っている途中なんだ。野暮な真似はしないさ」

「ぜひそうしてほしいのです! 色々と都合があるので!」

 ビシッと手をあげ、賛同するコザクラ。

「ところで、どうしてお前さんがここにいるんだ?」

「謝りにきたのですが、必要なかったのです!」


 やいのやいのと騒ぐ師匠と弟子とお邪魔虫をよそに、シルビアはマスターに注文する。

「この店で一番高いやつを、瓶ごとお願い」

「…………失礼ですが、だいぶ値の張るものですよ?」

「いいのよ、今晩は妹分のお祝いなんだから」

 にっこり笑ったシルビアは、こう付け加えた。


「もちろん、カティアのツケでね?」

*

*

『Decisive battle of the goddess』編 これにて完了

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