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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
123/163

最終決戦

 彼女の剣のせいだろうか? ガーブは頭の隅で考える。

 薙ぎ払った剣を、クリサリスの剣が受け止めて火花を散らした。

 姿は武骨ながら相当な業物らしく、聖銀製の剣と打ち合っても刃こぼれ一つしない。

 剣を叩き折って勝ちを拾うのは無理そうだと、ガーブは判断した。


 あるいは彼女の相棒のおかげだろうか。

 タヂカとは違う意味で、彼女には不気味さを感じる。

 クリサリスの背後に隠れながら時折、手にした棍棒で牽制してくる。

 技は拙く、膂力は脆弱だ。しかるべきスキルの補正を受けていないのだろう。

 クリサリスの支援という意味では、その効果は一割にも満たしていない。

 それでも一心同体と宣言した言葉通り、その連携は見るべきものがある。

 しかし、とガーブは思う。

 クリサリスの陰から顔を覗かせた時の、その眼差しにうすら寒いものを覚える。

 まるで爬虫類のような、無機質な瞳だった。

 クリサリスと敵対した瞬間、それは決定したのだ。

 フィフィアにとって、自分は無価値になったのだとガーブは知る。

 もし可能なら虫けらのように踏み潰す、その程度の存在になり下がったのだ。

 自業自得とはいえ、ガーブはそんな風に思われることに少し胸が痛んだ。

 だが、それが主な要因とは思えない。


 いまだに決着がつかないのが、ガーブには不思議だった。


「ハアッ!」

 気合と共に一閃するクリサリスの剣を、ガーブは軽々と躱す。

 外れた剣はすぐさま上方に転じ、一歩踏み込んでくる。

 それをいなしてもすぐさま振り下ろし、さらに一歩。

 剣の軌跡はジグザグを描き、彼女の攻撃は止むことがない。

 仕切り直しと大きく跳び退れば、彼女は停止して呼吸を整える。

 そしてこちらを真っ向から見据え、再び剣を大上段に構える。

 胴をがら空きにして、防備の一切を捨てた一撃必殺の構え。

 彼女の剣は愚直なほど真っすぐで、躊躇いはみじんもない。

 

 もちろんガーブから見れば隙だらけで、その気になれば何度も機会はあった。

 彼女の一太刀が外れた瞬間、斬り付けることは可能だろう。 

 なのに、いつの間にか攻勢を仕掛けるのはクリサリスになっていた。

 

 最初、ガーブは彼女達と自分の圧倒的な実力差を見せつけたつもりだった。

 どうしても敵わない相手だと知れば、鉾を収め敗北を認めるだろうと思ったからだ。

 彼女の剣を容易くさばき、攻撃の企図を先読みしてことごとく封じた。

 だが、クリサリスの意思はくじけない。無駄なあがきだと、諦めたりしない。

 彼女ほどの剣士なら、互いの実力差ぐらい判断できるはずなのだ。

 だが、なす術がないと知って失意するどころか、かえって戦意を昂らせるのだ。

 ひたむきに剣を振るい、詰められない距離に踏み込もうとする。


「セイッ!」

 裂ぱくの気合と共に、下段からの斬り上げ。

 それをガーブは顎を仰け反らせ、苦も無く避けてみせる。

 そう、彼女の剣が届かぬことは一目瞭然なのだ。なのに、なぜ?


 ガーブの戦歴において、彼女と似たような剣士と剣を交えたことはない。

 カティアの破壊的な暴力とは違う。

 豪剣の威力を十全に発揮するラウロス、剣速で圧倒するベイル、攻防取り交ぜたラヴィ、急所への一撃を追及したグラス、相手の意表をつくフル、剛腕で全てを薙ぎ払うガレス、才能と観察眼のマリウス。

 そのいずれにも、彼女の剣は当てはまらない。

 自分の知らない型、過去に経験のない相手に、ガーブは対応に苦慮する。

 クリサリスが再び大上段に剣を構える。

 がら空きの胴を晒し、こちらを見据える、斬るなら斬れ、そう宣言している。

 その瞳は、烈火のごとき闘志を宿しながら、どこまでも澄んでいた。

 怒りも憎しみもなく、まるで遥か高みから見下ろすような眼差しだ。


 ふと、カティアの言葉が蘇る。

 あれは兄弟弟子達を交え、剣術談議に花が咲いた時だ。

 新人冒険者について、彼女はごく短い寸評を述べることがある。

 それを肴に、酒を酌み交わすのが楽しみだった。

 カティアを裏切った自分は、もうあの輪に加わる資格はない。

 覚悟していたとはいえ、やはり辛い。

 それはともかく、話がクリサリスに及んだ時だ。

 カティアは彼女の剣を評して、こう語った。

「王者の剣の資質がある」


 兄弟弟子達と同じく、ガーブも首をひねった。

 カティアは自分の寸評を解説したりしない。弟子達の解釈に任せ、酒を飲み続ける。

たぶんそれが彼女流の教育なのだろうと、ガーブは思っている。

 それを踏まえ、クリサリスの瞳を見返した時、彼は卒然と悟った。


 気概において、彼女はすでにガーブを呑んでいたのだ。

 群がる雑兵を前に、臆することなく高々と剣を掲げる胆力。

 味方の軍勢を背に、先陣を切って突撃する王者の覇気。

 彼女の目には、八高弟などという肩書は映っていない。

 実力差など歯牙にもかけず、勇気とも蛮勇とも違う、確固たる意志の下に剣を振う。


 ガーブは愕然とした。自分がいかに慢心していたか、理解する。

 カティアの八高弟という虚名に、自分は惑わされていなかっただろうか。

 強さを見せつければ相手が負けを認める、そんなのは傲慢な思い込みだと理解する。

 それに気付いた時、ガーブは勝利への道筋が断たれたことを知った。

 彼女を戦闘不能にさせることは容易い。

 腕でも、手首でも、指でも斬り飛ばせばいい。

 それだけで二度と剣を振るうことが出来なくなる。


 そんな手段を、採れるはずがなかった。


 ただでさえこちらには、大義も名分もない。

 不義を働き背信者となった自分が、若い剣士の未来を奪うなど許されるはずがない。

 勝利を得るべき信念も大儀もなく、ただ虚ろな剣を棒振りしているだけの自分。

 この場をいかに収めるか汲々としてる自分が、彼女に勝てるはずがなかったのだ。


 そんなガーブの心の隙に、それは届いた。


 黒々とした、闇の気配。尋常ならざる、恐怖の反響を遠くに感じた。

 普段の彼であれば、戦いの最中に決して動揺することはなかっただろう。

 しかし心が揺らいでいた彼は、一瞬だけ硬直してしまった。


 驚くべきことに、まず動いたのはフィフィアだった。

 自分の油断を突くのはクリサリスだと、そのガーブの先入観が一つ目の失敗だった。

 さらに、フィフィアがここぞという時まで魔術スキルを温存しているのだという思い込み。

 ガーブは、まさか彼女が素手で突進してくるとは予想しなかった。

 彼女が、切り札として体術スキルを秘匿していたことを、もちろんガーブは知らない。

 だが、彼は百戦錬磨の達人だった。

 幾人ものスキル持ちの相手と対戦してきた彼は、初見の攻撃にも対応ができた。

 地を這うように接近する彼女の背に剣を振り降ろし――――

 寸前で気が付き、剣の平で彼女を地面に叩きつけた。

 不意を突かれたガーブは、思わず刃で斬り付けようとしてしまったことに焦りを覚えた。

 倒れ込むフィフィアに注意を向けた時、正面から熱風のような圧力を感じた。

 クリサリスが、突進してきた。

 友が身を挺して作ったチャンス、それを無駄にせぬと剣で打ち掛かる。

 ――――しかし、それでもガーブには届かない。

 素早く体勢を整え、迎撃しようとした時だった。


 身体の中の歯車に、狂いが生じた。

 驚愕するガーブは、それが何かすぐに悟る。剣術スキルが、停止していた。

 下を見れば、倒れたままの格好で、フィフィアが腕を伸ばしていた。

 その指先が、わずかにガーブの爪先に掛かっている。

 ほんのわずかな接触だが、スキル制御を発動するのには十分な接触だった。

 彼女の指を払いのける余裕もないほど、クリサリスが接近している。


「まだだっ!」

 ガーブの真価が、その時発揮した。

 スキルの補正がない、修練によって磨いた本来の技量だけで、剣を振るった。

 澄んだ金属音を奏で、クリサリスの剣が弾かれた。

 長年の修練は彼を裏切らず、生身でクリサリスのスキルを越えてみせた。


 自分でさえ会心と思える一撃に、ガーブは囚われていた妄執が晴れる気がした。

 青い空を見上げたような爽快感と共に、見果てぬ剣の地平を眺めるようだった。

 思わず笑ってしまったガーブを見て、クリサリスも微笑んだ。


 ガーブは迷わず、剣を突き出した。何故か、己の敗北を確信しながら。

 舞うように反転したクリサリスの背中を、ガーブの剣が擦過した。

 ラヴィを彷彿とさせる流麗な動作に、ガーブは目を奪われた。


 剣術―並列起動―回避


 遥かに格上の相手との対戦は、クリサリスにも成長を促した。

 反転して踏み込んだクリサリスの肘が、ガーブの顎を打ち抜いた。



 クリサリスの一撃がきれいに決まり、脳震盪を起こしたらしい。

 気が付いたガーブは、喉元に剣を突きつけられているのを知った。

「それがしの負けだ」

 不思議と、悔しさはなかった。

 格下の相手に負けた事実を、素直に認める気分だった。

 思えば全ての発端は、タヂカに後れをとってしまったせいではないかと思う。

 タヂカの暗く底知れぬ何かを畏れ、抗っていたのかもしれない。

 しかしガーブは、ようやく納得することができた。

 タヂカに後れを取ったのも、クリサリスに敗れたのも、全ては己が未熟だったからだ。

「…………手間を掛けさせた」

 蒙を啓いてもらった感謝を、ガーブはそんな言葉で表した。

「いいえ」

 彼女は蔑むことなく、優しい笑顔で首を振った。

「嫉妬の気持ちは、私も理解できますから」

 ガーブは、虚を突かれる思いだった。

「嫉妬?」

「ええ、大切な人を取られそうになったら悩むのは当然です」

 どうやら彼女の中では、ガーブの行動は嫉妬が原因だと解釈されたらしい。

 もしかすると、本当にそうなのかもしれないと、ガーブは思う。

 自分の心を一番理解していないのは、案外自分自身なのかもしれない。

「まあ、クリスはちょっと度外れて焼きもち焼きだけどね」

 ガーブは視界の片隅で、イテテと顔をしかめながら起き上がるフィフィアを見た。

「失敬ね! 私ぐらい大らかな人間はいないわよ!」

 ガーブは思わず、くつくつと笑った。

「…………ガーブさん?」

 クリサリスが怖い目で、喉を突っつく真似をした。ガーブはすぐさま笑みを消した。

 姉御は、彼女に王者の剣の資質があると評した。

 そんな彼女が、普通の娘のように恋愛で思い悩んでいるのが、なんだか可笑しかったのだ。


「なんだ、嬢ちゃん達に負けちまったのか」


 彼らが見た方向には、こちらに歩いてくるベイルの姿があった。

「ああ、完敗だ」

 ガーブが朗らかに答えれば、ふーんと鼻を鳴らすベイル。

「それで? 何か言い訳があるのか?」

「何もない、それがしは姐御に反逆した、それだけだ」

 目の前に立ったベイルに、ガーブは右腕を差し出した。


 ガーブの右腕を、抜き打ちで斬り落とそうとしたベイルの剣。

 それを防いだのは、クリサリスの剣だった。


「させません」

「…………あのな嬢ちゃん、これが俺達のけじめのつけ方だ」

 ベイルは感情のない目で、クリサリスを一瞥する。

「姐御その人に逆らったら、たとえ兄弟弟子でも容赦しねえ」

「だったら、マリウス君も?」

 すでに戦闘態勢に入ったフィフィアが尋ねる。

「おっさんは、姐御じゃねえからな」

 ベイルの答えは簡潔だったが、フィフィアは顔をしかめる。基準が分からないらしい。

「させません」

 同じ言葉を繰り返し、クリサリスはベイルを睨みつける。

 彼女の喉の奥から、グルルと獣のような唸り声が漏れた。

「あ、そ」

 ベイルはあっさり引き下がり、剣を鞘に納めた。

 クリサリスもそれを簡単に信じ、背中を向けて離れた。

「ガーブ、嬢ちゃんに免じてその腕、預けておく」

 彼は、胡坐をかいて座り込むガーブを見下ろして告げる。

「だが、二度目はねえぞ」

「…………承知した」

 兄弟子の言葉に頷くと、ガーブは視線をクリサリスに転じた。

「お主達、急いで行ってラヴィを止めた方がいいぞ?」

 ガーブは、棍棒とチャンバラブレードを拾う彼女達に忠告した。

 そうして、他の兄弟達が気付かずにいた、ラヴィの企みを明かした。

 みるみる血相を変えるクリサリスとフィフィア。

「「大変だあっ!」」

 大声で叫んだ彼女達は、ガシッとガーブの襟首を掴んだ。

「へっ?」

 間の抜けた声をあげるガーブ。

 ガーブを引きずり、彼女達は猛スピードで駆け出した。

 獅子王が発動したクリサリスに引っ張られ、彼の踵は地面を跳ねる。

「ぇえエ――――!」

 走り去る彼女達を、ベイルは呆れたように眺めた。


 ひとつ肩を竦めると、彼もまた後を追うのだった。


      ◆


 八高弟の末弟、マリウスは街中の神殿に寄寓している。

 神殿の雑用や儀式を手伝い、随分と重宝されているらしい。

 門前の小僧である彼は、簡単な祭儀を取り仕切るぐらいはできる。

 急な計画変更で、神官の手配まで手が回らなかったラヴィ。

 実は最初から。彼の経験を当てにしていたのが真相である。

 いま彼女は、その自分の判断を少し後悔していた。

「ねえ、それはなに?」

 縄を解かれ、鼻歌を鳴らしながら準備するマリウスに声を掛ける。

「え、これですか? 魔物の頭蓋骨です」

 祭壇の上に不気味な物体を乗せながら、彼は上機嫌に答える。

「高かったんですよね、これ」

 魔物の頭蓋骨の脇に蝋燭を立て、満足げに頷く。

 さながら呪術の儀式である。

 ふーんと頷きながら、ラヴィは剣を抜いて振り下ろした。

「まじめにやれ」

 粉砕された頭蓋骨を、泣きながらかき集めるマリウス。

「あのー、すみません」

 礼拝所の入り口で声がした。そこにリリを認めたラヴィは、すぐさま破顔する。

「あのー、こちらにタヂカさんがいるって…………」

「いらっしゃいリリちゃん!」

 ラヴィはスキップしながら接近し、その腕を取る。

「よく来てくれたわね、ありがとう!」

「え、ええと?」

 戸惑うリリの腕を引っ張り、壁際の席に案内する。

「丁度いいわ! あなたにはぜひ見届け人になってもらわなきゃ!」

 タヂカに思慕の念を抱く彼女に、これから起きる出来事を見せつけて牽制するつもりなのだ。

 悪趣味で大人げないと、二人を見守る兄弟弟子達はそんな感想を抱く。

 その時、ラウロスに連れられたタヂカが現れた。

「タヂカさん!」

「あれ、リリちゃん?」

 不思議そうに首を傾げる彼に、リリは席を立って走り寄る。

「どうしてここに?」

「あのね、教えてもら――――」

「さあさあ二人とも! お喋りはあとあと!」

 手を叩いて遮り、ラヴィはタヂカを押して祭壇の前に立たせる。

「お、おい?」

「もうすぐ姐御も来るから、リリちゃんは席に戻ってね」

 事情が分からないながらも、タヂカは不安そうなリリに頷いてみせる。

「なあ、これっていったい」

「難しいことなんてないよ? ここで姐御と並んで、ちょっとお祈りしてくれればいいだけだから!」

 彼女の笑顔に胡散臭いものを感じながら、タヂカは祭壇の前に立つ。

 正面には、顔面を腫らしながら涙を流すマリウスが佇んでいた。

「お、おい、どうしたんだ!?」

「なんでもありません、気にしないでください」

 そう言いながら、彼は聖典を開いて準備を進める。

 背後には兄弟弟子達が居並び、タヂカの退路を塞いだ。


「タツ! 無事ですか!」


 タヂカは傍らに立つラヴィの、舌打ちを聞いた。

 振り向いた彼の視線の先には、入り口から突入してきたクリサリス達がいた。

「師匠! どういうつもりですか!」

「フル! これ以上邪魔が入らないように外で見張りな!」

「――――クヒ」

 狂剣フルはクリサリス達を横目に見ながら、外へ出た。

 そしてラヴィは、彼女達の前に放り出されたガーブを見詰める。

「ガーブ、あんた裏切るつもりかい?」

 まさか勝負に負け、ここまで無理やり引きずられてきたとは思わなかったのだろう。

「…………姐御の本心を耳にするまでは、こちらにつく」

 起き上がりながら、ガーブは宣言する。

「どういうこったい?」

「この事は、本当に姐御の意に添うことなのか?」

 兄弟弟子達を見回し、ガーブは訴える。

「それがしも、そなたたちも、姐御のことを蔑ろにしている」

 ガーブの言葉に、ラウロス達が気まずそうに顔を背ける。

「ごちゃごちゃうるせえな、ガーブ」

 追いついたベイルが、ガーブを押しのけるようにして礼拝堂を進む。

「姐御に訊いてみりゃ済む話だろうが?」

「ベイルがまっとうな道理を説いておる!」

「グラス! あんた――――」

「こうなっては、是非もあるまい」

 ラウロスは妹弟子を宥める。

「兄弟弟子が割れた以上、姐御に伺いを立てるしかあるまい」

 ギリギリと、ラヴィは奥歯を鳴らす。

 事態が把握できていないタヂカとリリは、ただ彼らのやり取りを眺めるだけだ。

 その時、奥へと続く扉が開き、全員の視線が集中した。

 白いベールを被り、静々と進むその姿。

 着飾った衣装は、薄暗くなり始めた礼拝堂を照らすよう美しい。

 頬はバラ色に紅潮し、瞳はキラキラと輝いている。

 介添えに手を引かれながらタヂカの下に来ると、満面の笑顔で彼を見上げた。

 誰もが息を呑んで見守る中、タヂカは首を傾げた。


「マリアちゃん?」

「おじさん!」


 工房の娘マリアが、介添えのコザクラの手を振りほどいて彼の腰に抱き着く。

「どうしてここに?」

「あのね、コザクラおねえちゃんにいわれたの!」

 タヂカに睨まれ、コザクラはびっと親指を立てる。

「マリアはおじさんのおくさんだから!」

 彼女の言葉に驚く一同。しかし、そんなものでは済まなかった。

「あ、そう言えばそうだったね」

 タヂカがあっさり頷き、場が凍り付いた。

「だから、いっしょにおいのりしなくちゃいけないんだって!」

「ささ、では二人でお祈りをどうぞなのです!」

 コザクラの言葉に、我に返った三人が叫んだ。

「「タツ!」」「タヂカさん!」

 クリサリス、フィフィア、リリに凄まじい形相で睨まれ、タヂカはたじろぐ。

「いくらなんでも、リリちゃんよりも年下の少女をたぶらかすとは」

「ちょ、何を言っているんだよ! 昨日のあれだよ!」

 タヂカの言葉に、あわや剣を抜き掛けたクリサリスが思い出す。

「あ、おままごとの話ですか」

「それじゃ、一緒にお祈りしようか?」

「うんおじちゃん!」

「それは駄目よ!」

 こんな年端のいかぬ少女の後にカティアが続いたら、茶番にしかならない。

 慌てふためくラヴィは、ベイルの呟きを聞き逃した。

「…………なあ、これってヤバくねえか?」


 彼の言葉を肯定するように、外から雄叫びが聞こえて来た。

 何かを打ち合う音と共に、雄叫びはどんどん接近してくる。

 一瞬の静寂の後、天井近くの透かし彫りの窓が破壊された。

 破片となった精緻な細工と共に、落下してきたのはフルだった。

「キヒイ!」

 空中で反転した彼は、着地と同時にその場を離れ、鞘に収まった剣を構えた。

 フルは険しい表情で、自分が突き破った窓を睨みあげる。

 破れた窓には、新たな人物の影があった。

 その人物も窓から飛び降り、軽々とした身のこなしで着地する。

 侵入者は木剣を肩に、厳しい顔でじろりと周囲を睥睨した。


「あ、おじーちゃん!」

「おうおう、マリアや」


 いきなり相好を崩し、猫なで声をあげたのは元冒険者最強、斬人ギザールだった。

「さて、小僧ども」

 次の瞬間、ギザールの表情が険しくなる。

 片目を細め、顎をあげて孫娘のそばにいる大人達を睨みつける。

「わしの可愛いマリアを拐かしたのはお前らか?」

「そうなのです!」

 八高弟達が、手をあげたコザクラをぎょっとして見詰める。

「こちらのヨシタツの奥さんにするつもりなのです!」

「そうだよおじーちゃん! マリアはおじさんのおくさんなの!」

 ギザールは、何も言わずに木剣を構えた。

 その殺気のこもった視線の先には、タヂカがいた。

 ギザールの誤解を解こうと、クリサリスが慌てて口走る。

「誤解です! マリアちゃんとのことはお遊びなんです!」

 そんな言い方じゃダメだろ、大半の者達がそう思った。

「…………純真なマリアをもてあそんだと?」

「婿殿を守れえっ!」

 ラウロスが、考えようによってはダメ押しのセリフを怒号する。

 八高弟達が迅速に動き、タヂカの周囲に人垣を作ろうとした。


 しかし、それ以上にギザールは速かった。

 タヂカの目前まで、一瞬で迫った。


      ▼▼▼


 疾走スキル!

 俺の前に、一瞬にして迫ったギザールを見て、驚いた。

 その移動速度はどう見ても、ガーブと同じ疾走スキルだったからだ。

 かろうじてベイルが割って入らなければ、その木剣で脳天を砕かれていたかもしれない。

 ギザールさんを取り押さえようと、鞘に納めたままの剣を手に全員が取り囲もうとした。

 しかし、その尋常ではない速度に追いつける者はいない。

 同じスキルを持つ、ガーブ以外は。

 二人は並走し、礼拝堂を駆け回りながら剣を交え、とばっちりであらゆるものを破壊した。

 室内なので、速度は落としているらしい。だから俺にも観察できた。

 スピードは互角だが、剣の腕前ではギザールさんが上だ。

 両者は一旦離れると、すぐさま接近した。

「ガーブさん!」

 クリスが悲鳴をあげる。

 すれ違いざま、ガーブは木剣の一撃を受けたらしい。

 急激に速度を落としたが、結構な勢いで壁に激突した。

 頭は打っていないから命に別状はないと思うが、意識を失ったのか動かない。

 足を止めたギザールさんに、残りの八高弟達が殺到する。

 四方から突き出される剣を、しかしギザールさんは跳んで躱した。

 跳躍スキル!

 それを待ち構えていたフルが追撃する。

 空中で一合、反転して天井の梁に着地して一合、再び下に向かって跳躍して一合。

 忍者みたいな戦い方をする二人。

 そしてまたもや気が付く。やはり剣の腕ではギザールさんが上手である。

 かつて、監察官のアステルは言っていた。

 この街にいる守護級は十指に余ると。その一人が彼、斬人ギザールだと。

 しかし、それにしても異常過ぎる。

 床に着地した瞬間、木剣で吹き飛ばされたフルを見て思う。

 同じ守護級と目されている八高弟達よりも圧倒的じゃないか!

 マリアちゃんを抱えて隅っこに退避しながら、我慢できずに看破を発動した。


 ―名称:ギザール

 ―年齢:五六歳

 ―スキル:剣術【四】、*


 なんだこれは!?

 看破が見通したスキルに、疾走や跳躍がない。

 ではあの動きは、剣術スキルの動きだというのか?

 いや、そんなはずはない、どうなっているんだいったい。

 ギザールさんが、今度はベイルの剣を鋭い突きで弾く。

 刺突スキルだと! まさか――――


 ―スキル:剣術【四】、刺突【二】


 なんだこれは!?

「斬人ギザールのスキルは、《模倣》なのです」

 驚愕する俺の耳元に、コザクラがこっそり囁く。

「相手と同じスキルに変化し、自分のスキルとして使用できるのです」

 それは最強のスキルじゃないか!

「もちろん制限があるのです。対象のスキルが中位以下であること、スキルの所持者の意識があり、なおかつ一定の範囲にいること。他にも幾つかあるのです」

 なるほど、だからガーブが気絶したら、ギザールさんも止まったのか。

「斬人ギザール。幾人もの無法なスキル所持者を討ち果たして得た、二つ名なのです」

 対スキル所持者に特化した、かつての冒険者最強。

 だが彼の強さは、単にスキルの恩恵だけではないはずだ。

 スキルを活用するには修練が必要なのに、それを苦も無く扱ってみせる才能。

 それこそが、彼の強さの秘密なのだろう。


「がんばれーおじーちゃん!」

 どうでもいいけどマリアちゃん? あんまり無責任に煽らないで?

 君のおじいさん、すっかり当初の目的を忘れているよ?

 どうやらギザールさん、孫娘にカッコいいところを見せようと奮闘しているらしい。

 その証拠に、もはや俺の方を見向きもしない。噂ではギザールさん、最近物忘れがひどいらしい。

 時折ポーズまで作っているのは、たぶん孫娘へアピールしているのだ。

「このクソジジイ!」

 ベイルが癇癪を起して遮二無二に襲い掛かるのを、回避スキルでひらひら躱している。


 それにしてもこの騒ぎ、どうしたものか。悩んでいたら、ちょんちょんと腰を突っつかれた。

 見下ろすとコザクラが、奥へと続く扉を指さしている。

 扉の隙間から、カティアが手招きしていた。

「さあ! 早く行くのです!」

 コザクラが、俺の背を押しながら叫んだ。


「男をみせるのです、ヨシタツ!」

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