俺は悪くない?
夕方、奴隷商館の主人が見舞いに来た。
往診の医師によって傷の手当てを受けた。
それほど深手ではなかったが、俺はベッドに横たわったまま彼を迎えた。
ベッドの傍らには椅子に座ったカティアが同席している。
カティアをこの場に呼んだのは理由がある。
冒険者ギルドで序列筆頭の彼女がいれば、奴隷商館側も対応をおろそかにはしまいという腹積もりがあった。
壊れた奴隷の首輪について、奴隷商館の主は、何度も謝罪の言葉を述べた。
そして事件をどうか表沙汰にせずに収めてほしいと懇願された。
彼は奴隷の首輪が壊れたことにひどく動揺していた。
根掘り葉掘り、その時の状況を聞かれたが、俺は首輪に触った時に壊れたと、繰り返し述べた。嘘ではない。
彼が注目したのは、首輪が砕けた状態になった点だった。
首輪を破壊すること自体は可能だ。
魔術の炎ならば溶けるし、あるいは金属の棒を使ってテコの原理でねじ切ることも出来る。
ただどちらの場合も、首輪を付けている奴隷はただでは済まない。
いずれにしても、奴隷の首輪が砕けることは考えられないそうだ。
奴隷の首輪は、長い年月の間、奴隷売買システムの根幹を支えてきた道具だ。
それが壊れたとなれば、影響ははかり知れない。だから俺に、ベラの件は黙っていてほしいそうだ。
俺は了承する代わりに、いくつかの条件を出した。
ベラを購入した金の返却。ベラの奴隷からの解放。
後日、奴隷を購入する場合に最大限の便宜をはかること。
ごねることなく奴隷商館の主は条件をすべて受け入れられた。
その上、賠償金の支払いと見目麗しくスキル持ちの高級奴隷の提供を申し出た。
口止め料だと言われたが迷った末に断った。
とにかく後日、奴隷購入の際に便宜をはかってくれればいいと念を押した。
奴隷商館の主は恐縮し、ぜひともご利用をお待ちしておりますと述べ、帰って行った。
図太いというか、盗人たけだけしいとはこのことだろうか。
奴隷の首輪を破壊したのは明らかに俺のスキルの仕業だ。
条件だとかあつかましく言える立場ではない、と他人は思うかもしれない。
だが、俺ならば胸を張って言える。
俺が悪いわけではないと。
なぜなら、注意事項を記載したマニュアルを渡されなかったからだ。
スキルによっては首輪が壊れる可能性があるとも言われなかった
マニュアルを作らず、口頭でも注意しないで、やたらと奴隷の首輪の安全性を主張するだけだった。
全面的に向こう側に責任があると言っても過言ではない。
「俺は悪くない」
「そうなのか?」
カティアはサイドボードに乗った籠から黄色い果物をひとつ、手に取った。
普段から持ち歩いているナイフで器用に皮をむき始めた。
奴隷商館の主が持ってきた見舞いの品だ。
「・・・俺が悪かったのかもしれない」
「そうか」
しばらく沈黙が続く。
カティアがナイフで、しゃりしゃりと皮を剥く音だけが聞こえた。
「欲をかき過ぎた」
「どんな欲だ?」
「好かれたいと思ったんだ」
「お前が買った奴隷にか?」
「うん、親切に接すれば心を開いてくれるかもしれないと思った」
「そうか」
皮を剥き終えた果物にカティアはガブリとかぶりついた。
「うん、悪くない」
「それ、俺に剥いてくれたんじゃないのか?」
「違うぞ。食いたかったのか?」
「ああ、食いたい」
「ほら」
カティアが食いかけの果物を渡す。
「ちゃんと新しいのを剥いてくれよ」
「これにしておけ。毒味済みだ」
俺は怪我をしていない右手で受け取り、果物にかぶりつく。
プラムみたいに甘酸っぱい。
「・・・冗談だろ?」
「口封じの可能性は限りなく低いが、わたしが保険を掛けておくまで用心に越したことはない」
「迷惑をかける」
「お互い様だ」
果物を食べているときカティアがふと尋ねた。
「彼女はどうしてお前に危害を加えたんだ?」
昨晩のことを思い出す。少しだけ落ち着いたベラから話を聞きだすことはできた。
「田舎に許婚がいるそうだ。ベラは裕福な商家の娘だったらしい」
「ふむ」
「両親が死んで没落して借金を返済するために叔父に売られたそうだ。首輪が壊れたので、俺を殺して田舎に帰るつもりだったらしい」
「ひょっとして遺言書を作ったのか?」
「ああ、奴隷商館でいろいろ勉強したから。もし俺が死んだら奴隷から解放するって。俺には奴隷を相続させる人はいないし」
「それを奴隷は知っていたのか?」
「・・・・うん」
特に感想を漏らさず、カティアはまた果物を剥き始めた。また黄色いやつだ。
「同じのじゃなく、別のヤツにしてくれ」
「これが食いたいんだ。お前にとられたからな」
だから俺の見舞いの品だって。
「うかつだったか?」
「場合によりけりだな。奴隷は直接主人に危害を加えられないし。自分に有利な遺言書なら、それを変更されないように主人に尽くすかもしれない」
「そうか」
「それに問題の彼女はいささか短絡的すぎるな。人殺しをしても逃れる自信があったのか?」
「さあ? たぶんそれだけ婚約者に会いたかったってことじゃないか?」
「お前は時々、ひどく醒めているな。ケガを負わされて怨みはないのか?」
大半が俺の責任だからだ。
「自由を縛る奴隷の首輪が壊れたんだ。牙を剥くのは人として当然だ」
「・・・そうか」
それに傷ついたのが自分だけですんだし。
これがもし、間違ってリリちゃんなどが巻き込まれていたら、許さなかったと思う。
彼女も、自分も。
「ひとつだけ断っておくと、奴隷が全て彼女みたいな人間だとは言えない」
「どういう意味だ」
「覚悟を決めて年季まで懸命に努めようとする奴隷が、正道を歩んで晴れて自由の身を勝ち取ろうとする人間もいるということだ」
「・・・うん」
「おそらく彼女は自分の境遇を受け入れ、立ち向かう覚悟がなかったんだろう」
「・・・・・」
「少なくとも彼女が奴隷の身になったのはヨシタツの責任ではない。なのにヨシタツを傷つけるのはお門違いというものだ」
それが彼女の、この世界の常識なのだろうか?
ならば俺自身も受け入れ、納得するべきなのだろうか?
「それでどうするつもりだ?」
「どうするって、なにが?」
「自分のパーティーのことだ。まだ奴隷を使うつもりか?」
「・・・そのつもりだ」
奴隷にはそれぞれ理不尽な過去があるのは分かった。
あたりまえだ、人の自由と人権が金で売り買いされるのに事情がないはずがない。
それに元の世界の倫理観のせいで、じくじくと膿むような自己嫌悪も感じる。
だが奴隷という現実を拒んだとしても、奴隷という制度はなくならない。
スーパーで1パック300円の鶏肉を買わなかったからといって、鶏が救われるわけではないのだ。
「ただしパーティー結成はとうぶん見送りだ。もう少し物事を経験したり、魔物狩りの修行をしたい」
「ああ、あせることはないさ」
そう言ってカティアは果物にかぶりついた。
半分以上食べてから、残りを俺にくれた。
本当に毒見のつもりなんだろうか?
どうもからかわれているような気がしてならなかった。