冒険者筆頭のデート模様
広場に到着した俺とカティアは、まず出店を冷やかしてまわった。
神殿関連の祭日ということで、由来は分らないが縁起物と思しき品々が並んでいる。
絵付け蝋燭や燈籠、五色の幟に白い毛玉のアクセサリーなど。
食べ物に関しては、色彩が鮮やかなほど珍重されているらしい。赤青黄色など、原色に染められた焼き菓子やちまきが大皿に山盛りになっている。他にも果物を挟んだパンケーキ、冷やしたキュウリ、腸詰を包んだ揚げパン、焼いた芋にや干物等々。
正体の分らない物も多く、それがまた楽しい。
「そう言えば子供の頃、母はあまり買い食いをさせてくれなかったな」
「御母堂が?」
衛生に気を使い、口に入る物には用心深い人だった。
「ああ、だから大人になったら腹いっぱい買い食いをしようと思ったんだが」
「だが?」
「一人で祭りに行って買い食いというのも、ちょっとな?」
「……恋人を誘わなかったのか?」
「年の離れた幼馴染がいたんだが、時間が合わなくて」
そういう言い訳をしていたからダメだったんだと、今なら分かる。
ふむとカティアは頷くと、俺の腕を引っ張った。
「お、おい?」
「こっちだ、いいから来い」
そしてカティアは、一軒の出店の前に並んだ串焼きを指差した。
「これを買ってくれ」
「な、なんだこれは!」
それは毒々しい赤色の芋虫を、何匹も連ねて刺した串焼きだ。
「縁起物の食べ物だ」
「これがか!」
「まあ、騙されたと思って食べてみろ」
二本購入して分け合い、自分の分にかぶりつく。俺は思わず叫んだ。
「騙された!?」
「うむ。わたしは子供の頃から、これが嫌いでな」
「ならなんで買わせるんだよ!」
俺がなじると、カティアは楽しそうに笑った。
「さあな? 急にヨシタツと一緒に食べてみたくなった」
酷い味だと文句を言いながら食っていたら、とうとう店主に一喝された。
俺とカティアは、笑いながら逃げ出した。
出店の他には、幾つもの大道芸が披露されていた。
玉乗りやお手玉、手品に軽業、パントマイムにナイフ投げ。
元の世界よりも巧みな芸が多いのは、ひょっとしてスキル絡みか?
変わったところでは殴られ屋があった。三発殴らせて銀貨一〇枚だ。
「よせ」
俺はカティアの肩を掴んだ。
「まだ何も言っていないぞ?」
「いいからよせ」
「大丈夫だ、たぶんあれはスキル持ちだ」
「ちっとも大丈夫じゃない。可哀そうだから止めておけ」
どんなスキルだろうと、カティアなら突破してしまうだろう。
「そう言えば、どこかで人形劇をやっているらしいぞ?」
「人形劇? 観たいのか?」
「ああ、ぜひにと勧められた」
「うーん、あれかな?」
広場の片隅で、それらしき幟を立てた、小さな天幕を見つけた。
しかし近寄ってみると、客の姿がない。呼び込みの声が空しく響いている。
「なんだか流行っていないみたいだぞ?」
「空いていて都合が良いじゃないか」
「…………そうかな? その理屈、どこかおかしくないかな?」
釈然とせず首を捻り、呼び込みの青年に木戸銭を払う。
お二人様ご案内と、威勢良く声を掛けた青年は、天幕の入り口を開いてくれた。
入り口に立て掛けてあった看板には、こう書かれていた。
【子供たちに、夢と希望を】
どうやら児童向けの人形劇らしい。まあ、カティアが楽しみにしているようだから良いか。
だけど、【希望】の文字を削って書き直してあるのが、妙に記憶を刺激した。
天幕を出た俺達は、ふらふらと噴水の側まで歩き、どっかりとベンチに座った。
背もたれに寄りかかり、首を逸らす。見上げた先には、抜けるような青空が広がっている。
「…………まあ、飲め」
「ああ…………すまない」
途中の出店で買った果汁のカップを手渡すと、カティアは疲れた様子で口にした。
「…………ひどかったな」
「…………ああ、ひどかった」
それ以外、なんと表現していいか分からない人形劇だった。
「思うんだが」
カティアは、ぽつりと呟く。
「主人公のあれ、完全に逆恨みじゃないか?」
基本的なストーリーは、故郷を滅ぼされた主人公の復讐劇だった。
一夜にして故郷を失った主人公が、修羅道に堕ちて次々と復讐を果たす筋立てだが。
「どう考えても、隣村の村長さんは無関係じゃないか?」
「それを言うなら、代官だって復讐の対象じゃない」
二人とも悪役らしい悪役だが、故郷の件とはまったく関係ない。
それなのに、ためらいもなく剣を振って成敗してしまった。
二人の首が、ピョンッと胴体から発射された時には、座ったまま跳びあがってしまった。
「カティアもびっくりしていたよな?」
「いや? わたしはそんなに驚かなかったぞ?」
強がるカティアだが、きゃっと可愛らしい悲鳴をあげたのは内緒だ。
「まあ、武士の情けだ。聞かなかったことにしてやるよ。ありがたく思うように」
「ずいぶんと恩着せがましい情けだな!」
それからも俺達は、劇の内容について語り合う。
あそこが変だ、あの展開には矛盾がある、設定に無理があるなど、ネタは尽きない。
ストーリーはともかく、話題に事欠かない作品だった。
ふと、香ばしい匂いが鼻先をくすぐった。
匂いをたどった先の出店で、果物ソースの包み焼きを買った。
「もう昼時だけど、これぐらいはいいよな?」
それほどの大きさじゃないし、さほど腹には堪えないだろう。
カティアの分の包み焼きを渡すと、俺は手拭を持って待ち構えた。
「何をしているんだ?」
俺の格好に疑問を抱いたのか、カティアが不審そうに問い質す。
「ああ。噂によると、この包み焼きは曲者らしい。うかつに齧ると中から果物のソースが溢れ、口や手が汚れるそうだ」
「それで? なんだその手拭は?」
「口元が汚れたら、これですぐに拭いてやる」
「はしゃぎ過ぎだ、馬鹿者が」
心底呆れたカティアだが、俺はへこたれない。
「これがデートの定番なんだ。恥ずかしがることはない」
「……分かった分かった、もしこぼれたら頼むとしよう」
「おう、任せろ」
俺がじーと見守る中、カティアがもそもそと包み焼きを食べる。
「…………なあ、もっと大きく口を開けてかぶりつけよ」
包み焼きを両手で固定し、小動物のようにチビチビと噛り付く。
中のソースが溢れない様に、ちゅるちゅると中身を吸い出す念の入れようだ。
「おいズルいぞ! ちゃんと食べろよ!」
無言のまま、すまし顔で齧り続けるカティアに、俺は抗議した。
「ふう、美味かったぞ」
食べ終えたカティアが、銀貨を一枚、取り出した。
「ほら、割り勘だ」
「…………ふん、今日はぜんぶ俺の奢りだ」
「そうか? なら甘えようか」
ビシュッと、空気が弾ける音がした。ちょっと目を離した隙に、銀貨が消えていた。
一瞬の早業に驚き、思わず拍手した。
「さてと、それをこっちに寄越せ」
カティアは手拭を取り上げ、まだ口にしていない俺の包み焼きを指差した。
「今度はこっちの番だ。ほら、食ってみろ」
勝ち誇るカティアに、にっこりと笑い掛けた。
「けっこうです。いい大人が、そんな恥ずかしい真似できないよ」
「おい! さっきと言っている事が違うぞ!」
「やだなあ、もしかして本気にした?」
俺がからかうと、カティアが顔を真っ赤にして怒りだした。
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「いいねいいね! 上手いこと進んでいるじゃない!」
ラヴィはご満悦だった。遠目にも、カティアとヨシタツの会話が弾んでいるのが分かる。
彼女達は、あちらとこちらとの間に何軒か出店を挟んだ飲み屋で、客となっている。
二人の動向を監視できる、絶好のポジションだ。
人形劇の天幕から出た当初は、二人ともひどく疲れた様子だった。しばらくすると元気を取り戻し、会話に興じる彼女達を、ラヴィは食い入るように見詰めていた。
そんなラヴィに、ラウロスとベイル、ガーブはうんざりした様子である。
「なあ、これって覗きじゃねえか?」
「あるいは、そうかもしれん」
ベイルの疑問に、ラウロスが慎重に答える。
「いや、間違いなく覗きだ」
ガーブが呆れたように断言する。
「しかし、こうも事が上手く運ぶとは予想外だったぞ」
「ああ、最初は素っ頓狂な計画だと思ったけどな」
ベイルも同意する。この計画が持ち出されたのは、武術大会直後の飲み会の席だったか。
ラヴィが語る計画の成否に、他の兄弟弟子は懐疑的だったのだ。
「ああまで仲睦まじい姿を見せられるとは」
「わたしに任せておけば、何でも万事上手くいくのよ!」
「いやそりゃ言いすぎだ」
順調な出だしで、ラヴィは得意の絶頂にあった。
そんな彼女が、スッと目を細める。
「…………妙な虫がまとわりついているね」
カティアとヨシタツの背景を、かすめるように人影が過った。
ただそれだけの兆候で、彼女の警戒度が跳ね上がる。
「――――それがしが行ってこよう」
ガーブが斥候に出ると、ラヴィは警戒度を下げる。
どんな相手であれ、彼の鋭い目を避け、その速度から逃走することは不可能だ。
再びラヴィはデート鑑賞に戻った、その時である。
「おおおおおっ!?」
「「どうした!!」」
ラウロスとベイルの声も、耳に入らない。
カティアが食べ物を両手で持ち、顔を伏せて隠すように齧っている。
小動物を思わせるその仕草に、血液が沸騰しそうになる。
ダメだ、今はダメだ!! ラヴィは自らを叱咤し、根性で鼻血を抑制しようとする。
ただひたすら、眼前の光景を網膜に焼き付ける。
それを終えると、怪訝そうにこちらを見るラウロス達に視線を向ける。
十分に堪能したラヴィは、二人に向かって祝杯のようにカップを掲げてみせた。
カップが砕け、酒が飛び散った。
彼らは即座に体勢を低くする。ラウロス達が剣を抜こうとするのを、ラヴィが止める。
「姐御に気付かれたっ!」
「「なんだとっ!?」」
微かな風切り音とカップの砕け方。そこから推測される方角には、カティアがいる。
おそらく彼女が、つぶてか何かを投げてカップを砕いたのだろう。
「どうしてバレたんだろう?」
「お前が大声で喚くからだろ! どーすんだよ!」
「第二地点へ移動するよ!」
顔面蒼白で狼狽えるラウロスとベイルに、ラヴィは指示を下す。
「これは姐御の警告だ、それでも計画を続行するのか?」
「ああ、あたしらがテコ入れしなくちゃ、あの二人の仲は進展しない。最後までやり遂げてみせるさ」
「…………死ぬ気か?」
ベイルの問い掛けに、ラヴィは微笑んでみせた。
彼女は心の内で、カティアに語り掛ける。
申し訳ありません姐御! ですが何としても事の顛末を見届けなければ!
自分は今日、歴史の生き証人になります!
「たとえ兄弟弟子達を盾にして生き延びてでも!」
「おいてめえ! なに物騒なことを言ってやがる!」
彼らは、身を屈めて移動を開始した。第二地点へ向かう途中、マリウスが合流する。
「姐御はこれから昼食みたいですよ?」
「お、そうかい!」
第二地点は、カティアがよく利用するレストランの近くだ。
タヂカにこっそり入れ知恵してあるから、そこへ向かうだろう。
そこで買収したウェイターに、恋人限定サービスランチなるものを薦めさせる。
もちろん、そんなメニューなどない。ラヴィのアイディアだ。
二人分の料理と飲み物を、一人分の食器で提供するのだ。
つまり、お互いに食べさせ合いましょうという意味である。
くくくと、ラヴィは含み笑いする。恥ずかしがって交互に使っても、その時は間接接吻!
どうあがいても逃れようのない罠である。このアイディアが閃いた瞬間、ラヴィは身震いした。
自らの悪魔的な発想に、恐怖さえ覚えたものだ。
いける、これはいけるぞ!と、ラヴィは拳を握りしめた。
「姐御達は、お弁当をもって街の外にピクニックだそうですよ?」
ラヴィはがっくりと膝をつき、握った拳で地面をごんごんと叩いた。
「まあ、そう気を落すな。お前はよく頑張っているよ」
ベイルが、ラヴィの肩を叩いて慰める。
「せっかく、せっかくの姐御のアーンが! 間接接吻が!」
「汚らわしい妄想を垂れ流すな。呆れるよりも哀れになってきたから」
「街の外では、間違いなく見つかるからな。追跡はむりだ」
ラウロスの言葉に、マリウスも頷く。
「戻ってくるまで待機ですね」
「…………ちょっと待って?」
正気に戻ったラヴィが、ふと顔をあげる。その口元が引き攣っていた。
「ピクニック? 街の外で?」
「姐御なら別に問題あるまい。婿殿もいるしな」
ラウロスは肩を竦める。街の外には魔物がいるが、カティアならば危険はない。
彼の言葉には、絶対の信頼が込められている。
「忘れたのかい! 姐御はいま、丸腰なんだよ!」
ラヴィの指摘にも、ラウロスとベイル、マリウスの態度に変化はない。
「素手だって問題ないさ、なにせ姐御なんだから」
しかしラヴィの顔には、拭いきれない不安が滲んでいた。