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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
117/163

前哨戦

 宿を出てギルドに向かう途中、やけに人通りが多いことに気が付く。

 そういえば、今日は神殿関係の祭りがある日だ。

 普段の道順を外れ、大通りから広場に入ってみた。

 色鮮やかな幟や垂れ幕がたくさん掲げられ、いつもより賑やかである。

 まだ時間が早いのか、準備の整っていない出店もあった。

 人出もこれから本格的に増えるのだろう。


 週に一回とか、規則的な休日がない辺境の街である。

 ただし神殿の祭日など、特別な日は仕事を休むのが一般的らしい。

 俺達も、そういう日は討伐を行わないで休養日に当てている。

 もっとも俺は、日がな一日ベッドでごろ寝をするぐらいなのだが。

 

 そう言えば、冒険者ギルドは営業しているのだろうか。

 ふと疑問に思った俺は、ギルドへの道を急いだ。


      ◆


 ギルド、営業だけはしていた。

 ただし事務の受付業務だけで、買い取りなど他の業務はお休みらしい。

 営業時間は午前中だけで、午後には閉めてしまうそうだ。

 職員の大半は休みを取っており、ギルド内部は閑散としている。


「本当は、わたしだってお休みだったのですよ?」

 諸々の事情を説明しながら、セレスが愚痴をこぼす。

「でも出勤予定の子達に、急な用事が出来たと泣きつかれてしまって」

「はあ、頼られていますね」

「まあ、半日だけですから。適当に時間を潰してますよ」

「適当はまずいんじゃないかな」

「どうせ誰も来やしませんから」

 セレスはロビーを見回した。彼女の視線の先には、八高弟達の姿があった。

 ギルドの玄関の両脇には、ガレスとベイルが腕を組んで控えている。

 仁王像のように佇むガレスと、物騒な目付きで睨むベイル。

 用事があって来訪する冒険者達は、そんな二人の威圧感に恐れをなして退散してしまう。

 俺が目撃しただけで、すでに五人が追っ払われていた。

「あれって、営業妨害じゃないか?」

「タヂカさんが、それを言いますか?」

「…………すみません」

 人目を避ける必要性は理解できるので、見ぬふりをするしかない。


 他の兄弟子達は、喫茶室にたむろしていた。

 その中でラヴィが一人、瞑目して腕を組み、椅子に座ってピクリとも動かない。

 触れると暴発しそうな緊張感が漂い、声を掛けづらい。

 そんな彼女を、他の兄弟弟子達が遠巻きに眺めていた。


 俺とセレスは口を閉ざし、ただその時を待つしかなかった。

 ギルド内部に満ちた静寂の中、靴音がコツコツと響いてきた。

「準備が、終わったみたいですね」

 セレスの言葉と共に、廊下の奥から彼女が現れた。


 カティアは、淡いバラ色の衣装に身を包んでいた。


 俺の乏しい知識が、どこか民族衣装的なそれを、ワンピースドレスに分類した。

 刺繍で縁取られた、襞のあるスカート。鎖骨が慎ましく覗く襟ぐり。

 腰は紗の帯できゅっと締められ、端が脇に垂れている。

「待たせたな」

 カティアの声に、ハッと我に返る。女性の衣装に、これほど見惚れた覚えはない。

 俺は彼女に近寄る。左右の手足が同時に動いていた。

「よく似合っている。見違えた」

 彼女にはもっと大人な感じの、例えばシックな黒の衣装が似合ってはいるだろう。

 だからこそ、どこか華やかな感じのするその衣装は、余計にインパクトがある。

 兄弟子達も、言葉がないようだ。誰もが言葉を失い、あ然としている。

 席から立ち上がったラヴィだけが、口元に笑みをたたえていた。

 だけど何故か、人形めいた作り物の笑顔に見える。

「なんだ、ヨシタツにしては平凡な世辞だな」

 カティアが皮肉気に笑ったおかげで、ようやく平常心を取り戻す。

 やっぱり本物のカティアだ。そっくりさんのご令嬢ではなかった。

「それじゃ、さっそく行こうか」

 俺が誘うと、彼女は喫茶室にいた弟子達を見回す。

「お前たちも、祭りを楽しんでくるといい」

「はい、姐御。いってらっしゃい」

 貼り付けたような笑顔のまま、ラヴィが手を振った。

 ベイルとガレスがうやうやしく開いた扉をくぐり、俺達は通りに出た。

「あ、すまん! セレスに言伝を忘れた。ちょっと待っててくれ」

「さっさと行ってこい」

 苦笑するカティアを残して急いで戻ると、受付を通り過ぎて喫茶室に駆け込んだ。

 ラヴィが、テーブルに突っ伏していた。

 その周りを、微妙な表情の兄弟子達が取り囲んでいる。

 肩に手を置き、そっと彼女の上半身を起こした。


 テーブルには、真っ赤な血だまりが広がっていた。


 鼻血を垂れ流すラヴィが、虚ろな目でカフカフと喉を鳴らしている。

 何事かを呟く彼女の口元に、耳を寄せてみた。

『…………かわいい あねご かわいい あねご かわいい…………』

 兄弟子達を見回すと、誰もがきまり悪げに視線を逸らす。

 とりあえず、治癒術を全力で施しておいた。


「悪い、待たせた」

 俺は何事もなかったように振る舞い、肘を差し出した。

 カティアは一瞬だけ躊躇してから、手を肘に掛けた。

「い、痛いよ! し、しぼらないで!?」

「…軟弱だな、もっと鍛錬しろ」

「関係ない! 鍛え方は関係ない!」


      ◆


「うん、やっぱり似合うな。そういうの、普段からもっと着ればいいのに」

 通りを歩きながら、隣を歩くカティアをあらためて観察する。

 しかし彼女はこちらに振り向きもせず、ただ真っ正面に顔を向けたままだ。

「……着付けが面倒なんだぞ、これは」

 そのセリフを聞いて、衣装を広げて困惑しているカティアの姿を想像した。

「ちゃんと着こなしているじゃないか」

「最初から、ラヴィが女性職員達に手伝いを頼んでくれた」

「ちゃんとお見通しだった訳か」

 俺が笑うと、彼女は憮然として頷いた。

「髪も整えたんだな」

「それも、職員達がやってくれた」

 初めて出会った時に比べると、彼女の髪はだいぶ伸びている。

 普段はろくに手入れをしていない髪も、きれいにクシが通って艶やかだ。

 軽くウェーブが掛かっている上に、薄化粧まで施されている。

「いい仕事をしてくれたじゃないか」

「他人事だと思って。ひどい目にあったんだぞ?」

 恨めし気に横目で睨まれた。きっと職員達が、嬉々としていじり倒したに違いない。

「まあまあ。新鮮で良いと思うぞ」

「あれだけ耐え忍んだのに、その程度の感想なのか?」

 ちょっとヘソを曲げたようだ。

 そんな彼女も新鮮に思え、ご機嫌を取るのも苦にはならなかった。


「あ、カティア様! それにタヂカさんも!」

 大通りを広場の方に歩いていたら、正面から来た二人の女性に声を掛けられた。

「あ、受付の」

 そうそう、ギルドの受付嬢だ。名前は知らないけど。

 軽く挨拶して通り過ぎようとしたら、二人はカティアにまとわりついた。

「カティア様、素敵なお召し物ですね!」

「お二人とも、今日はデートですか?」

「ああ、そんなところだ」

 カティアの返事に、彼女達は黄色い歓声をあげる。

「わあ、うらやましいです!」「お似合いですよ、二人とも!」

 そう真っ向から言われると、少々面映ゆい。

「お二人はこれからどちらへ?」

「広場に行ってみようかと」

 俺が答えると、彼女は手を打ってはしゃいだ。

「いいですねえ! 色々と出し物もあるみたいですよ!」

 なるほど、大道芸とかもあるのだろうか。

「…………いいなあ、今度わたし達も遊びに誘ってくださいね?」

「ああ、機会があったらね」

 俺がそっけなく答えると、カティアがプッと吹き出した。

「わたしとデート中に、もう次の約束か?」

「え、いや、そういう訳じゃ」

 ちょっと狼狽えたら、カティアはクスクスと笑う。

「君達も祭りを楽しむといい。でも、気を付けろよ?」

 受付嬢達に微笑み、俺の肘を引き寄せる。

「こういう悪い男に引っかかるんじゃないぞ?」

「ちょっと待て! どういう意味だ!」

 受付嬢達が、バツが悪そうな顔をした。

「えーと、お邪魔しました。よい一日を!」

 そう言って、彼女達は逃げるように立ち去った。


「あんまり邪険にするなよ?」

 カティアにたしなめられた。どうも態度に出ていたようだ。

「今日のカティアは、俺の独占だからな」

 あまり他人に干渉されたくない気分だ。

「…存外、嫉妬深いんだな。分かった、注意しよう」

 

 そうして俺達は、あらためて広場への道を歩き始めた。


   ▼▼▼▼▼▼


 路地に駆け込んだ七番と八番は、裏通りに出て五番と合流した。

「カティア様の様子はどうだった?」

 五番が尋ねると、七番と八番は苦しげな表情で胸を押さえる。

「罪悪感がハンパじゃない!」

「痛むよ! 良心がズキズキと!」


 冒険者筆頭として、実力人望共に兼ね備えたカティア。

 その地位に相応しい威厳を常に保ち、滅多に感情を露わにしない。

 そんなカティアが、ごく自然に笑っていた。

 一人の女性として、デートを楽しんでいたのだろう。


 そんな彼女達を偵察し、あわよくばデートの邪魔をしようと目論む。

 自分達の下劣な企みに、良心の呵責が耐えられなくなったようだ。

「ねえ、本当にこれ、続けるの?」

「もう止めましょうよ!」

 彼女達が口々に言い募り、困った五番が頭を掻く。

「会長は暴走気味だしねえ。聞く耳持たないんじゃないかな」

「…………報告だけはしておこうか」

「…………お二人は、これから広場に向かうみたいよ」

 とりあえず臨時司令部に戻ろうと、三人は裏通りを小走りに進む。

 そして四つ角に近付いた時、ずりずりと何かを引きずる音を耳にした。

 何となく足を止めた彼女達は、角から一人の少女が出て来るのを目にした。

 ホウキを引きずる少女が、進路を塞ぐように足を止める。

 少女は俯き加減のまま、横目で受付嬢達を睨んだ。


「げえっ!」

 五番が驚愕の叫びをあげる。

「リリさん!?」

「リリ」「さん?」

 動揺する五番と少女を見比べ、七番と八番は首を傾げる。

「お姉さん達、ここから先には行かせないよ?」

 リリは、三人に向かって静かに告げる。

「えーと、ごめんね? わたし達、先を急いでいるから」

 かかわらない方がいいと判断した八番が、そそくさと脇を通り抜けようとした。

「避けろっ!」

 五番の警告に、八番が反応する。後ろに跳んだ彼女のスカートを、ホウキの一撃がかすめた。

「あぶなっ!? いきなりなにすんのよ!」

「その人はタヂカさんの関係者だよ!」

 五番が叫び、仲間に注意を促す、

 リリは正面に向き直ると、ホウキの柄で路面をトンと突いた。

「人のデートを邪魔したらダメだよ、お姉さん達」

 情報が漏れていることに驚き、さらには年下に説教され、三人の受付嬢は赤面する。

 むろん事情を詳しく知っていれば、お前が言うなと突っ込んだだろう。

 自分を棚にあげている自覚があるのか、リリの頬もちょっと赤い。


「…………そこをどいてくれない、お嬢ちゃん?」

 先ほどの一撃で、リリが武術をたしなんでいると悟ったのだろう。

 七番と八番が腰を落とし、身構える。

「ケガをしたくなかったら、道をあけなさい」

 彼女達の忠告に、リリはホウキを下段に構えて応える。

 説得は無理と判断した七番と八番が、同時に走り出した。

 リリの数歩手前で、左右に跳んで両脇から襲い掛かる。

 八番の手刀をかわしたリリに、七番の蹴りが放たれる。

 かろうじてホウキで受け止めたが、小柄なリリは後ろに押される。

 掴み掛かろうする八番の手を、リリが腰を落として避けた。

 靴底を滑らせて八番の脇を掻い潜り、ついでとばかりにその尻をホウキで叩いた。


 小手調べを済ませ、距離を置いて対峙する受付嬢達とリリ。

 受付嬢達の動きが予想外だったのか、リリの表情には驚きがある。

「お姉さん達、強いんだね」

「そりゃあ、冒険者なんて野蛮な連中を相手にする受付嬢だもん」

 八番が、叩かれた尻を撫でながら説明する。

「あぶない奴らもいるから、それなりに鍛えておかないと」

「冒険者ギルドの受付嬢なんて、なっちゃだめよ? ご両親が心配するから」

 拳を構えた七番が、どうでもいい忠告をする。

「それで、勝てないって分かった? なら、道をあけて?」

「…………どうしても、タヂカさん達の邪魔をするの?」

 受付嬢達の表情が後ろめたそうになったが、返事はしない。


 リリは大きく息を吸い、七番を見据えた。

「お肉」

 断定するように呟くと、ついで八番に視線を移す。

「お野菜」

 訝しげな表情になる受付嬢達。何故に食材?

 リリは微笑み、手首をひねってホウキを回転させた。

 次第に唸りをあげて回転するホウキと、微笑するリリ。

 なにか尋常でない威圧感を覚えた七番と八番は、一歩後ずさった。


 その瞬間、リリは弾けるように突撃した。


 旋回しながら、次々と受付嬢達に襲い掛かるホウキの柄とブラシ。

 上半身をのけ反らせてかわせば、前髪がなぶられるほどの風圧。

 前後に挟み込もうが、旋風のような攻撃は近寄る隙さえ与えない。

 リリは躍るようにステップを踏み、時には片手で、時には身体に滑らせてホウキを操る。

 複雑な円運動の軌跡で相手を翻弄し、攻撃が上下左右いずれから来るのか、予測を困難にさせる。

 受付嬢達は避けるだけで、精一杯だった。

「あのねーリリさんは日用生活殺法の俊英なのー」

 離れた場所で観戦しながら、五番が他人事のように解説する。

「ホウキが唸って悪を掃く! 対戦相手は美味しく料理する!」

 ちなみに五番も、日用生活殺法の門弟だ。


「荒ぶる看板娘リリ!って、呼ばれているのよー」

「「先にそれを言ってよ!!」」


 怒鳴ったせいで、七番八番の呼吸が乱れた。リリはその隙を見逃さない。

 ホウキを大きく振るい、握りを柄の端まで滑らせた。

 スルッと伸びたホウキの間合いを、受付嬢達は測り損ねる。

 まともに足払いをくらい、彼女達は脚を高々とあげて尻餅をついた。

「「ぎゃんっ!?」」

 尾てい骨でも打ったのか、彼女達は倒れたまま痛みに悶えた。


「お姉さん達の仲間は、どこにいるの?」

 ホウキを片手にずいっと迫るリリに呑まれ、受付嬢達は完全に委縮する。

「えーと、それはですね?」

 五番は、七番八番の手を引っ張って立ち上がらせる。

 ごにょごにょと二人に囁くと、彼女はリリに笑いかけた。

「内緒なので失礼しますっ!!」

 いきなり三人は走り出し、来た道を駆け戻った。

「――ま、待ちなさい!」

 虚をつかれて出遅れたリリが、慌てて後を追う。

 ホウキを振りかざして迫る彼女を見て、受付嬢達は悲鳴をあげた。

「うわ、こっち来た! こわ! なんか怖い!」

「あれだね! 子供の頃、お母さんに追っ掛けられたのを思い出すね!」

「痛い! 走るとお尻が痛い!」

「あいつです! あいつが本命です! わたしは囮です!」

「仲間を売りやがった!?」

「後は任せるね! 先に行っているから!」

「止まりなさ――――い!」


 受付嬢達はひたすら走り、四つ角で三方に散って逃げ出した。


「ああもう!」


 リリは地団駄を踏んで悔しがり、空に向かって叫んだ。

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