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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
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挿話の14 計画発動

 四人の少女が、食堂に会した。

 女将のシルビアは香茶を用意すると、微苦笑しながら調理場に引っ込んだ。

 さて、いざ謀議を巡らせようとした時である。


「私は、抜ける」

 クリスは組んでいた腕を解くと、きっぱりと宣言した。

「二度としないと約束もした。それに人様のデートを邪魔するなんて、自分がみじめになるだけ」

「クリスがそう言うなら、わたしも止めておく」

 続くフィーも、あっさりとクリスに従う。

「さすがにあれは、やり過ぎだと思ったし」

 そして彼女達は、妹分であるリリに視線で問い掛ける。

「…………わたしも、カティアおばさんなら、我慢する」

 リリはムスッと口元を曲げていたが、やがて根負けしたように承諾した。

「カティアおばさんも、たまにはデートぐらいしないと老けちゃうからね」

 そう言うと、一転して朗らかに笑った。母の友人を、肉親のように慕っているせいだろう。

 遠慮のないリリの発言に、クリス達は顔を引き攣らせた。

 

 意見がまとまったところで、クリスはテーブルの端にいるコザクラに目を向けた。

「そういう訳だから、せっかくだけど今回は遠慮するね?」

「…………それで、いいのですか?」


「タツを、信じているから」


 クリスの返答には、いっさいの迷いはない。

『信じたあげく、裏切られたとしたら?』

 コザクラは静かに尋ねる。

『相手を信じても、望み通りに応えてくれるとは限りません』

「うーん」

 思いのほか厳しい指摘に、クリスは困ったように笑った。

「こちらに都合の良い期待をするのと、人を信じることは違うと思うよ?」

 彼女の答えに、コザクラの口元がほんのりと緩んだ。

「いつもと違って、クリスお姉ちゃんが大人っぽくてカッコいい!」

 微妙に失敬なセリフには、気付かなかったようだ。リリの称賛の眼差しに、クリスは髪を掻きあげてフッと笑ってみせた。

「今のは忘れてあげて? 昨日、ちょっと良いことがあって、余裕こいているだけなの」

 フィーがやれやれと肩をすくめる。

「あと二、三日して正気になったら、心が狭くて嫉妬深いクリスに戻るから」

「ひどくない!?」

「まあ、それはいいのですが」

「よくないよ!? ぜんぜんよくないよ!」

 クリスの猛抗議を聞き流し、コザクラは告げた。


「お姉様方が手を引いても、他の連中は黙っていないのです」


      ◆


 窓が閉ざされ、室内の灯りは一本の蝋燭のみ。

 細長いテーブルに居並ぶ、一〇名の参加者。

 蝋燭の火に照らされ、その影が周囲の壁でゆらゆらと踊っている。

 メンバーも活動内容も外部に漏らさぬ、秘密のつどいが催された。


「さて、親愛なる同志諸君」

 テーブルの最上段から、低く重苦しい声が掛けられる。

「既に聞き及んでいるかもしれないが、由々しき事態が発生した」

 その声に応えるのは、がりがり、ぼりぼりという、かすかな異音のみ。

「我らは盟約に基づき、これに対処すべきと存ずるが如何に!」

 鉈で断つがごとき苛烈な問いに、異音がぴたりと止む。

「待て、会長よ。我らの内にもまだ、かの事情を知らぬ者もおる」

「左様、事のあらましを説明するのが先と思うが?」

 左右からの声に、会長と呼ばれた声の主は、思い直した様子である。

「よかろう。口にするのもおぞましい、この天をも恐れぬ所業をしかと聞け」

 一瞬の溜めの後、


「カティア様が、デートに誘われました」


 キャアアアアッと、室内が黄色い歓声に沸く。

「静かになさい! 外に声が漏れるわよ!」

「だれ! 誰なの相手は!」「タヂカさんらしいよ!」「やっぱり!」

 興奮のあまり、齧っていたビスケットや菓子の欠片を辺りにまき散らす。

「お黙りなさい!」

 会長の制止の声もむなしく、言い騒ぐ声はいよいよ昂ぶる。

「ついにデート! 長かったわね!」

「やったわね! カティア様バンザイ!」

 ガツンと、会長がテーブルを拳で殴りつけた。

「――――黙れ」

 部屋が静寂を取り戻すと、会長が言葉を続ける。

「わたし達の為すべきことはただ一つ。明日のデートで、タヂカに対してカティア様の愛想が尽きるよう仕向けること」

 え――――と、非難がましい声があがる。

「えげつないよ!?」「カティア様が、お可哀想だわ!」

「お黙り! カティア様が、あの男の毒牙に掛かったらどうするの!」

 その剣幕の凄まじさにほとんどの者がたじろぐ中、一人が果敢にも反論する。

「でもさあ、カティア様だって、そろそろ身を固めてもいいんじゃね?」

「なんてこと言うのあなた! 口を慎みなさい!」

 会長は、驚きと怒りの入り混じった叱責を投げつける。

「カティア様に、冒険者の下賤な男など不釣り合い! たとえ百歩譲ったとしても、あんな怪しげな男はダメです!」

「そうかな? タヂカさんは割とマシなやつだと思うぜ?」


 二人のやり取りを聞きながら、他の者達も囁き合う。

「タヂカさん、そんなに悪い人じゃないよね?」

「ていうか、けっこう良い人だと思うよ?」

「まあ、冒険者にしては、品性があると思いますね」

 そんな好意的な感想もちらほら出てくる。

「…………今だから言うけど、カティア様があの人に稽古をつけていた時、残酷なことをするなあって思っていたの」

「残酷? カティア様、ずいぶん手加減してたよ?」

「そういうことじゃなくて。素人のおじさんが冒険者になるなんて、無謀だって思ったの。だから、下手に夢を見させるのは可哀想だなって…………」

「…………でも、頑張ってたよね?」

「うん。何度も立ち上がる姿を見るのが辛くて切なかったのに、目が離せなかった」

「わたしは、元気をもらったかな? 仕事に失敗して落ち込んでも、あの姿を思い出すと、頑張ろうって気になったし」

「…………あのころに比べると、ずいぶんと成長されましたね」

「うん、立派になったよ!」

「なったなった、すげーなった!」

 その三人は、感慨深げに頷いた。


 他の者達も、ひそひそと寸評を交わし合う。

「顔は、まあ普通だけどね」「わたし達の仕事に理解があるよね」「差し入れもしてくれるし」

「けっこう稼ぐようになってきたし」「どれだけ蓄えがあるの?」「内緒だけど……そこそこ?」

「料理もできるそうよ?」「え、ウソ!」


 それらの評価を耳にした三人は、顔を見合わせた。

「………あれ、あれえ? もしかしてタヂカさんって」

「うーん、意外と」

「優良物件、ですか?」


 その頃、会長達の口論は佳境に入っていた。

「だったら、タヂカさんがカティア様に相応しいかどうか、見極めてやろうぜ!」

「ちょっと! なにを勝手なことを言っているのよ!」

「おーいみんな、聞いてくれ! 明日の祭日さー」

 ワイワイと騒いでいた、その時である。いきなり扉がバンと開け放たれた。


「あなた達! いったいいつまで遊んでいるの!」

「「「セレスさん!?」」」

 差し込む光に照らされ、全員がぎょっと身を竦ませた。

 そんな彼女達を、じろりと一瞥するセレス。

「お昼の休憩時間はとっくに終わっているのよ! さっさと仕事に戻りなさい!」

「「「「すみませんでしたああ!!」」」


 冒険者ギルドの女性職員達は、セレスの脇を走り抜けて部屋を飛び出す。

 彼女達は蜘蛛の子を散らすように、それぞれの部署へと逃げ出した。


      ◆


「どういうことだ!」

 隊長の怒鳴り声に、部下達は首をすくめる。

「本部との連絡がとれんだと!」

「はあ、一昨日から通心スキルが届かなくなっています」

 部下の一人が、頭を掻きながら説明する。

「なぜ早く報告をせんのだ!」

「隊長が娼館にお泊りだったので」

「それで原因はなんなのだ!」

 するっと流した隊長を、部下達は半眼で眺めた。

「何らかのスキルによる妨害に間違いありません」

「スキルだと!」

「はい。しかも街全体、いえおそらく周辺地域にまで効果が及んでいるでしょう」

「あ、ありえん!?」

 部下の推測に、隊長が絶句する。そんな大規模なスキルなど、聞いたことがないからだ。

「何者の仕業なのだ!? この一大事に!」

「「「一大事?」」」

 隊長の言葉に、部下達が一斉に首を傾げる。

「お前達はわたしが、ただ遊び惚けていると思っているらしいが、それは間違いだ。ああいう場所では、思いもよらぬ情報を得られるのだ」

 部隊長は、えへんと胸を張る。

「いいかよく聞け? あの女帝が明日、デートをするそうだ」

 部下達の反応は、いまいちだった。突然なにを言いだすんだこのおっさん、そんな感じだ。

「それはまあ、冒険者筆頭だって、たまにはデートぐらい行くんじゃないんですかね?」

「何を言う、あの女帝がデートだぞ! これを一大事と言わずにいられるか!」

「そうですか? なら本部に報告しなくちゃなりませんね?」

 部下の一人が冗談めかして言うと、他の者達もアハハと笑い出した。

 しかし隊長は、大真面目に頷く。

「その通りだ」

「「「へっ?」」」

「女帝の伴侶となり得る者が出現したら大至急報告するように、本部から指示されている」

「…………冗談、ですよね?」

「本当だ。まあたぶん、その相手の男を、こちら側に取り込もうという思惑じゃないか?」

 あっけにとられた部下達の視線に耐えられず、隊長はやや弁解じみた感じで見解を述べる。

「だから、必要なら本部に増援を要請して相手の男の調査をしようと――――」

「隊長はご存じないんですか?」

 部下の一人が、呆れたように尋ねる。

「何をだ?」

「女帝のお相手のことですよ」

「その男を知っているのか!?」

「――――ああ、そう言えば隊長が着任したのは、あの後でしたか」

「鎧蟻の件よりも後だよ」

 部下達は納得したように頷き合った。

「なんのことだ?」

「女帝に、求婚した男がいるんですよ」

「それがまあ、女帝もまんざらではないって噂ですよ?」

「なぜそれを早く報告しなかった!」

 部隊長は部下に掴み掛かり、唾をまき散らしながら喚いた。

「お、落ち着てい下さい! そんな大仰な話だとは思わなかったんです!」

「そんなことはもうどうでもいい! 名前は! 相手の名前は!」

「そ、そいつの名前は――――」

 ガクガクと揺さぶられた部下が、その名を告げようとした時だった。

 いきなり部屋の扉が開け放たれ、別の部下が駆け込んできた。

「何事だ! 見張りはどうした!」

「た、隊長! し、襲撃です!」

「襲撃だと!?」

 部下が報告しようとした時である。

 突風が逆巻き、部屋にいた全員が思わず目をつぶった。

 そして気が付いた時には、戸口に一人の男の姿があった。

 

「拙者、ガーブと申す者。突然の推参、まことに申し訳ない」

 幻のように出現した男が、謝罪と共に名乗った。


「八高弟!」「疾剣だと!」

 部下達が驚愕の叫びをあげる。

「さて、面倒ごとは望まぬ。素直に投降してもらえぬか?」

 ガーブの勧告に、隊長は即座に剣を抜いて身構えた。

「ちょ、無茶ですよ!」

「相手は八高弟ですよ!」

「降参しましょうよ!」

 部下達は大慌てで諫めたが、逆に隊長が彼らを叱咤した。

「うろたえるな! やつのスキルは室内戦向きではない! 囲んで取り押さえろ!」

 隊長の勇ましい姿に、部下達が瞠目する。

「た、隊長!?」「見直しました!」「女癖が悪いだけじゃなかったんですね!」

「どうせ仕事をしくじって!」「この街に左遷されたんだろうとか」

「「「陰口を叩いてすいませんでした!」」」

「よおしお前ら! 後でじっくりと話をつけような!」

 隊長が怒鳴り終えるのを待ってから、ガーブはぼそっと呟いた。

「参る」


 ヴォンと、空気が爆ぜた。

 ――――わずか、数秒だった。隊長と部下全員が打ち倒されたのは。

 何が起きたのか。かろうじて状況を把握できたのは隊長だけだった。

「ば、バカな…………」

 隊長は呻き、そのまま前のめりに倒れた。

 疾走は高速移動のスキル。狭い部屋で使えば壁に激突して自爆する。

 八高弟に関する情報から、彼はそう考えていた。

 しかし床を蹴ったガーブはそのまま壁を駆けあがり、天井すら走った。

 まるで攪拌するように、室内を文字通り縦横無尽に疾駆した。

 そして反応すらままならぬ相手を鞘ごと剣で打ち据え、制圧してしまった。

 

      ◆


「第三目標を制圧したと、ガーブから連絡があったわ」

 紅剣ラヴィは部屋に入るなり、そう告げた。

「ラウロスの第一目標、フルとガレスの第二目標。無力化した拠点はこれで三つ」

 彼女を含め、この場にいる八高弟は四名。双剣ベイルに殺剣グラス、光剣マリウスだ。

「なら、これで片が付いたって訳か?」

「情報通りなら、邪魔になりそうな外部勢力の拠点は、これで全部のはずね」

 ベイルの問いに答えると、ラヴィは部屋を横切って席に着く。

 テーブルに置いてあった酒をカップに注ぐと、一息にあおった。

「計画の第一段階はこれで達成。でも、取りこぼしがあるかもしれないから油断は禁物よ」

「制圧した連中はどうした?」

「例の場所に護送する予定。監視の人数と、念のために治癒師も手配してあるから、一日ぐらいは問題なく監禁できるわ」

「しかし、なぜそんな手間暇を掛ける。騎士団に突き出せば簡単じゃろ?」

 グラスは腑に落ちぬ様子で、そう尋ねる。

「騎士団の手助けをするつもりはないわ。明日の計画に介入されないように、身柄を押さえれば十分よ。捕らえた連中を排除しても、結局は新手が送り込まれるだけ」

 ラヴィは肩を竦める。

「それなら面の割れた連中を解放した方が、まだましよ」

「人員を入れ替えられぬか?」

「色々と言い含めて手懐けておけば、わざわざ自分達の失態を上に報告したりしないと思うわ」

 ラヴィの目に、計算高い冷たさが宿る。

「間諜の類はね、追い払うよりも適当にエサを与えた方が扱いやすいの」

「そういう面倒な話は、お前の担当だからな。全部任せた」

 ベイルは興味なさげに、酒を飲んだ。

「じゃあ、今日はもうおひらきですか?」

 兄弟子達の話に耳を傾けていたマリウスが、大きく背伸びをした。

「そろそろお腹が空きました」

「あんた達はもう休んでいいわ。明日はギルドに集合、酒を飲み過ぎて寝坊しないのよ!」

「お前に言われたくねえ!」

 ベイルが突っ込み、グラスは考え深げに顎を撫でる。

「いよいよ、明日か」

「あんた達、分かっているわね。姐御が平穏無事にデートを過ごせるよう、全力を尽くしなさい」

「分かってますって」

 ラヴィが立ち上がると、双眸を爛々と光らせて兄弟弟子達を見回す。

「そして姐御とヨシタツの仲を一気呵成、怒涛の勢いで進展させるの!」

「う、うむ?」

「街を瓦礫の山に変えてでも邪魔するやつらは蹴散らし、――――」

「お、おい?」

「たとえ相手が騎士団だろうが根こそぎぶっ潰して――――」

「ちっとも平穏無事じゃねえだろう、それは!」

 ベイルが突っ込むと、ラヴィはきょとんとする。

「え、どうして?」

「…………あのな、戦争おっぱじめる訳じゃねえんだぞ?」

「え? 当り前じゃない、何言ってんのよあんたは」

 ラヴィは哀れみのこもった眼差しをベイルに向ける。

「戦争なんて、デートの邪魔でしょ? ちっとは常識で考えなさいよ」

「があああああ!! こいつどうにかしてくれよ!」

「うるさいわね、そんなことだからヨシタツに、暴力バカだと言われるのよ」

「なんだとあのオッサン!」


 言い騒ぐ二人を見守るグラスとマリウスが、こそこそと囁き合う。

「ラヴィのやつ、どうしたのじゃ」

「ちょっと浮かれていますよね?」

「…………ちょっとか、あれが?」


「ついに時節到来! 準備はすべて整ったわ!」

 頭を抱える兄弟弟子に構わず、ラヴィは意気揚々と拳を突き上げた。


「作戦名《女神の決戦》、いよいよ決行よ!」

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