表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
115/163

挿話の13 彼の考えた最強の

 宿を出てからのタツは、とても上機嫌だった。

 ふんふんと、調子の外れた鼻歌まで鳴らしている。

「…………ずいぶんとご機嫌ですね」

 ちょっぴり皮肉を込めたが、タツには通じなかったみたいだ。

「いよいよ装備を新調するんだ、クリスも楽しみだろ?」

 カティアさんとのデートの約束で、浮かれている訳ではないらしい。

 ――――色々と勘ぐってしまう自分が、嫌になってくる。


 今日は私達三人で職人街の工房を訪れ、新しい装備について相談するのだ。

 パーティーにとって重要な日なのに、士気が上がらない。

 昨日、タツがカティアさんにデートを申し込んだ光景が、頭にこびり付いて離れない。


「それはなんなの?」

 目的の工房への道すがら、フィーが尋ねる。

 タツが手に持っている、紐で綴じた皮紙の束に興味津々だ。

「向こうに着いてからのお楽しみだよ」

 タツははにかみながら、皮紙の束を背中に隠してしまった。


 タツに付きまとうフィーは、昨日の失態を全然気にした様子がない。

 コザクラちゃんに乗せられたとはいえ、加担した私達だって同罪だ。

 それなのに、タツはコザクラちゃんだけを叱った。

 一人にだけ泥を被せる格好になったことも、気が重い原因だった。


      ◆


「ちょっと風変わりな店ですね」

 タツが選んだという工房は、とても色鮮やかな外観をしていた。

 職人街は他所と比べ、区画全体が煤けた印象だ。その一角にありながら、目的の工房は壁が淡い黄色、玄関の扉が絡み合う蔓草の模様が彫刻された若草色だ。

 風変わりというより、場所柄に合わない感じだ。

「工房は、顧客の技術的な要望に応える、いわば何でも屋なんだよ」

 そう切り出して、タツは説明してくれた。

 特殊な知識と経験が必要な作業は、専門の職人に依頼する。

 それらの技術を統合して作品を完成させるのが、工房である。

 興味を覚える仕事なら、芸術関係の仕事だって請け負う。

「だから見栄えにも気を使っているんじゃないかな」

「なるほど」

 タツの説明はよく分らなかったけど、何かすごそうだ。

 私が納得している間に、タツは工房の扉を開いて中に入った。

「ごめんくださーい」

「あいよ、ちょっと待っとくれ!」

 威勢のいい返事と共に奥から現れたのは、年の頃なら三十代後半。

 袖をまくってむき出しになった、太い二の腕。

 革の前掛けを外すと、たくましい胸が現れる。

 タツよりも上背があり、正面に立たれるとちょっと見上げる感じになる。

 焼けた肌に白い歯が映え、目は切れ長で眉はやや太い。

 とても豪快な印象の――――女の人ですよまったく。

「客かい?」

「はい、ヨシタツ・タヂカと申します」

「ああ、冒険者ギルドからの紹介だね」

 まあ座りなよと、丸テーブルの席を進められた。

 玄関に通じたこの部屋で、接客するようだ。

 廊下の奥が仕事場なんだろう。普通の店舗のように、商品は陳列していない。

 壁側は一面の棚で、本や台帳や丸めた皮紙が無造作に押し込まれている。

「すまないね、いま亭主が外出していて、香茶の用意が出来ないんだよ」

「いえ、お構いなく」

「――――これでいいかな?」

 女の人はボソッと呟き、棚の奥をひっかきまわして酒の瓶を取り出した。

「まだ日も高いので、遠慮しておきます」

「そうかい? ああ、わたしはアメリアだよ」

「こちらがフィフィアにクリサリス。パーティーメンバーです」

「ふうん?」

 アメリアさんがちらりと、私達の隷属の首輪を見たが、何も言わなかった。

「それじゃあ、挨拶も済んだし、ここからはざっくばらんにいこうか」

「――――ああ、そうだね」

 タツを挟んで私達は両隣に座り、アメリアさんは正面にどっかりと腰を下ろした。

「ギルドからの話によると、防具を新調したいらしいね?」

「ああ、必要な装備があれば、全部更新したい」

 タツが具体的な予算をあげ、素材として鎧蟻の甲殻を用意してあることを告げた。

 するとアメリアさんが、軽く眉をひそめた。

「鎧蟻の甲殻は軽くて丈夫で、防具の素材としては優れてはいるけどね。加工に手間が掛かるし、防具に使える部位というのも案外少ないんだよ。おまけに破損したら修復できないから、部品を丸ごと交換しなくちゃいけない金食い虫だ。そんな訳で、甲殻装備は実際に戦う必要のない貴族が着るもんなんだよ。ほら、軽いから鍛えてないボンボンでも負担にならないし、高価だから見栄も張れるから。」

 彼女はタツの装備を眺め、気の毒そうに告げる。タツの装備はあまり高額なものではないし、懐具合を心配されたのだろう。

「悪いことは言わないから、手持ちの甲殻は売りに出して、予算に加えておきな。手頃な価格で防具を整えてやるからさ」

 タツは腕を組んで、うーんと考え込む。

「もし足が出るようなら、代金の代わりに甲殻を提供するのはダメか?」

「そりゃ構わないけど。二、三体分ぐらいじゃ無理があるよ?」

 忠告を聞かないタツに、アメリアさんは呆れたようだ。

「鎧蟻の女王と近衛一二体丸ごとだから…………普通の鎧蟻に換算すると一〇〇体以上?」

 タツの答えに、彼女は口をあんぐりと開けた。



「…………修繕用や、代金の補てん分には、十分過ぎるほどだね」

 アメリアさんは若干ぐったりしている。巨大な女王の甲殻の話に、だいぶ驚いたみたいだ。

「なら、とっとと防具の希望を聞こうじゃないのさ」

「…………実は、防具の試案を描いてみたんだ。もちろん素人考えだから、使い物になるとは思えないけど。まずはこれを叩き台にしてみないか?」

 そう言いながら、タツは恥ずかしそうに皮紙の閉じ紐を解いていく。

「元々、クリスに着てもらおうと考えたんだ」

 タツの言葉に、胸がキュウっとなった。私のために?

「これなんだけど」

 タツは皮紙を一枚一枚、テーブルの上に広げていった。

 どの皮紙も何度も書き直してあって、表面がだいぶ汚れている。でもその分、情熱が伝わる。

 タツの考えた鎧が、正面、横、後ろから描かれている。分解された部品まで描いてある。


 そして最後の一枚は、たぶん私が鎧を着た姿なのだろう。

 剣と盾を持つ鎧姿を、斜め下から描いた絵だ。私達は息を呑み、その絵を見詰めた。

 やがてフィーが、ぽつりと呟いた。


「――――魔物?」


 そこに描かれているのは、どう見ても二本足で直立するヒト形の鎧蟻だ。

 全身をくまなく覆う、黒い甲殻。

 面貌には鎧蟻の顎をはめ込み、猛々しさを強調している。

 ヒザやヒジ、背中や肩、頭部など。全身のあちこちから、攻撃的な突起物が生えている。

 未知の魔物、あるいは神話の時代の魔人を思わせる異形だった。

 見るもおぞましい禍々しさが、その絵から瘴気となって立ち昇っている。


 もしこの防具を着て街の外に出たら、冒険者に魔物として討伐されるだろう。

 街の中に入ったら、住民から騎士団に通報されるに違いない。


 異形の怪物が魔物を踏みつけ、天に向かって剣をかざして咆哮している。

 その絵を見ながら、私は胸の内で呟いた。


 ねえタツ。あなたは私に、こんなものを着せようとしたの?

 あなたから見た私の印象って、こんな感じなの?


「どうかな、大した出来栄えじゃないけど」

 言葉は謙虚で控えめだけど、私には分かる。

 タツは自信満々だ!

 得意げな表情を無理に引き締めているが、鼻の穴がちょっと広がっている。

 ああ、そうなんだ。タツに悪気なんて全然ないんだ。

「クリスはどう思う。正直な意見を教えてほしい」

「え!? えーと」

 なんで私に振るんですか! 輝くタツの瞳を見て、言葉に詰まる。

 分かる、タツがどんな言葉を求めているのか。それを私の口から言わせたいのだ。

 でも、それを口に出したら――――

「――――かっこいいです」

 言ってしまった!? ダメだと分っていたのに!

 ああでも、タツがすごい嬉しそう。こんな無邪気な笑顔のタツ、見たことがない。

「そう? いやあ、女の子にもこれの良さが分ってもらえるとは思わなかった」

「ええまあなんとなく…………」

「あっ! もしかして、これを着てみたくなった?」

 ほら、やっぱりそう言うと思った!

 フィーに視線で助けを求めたが、顔を背けられてしまった。

 もし嫌だと言ったら、どうなるのだろう?

 きっとガッカリするに違いない。私だって、後ろめたい気持ちになるだろう。タツの瞳に見詰められると、考えが空回りしてくる。タツを喜ばせてあげられる、滅多にない機会なんだ。だったらもう、いいんじゃないかな? たぶんきっとなんとかなる。タツがよろこんでくれれば、もうそれでイイヤ。だっテせっかくワタシのために、タツガカンガエテクレタンダモノ――――


「話にならないね」


 アメリアさんが、怪物の絵をクシャクシャと丸めた。

「あああああああ!」

 タツの悲鳴で、自分を取り戻す。ドキドキする胸を押え、焦りまくった。

 いまのは危なかった! 危うく流されて、魔物の仲間入りをするところだった!

「なんてことすんだよ」

 涙目になったタツが、丸められた皮紙を必死になって引き伸ばす。

「防具を舐めてんじゃないよ! なんだいこの全身に生えたトゲトゲは!」

「…………防御と攻撃を兼ね備えた…………」

「動きづらいに決まっているだろ! 例えばここ! このまま肩を上げたら、ここのトゲが頬に刺さるよ!しゃがんだら腹にトゲが刺さる! あと荷物はどうやって背負うんだい!」


 魔物と戦う前に、勝手に自滅しそうな防具だった。



 ちょっと気落ちしたタツだけど、すぐに気持ちを切り替えて皆と話し合いを始めた。

「いま装備している防具を土台に、徐々に甲殻と取り換えていこう」

 タツは、次々と案を述べる。この場での思い付きだとは思えない。

 きっとこの日のために、普段から色々と考え抜いていたのだろう。

「まず胸部かな。甲殻を取り付けたら下級魔物の討伐をして、不具合がないか確かめよう。問題がなければ、次の部分を交換しよう」

「なんだか面倒そうね」

 フィーが不平めいた言葉を漏らす。

「完成品を待っていたら、時間が掛かるからね。安全性を高めるのは、早いほどいい」

 とても慎重で、現実的な考え方だと思う。

 そんな人がどうしてあんな怪物鎧を思いつくのか、不思議でしょうがない。

「クリスは気になることはない?」

 それにタツは、一人決めしたりもしない。こちらの意見も常に確認してくる。

「そうですね。防具の重さの分だけ、足元が滑りやすくならないか心配です」

「俺も前から思っていたんだけど、靴底にスパイクを取り付けてみよう。踏み込みが強くなって、剣の威力が増すかもしれない。爪先も甲殻で補強したらどうだろうか」

「スパイクってなんですか?」

 そんな感じで、改造案を次々と持ち出す。その目はまるで、戦いに臨むように真剣だ。

 いえ、たぶん今、タツの脳裏では実際に、魔物との戦いを繰り広げているんだ。

 そうして問題点を洗い出し、どうすれば安全につながるか、懸命に思案している。

「首の急所を守るような襟を付けられるか」

 タツがアメリアさんに尋ねるのを聞いて、ちょっと疑問に思う。

「そこまで必要でしょうか?」

「魔物は急所を狙ってくる。首筋は、人間にとって重大な弱点だ」

「邪魔になりそうな気がするけど」

「もしどうしても動きが阻害されるなら、後で取り除けばいいから」

 タツが妙にこだわる。確かに魔物のツメを防ぐのに効果的だろう。

 そうやってどんどん話が進んで、時間もだいぶ過ぎた。

「一旦ここまでにしておこうや。図面を起こしてみるから、また話し合おう」

 手帳を閉じたアメリアさんが立ち上がり、戸棚からまた酒の瓶を取り出す。

「そういう訳だから、一杯付き合いな?」

 返事を待たずにテーブルにカップを並べて注ぎ、自分の分を目の前に掲げてみせる。

「それじゃあ、良い仕事になることを祈って――――」

「あ――――! お母さんお酒のんでる!」

 突然、室内に甲高い声が響くと、アメリアさんの顔が渋くなる。

「まずいのに見つかっちまった」

 奥に続く廊下から、こちらを覗く小さな女の子がいた。

「おとーさんと約束したでしょ! 昼間はのまないって! おとーさんに言いつけるからね!」

「あれ、マリアちゃん?」

 女の子の顔を見て、タツが声をあげる。知り合い? どこかで見覚えがあるけど。

「あ、おじさん!」

 マリアちゃんが駆け寄ると、タツが優しく頭を撫でる。

「なんだい、うちの娘を知っているのかい?」

「ああ。という事はあなた、ギザールさんの娘さん?」

「なんだ、クソ親父の知り合いかい」

「そりゃ、冒険者の端くれだから」

 嫌そうな顔をするアメリアさんに、タツが苦笑を浮かべる。

 ああ、そうだ。武術大会に出ていた元冒険者最強、ギザールさんの孫娘だ。

「おじさんおじさん、どうしてウチに来たの?」

「きみのお母さんに仕事を頼みに来たんだよ」

 子供に優しいタツが、目線を合わせて答える。


 それからはもう、タツはマリアちゃんが遊びっ放しだ。

 ご両親が忙しいせいか、あるいは子供の遊びに付き合ってくれる大人が珍しいのか。

 とにかくマリアちゃんは、タツに懐いたみたいだ。

 二人はいま、部屋の隅でおままごとをしている。


 マリアちゃんと楽しそうに遊んでいるタツを眺めながら、私は改めて悟った。

 タツはやっぱり、私とフィーを大切に思ってくれている。

 だからこそ、先ほどの話し合いでは、あんなにも真剣だったのだ。

 私達の安全を思えばこそ、妥協を許さない。その気持ちが、はっきりと伝わってきた。


 タツはちょっと、迷惑な人だと思う。

 他の女の人と付き合って心細くさせたかと思えば、そうやって私の心を満たしたりする。


 彼のせいで、私の気持ちはいつも振り回されてしまうのだ。


      ◆ 


 アメリアさんの工房を辞した後、タツはそっと耳打ちしてきた。

「クリス、心配しないでいいよ?」

 胸の内のもやもやが顔に出てしまったのだろうか。そう思って狼狽えたら――――


「あの鎧は、いつか完成させて君に贈るから」



 ――――誰でもいいです、どうかタツを止めて下さい。お願いします。

 私は全身全霊で、祈りを捧げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ