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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
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挿話の12 紅剣覚醒

 とある酒場のカウンター席に、並んで座る女が二人。

 その片割れである黒髪の女が、時折思い出したように酒のカップを傾けている。

 彼女の表情は物憂げで、酒を一口飲み干す度に、微かなため息をこぼす。

 無意識なのか、その指先はカウンターの木目をしきりになぞっていた。


 そんな彼女を、隣に座った赤毛の女が、チラチラと見やる。

 カップを両手で持ち、チビチビと酒を舐める彼女は、気まずそうな顔をしていた。

 何かを言い掛けるように口を開くが、すぐに俯いてしまう。

 先程から、その繰り返しだ。

 そんな赤毛の女の様子に気が付いたのだろう。

 黒髪の女が、ちらりと彼女を一瞥する。

「どうした、ラヴィ?」


 ヨシタツと別れたカティアは、荷物を抱えて目に付いた酒場に立ち寄った。

 カウンター席に座った彼女の隣に、後を追ってきたラヴィが並んだ。

 そのまま言葉を交わさず、二人は飲み始めたのだ。


「…………すみませんでした」

 先に口火を切ってもらい、話しやすくなったのだろう。

 ラヴィは謝罪の言葉を述べる。

「余計なことをしてしまって」

 謝りつつも、ラヴィに後悔はない。

 これまでカティアの隣で、彼女の言動の一切を見守ってきた。

 そうして得た情報から、彼女はとある確信を抱いていたからだ。


 このままでは、カティアとタヂカの仲は進展しないと。


 カティアが、男を拾ってきた。そんな噂をラヴィが聞いたのは、いつのことだったか。

 さらにその男に、剣の稽古をつけている。そんな情報も耳にしたが、特に気にとめなかった。

 カティアが誰かに剣の稽古をつけることは、たまにあることだ。

 そうやって鍛えられた連中は、ラヴィ自身も含めて他にもいる。

 ただその男が、まるっきりの素人だと知り、少しだけ違和感を覚えた。

 カティアが手ほどきするのは、それなりに才能を見込まれた連中ばかりである。

 剣を握ったこともない、ただのド素人を鍛えるのは、かなり異例ではあった。

 だけどまあ、姉御だから。そんな風に思い、ラヴィは詮索しなかった。


 しかしその男が、カティアに求婚したと聞いた時には、さすがに驚いた。

 その時である。ラヴィが、ヨシタツ・タヂカという名前を覚えたのは。



「でも、あの…………」

 言葉を続けようとして、ラヴィは途中で口ごもる。

 どうやら求婚の件については、話の行き違いがあったことは理解している。

 しかしカティアがまんざらでもないことは、目撃情報からも明らかだった。

 なのに、その後まったく進展を見せないことに、ラヴィは不審の念を募らせた。

 ヨシタツ・タヂカの周囲には、女性が多い。

 シルビアの姐さんの娘であるリリ。冒険者仲間にして奴隷のクリサリスとフィフィア。

 この三人とは特に親密な仲だ。このままではカティアが後塵を拝することになる。

 そう思ったから、ラヴィはこの度の挙に出たのだ。


「デートの申し込みに、受けて立つという返事はちょっと…………」

 唇をカップの縁に触れたまま、カティアの動きがピタリと止まる。

 殴られるか! そう思って身構えるラヴィ。

 だが、カティアは何事もなかったように動きを再開した。

 酒を嚥下するカティアの喉元を見詰めながら、ラヴィは思う。

 あれはまるで、果し合いの約束だ。

 格下の挑戦者を、傲然と見下ろす覇者の風格。そんなものを漂わせてどうすると思う。

 カティアでなければ、ラヴィはあの場で突っ込んでいただろう。


「それとですね、その待ち合わせの場所がギルドってのもちょっと…………」

 広場で待ち合わせとかが定番だろう。パーティー組んで討伐に行くんじゃないのだから。

「あと、逃げるなよという念押しも、物騒というか…………」

 明らかに脅しだ。デートの約束で、なぜ脅迫しなくてはならない。

 そこは、待っているから遅れないでね? そんな感じじゃなかろうかと、ラヴィは思う。


 遠慮しいしい、次々とダメ出しするラヴィ。意外と容赦がない。


「さ、最後にですね」

 ごくりと、唾を呑む。本当は、これが言いたかったのだと、これだけは言っておかなければと、ラヴィはある種の義務感を覚えながら口にする。


「デートを申し込んだ相手に、殴り掛かるのはどうかと思うんですよ」


 カティアの動きが、再び停止する。周囲の空気までもが凍り付いたようだ。

 身の程を知らない無作法者、毛嫌いしている相手だって、ただデートを申し込んだだけなら、いきなり暴力を振るうのはどうかと思うのだ。少なくとも、命乞いの機会を与えてもいいと思う。

 ましてや憎からず想っている相手を、どうして殴らねばならないのか。


 カティアの意思に、ラヴィは逆らうつもりはない。

 だが、そのやり口に間違えがあれば、正すのが自分の役目だと思っている。

 惚れた相手に暴力を振るうのは、結局はカティアのためにならない。

 だからカティアの機嫌を損ねることを厭わず、諫言したのだ。

 

 変化は、徐々に表れた。カティアの首筋が、頬が、耳が、次第に赤くなってくる。

 怒っている、それもかつてないほど激怒―――――いや、違う!

 今までにも、もしやと疑ったこともある。

 ヨシタツの周りの女の子達を見守っていたのは、余裕の表れだと思っていた。

 だが、それだけではないとしたら。

 まさか、まさかと自問自答を繰り返し、ようやく言葉を絞り出す。


「ひょっとして――――――――照れ隠しですか?」

 カティアが、顔を背けた。あちこちにさまよう視線が、内心の動揺を露わにする。

 姉御が、恥ずかしがっている!?

 その驚愕の事実に、呆然自失となるラヴィ。

 これまで彼女は、カティアが絶対強者なのだと信じてきた。

 どんな強力な魔物でも下し、どんな強敵でも叩きのめす。

 もはや人類の領域を逸脱した存在だと、半ば思っていた。

 そのカティアが、羞恥に頬を染めているのを見て、理解する。

 惚れた相手にどう接していいのか分からず、不器用に応じてしまう。

 ラヴィは、完全無欠だと思っていた師匠に、いわば弱点を見出した。

 信仰の対象ですらあったカティアに、自分と同じ人間性を初めて認識した。

 ラヴィの内奥から、ざわめく何かが立ち昇る。

 名付けようもない、不可思議な感情の蒸気が圧力を高め、排出口を求める。


 プッと、鼻腔の奥が弾けた。

 つうううっと鼻血が溢れ、パタパタと膝に垂れる。

 やばい量の鼻血を垂れ流しながら、彼女は思う。


 ―――――――――あねご かわいい



 八高弟が長姉、紅剣ラヴィが、何かに目覚めた瞬間だった。

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