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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
112/163

痛み分け

 狐につままれたような気分で店を出た。

 

 服選びも終わり、いざ会計となった時には、店内にフィーの姿はなかった。

 ラヴィに事の次第を話そうにも、どう説明すれば良いのか分からない。

「寸法直しを大急ぎで頼んだから、後でまた寄ろう」

 ラヴィは上機嫌だ。彼女が選んだ服は、刺繍で縁を飾ったワンピースである。

「悪いね、高いものを買わせてさ」

「大したことないよ」

 生地は肌触りの良い高級品っぽいし、縫製もしっかりしている気がした。彼女に似合いそうだし、値段の割には良い品だと言える。

 うん、ぜんぜん大したことはないよ。

「ええと、次はどこに行く?」

「靴屋だね、そんなに遠くないから」

 …………靴屋か。大丈夫だろうか、すごい不安だ。もしや今度は――――

「師匠師匠たいへんです――――!」

「出タ――――――――!?」

 クリスが現れた! 大声で叫びながら、こちらに駆け寄ってくる。

「師匠、たいへんです、ちょっとこっちにきてください!」

「え、ちょ、ちょっと?」

 自分の弟子の唐突な出現に、ラヴィが戸惑う。

「たいへんなんです、とにかくこっちにきてください、さあいそいで!」

 台詞は棒読みなのに必死な様子で、ラヴィも無下には出来ないみたいだ。

 あからさまに怪しいクリスに手を引かれ、脇の路地に入り込んでしまった。


「あれ、もしかしてリリちゃんちのお客様? 確かタヂカさん、でしたよね?」

 一人ぽつねんと佇んでいたら、通り掛かりの少女に声を掛けられた。

「キアラちゃん?」

 驚いて顔を見合わせる。リリちゃんの友人で、パン屋の娘さんだ。

 人気のある看板娘らしいが、改めて見直すと納得できる。リリちゃんに負けない可愛さなので、将来はきっと別嬪さんになるだろう。

「先日はきちんとご挨拶をせず、失礼しました」

 彼女がぺこりと頭を下げると、一本に編んだ銀髪が、肩から前に垂れた。

「いえいえこちらこそ、あの時はお邪魔しちゃったみたいで」

 接客で慣れているせいか、とても折り目正しい娘さんだ。

「後日、リリちゃんにタヂカさんのことを、色々と伺いました」

 どんな話を聞いたのやら。彼女が浮かべた悪戯っぽい笑みは、年相応のものだった。

「これからお出掛けかな」

 彼女が提げている籠には布巾が掛けられ、その隙間から美味しそうなパンが覗いている。

「はい、これからリリちゃんの家に配達です。タヂカさんはお仕事、お休みですか?」

「うん、ちょっとデート中でね」

「え? リリちゃんとですか?」

 キアラちゃんは目を丸く辺りをきょろきょろ見渡したので、笑って首を振った。

「今日は違うよ」

「……………………今日は?」

「うん、別の人とデートなんだ」


 スッと、陽が陰ったような気がした。空を見上げたが、雲一つない良い天気である。

 首筋がちょっと冷えた気がしたんだけど。

「そう言えば、リリちゃんとのデートはご無沙汰だったな」

 前回、彼女とお出掛けしたのは、いつだったか。そもそもリリちゃんの場合はデートというより、食材の買い出しである。俺は荷物持ちを頼まれるだけだ。

 リリちゃんは掃除に洗濯に料理にと、毎日頑張って働いている。元の世界では学生ぐらいの年齢なので、遊びたい盛りだろう。それが母親を手伝って宿の経営を支えている。

 フィーの言葉にも一理ある。世話になっている彼女を、ねぎらう機会を設けるべきだ。

 今度、リリちゃんを誘って遊びに行こう。


「ねえ、リリちゃんが喜びそうなお店とか知らないかな?」

 友達のキアラちゃんなら、リリちゃんの好みとかに詳しいだろう、そう思ったのだ。

「いいえ、知りません」

 キアラちゃんが、にべもなく答える。

 なぜだろう、先ほどに比べ、雰囲気が硬くなったような気がする。

「知っていても、あなたには教えません」

「え、うん、そうなんだ」

 目付きがこう、怖いというか?

 そこで、ピンと来た。なるほど、ただの宿泊客である、三十路のくたびれたオヤジが、宿の看板娘のプライバシーを探ろうとしているのだ。

 友人として警戒するのは当たり前である。そして、自分で言って切なくなってしまった。

 これはリリちゃんから口添えしてもらい、誤解を解くしかないな。

「配達はいいの? リリちゃんが待っているんじゃない?」

 取り敢えず、ここは無難にやり過ごすことにしよう。

「注文したのはリリちゃんじゃありません。コザクラ姉様が――――」


 危険キーワードに意識が反応し、警戒感が反射的に跳ね上がる。

 探査 発――――!


 ガンと、鈍器で殴られたような衝撃。脳内で、苦痛レベルの騒音が暴発する。

 馬鹿か俺は! 探査は妨害されていたんだ!

 痛みにあえぎ、チカチカする両目を手で押さえる。

「あ、あの、どうかしたんですか?」


「「「すんません! おやっさん!!」」」


 叫び声と共に、背後から駆け寄る複数の足音。

 何事かと振り返るより先に、足元に木の箱が投じられた。大きさは書類箱ぐらいか。

 俺達の脇を通り過ぎて走り去る、見覚えのある四人の後ろ姿を見送る。

 最後尾を走っていた少年が、ちらりと振り返った。

 リックの横顔は、困ったような申し訳なさそうな、何とも言い難い表情である。

「あの、落し物ですよ!」

「待て! 触るな!」

 キアラちゃんが、不用意に箱を拾い上げようとする。間に合わない、そう判断して滑り込むように箱を蹴る。壁にぶつかった箱から、蓋が外れた。


 中から無数の虫が溢れ出て、地面を駆けずりまわった。


 それは、無毒で無害な節足動物である。

 大きさは親指ほどで色はピンク、三葉虫みたいな形をしている。表皮は柔らかく、摘まむとプニプニとしている。動きはきわめて俊敏だ。

 他愛のないイタズラに、拍子抜けしてしまった。


「きゃああああああああああああああああ!?」

 キアラちゃんが、つんざくような悲鳴をあげた。


 声に反応して虫達が四方八方に逃げ回ると、キアラちゃんはパニック状態になる。

「イヤイヤイヤアアアアッ!」

 その原因とおぼしき虫から遠ざけるため、彼女のほっそりした身体を抱きかかえる。

 足元に近寄って来る虫は、靴で軽く蹴り飛ばす。やがて駆けずり回る虫達が、側溝へと群れをなして逃げ込んだ。

 瞬く間に、大量の虫は掻き消えてしまった。

「もう大丈夫だから、落ち着いて」

 首っ玉にかじりつくキアラちゃんをなだめながら、理解した。

 こちらの世界でのゴキブリなのだ、あの虫は。

 なるほどなあ。以前、あの虫を捕まえたので、リリちゃんに見せびらかせて自慢したことがある。

 そして烈火のごとく怒りだしたリリちゃんに、ホウキで虫ごと叩きのめされてしまったのだ。

 いまその理由を、ようやく合点した。


「ほら、女の子の悲鳴ですよ。きっとタツの仕業です!」

 路地の奥から、クリスの大きな声が近付いて来る。

「だから言ったではないですか師匠! 目を離したらタツは絶対に、よその女の子にちょっかいを掛けるだろうって!」

 おいこらクリス! ラヴィに何を吹き込んでいるの!?

「ほらやっぱりっ――――て!?」

 路地から跳び出したクリスが、こちらの姿を見て驚く。

「天下の往来で何をしているのですか!」

 唇をわななかせ、震える指先をこちらに突き付けるクリス。

「…………通りすがりの女の子に、ちょっかいを掛けているんだよ」

 開き直って言い返してやると、腕の中にいたキアラちゃんがジタバタと暴れ出した。

「は、放してください!」

 もがく彼女を落とさないように、脇に手を入れてゆっくりと下ろす。

 地面に足が着いたキアラちゃんは、落とした籠を急いで拾う。

 彼女はかばうように自分の身体を抱きしめ、上目遣いでこちらを睨んだ。

 じりじりと後ずさる彼女を見て、ようやく悟った――――まんまと罠にはめられたのだ。

 クリスの後ろから、ラヴィが姿を現した。

 冷や汗をかきながら、近寄るラヴィを見守る。まるで処刑を待つ罪人の気分だ。


 ラヴィは、地面に四つん這いになった。


「し、師匠?」

 クリスの戸惑いも無視し、ラヴィは舐めるように地面を見回す。

 そしていきなり豹のように駆けた。鞭のように伸ばした手が、道の隅を掠める。

 立ち上がった彼女の指先には、捕らわれた虫がびちびちと跳ねている。

「ふーん?」

 次に地面に落ちた木の箱を爪先で小突き、最後にクリスを一瞥する。

 クリスは息を呑み、一歩後ろに下がった。

 ラヴィは虫をぽいっと投げ捨てると、歩いて俺の隣に立った。

「さあ、行きましょう?」

 耳に触れるほどの近さで囁き、見せつけるように腕を絡ませる。

 ラヴィがニヤリと笑い掛けると、クリスはプルプルと肩を震わせた。

 

 ここで一つ、客観的かつ冷静に、今の状況を確認してみよう。

 男にすり寄り、勝ち誇るように笑う女。

 それを悔しげに睨む少女。

 

 最悪、なんてものではない。事情を知らない人間が見たら、どんな風に見えるのか。

 その答えは、すぐ傍にある。

 キアラちゃんの眼差しが、ひどい。

 彼女の中で、俺は最低な大人の男の代名詞になったらしい。

 なまじ綺麗な娘だから、こちらが受けるダメージは半端ではない。


「………………タツのバカ!」

「俺かよっ!?」

 とうとう涙目になったクリスが、脱兎のごとく走り去った。

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