ギフトセール
「内緒だって言ったじゃないの!」
「すまん、つい口が滑って」
俺とラヴィは肩を寄せ合って歩きながら、ボソボソと会話する。
大雑把に状況を説明したら、ラヴィにすごく叱られた。
今日の事はくれぐれも内密にと念を押されていたのだから、弁解の余地もない。
「どうすんのよ、まったく!」
おかんむりな彼女にぺこぺこ頭を下げたり揉み手をしたりと、必死にご機嫌をとる。
「とにかく気付かない振りをして、相手の出方をうかがおう」
背後でコザクラが糸を引いているのは間違いない。
たぶんクリス達は、彼女に言いくるめられて操られているのだ!
きゃつの目的はおそらく、ただひたすら騒ぎを大きくすること。
火のない所に煙を立て、油を注いで大炎上させるのがコザクラという少女である。
こちらが何か失態をおかせば、ここぞとばかりに周囲を巻き込む大騒乱に仕立てるだろう。
ならば俺の為すべきことは、彼女に隙を見せないことである。
観衆の目にさらされながらも、無難かつスマートにラヴィとのデートを演じればいい。
コザクラ、きさまの思い通りにはさせんからな!
彼女の野望を打ち砕く決意を新たにし、ラヴィの手をとって俺の肘に掛けさせる。
「ち、ちょっとっ!」
「シッ、静かに。慌てないで、平静を装うんだ」
「え、ああ」
「とりあえずこのまま、仲良く遊びまわる感じでいこう。大丈夫だ、俺がついている」
「…………大丈夫なのかなあ、本当に」
ラヴィはちょっぴり、疑わしげだった。
◆
どこから見張っているのか?
あっちの路地の陰だろうか。あるいはそこの屋台の裏だろうか。
辺りに注意を払うが、見知った顔はどこにもない。
そもそも基本一般人な俺に、尾行を察知する技能はない。
「ほら、あんまりキョロキョロしなさんな」
ラヴィは苦笑しながら指摘した。肩に力が入ると、俺の腕をきゅっと掴んで教えてくれる。
なんとかアベックぽい感じを維持できたのは、彼女のおかげだった。
最初は緊張などしていなかった。監視されていることは先刻承知済みなのだ。
ならば泰然と構え、もし相手が油断していれば裏をかいてやる。その位の意気込みだった。
だが相手の位置が掴めない状況は、意外と神経に堪える。
いつの間にか、俺はスキルに依存していたらしい。見覚えのある格好の人間が近付くと緊張し、それが人違いだと分かると安堵するなど、気の休まる暇がない。
探査は既に、俺にとって生来のものと同様の、第六の知覚として馴染んでいたらしい。
内心の不安を抑え、ラヴィと商業区画へと足を踏み入れる。
「ほら、ここだよ」
彼女はとある店舗の前で足を止めると、扉を押し開いた。
「いらっしゃいませ!」
俺達が店に入ると、店番らしき少女が出迎える。
「ただいま店主を呼んでまいります」
ぱたぱたと奥へ駆け込む少女を見送った後、ぐるりと店内を眺める。
女性物の服が展示された、服飾店である。俺が御用達にしている古着屋とは違う、そこそこ高級な新品を扱う店らしい。品揃えは豊富で、小物や装飾品まである。
「こんな感じだけど、懐具合はどうなの?」
俺は胸をポンと叩いた。
「任せておいて?」
「なんだか頼りないねえ」
だって、どの商品も値札が貼ってないんだよ? 俺はいまだに、正札のないこの街の商売に馴れていない。吹っ掛けられて当たり前、買う時は値切るのが当然なのだ。
値札のついた商品から自由に選ぶことができた、元の世界が懐かしい。
「お待たせして申し訳ありませんでした。本日はどのような品をお求めでしょうか」
だいぶ待ってから、店主が奥から出て来た。四〇代前半の、上品なご婦人である。
「や、久しぶり」
「これはラヴィ様、ご無沙汰しております」
どうやら二人は面識があるようなので、ほっと胸を撫で下ろす。値段交渉はラヴィに任せれば、恥を掻かずに済みそうだ。
女性物の服が高いか安いかなんて、俺には見当もつかないからな!
「よそ行きの、洒落た服を見たいんだけど」
「でしたら、こちらへどうぞ」
店主のご婦人は店の奥へと案内すると、棚から一着の服を取り出した。
「こちらが最近の流行りになりますわ」
ラヴィはさっそく店主とのやり取りを始めた。デザインや色柄、素材についてのあれこれを、店主に問い質して品物を次々と漁ってゆく。
やっぱり、俺には女性の服飾は分からん。
「値段は気にしなくていいから、似合うのを選んでくれ」
ラヴィに丸投げしたら、店主はにっこりと愛想笑いを浮かべた。
いいカモだと認識されたのかもしれない。
俺は店内をぶらぶらとうろついていると、背後から声を掛けられた。
「旦那様も、何かお求めになりますか?」
「ああ、フィア。そちらの方のお相手をお願いね?」
振り返ると、お仕着せ姿でスカーフを頭に巻いた――――
「フィアと申します、旦那様。女性への贈り物などいかがですか?」
――――フィアと名乗るフィーがいた。
「刺しゅう入りのハンカチなどいかがでしょう。値段もお手頃で、どなたにでも喜ばれますよ?」
「…………おーいラヴィ?」
俺が小声で呼ぶと、服を選んでいたラヴィが一着のワンピースを胸に当てて振り返った。
「ねえ、これなんか素敵だと思わないかい?」
「ああ、いい感じだな? それよりも」
俺が目線で合図をしたが、ちょうど《フィア》は棚に手を伸ばして背を向けていた。
「えーと、こちらに良い品が」
棚の上段に爪先立ちで手を伸ばしているので、ラヴィからは顔が隠れている。
「ラヴィ様、こちらの品はいかがでしょう?」
俺が口をパクパクさせて指差しているのに、店主が割り込んできた。
ラヴィの注意がそちらに向くと、《フィア》が数種類のハンカチを差し出す。
「相手を選ばず、喜ばれる品でございます」
「…………あの、フィー?」
「え? 旦那様、わたくしはフィアでございますよ?」
「あ、あのね、フィー?」
「いやですわ、どなたかとお間違いなられていません?」
――――間違い? そうなのか? 店主もフィアと呼んでいたし、他人の空似?
「お土産にいかがですか、タツ?」
まごうことなきフィーじゃねえか!
俺は素早く女店主を見た。彼女はいま明らかに、視線を逸らしたぞ!
なんでこんな状況に!? 女店主もグル? どういうつながりなんだ?
「ねえ、いかがですか? たまには身内の女性を労ってもよろしいのでは? 例えば世話になっている宿の女将さんと娘さん、可愛い奴隷二人などに」
そこで彼女の顔から、感情が抜け落ちた。
「…………よその女に、服をプレゼントするヘソクリがあるんだったら」
俺は彼女の手から、ハンカチを四枚選んだ。
「これを包んでもらえますか?」
「いまでしたら、もう一枚お買い上げになると、お値引きしますよ?」
「じゃあ、これも」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
彼女の浮かべた笑顔は、完璧な営業スマイルだった。




