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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
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高い授業料

 ベラを連れて武器屋や道具屋を冷やかしながら宿に戻った。

 宿に入ると、ちょうどシルビアさんが受付で帳簿付けをしていた。

「ただいまシルビアさん。この娘が今日からお世話になる俺の奴隷のベラです。ベラ、こちらが宿の主人のシルビアさん、挨拶して」

「・・・ベラです」

 ぼそぼそと、俯きながら名乗るベラ。

「・・を買ってきたの?」

 シルビアさんがひどく驚いている。

 服の襟元をぎゅっとつかみ、目を大きく見開いてベラを見詰める。

 あれ? 途端に俺も不安になる。

「・・・・まさか俺、言い忘れましたか? 奴隷を連れて帰るって?」

 今朝、ちゃんと伝えたと思ったが。

 冒険者になったらパーティー用の奴隷を購入すると、以前から言っていたことだ。

 シルビアさんも笑顔で、男の子だったら息子みたいに世話をしてあげると、特に問題なさそうな反応だったのに。

「い、いえ、聞きましたけど、てっきり・・・・」

 良かった、記憶違いではないらしい。

「じゃあ、今日から二人でお世話になりますからよろしく」

「え、ええ、分かりました。ベラさんも、何かあったら言って下さいね?」

「・・・どうも」

 シルビアさんがぎこちなくほほ笑み、ベラも口が重い。

 これは馴染むまで時間が掛かりそうだぞと苦笑する。

 気配を感じて食堂の方を見ると、話を聞いていたらしいリリちゃんが立ちすくんでいた。

「リリちゃんもよろしくね」

「・・・・・」

 返事もせずに、呆然とした表情でベラを見詰める。

 妙な雰囲気が漂うので、空気を変えようと尋ねた。

「それじゃあシルビアさん、ベラの部屋はどこになりますか?」

『え!?』

 シルビアさんがびっくりした顔でこっちを見る。

 ベラとリリちゃんも同様だ。

「えっ?て・・・俺、言ったんですよね、奴隷のこと」

「ええ、そうね?」

「だったら部屋、用意してもらえたんです、よね?」

 なんだか三人の様子が変なので、自信がなくなり、声が思わず尻すぼみになる。

 しばらく沈黙が続いてから、シルビアさんが大きく頷く。

「ええ、大丈夫よ! いつでも準備万端よ!!」

 ようやく意味が通じ、ほっとする。いつもの朗らかなシルビアさんに戻ったようだ。

「じゃあ、ベラさんを部屋に案内してくるわね!」

「お願いします、それじゃあベラ、シルビアさんに付いて行って。今日は疲れたろうから、夕食までゆっくり休むと良いよ」

「・・・・・」

 俺と引き離されるのが不安なのか、頼りない表情で振り返りつつ、シルビアさんに引っ張られてゆくベラ。

 くいくいっと、服の裾を引っ張られる。リリちゃんが俺を見上げて訊いてきた。

「可愛い人よね? タヂカさんの好み?」

 う~ん。女性が思う美人と、男が思う美人では基準が違うと聞いたことがあるが、本当のようだ。

「・・・女性の容貌について、あしざまに言うのはどうかと思うけど」

 当たり障りのない、無難な回答を考える。

「好みならリリちゃんの方が良いね?」

 駄目でした。

 顔を真っ赤にして怒りながら、リリちゃんがバンバンと俺の背中を叩く。

 バカとかスケベとか、さんざん罵られた。

 こういう時、女性を喜ばせる気の利いたセリフが言えるようにならないものか。

 会話術とか社交術とかいうスキルは存在しないのか?

 膝蹴りまで始まったので、俺もほうほうの体で自室に退散した。


 夕食時になり、俺はベラの部屋に彼女を迎えに行ってから食堂へ向かった。

 今日も他の客はいないようだ。本気で心配になってくる。

 夕食は昨日狩ってきた甲殻トカゲの煮込み料理だ。

 先日の件で懲りたのでギルドには立ち寄っていない。

 魔物討伐の功績にはならないが、どうせ大した評価にはならないだろう。

 はやく森の上級魔物にはどっかに行って欲しいものである。

「・・・美味しい」

 ベラは少し驚いた様子で料理を口にする。

「そうだろう? この宿の自慢はこのうまい料理が朝晩食べられるところだ」

「あら、自慢は料理だけじゃないわよ。美人の」

「看板娘がいるからね!」

 母親の言葉の続きをうまく引き取り、リリちゃんがアピールする。

 俺が思わずぷっと吹き出すと、シルビアさんにじろりと睨まれた。

「料理のお代わり、いらないのね?」

「い、いや、すいません! 違うんです! シルビアさんを笑ったわけじゃ」

「・・・何よ、看板娘とか自分で言うなってこと?」

「い、いや、すまん! 違うんだ! リリちゃんを笑ったわけじゃ」

 くすっと、ベラが小さく笑った。唇の端がちょっと緩むぐらいの、ささやかな微笑だ。

 だけど俺は確かな手ごたえを感じた。

 そうだな、ひと月ほどの付き合いだろうが焦ることはない。

 毎日こうして普段通りに日常を送れば、最後には別れを惜しむぐらいには馴染むことができるだろう。

 そんな風に思い、和やかな夕餉のときを過ごした。


「・・・ご馳走さまでした」

 夕食後、俺はカンテラの明かりをもって、ベラを部屋まで送った。

「ああ、うまかったな。朝食も期待していいよ。それじゃ、お休み」

 そう言って、俺は部屋に戻ろうとした。背後でベラがぼそりと呟いた。

「・・・今宵は、いつ頃いらっしゃいますか?」

 俺は振り返り、首を傾げた。

「どういう意味?」

「・・・それとも、こちらから伺えばよろしいのですか?」

 夜、彼女と会う用事。じわじわと彼女が言わんとする意味が飲み込めた。

 内心の動揺を押し隠し、俺はベラに向き直る。

「いや、今日はこのまま眠りなさい」

「奴隷商館から避妊薬を渡されているので大丈夫です」

 ベラが正面から俺を睨んだ。瞳の奥には、ちらちらと憎しみの火が揺れている。

 思えば出会ってから初めてではないだろうか、彼女の目を真っ直ぐに見たのは。

 いつも俯き加減にしていたのは、自分の主人への憎悪を隠していたのだろう。

 俺は大きく息を吐いた。なんとか誤解を解こうと思った。

「俺がベラを買ったのは、そういう理由じゃない。だから安心していい」

「ではなんで、わたしを買ったのです。冒険者のあなたにも付いていけない、スキルもない、何も出来ないわたしを!」

 蔑むように吐き捨てるベラ。

 言いようのない虚脱感にとらわれる。

 ・・・結局、彼女と親しくなろうと思ったのは、一方的な独りよがりだったようだ。

 服を買い、美味しい料理を食べさせ、抱こうとはしない。

 そんなことで奴隷の境遇に陥った彼女の心を溶かすことなど出来はしない。

 あたりまえだ。奴隷と主人、絶対的な立場の違いは越えられない。

 越えた先にも何もない。

 俺だってひと月後には彼女を返品しようと考えていた。

 意識していなかったが彼女を人間として見ていなかった。

 まるでDVDをレンタルするように気軽な気持ちだった。

 俺はベラに手を伸ばした。

 びくりと身体を竦ませるが、ベラは逃げようとせずに俺を睨みつけたままだ。

 【忠誠の証】 言葉を飾った奴隷の首輪に触れる。


 名称:ベラ

 年齢:20歳

 スキル:従属1、抗スキル、

 固有スキル:

 履歴:婚約、奴隷


 従属スキル、こんなもので従わされている相手に心を許すほうがどうかしている。

 彼女の憎悪は正しい。人間として正当な権利だ。

 人間は首輪につながれて疑問に思わない犬ではないのだ。

 ならば、コレがなくなったら、どうなるのだろう。

 ・・・そう思った。ちょっと頭に浮かんだ、単なる思い付きだ。

 心の隙間に、魔がさしたようなものだった。

 そして俺のスキルは俺の想いに忠実だった。


 スキル駆除 発動


 【忠誠の証】が砕けた。

 首輪の欠片がパラパラと床に散らばる。

 呆然として、床を見下ろす俺とベラ。

 しばらくして我に返った俺は看破を発動した。


 名称:ベラ

 年齢:20歳

 スキル:抗スキル、?A?I???R?躰?

 固有スキル:

 履歴:婚約、奴隷


「明日・・・・いや、なんでもない」

 ベラを残して部屋に戻る。

 部屋の中に入る寸前、俺は廊下の奥を見た。

 暗い廊下で、身動きしないベラの影がたたずんでいる。

 俺は静かに扉を閉ざした。


 夜半、ベラが俺の部屋に来た。

 手には調理場から持ち出した包丁を握りしめていた。

 俺も予想していたので驚きはない。

 カンテラを灯し、探査を展開しながら彼女を待ち受けていた。

 ほの暗い明かりの中で、襲い掛かってきたベラと俺はもみ合った。

 身体に何ヶ所か傷を負ったが、なんとか彼女を拘束できた。

 ベッドに押しつけられた彼女は、知らない男の名を何度も叫んでいた。

 騒ぎを聞きつけてシルビアさんとリリちゃんが駆け付けた。

 寝巻きのあちこちが血に染まった俺を見て、彼女たちは悲鳴をあげた。


 夜が明けてから、奴隷商館の人達がベラを引き取って行った。

 彼女をここに置いておく訳にはいかない。

 俺だけならともかく、常軌を逸した彼女がシルビアさんとリリちゃんを傷つけることを恐れたから。

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