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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
Decisive battle of the goddess
109/163

喧嘩勃発

 コザクラは宿泊客ではなく、下宿人になるらしい。

 屋根裏部屋に家具を持ち込んで暮らすそうだ。

 詳しい事情を聞きたいところだが、生憎と今日は忙しい。

 本当はじっくりと尋問し、事情を問い質したいのだが仕方ない。

 コザクラの件は後回しにして、俺達は早々に宿を出てギルドへと赴いた。


「セレス、悪い。今日も部屋を借りたいんだけど」

 ギルドの受付にいたセレスに頼むと、彼女は手早く一室を用意してくれた。

「今日は大声を控えて下さいね?」

 部屋を出しな、彼女に釘をさされてしまった。

「面目ない」

 気恥ずかしくて頬を掻くと、クリスとフィーもバツが悪そうな顔をする。

 昨日、中級魔物討伐を無事に達成した後、やはりギルドの一室を借りた。

 今後の方針について話し合ったのだが、議論が白熱して声が大きくなってしまったのだ。

 結局、話がまとまらなかったので、今日はその続きである。

「ほどほどにお願いしますね?」

 そう言い残し、セレスは扉を閉めた。


      ◆


「なぜ、こんな単純明快なことが分らないのですか!」

 クリスが両手で机を叩きながら叫んだ。

 俺は腕を組み、歯軋りして怒りを堪える。

「そっちこそ、ちゃんとした理屈で話してみろ」

 そう、十代の小娘相手に冷静さを失うのは大人げないのだ。

「タツこそ、耳の掃除でもしたらどう?」

 フィーは頬杖をつきながら、反対の手をヒラヒラと振る。

「垢が詰まって耳が聞こえてないのかもよ?」

「フィーこそ、スープで顔を洗って目を覚ましな?」


 皮肉と怒鳴り声の応酬。宿で話し合わなくて正解だったようだ。

 こんな大人の醜態を、リリちゃんには見せられない。


「ヘタレなタツには任せられないと言っているんです!」

「筋肉でものを考えるやつより、俺の方がマシだと言っているんだ」

「タツは石頭です!」

「ならそっちは頑固者だ!」

「だったらタツは破廉恥でしょ!」

「誰がだ!」

「スケベ、八方美人の浮気者!」

「こ、この――――」

「野暮天!」「女タラシ!」「自分勝手な我が儘男!」「鈍感!」「無神経!」「朴念仁!」

「――――くっ!」

 言われ放題である。悪口雑言の連射にたじたじとなり、言い返してやろうとするが悪口が思いつかない。悔しいことに、彼女達には欠点らしい欠点がない。

「え、えーと、クリスの食いしん坊! フィーの太っちょ!」

 俺は頭を振り絞り、二人を罵った。

「……………………ハ」

 彼女達が禁断の言葉を吐く前に、俺はテーブルにドンと片足を乗せた。

「なんだとコラッ!」

「なによ!」「なんですか!」

 彼女達も片足をテーブルに乗せ、互いに嚙みつかんばかりに睨み合った。


「入ったぞ」

 ノックも断りも無しにズカズカと、カティアが会議室に入ってきた。

 その後ろには、困惑顔のラヴィが従っている。

 何をしに来た、そう咎める間もなく、襟首を掴まれる。

「こいつは借りていく」

 クリスとフィーに告げて、ズルズルと引きずられる。

「ラヴィ、後は頼むぞ」

「あ、あたしがですか!? 頼むって、どうすりゃいいんですか!」

 狼狽えるラヴィに、カティアは微笑む。

「上手くやれ」

「ちょっ! 姐御!?」


 カティアは部屋を出ると、俺を引きずったまま廊下を進んだ。

 そして到着したのが、ギルドの喫茶室だ。

 彼女がさりげなく合図すると、給仕がカップ二つ、持ってきた。

 中身を嗅ぐと、酒だった。

「内緒だぞ?」

 俺が非難がましく見ると、カティアは悪戯っぽく笑った。

 こいつ、いつも喫茶室に入り浸っていると思ったら。

 カティアは何も言わずに、カップを傾ける。格好だけなら、淑女のティータイム姿に見える。

 そのまま彼女は何も言わずに、酒を飲み続けた。

「…………なんだよ、お説教か?」

 俺は拗ねたまま、口を付けずにカップを持て余した。

「説教をされるような真似をしたのか?」

「いいや、していないぞ」

 少し考え込んでから、カティアに話してみることにした。

 もしかしたら彼女から、クリス達を説得してもらえるかもしれない。

「昨日な、中級魔物を討伐したんだ」

「獲物は何だ?」

「六臂獣だ」

 カティアの眉がちょっと吊り上ったが、黙ったままだ。

 しかし先をうながされているような気がして、話し続ける。

「今後の戦闘スタイルを決め、装備を新調しようと思ったんだ」

 中級魔物の討伐は、昨日の六臂獣で二体目だ。やはり中級魔物の脅威を実感したので、早急に上質で防御力の高い装備を新調しようと考えた。

 そしてその素材には、鎧蟻の甲殻を使うつもりだ。昨日の討伐で中級魔物の牙を防いだのだ。

 その強度が実証されたので、安心して使用できる。

 話し合いが終わったら、さっそく工房巡りをしようと思ったのに。

「戦闘時の役割分担を決めて、それに適した装備を制作してもらおうと思ったんだが」

 基本スタイルは、まず遠距離からフィーの魔術スキルで一撃。

 それから接敵して格闘戦に持ち込む。そこまでは意見は一致したのだ。

「問題は、魔物の正面を誰が受け持つか、という話になったんだけど」

 六臂獣の時はクリスが受け持ったが、その前は俺だった。

 クリスを納得させるため、交代で試してみたのだ。

 その結果、俺が正面を受け持つのが最適だと判断した。

「俺が正面で魔物を押さえている間に、クリスが迂回して魔物に一撃を加えるんだ」

「だが、彼女達はそれに異議を唱えたんだな?」

「そうなんだよ!」

 つい気が昂って、テーブルを拳で叩いた。

「クリサリスではダメなのか?」

「…………俺の方が適任だ」

 理由は幾つかある。

 まずスキル的に、僅かに俺の回避能力がクリスを上回る。回避スキルと剣術スキルを並列起動できるからだ。クリスはいまだに並列起動できず、回避を単発で使用しているから当然の結果だ。

「なにより、彼女の打撃力が圧倒的に大きい」

 同じ剣術スキルの成長度でも、繰り出す一撃はクリスの方が遥かに鋭く、重い。

 その火力を、防御で無駄にできない。

 俺が防御して魔物の注意を引いている間に、クリスが攻撃に専念した方が効果的だ。

 そういった内容を、スキルのことを端折ってカティアに説明した。

「なのにクリスは、自分が防御を受け持つから、攻撃は俺が担当しろなどと、訳の分からないことをほざくんだ!」

 馬鹿げていると、声を大にして主張したい。

「それで、装備はどうするつもりだ」

「俺は身動きしやすい軽装で、クリスのは頑丈にしようと考えている」

「防御を受け持つ方が、頑丈な装備にするんじゃないのか?」

「それでは動きづらくて、回避能力が落ちる」

 冒険者には、元の世界の鎧や甲冑のように、完全防備で身を固めている者はいない。

 どれほど分厚い装備をまとっても、中級魔物の膂力を完全に防ぐことはできないからだ。

 まず重要なのは、魔物の攻撃をくらわないことだ。その上で、もし攻撃を受けても致命傷を避けるために装備があると、俺は解釈している。

 中級魔物以上を相手にするのなら、盾を除く防御装備は攻撃を受けることを前提としない。あくまで保険として考えるべきだ。

 そんなことを滔々と語ったのだが、カティアは聞いているのかいないのか、酒を黙って飲み続けている。真っ昼間から、良い御身分だ。

「話は戻るが、なぜクリサリスが盾役ではいけない? 彼女の剣の技はお前よりも上だ。それは攻撃だけでなく、防御にも発揮される。はっきり言ってしまえば、お前が防御を受け持つより、安定性がある」

「だけど…………だけど…………」

 剣の師匠に指摘され、答えに窮する。

「…………だけど、危険な役割だ」

「いろいろと賢しいことを言っているが、それが本音か」

 俺はうなだれ、カップを覗き込んだ。

「危険な役割をクリサリス達に負わせたくない。お前の気持ちは分かる」

 カティアは淡々と語る。非難がましい口調ではない。

「だがそれは、彼女達も同じだろう?」

 それなのに、ひどく責められている気がした。

「いい加減、許してやってはどうだ?」

 だが、続く言葉には意表を突かれた。

「許す? なんのことだ? 俺は別に彼女達を」

「彼女達ではない。お前自身をだ」

 彼女が置いたカップに、中身はなかった。随分と前に飲み干していたようだ。

 俺が話している間、ずっと飲み続けているフリをしていたのだろう。

「彼女達が奴隷になったのは、お前の責任ではない」

 俺は椅子を蹴って立ち上がった。

「お前に何が分かる!」

「知っているからな。事件があった後の、お前の罪悪感に苛まれていた顔を」

 ジッと、深く静かな視線が、俺を射抜く。

「そんなお前を見て、辛そうにしている彼女達の顔を、憶えている」

 言葉を失った俺に、カティアは言葉を続ける。

「お前が自分を許さなければ、彼女達も自分を許せない。お前を守ろうと、無茶をするかもしれん」

「…………止めてくれ」

 倒した椅子を戻して座り直すと、カップを一息に呷る。濃い酒精に、ひどくむせた。

 しばらく沈黙の時間が過ぎた後である。

 ラヴィに伴われたクリスとフィーが奥から出て来たので、俺は立ち上がった。

「二人とも、すまなかった」

 俺は頭を下げた。

「すみません、先ほどは言い過ぎました」

「ごめんなさい、タツ」

 二人も謝罪をしたが、気まずくなってお互いに顔を逸らした。

「辛気臭いよあんた達!」

 黙りこくっていたら、ラヴィに叱られた。

「酒でも飲んで、さっぱりと水に流そうじゃないさ!」

「ああ、そうだな。これから飲みに行くか」

 カティアが、クリスとフィーの肩を叩く。

「もちろん奢りだ――――ラヴィの」

「あ、姐御!?」

「冗談だよ、わたしの奢りだ」

 カティアはクスッと笑うと、クリス達を引き連れてギルドの外へと歩き出した。

「迷惑を掛けた」

「何にもしてないよ、あたしは」

 俺が礼を言うと、ラヴィは肩を竦めた。

「あんたをとっちめてやるって言ったら、止められたよ。悪いのは自分達だって」

 ラヴィは、じろりとこちらを睨む。

「あの子達を泣かすんじゃないよ」

「…………努力、する」

 気落ちした俺の背中を、ラヴィが威勢よく叩いた。

「ほら、しゃんとしな! ああと、そうだ、例の約束だけど」

 ラヴィは俺の耳元に、そっと囁いた。

「明日の昼前に、中央広間で待ち合せだよ」


 スッと離れると、彼女はカティア達を追って走り出した。


      ◆


「明後日、装備を作る工房を見て回ろう」

 夕食の席で、クリスに用心深く申し出てみた。

「一応、腕のいい職人の情報は集めてあるんだ」

「え、はい…………」

 それまで勢いよく料理を貪っていたクリスの肩が落ちる。

 反論を諦めてしまったらしい。今なら俺の提案を全て受け入れてくれるだろう。

 俺は咳払いをしつつ、提案した。

「お揃いの装備に、しような?」

 緊張したら、ちょっと声が裏返ってしまった。彼女の反応を、おそるおそる待つ。

 キョトンとしてから、クリスは満面の笑みを浮かべた。

「はい!」

「装備のお揃いって、色気がないわね」

 フィーが苦笑する。いいじゃん、ペアルックだよ。

「よく考えたら、少人数で役割分担とか、考えすぎだったかもな」

「はい、そうですね。互いに力を合わせ、状況に応じて柔軟に対応すべきです!」

「うんうん、役割分担なんて、パーティーメンバーが増えたら考えればいいさ」

「…………そうね?」

 一瞬、疑り深そうな顔をしてから、フィーは首を傾げた。

「でも、明日はどうするの?」

「明日は野暮用があってね。だから自由日にしよう」

「悪所通いも、ほどほどにするのです」

 コザクラがほざくと、クリスは慌てたようにフィーを見た。

「大丈夫、タツはそんな所に行ったりしないわよ」

 おお、フィーの信頼度が厚い! まあ、そういう遊びに使えるほどお小遣いはないけど。

 それよりも心配なのは、リリちゃんが顔を真っ赤にしている点だ。会話の意味が通じている?

 猜疑心を視線に込めて睨むと、コザクラは首を傾げた。

「なら、ナンパに行くのですか?」

 全然通じてない! しかも誤解を招く発言をすな!

「ちげーよ! ラヴィと」

 ――――――――シマッタ?

「ラヴィさんと?」

 フィーの目付きが怖い。

「…………デートだ」

 食堂にいた人間の目が、一点に集中する。俺ではない、クリスにだ。

 スプーンを咥えたまま、彼女は激しく首を振る。

「し、知らない! 師匠からは何も聞いていない!」

 ああ、そうか。クリスはラヴィの弟子だったな。そのせいで、矛先が逸れたのか。

「どういうこと?」

 フィーの声が冷たい。

「クリスお姉ちゃん?」

 笑顔なのに、目付きが険しいリリちゃん。

「楽しそうなのです!」

「ほら、みんな食事中ですよ…………詳しいことは、食べ終わってからね?」


 能天気なコザクラの声と、シルビアさんの静かな声を背に、俺は食堂から逃げ出した。

 どうやら上手く窮地を脱することが出来て、胸を撫で下ろす。


 すまん、クリス。勘弁してくれ。

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