喧嘩勃発
コザクラは宿泊客ではなく、下宿人になるらしい。
屋根裏部屋に家具を持ち込んで暮らすそうだ。
詳しい事情を聞きたいところだが、生憎と今日は忙しい。
本当はじっくりと尋問し、事情を問い質したいのだが仕方ない。
コザクラの件は後回しにして、俺達は早々に宿を出てギルドへと赴いた。
「セレス、悪い。今日も部屋を借りたいんだけど」
ギルドの受付にいたセレスに頼むと、彼女は手早く一室を用意してくれた。
「今日は大声を控えて下さいね?」
部屋を出しな、彼女に釘をさされてしまった。
「面目ない」
気恥ずかしくて頬を掻くと、クリスとフィーもバツが悪そうな顔をする。
昨日、中級魔物討伐を無事に達成した後、やはりギルドの一室を借りた。
今後の方針について話し合ったのだが、議論が白熱して声が大きくなってしまったのだ。
結局、話がまとまらなかったので、今日はその続きである。
「ほどほどにお願いしますね?」
そう言い残し、セレスは扉を閉めた。
◆
「なぜ、こんな単純明快なことが分らないのですか!」
クリスが両手で机を叩きながら叫んだ。
俺は腕を組み、歯軋りして怒りを堪える。
「そっちこそ、ちゃんとした理屈で話してみろ」
そう、十代の小娘相手に冷静さを失うのは大人げないのだ。
「タツこそ、耳の掃除でもしたらどう?」
フィーは頬杖をつきながら、反対の手をヒラヒラと振る。
「垢が詰まって耳が聞こえてないのかもよ?」
「フィーこそ、スープで顔を洗って目を覚ましな?」
皮肉と怒鳴り声の応酬。宿で話し合わなくて正解だったようだ。
こんな大人の醜態を、リリちゃんには見せられない。
「ヘタレなタツには任せられないと言っているんです!」
「筋肉でものを考えるやつより、俺の方がマシだと言っているんだ」
「タツは石頭です!」
「ならそっちは頑固者だ!」
「だったらタツは破廉恥でしょ!」
「誰がだ!」
「スケベ、八方美人の浮気者!」
「こ、この――――」
「野暮天!」「女タラシ!」「自分勝手な我が儘男!」「鈍感!」「無神経!」「朴念仁!」
「――――くっ!」
言われ放題である。悪口雑言の連射にたじたじとなり、言い返してやろうとするが悪口が思いつかない。悔しいことに、彼女達には欠点らしい欠点がない。
「え、えーと、クリスの食いしん坊! フィーの太っちょ!」
俺は頭を振り絞り、二人を罵った。
「……………………ハ」
彼女達が禁断の言葉を吐く前に、俺はテーブルにドンと片足を乗せた。
「なんだとコラッ!」
「なによ!」「なんですか!」
彼女達も片足をテーブルに乗せ、互いに嚙みつかんばかりに睨み合った。
「入ったぞ」
ノックも断りも無しにズカズカと、カティアが会議室に入ってきた。
その後ろには、困惑顔のラヴィが従っている。
何をしに来た、そう咎める間もなく、襟首を掴まれる。
「こいつは借りていく」
クリスとフィーに告げて、ズルズルと引きずられる。
「ラヴィ、後は頼むぞ」
「あ、あたしがですか!? 頼むって、どうすりゃいいんですか!」
狼狽えるラヴィに、カティアは微笑む。
「上手くやれ」
「ちょっ! 姐御!?」
カティアは部屋を出ると、俺を引きずったまま廊下を進んだ。
そして到着したのが、ギルドの喫茶室だ。
彼女がさりげなく合図すると、給仕がカップ二つ、持ってきた。
中身を嗅ぐと、酒だった。
「内緒だぞ?」
俺が非難がましく見ると、カティアは悪戯っぽく笑った。
こいつ、いつも喫茶室に入り浸っていると思ったら。
カティアは何も言わずに、カップを傾ける。格好だけなら、淑女のティータイム姿に見える。
そのまま彼女は何も言わずに、酒を飲み続けた。
「…………なんだよ、お説教か?」
俺は拗ねたまま、口を付けずにカップを持て余した。
「説教をされるような真似をしたのか?」
「いいや、していないぞ」
少し考え込んでから、カティアに話してみることにした。
もしかしたら彼女から、クリス達を説得してもらえるかもしれない。
「昨日な、中級魔物を討伐したんだ」
「獲物は何だ?」
「六臂獣だ」
カティアの眉がちょっと吊り上ったが、黙ったままだ。
しかし先をうながされているような気がして、話し続ける。
「今後の戦闘スタイルを決め、装備を新調しようと思ったんだ」
中級魔物の討伐は、昨日の六臂獣で二体目だ。やはり中級魔物の脅威を実感したので、早急に上質で防御力の高い装備を新調しようと考えた。
そしてその素材には、鎧蟻の甲殻を使うつもりだ。昨日の討伐で中級魔物の牙を防いだのだ。
その強度が実証されたので、安心して使用できる。
話し合いが終わったら、さっそく工房巡りをしようと思ったのに。
「戦闘時の役割分担を決めて、それに適した装備を制作してもらおうと思ったんだが」
基本スタイルは、まず遠距離からフィーの魔術スキルで一撃。
それから接敵して格闘戦に持ち込む。そこまでは意見は一致したのだ。
「問題は、魔物の正面を誰が受け持つか、という話になったんだけど」
六臂獣の時はクリスが受け持ったが、その前は俺だった。
クリスを納得させるため、交代で試してみたのだ。
その結果、俺が正面を受け持つのが最適だと判断した。
「俺が正面で魔物を押さえている間に、クリスが迂回して魔物に一撃を加えるんだ」
「だが、彼女達はそれに異議を唱えたんだな?」
「そうなんだよ!」
つい気が昂って、テーブルを拳で叩いた。
「クリサリスではダメなのか?」
「…………俺の方が適任だ」
理由は幾つかある。
まずスキル的に、僅かに俺の回避能力がクリスを上回る。回避スキルと剣術スキルを並列起動できるからだ。クリスはいまだに並列起動できず、回避を単発で使用しているから当然の結果だ。
「なにより、彼女の打撃力が圧倒的に大きい」
同じ剣術スキルの成長度でも、繰り出す一撃はクリスの方が遥かに鋭く、重い。
その火力を、防御で無駄にできない。
俺が防御して魔物の注意を引いている間に、クリスが攻撃に専念した方が効果的だ。
そういった内容を、スキルのことを端折ってカティアに説明した。
「なのにクリスは、自分が防御を受け持つから、攻撃は俺が担当しろなどと、訳の分からないことをほざくんだ!」
馬鹿げていると、声を大にして主張したい。
「それで、装備はどうするつもりだ」
「俺は身動きしやすい軽装で、クリスのは頑丈にしようと考えている」
「防御を受け持つ方が、頑丈な装備にするんじゃないのか?」
「それでは動きづらくて、回避能力が落ちる」
冒険者には、元の世界の鎧や甲冑のように、完全防備で身を固めている者はいない。
どれほど分厚い装備をまとっても、中級魔物の膂力を完全に防ぐことはできないからだ。
まず重要なのは、魔物の攻撃をくらわないことだ。その上で、もし攻撃を受けても致命傷を避けるために装備があると、俺は解釈している。
中級魔物以上を相手にするのなら、盾を除く防御装備は攻撃を受けることを前提としない。あくまで保険として考えるべきだ。
そんなことを滔々と語ったのだが、カティアは聞いているのかいないのか、酒を黙って飲み続けている。真っ昼間から、良い御身分だ。
「話は戻るが、なぜクリサリスが盾役ではいけない? 彼女の剣の技はお前よりも上だ。それは攻撃だけでなく、防御にも発揮される。はっきり言ってしまえば、お前が防御を受け持つより、安定性がある」
「だけど…………だけど…………」
剣の師匠に指摘され、答えに窮する。
「…………だけど、危険な役割だ」
「いろいろと賢しいことを言っているが、それが本音か」
俺はうなだれ、カップを覗き込んだ。
「危険な役割をクリサリス達に負わせたくない。お前の気持ちは分かる」
カティアは淡々と語る。非難がましい口調ではない。
「だがそれは、彼女達も同じだろう?」
それなのに、ひどく責められている気がした。
「いい加減、許してやってはどうだ?」
だが、続く言葉には意表を突かれた。
「許す? なんのことだ? 俺は別に彼女達を」
「彼女達ではない。お前自身をだ」
彼女が置いたカップに、中身はなかった。随分と前に飲み干していたようだ。
俺が話している間、ずっと飲み続けているフリをしていたのだろう。
「彼女達が奴隷になったのは、お前の責任ではない」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
「お前に何が分かる!」
「知っているからな。事件があった後の、お前の罪悪感に苛まれていた顔を」
ジッと、深く静かな視線が、俺を射抜く。
「そんなお前を見て、辛そうにしている彼女達の顔を、憶えている」
言葉を失った俺に、カティアは言葉を続ける。
「お前が自分を許さなければ、彼女達も自分を許せない。お前を守ろうと、無茶をするかもしれん」
「…………止めてくれ」
倒した椅子を戻して座り直すと、カップを一息に呷る。濃い酒精に、ひどくむせた。
しばらく沈黙の時間が過ぎた後である。
ラヴィに伴われたクリスとフィーが奥から出て来たので、俺は立ち上がった。
「二人とも、すまなかった」
俺は頭を下げた。
「すみません、先ほどは言い過ぎました」
「ごめんなさい、タツ」
二人も謝罪をしたが、気まずくなってお互いに顔を逸らした。
「辛気臭いよあんた達!」
黙りこくっていたら、ラヴィに叱られた。
「酒でも飲んで、さっぱりと水に流そうじゃないさ!」
「ああ、そうだな。これから飲みに行くか」
カティアが、クリスとフィーの肩を叩く。
「もちろん奢りだ――――ラヴィの」
「あ、姐御!?」
「冗談だよ、わたしの奢りだ」
カティアはクスッと笑うと、クリス達を引き連れてギルドの外へと歩き出した。
「迷惑を掛けた」
「何にもしてないよ、あたしは」
俺が礼を言うと、ラヴィは肩を竦めた。
「あんたをとっちめてやるって言ったら、止められたよ。悪いのは自分達だって」
ラヴィは、じろりとこちらを睨む。
「あの子達を泣かすんじゃないよ」
「…………努力、する」
気落ちした俺の背中を、ラヴィが威勢よく叩いた。
「ほら、しゃんとしな! ああと、そうだ、例の約束だけど」
ラヴィは俺の耳元に、そっと囁いた。
「明日の昼前に、中央広間で待ち合せだよ」
スッと離れると、彼女はカティア達を追って走り出した。
◆
「明後日、装備を作る工房を見て回ろう」
夕食の席で、クリスに用心深く申し出てみた。
「一応、腕のいい職人の情報は集めてあるんだ」
「え、はい…………」
それまで勢いよく料理を貪っていたクリスの肩が落ちる。
反論を諦めてしまったらしい。今なら俺の提案を全て受け入れてくれるだろう。
俺は咳払いをしつつ、提案した。
「お揃いの装備に、しような?」
緊張したら、ちょっと声が裏返ってしまった。彼女の反応を、おそるおそる待つ。
キョトンとしてから、クリスは満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
「装備のお揃いって、色気がないわね」
フィーが苦笑する。いいじゃん、ペアルックだよ。
「よく考えたら、少人数で役割分担とか、考えすぎだったかもな」
「はい、そうですね。互いに力を合わせ、状況に応じて柔軟に対応すべきです!」
「うんうん、役割分担なんて、パーティーメンバーが増えたら考えればいいさ」
「…………そうね?」
一瞬、疑り深そうな顔をしてから、フィーは首を傾げた。
「でも、明日はどうするの?」
「明日は野暮用があってね。だから自由日にしよう」
「悪所通いも、ほどほどにするのです」
コザクラがほざくと、クリスは慌てたようにフィーを見た。
「大丈夫、タツはそんな所に行ったりしないわよ」
おお、フィーの信頼度が厚い! まあ、そういう遊びに使えるほどお小遣いはないけど。
それよりも心配なのは、リリちゃんが顔を真っ赤にしている点だ。会話の意味が通じている?
猜疑心を視線に込めて睨むと、コザクラは首を傾げた。
「なら、ナンパに行くのですか?」
全然通じてない! しかも誤解を招く発言をすな!
「ちげーよ! ラヴィと」
――――――――シマッタ?
「ラヴィさんと?」
フィーの目付きが怖い。
「…………デートだ」
食堂にいた人間の目が、一点に集中する。俺ではない、クリスにだ。
スプーンを咥えたまま、彼女は激しく首を振る。
「し、知らない! 師匠からは何も聞いていない!」
ああ、そうか。クリスはラヴィの弟子だったな。そのせいで、矛先が逸れたのか。
「どういうこと?」
フィーの声が冷たい。
「クリスお姉ちゃん?」
笑顔なのに、目付きが険しいリリちゃん。
「楽しそうなのです!」
「ほら、みんな食事中ですよ…………詳しいことは、食べ終わってからね?」
能天気なコザクラの声と、シルビアさんの静かな声を背に、俺は食堂から逃げ出した。
どうやら上手く窮地を脱することが出来て、胸を撫で下ろす。
すまん、クリス。勘弁してくれ。




